第741話 1,000年の古都、燃ゆるー②

 真っ暗な夜。


 大名行列のように、屈強な妖怪たちに持ち上げられた、輿こしが進んでいく。


 立派な屋根がついた、今でいう、相撲のマス席を神輿にしたような形。

 そこに座るは、彼らの総大将である、時代劇のようなかみしもの正装をした武士、山本さんもと五郎左衛門ごろうざえもんだ。


 初老のくたびれた男に見えるが、れっきとした、魔王。


 大刀は、傍を歩く妖怪に預けたままで、自身は、短い脇差わきざしだけ。



 西日本は、すでに陥落した。


 1,000年の古都が、目の前。

 先遣隊により、市街地は燃えており、悲鳴も聞こえる。


 沸き立つ、妖怪ども。



『ケケケッ! 造作もない!!』

『こんなザマなら、すぐに攻めていれば、良かったな……』


『ゴロー様! かつらで抵抗していた連中も、ほぼ食い終わりましたぜ!!』


 

 文句のつけようがない、大勝だ。


 けれど、輿で運ばれる五郎左衛門は、片肘をついたまま、浮かない顔。


「あやつは、来ないか……」


『ゴロー様。いかがされますか?』



 五郎左衛門の指示を受け、彼らは、とある方向へ。


 折り重なった死体や、兵器の残骸が、露払いの妖怪たちにより、吹き飛ばされていく。



 市街地に入り、廃墟となった建物の間を進むうちに、様子が変わった。


 戦地のような有様だが、聞こえてくる音は――



 困惑した妖怪の集団が、立ち止まった。


『…………楽器?』



 表現するとなれば、その単語だろう。


 五郎左衛門が示した目的地であることから、警戒しつつも、百鬼夜行の大将と、その護衛たちが進む。


 力自慢で、残虐な妖怪たちでも、この戦場で、陽気なBGMが流れることは、不可解のようだ。


 弾幕のシューティングゲームに使われそうな曲で、クラシックよりも、勢いがある。 




 そこは、イベントホールだった。


 妖怪の軍勢が迫っている中では、イベントが行われているはずがない場所。

 けれども、聞こえる音は、さっきよりも大きい。


 間違いなく、この中で、誰かが、演奏しているのだ。



 弦楽器、管楽器などの旋律は、オーケストラの演奏。



「降ろせ……」


 五郎左衛門は、地上の輿で立ち上がり、大刀を差して、二刀に。


 雪駄せったの音を響かせつつ、以前のように、暗い内廊下を歩き、イベントホールの大扉の前へ。


 立ち止まれば、傍仕えの妖怪たちが、左右に開く。


 ギィイイッと、きしむ音は、流れ出てきた生演奏で、掻き消される。



 全く警戒せず、五郎左衛門は、前へ歩き出した。


 遅れて、護衛の妖怪たちが、左右を固める。



 100人は集まれそうな、広いスペースには、ステージも。


 天井のライトで照らされた舞台には、女子中学生たち。

 中央の指揮者が手を振り、椅子に座っている演奏者は、自分の楽器を操る。



 その舞台の上には、平穏な日常があった。


 五郎左衛門は、途中で立ち止まり、ただ聴いている。

 

 周りの妖怪たちも、彼の機嫌を損ねることを恐れ、それにならう。



 やがて、演奏が終わった。


 両手を降ろした指揮者が振り向き、ウェーブがかった、鮮やかで、ロングの茶髪を指で後ろにまとめながら、紫色の瞳で見据えつつ、上品にお辞儀。


 彼女たちの服装は、ブレザーの冬服だ。


 同じ学校の生徒……なのだろう。



 なぜ? どうして?


 魔王の傍仕えが許された、精鋭たちの頭は、その疑問でいっぱい。



 ステージ上で照らされている少女たちは、人間にあらず。

 それも、神威すら……。


 これだけの事態であるのに、部活動の晴れ舞台! と言わんばかりの、リラックスした様子。


 頭に角が生えた鬼は、知らず知らずのうちに、冷や汗を流す。



 パチパチパチ



 拍手があった方向を見れば、五郎左衛門。


 さっきまでの退屈そうな様子が嘘のように、上機嫌で、尋ねる。


「お主……。名は?」


 指揮者の少女は、全くひるまずに、ステージ上から、彼を見下ろした。



千陣せんじん流の御宗家ごそうけであられる千陣家が長女、千陣夕花梨ゆかりさまの式神、槇島まきしま如月きさらぎです」



 尊大な言い方だが、五郎左衛門は、何度もうなずく。


「ほう……。槇島藩の……。なるほど、良い育ちであるな? 私は、この妖怪たちを率いている魔王、山本五郎左衛門だ。我らの出迎え、大儀である! お主らのような器量良しであれば、こちらへ来ても、引く手あまたぞ?」


