第736話 17年前、役者が揃った

 ludusルードゥスで、松川まつかわみやびの体を安置している、広い部屋。


 薄暗いままだが、ぼんやりと光っている、中央。


 青い光のひつぎは、あらゆる干渉も、受け付けない。

 だからこそ、彼女は永遠だ。



 プロジェクトの責任者である、操備そうび流の錬金術師アルケミスト


 賀茂かもあんずは、女子高生の外見。

 白衣を着たまま、片手に、瓶を持っていた。


 横たわっている雅の横で、どっかりと座る。

 ふたを開けて、グラスに注いだ。


 それを飲みながら、青い光に包まれている女子を見る。


和眞かずまくん。千陣せんじん流で、隊長格と認められたって! 私が教えた錬金術も、使ったそうよ?」


 当たり前だが、返事はない。


 はあっと、溜息を吐いた杏は、自分で注ぐ。


「現金なものね……。それまでは、『東京で遊んでいる』とか、『引き籠もり』と、散々に言っておいて……。在籍している、私立の紫苑しおん学園の高等部でも、待ち伏せで、女子に告白されたらしいわよ? ……和眞くんは、最低限の授業だけの通信制だってのに、よくやるものだわ」


 次のグラスを飲みながら、杏は、独白する。


「その女子は、あっさりと振られたって……。和眞くんは、あなたしか見ていないのから、当たり前だけどね? ……何とか、言いなさいよ? ……いいわね、あなたは? 死んでいれば、いいのだから」


 目を閉じられた雅は、女子中学生ぐらいの外見で、ただ眠るのみ。


 新しく注いだグラスをかざしつつ、杏は、自嘲する。


「私は、自分で独自に築き上げた錬金術を教えてまで、気を引いたってのに……。高校の勉強も、私が教えたの……。優秀な生徒だったわよ? 今では、有名大学にも、楽に合格できるぐらい……。女の抱き方も」


