第740話 1,000年の古都、燃ゆるー①

 ――嵐山駐屯地


『現在、群れを成している化け物は、九州地方を制圧して、なお進軍中の模様! 四国からは、「沿岸部で交戦に入った」との連絡があり、隣接する中国地方の各部隊は、総力戦の構えです。なお、京都においても、避難指示が出ているため――』


 パイロットスーツの上から羽織る、ウォーマーを着た、5人ぐらいの女子高生が、待機所のテレビに釘づけだ。


「来るのかな、ここまで……」


「完全に、押されていますわ。相手は湧き出てくるうえに、すぐに戦えて、全くひるまない。それも、戦力的には、装甲車、タンク級ばかり……。それなのに、こちらは小銃がせいぜいの歩兵ばかりで、弾薬も足りない」


「こ、航空戦力で、焼き払うか、砲撃で吹き飛ばせば――」

「本末転倒よ!!」


 その叫びで、少女たちは、黙り込んだ。



『避難指示が出ているエリアは、神戸、大阪――』



 原因となった女子が、素直に謝る。


「ごめん……」

「ううん。私こそ、言いすぎた……」


「現代で、これだけの物量戦になるとは……。せめて、主力戦車を削減しなければ……」


「それは、結果論ですわ! 国内の防衛戦においては、舗装された道路を自走できる装輪戦車のほうが、使い勝手に優れていて、単独でも機動力を失わない。だけど……藤井ふじいさんの言う通り、もっと早くに、火力を集中するべきでしたわね?」


「そんな言い方――」

「でしたら、他にどうしろと!? ご覧の通り、四国に増援を送る余裕はない。このままでは、中国地方が挟撃されて、瞬く間に削られますわ! その次は、ここ!!」


「やめて、2人とも! ……相手は、常識が通用しない化け物よ。軍が勝手に動くほうが、よっぽど問題! 誰にも、予想できなかったと思う」


 リーダーらしき女子は、注目を集めたままで、続ける。


「だからこそ、私たちが人型戦車――MA(マニューバ・アーマー)のこと――で、少しでも戦局を変えなきゃ……。九五式の練習機だって、立派な軍用よ!」


 その激励で、他の女子たちも、自分の立場を思い出す。


「うん!」

「そうだね!」


 まだ訓練中の学徒兵、それも、ガタガタの旧式に乗って、何をできるのか……。


 そう思いつつ、事実から目を背ける、女子高生たち。


 誰かが、テレビの電源を切ったことで、何かをしようと――



『告げる! 最新情報が入った! 化け物の群れは、西ヶ嶽にしがたけに迫っている! 総員、戦闘配置!! これは、訓練にあらず!』



 それを聞いた1人が、上擦った声で、絶叫する。


「に、西ヶ嶽って……。もう、すぐそこじゃない!? さ、最終防衛線は?」

「威力偵察の部隊だと、良いですわね? 望み薄ですけど……」


 訓練生たちの待機所でも、『緊急出動』のランプに変わって、五月蠅いほどのアラームが鳴り続ける。


「行こう、みんな!」



 ハンガーに駆け込んだ女子5人は、自分の機体へ。


 保温のウォーマーを脱ぎ捨てて、全高4mのロボットに、背中から乗り込む。


 担当の整備士は、起動を手伝った後で、右手の敬礼。



 内部のモニターで周囲を見ながら、その女子は、ガタガタと震える。


「お父様、お母様……。どうか、お守りください……」


 教官と思しき、大人の女が、小さな画像で、表示された。


『いいか? ここはもう、最前線だ! 我ら、近衛の実力と矜持きょうじ、帝国陸軍の奴らに、とくと見せつけろ!!』


「了解!」


『武装を受領した後に、陣形を組み、移動を開始する!』




 ――亀岡エリア


『ここは山間部で、進行ルートを限定するため、制圧しやすい地形だ! 敵は、予測した進路を通っており――』



 敵の先陣が見えたことで、味方の支援砲撃から、戦闘が始まった。




『いやああぁあっ! 来ないで、来ないでー!!』

あや! 逃げて!!』


 名前を呼ばれた女子が乗った機体は、巨大なサソリのような化け物のハサミを叩きつけられ、グシャリと、押し潰された。


 実弾が効かないうえに、敵の数は、わずかな平地を埋め尽くしている。


 少なく見積もっても、数百……。



『もう、弾がないよ!』

『中型を倒すのに、時間がかかりすぎる。このままでは……』



『ねえ! 嵐山駐屯地からの補給は? 交代がないんじゃ、限界だよ!?』

『応答がありませんわ……。小隊長として、命じます。全機、後退!』



『嘘……』

『もう、ダメですわね……。人型戦車を放棄! 味方と合流するために、武器と車両を探しましょう! ……まだ残っていれば、ですが』

 