 目を細めた如月は、凄みのある笑み。


「あなたこそ、今のうちに首を差し出せば、痛い思いをせずに済みますよ?」


 いきり立った配下を止めつつ、五郎左衛門は、確認する。


「では、お主らが、私と戦うのか? ……勝てぬぞ?」


 首を横に振った如月は、最後の言葉を述べる。


私共わたくしどもは、ただの先触れ……。お前は、当流の先代さまを殺した、憎き仇です。ならば、ここで討ち果たすことが、せめてもの手向け」


 五郎左衛門は、懐かしそうに、暗いホールを見回す。


 19年前に、『京都の四大会議』が行われた、その場所を……。


「あの時は、楽しかったぞ……。天から降臨した女神を人にした松川まつかわみやびだけが、私に届きかけた」


「ところで、山本さま? もう一曲だけ、演奏したいのですが?」


 いきなりの申し出に、五郎左衛門は、こころよく応じた。


 今のやり取りの後で、如月は再び、背中を向ける。



 ドンッと、床を蹴った妖怪の数匹が、高く跳ねた。


 如月の、少女と女が入り混じった、微妙な年の柔肌を食らおうとするも――



 張り巡らされた、見えない糸の網に自ら突っ込み、その体が一瞬で、寸断された。



 妖怪たちの血が飛び散り、裂けた肉や、飛び出た骨が、勢いよく転がる中でも、とある曲の演奏が続く。


 重々しいリズムで、壮大だ。


 如月は、その両手を動かし続け、やがて下ろす。



 後ろを向いた如月が、会釈。


 拍手をした五郎左衛門は、問いかける。


「今の曲は?」



「レクイエム……。死んだ後には、聞けませんから」



 より攻撃的な姿勢になった妖怪どもは、先に突っ込んだ仲間が瞬殺されたことで、まだ踏みとどまる。


 笑顔の如月は、最初から存在しなかったように、消えていく。


 ステージ上で、椅子に座っていた女子たちも。


 そして、灯りが消えた。



『消えた!?』

『どこへ行った!』

『戦利品に、してやる!!』


 いずれにせよ、もう大勝だ。


 京が落ちた今となっては、時間がかかっても、東国すら――



「フ、フフフ……。ハハハハハ!」


 いきなり笑い出した五郎左衛門に、周りの妖怪は、戸惑う。



 五郎左衛門は、ようやく理解した。


 この期に及んで、千陣流の部隊が、出てこない。


 先ほどの如月たちは、神威すら、身に纏っていた。

 それこそ、いずれ神格になりそうなほど……。


 どれだけ素性が良くても、ただの怪異は、神格に届かない。


 そのはずだ。


 けれども、事実として、彼女たちは、そうなりかけている。


 さらに、今の消え方。



 手っ取り早く、力を移す方法が、1つある。

 如月たちは、女だから、実行できたろう。



「そうか……。お前は、そこまで……」


 周囲の妖怪たちが理解できないまま、五郎左衛門は、19年前と同じ場所で、同じように、天井を仰いだ。



 ここは、現実の京都ではない。


 何者かが作り出した、の中。


 もはや、現実の日本と変わらないほどの……。



 ここから抜け出る方法は、2つだけ。


 作り出した人物を倒すか、如月たちのように、許可をもらうか……。



 言うまでもなく、後者は無理だ。


 選択の余地はない。



 だが、それは、相手も同じこと。



 これだけの演算をしているうえ、魔王と呼ばれる自分と、その軍勢を取り込んでいるのだ。


 オーバーフローになる前に、仕留めなければならない。



 暗闇に包まれた、イベントホール。


 そこに、全体の照明がついた。



 19年前の再現であれば、次に起きることは、決まっている。


 五郎左衛門は、新たな人の気配を感じとり、その方向を見上げた。


 あい色の小袖と、黒袴くろばかまを着た、若い男。

 ワインレッド色の派手な各帯を締めて、左腰に刀を差している。



 超空間による、嫁データリンクを通し、東京で見学している室矢むろや家の女子たちが見守る中で、いよいよ、最終決戦が始まる。

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