 一息で飲み干した杏は、また息を吐く。


「ええ……。手を出されなかったわ……。教えている時には、いつ、そうなってもいいように、下の準備もしていたのだけど……。ところで」


 雰囲気を変えた杏は、青い棺の上に、片手を置いた。


「私……物質を分解して、再構成ができるの! 今、あなたを消滅させることも――」


 ふっと笑った杏は、片手を戻した。


「やらないわよ? どうせ、明日になれば、同じ事だもの……」



 杏は、別に不細工ではない。


 高校に通えば、クラスで、地味だけど、狙ってみようかな? というポジション。

 順位をつければ、半分よりは上に、位置する。


 飛び級で卒業したうえに、女医。

 さらに、錬金術を極めているとあって、気が強い印象。


 その意味でも、眠っている雅のほうが、男好きするタイプだ。



 勝手に話していた杏は、瓶とグラスを回収しつつ、立ち上がった。


 眠り姫を見下ろして、別れを告げる。


「さようなら、松川雅……。もし生きていれば、あなたは、私をどう思ったのかしら? 未練がましく、横恋慕する女を笑った? それとも、憐れんだ?」


 むろん、答えはない。


「ひょっとしたら……私たち、友達になれたかもね? ……おやすみなさい」


 フラフラした足取りの杏は、雅が安置されている場所から、立ち去った。




 ――翌日


 青い光に囲まれている、松川雅。

 その周りには、関係者が集まっていた。


 下に描かれた錬成陣と、魔術らしき模様の中心に、彼女が横たわっている。


 操備そうび流の評議員、マスクド・レディ(仮面の淑女)も、腕を組んだままで、見守る。


 その弟子である、賀茂杏は、アルケミストの二つ名らしい、真面目な表情だ。


「では、始めます……」


 視線を受けた『マスクド・レディ』は、無言でうなずき、青い光による結界を解く。


 その瞬間に合わせて、錬成陣の端に両手をついていた杏は、まばゆい光を放つ。

 仰向けで寝ている雅の姿が崩れていき、その横に置いている容器の中身と、合成されていく。


 大人の身長を超えそうな、古い杖も崩れていくが、その色は、錬成陣を補強するように、下へ広がっている。



 通常ならば、見ているうちに完了するはずが、長い時間だ。


 杏の顔が、歪む。

 汗が、したたり落ちていくも、まだ終わらない。


「ふうっ……。くっ……」


 やがて、肩で息をする杏が、叫ぶ。


「ポッドへ! 早く!!」


 錬成の光が消え失せたことで、待機していた、白衣の人間たちが、動き出す。

 大慌てで、培養ポッドへと、錬成したばかりの物体を入れた。


 正面のハッチが閉じられ、何らかの液体で、満たされていく。


 その後に、慌ただしく、技術者が動き、数値の読み上げや、動作チェックへ。


「安定域です!」

「生命反応、問題ありません!」

「電圧、培養液……正常!」


 一通りのチェックが終わり、誰ともなく、手を叩き出す。


 パチパチ


 パチパチパチパチ


 白衣を脱いだまま、床に座り込んでいた杏に、タオルや、飲み物のボトルを差し出す研究員たちが、賛辞を送る。


「お見事です、アルケミスト様!」

「さすが、マスクド・レディ様のお弟子さんです!」

「後は、我々に、お任せください」


 難しい手術を終えた後のような雰囲気で、周りの研究員、技術者たちが、残りの作業を行っている。



 座り込んだまま、ボトルのストローを咥えた杏が見れば、白衣の九条くじょう和眞は、培養ポッドの中を見られる窓に、釘づけだ。


 視線を逸らした彼女は、自嘲したように、笑う。


 ここで、聞き覚えのある、女の声。


「見事だ、杏……。お前の錬金術と魔術、さらには、ユニオンの遺物がなければ、とても成し得なかっただろう」


 普通の笑顔になった杏は、素直に、受け取る。


「恐縮です、かぐや様」




 ――半年後


「どうして!? 何で……」


 ヒステリックに叫んだ賀茂杏は、手にしている用紙を投げ捨てた。


 バラバラと舞い散る紙には、錬成の図式や、魔術の呪文が、書かれている。


「理論的には、問題ないはずだし……。エラーも、ないのに……」


 両手で頭を抱えた杏は、ただうめく。



 向かいのソファーに座っている、マスクド・レディも、違う用紙を見ながら、自分の意見を述べる。


「うむ……。私から見ても、完璧だ……。立ち会った場面を思い出しても、錬成に問題があったとは、考えにくい……」


 両腕を組み、ひたすらに悩む。



 その時に、バシュッと、扉が横にスライド。


 入ってきた九条和眞は、その雰囲気に、思わず気圧された。

 彼の後ろで、ドアが閉まる。


 いつもの、低いイケボ。


「何か……あったのですか?」



 顔を向けた2人のうち、マスクド・レディが、口を開く。


「実はだな……。大きな問題があることが、判明した。ゆえに、あなたの意見を聞きたい」



 ――我々の成果である、重遠しげとおくんには、霊力が発現しない可能性が高い



「それは……体に異常があるということで?」


 戸惑ったような声の和眞に、マスクド・レディは、首を横に振った。


「健康体だ。杏は女医で、他の医師にもチェックをさせているから、心配いらない。しかし、霊力の波長というか、異能については、どうにも……」


 珍しく、弱り果てた声の、マスクド・レディ。


「九条家へ迎え入れるのに、非能力者と変わらないのは、マズいのでは? 最善を尽くしたが、我々の責任でもある。こちらで引き取っても――」

「いえ。重遠は、僕が育てます……。それとも、気が変わりましたか?」


 険しい声音に、マスクド・レディは、すぐ訂正する。


「他意はない……。あなたを不快にさせたのなら、謝罪しよう。すまなかった……」


 頭を下げた『マスクド・レディ』に、和眞は、気を遣う。


「こちらこそ、言い方が悪かったですね。すみません……。ですが、どうして、霊力がないと?」


「結論から言えば、不明だ……。霊力の器は、九条家の当主として、見劣りしない。けれども、そこに流れるはずの霊力が、ほとんど見られない……。これは、我々が蓄積しているデータに基づいた予測であるものの、『そうなる』と考えたほうがいい」


 マスクド・レディの発言に、和眞は、苦笑した。


「構いません……。僕は、九条家の跡取りが欲しかったわけじゃない。彼女の忘れ形見が、欲しかったんだ」


 たまりかねた杏が、叫ぶ。


「ごめんなさい! 私が――」

「君の責任ではない……。よく頑張ったと思う。だから、そう言わないでくれ……」


 当の和眞に、優しく諭され、杏は言葉を失った。



 賀茂杏から見た重遠は、自分の技術の集大成だ。

 憎き恋敵と、和眞の間にできた子供とも、言える。


 成功したはずなのに、重遠に肝心の霊力がないことは、錬金術師として、女医として、何よりも、愛する男の役に立ちたい女として、耐えがたい話。


 今の彼女の心境は、複雑だった。



 この時点で、重遠の中身は、転生させた、今の室矢むろや重遠だ。


 ここが【花月怪奇譚かげつかいきたん】という、伝奇系のゲーム世界であると気づくのは、5歳ぐらい。


 その意味では、カレナのせい……とも言えるが。



 賀茂杏にとって、万に一つも、和眞と結ばれる未来はなく。

 2人は、出会うべきではなかった。


 そう言い切るのは、あまりに哀しすぎる。



「この時点で、すぐ教えてくれたことに、感謝します。でも、重遠を動かせるようになったら、九条家に連れて帰り、後のことを考える予定です」


 和眞の断言に、マスクド・レディは、頷いた。


「分かった……。この件に関しては、アフターフォローをしよう。気になる点があれば、いつでも、連絡してくれ」


「ありがとうございます」




 ――千陣流の本拠地


 2人は、再び、向き合った。


 以前に会ったのは、公的な行事を除けば、中学生。

 千陣せんじんゆうが、松川雅の最期を告げた時だ。


 和室で下座にいる九条和眞は、赤ん坊を抱いたままで、かつての親友に話しかける。


「勇……。今日、わざわざ時間を取ってもらったのは、他でもない。君に教えておくべきことが、あるからだ。この子は、重遠と言う」



 ――僕と、雅の子供だ



 今度は、勇が、湯呑みを落とした。

 

 畳に、中のお茶をぶちまけながら、ゴロゴロと、転がる。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る