 彼女たちの眼下には、ゾロゾロと行列になって、大型車両も通れる入口から侵入し続ける、化け物たち。


 嵐山駐屯地は、すでに陥落した。



 山本さんもと五郎左衛門ごろうざえもんが率いる、妖怪たちの行進。

 百鬼夜行は、古都に到達した。


 数万を超える軍勢は、地形を塗り潰すかのように、進み続ける。

 途中にある全てを壊し、食らいつつも……。




 ――WUMレジデンス平河ひらかわ1番館


 大勢がくつろげる、パーティールーム。


 そこに集まっているのは、室矢むろや家の女たち。



 青い顔で戻ってきたのは、1人の女子小学生。


 二条にじょうすみれは、フラフラしたまま、他の女子たちがいるソファーに、身を預けた。


「大丈夫?」


 こくりとうなずいた菫は、トイレで吐いてきたことで、少し落ち着いたようだ。


 別の女子が、その背中を摩りつつ、提案する。


「別に、見る必要はないわよ? 私たちで、確認しておくから……」


「いえ、大丈夫です……。私が見ないと……」



 そう。


 これこそ、私が、最後まで見届けなければいけない話だ。


 私は力がなく、非能力者。

 だからこそ、全てを見ることで、後世に語り継ぐ義務があります。


 百鬼夜行による、被害。

 その結果、どうなるのか……。


 室矢家にいる私だけが行える、今後の日本を左右すること。


 でも――



「あ、あの! 重遠しげとおさんは、本当に大丈夫なのでしょうか?」


 菫は、今からでも、応援に行くべきでは? という意味を込めたが、周りの女子は、誰も動かない。


 その質問に、室矢家の正妻である、南乃みなみの詩央里しおりが答える。


「問題ありません……。それより、若さまが戻ってきてくれるのかが、心配です」


 憂いのある横顔は、全く違うことを考えていた。



「まさか、日本を滅ぼすほどの魔王と戦うなんて……。高校に入った直後は、常に目が離せないほど、弱かったのに……」


 感慨深げにつぶやいた詩央里を見た菫は、言い知れぬ感情に、襲われた。


 グロッキーながらも、首を捻る。



 後日になって、菫は、理解した。


 ハーレムの一員という形で、近衛師団を守るための、嫁入り。

 重婚が許され、正式な妻となる身だ。


 割り切っているが、それでも、室矢重遠との関係は、気になるところ。


 今となっては、彼の強さを疑う者はなく、山1つを吹き飛ばし、艦隊とすら戦える、戦略級と呼べるほど。


 だからこそ、詩央里が、彼の無力だった頃を知り、一緒だったことをうらやんでいたのだ。


 特殊な立場でも、何不自由なく育てられた、二条菫。

 生まれて初めての、嫉妬という感情だった。


 でも、今は、百鬼夜行を止めることが、最優先。



「待つのは……」



 二条菫の声に、皆が注目した。


 視線を感じながら、菫は、自分の考えを述べる。


「待つのは、辛いですね……」


「ええ。本当に……」


 詩央里の返事に、菫は思う。


 たぶん、もっと年齢が近くても、この人には勝てなかったのだろうと……。



みおちゃん! 京都と言えば、そろそろ、紅葉狩りの時期――」

なぎ……。いい加減にしてくれる? 今、どういう状況か、理解して? お・ね・が・い」


 菫が見れば、そこには、北垣きたがき凪が、錬大路れんおおじ澪に詰められている光景があった。


 すっと視線を戻し、見なかったことに……。



 古都の惨状は、菫が吐くほどだ。


 しかし、室矢家の女子たちは、お菓子、軽食を並べての、優雅なパーティー。



「さて、山本五郎左衛門……。いつ、気づく? どこまで、気づける?」


 ポテチを食べ続けていた、菫とあまり変わらない身長で、長い黒髪、神秘的な紺青こんじょう色の瞳をした室矢カレナが、呟いた。


 答えは期待していないようで、ペロペロと、自分の指を舐めた後で、ウェットティッシュを使い、傍のグラスで飲む。



 両者が激突する時は、もう近い。

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