第737話 千陣重遠

 九条くじょう和眞かずまは、茶室のような空間で、自分の考えを述べる。


「今日、ゆうに言っておきたいことは、まだある……。僕は、千陣せんじん流を抜けて、この子を育てるよ。だから、これでお別れだ」


 低いイケボが、今生の別れを告げた。


 ショックを受けている千陣勇は、何とか、声を出す。


「だ、誰の子供でも……ウチから抜ける必要は、ないだろう!? 九条家のご当主、君のお父さんには、何と言うつもりだ?」


 混乱する勇に対して、和眞は、静かに教える。


「九条家の次期当主は、親戚の誰かが、養子に入ればいい……。君に教えておくが、重遠しげとおには霊力がない。ここで生き延びるのは、とうてい無理だ」


 すでに、決意を固めている和眞。


 いっぽう、勇は、正座をしたまま、両腕を組んだ。


「和眞……。君に、まだ言っていない事がある……。ウチについては、自主的に脱退すれば、二度と関わらない限り、それで済むだろう。だけど、他は違うんだ」


 思わせぶりな言い方に、和眞は、重遠を抱いたまま、勇を見据える。


「何を言いたい?」


桜技おうぎ流が、どうにも、きな臭い……。実は、みやびが最後に使った懐剣かいけんは、なまくらだったんだ。仮にも、新たな筆頭巫女に持たせる物が……」


 その意味を考えた和眞は、眉をひそめる。


「男子だから、雅の子供と確信されなければ大丈夫と、思っていたが……。君の情報が正しいとすれば、桜技流の高家こうけに良からぬ動きがあると、考えるべきか……。しかし、それだけでは、君の想像にすぎない。桜技流を頼る気はなく、どこか僻地で、ひっそりと暮らすつもりだ。父も、それを始めるぐらいの支援は、してくれるだろう。なければ、自力で、何とかするさ」


「和眞……。考え直しては、くれないか? 賀茂かも家が抜けたままで、他の十家の負担が大きいんだ。ここで、君の九条家も崩れたら、シャレにならない。すでに隊長格と認められ、いよいよ、九条隊を結成するのだろう? 全てを……捨てる気かい?」


 首を横に振った和眞は、最初の問いに、答える。


「数年間、この子と過ごすために、頑張ってきた……。ここにいては、それを実現できないんだ。分かってくれ、勇」


 溜息を吐いた勇は、唐突に、話題を変える。


「桜技流のひいらぎ家が、千陣家に接触している。雅の死体が持ち去られたことで、その行方を調べているとか……。今は誤魔化しているけど、正式な交渉になったら、僕も知っていることを喋らざるを得ないし、宗家として調査を命じるしかない。君が抜けていたら、手心を加えるわけにはいかないんだよ」


 真剣な表情になった和眞が、応じる。


巫術ふじゅつを扱っている名家だったか? ……理由は?」


「松川雅は、地上に降臨した女神であり、たとえ遺体であっても、しかるべき埋葬を行い、御神体としてまつるべきだ……という主張だよ。ぶっちゃけ、ウチがこだわる話じゃないし、金に糸目をつけないから、十家は乗り気だ」


 ここで、和眞が、疑問に思う。


「待ってくれ……。そもそも、なぜ、桜技流で動かない?」


 首肯した勇は、説明する。


「そこだよ……。話が戻るけど、柊家はどうも、桜技流を信用していないようだ」


「穏やかじゃないな……。下手につつけば、柊家と敵対している高家が、こちらに首を突っ込んでくると」


 うなずいた勇は、まとめる。


「君が一般人となれば、彼女たちに、追いかけられる。桜技流に後ろ暗いことがあれば、手段を選ばないだろう……。でも、君を追い詰めたくて、教えたわけじゃない」


 言葉を切った勇は、1つの提案をする。


 それを聞いた和眞は、絶句した。


「…………本気で、言っているのか!?」


「僕は、雅に助けてもらった身で、将来の九条家には……いや、千陣流には、君の力が必要なんだ! どうせなら、柊家も巻き込んで、君たちの子供……重遠くんを守ろう。ただ、このプランが上手くいっても、その……」


 軽く頭を振った和眞は、続きを言う。


「僕は、名乗れないか……。しかし、桜技流も絡んでいるとなれば……」




 ――当主会


 千陣家の大広間では、十家の当主が集まり、二列で向かい合う。


 上座にいる千陣勇の発言で、場は騒然となった。


「お考え直しください!」

「それは、あまりに、ご無体な!」

御宗家ごそうけ! ここは冗談を言う場では、ありませんぞ!?」

「我らの長い歴史を何と、心得ているので!?」


 口々にいさめる重鎮に、勇は毅然と、言い返す。


「何と言われようとも、これは決定事項だ! 宗家として、最終決定権を行使する!!」



 ――九条和眞が連れてきた重遠を養子に迎えたうえで、次期宗家とする



「話は、以上だ! 皆、ご苦労……」


 スッと立ち上がった勇は、下座の引き留める声に構わず、大広間から歩き去った。




 残された集団は、その場で泣き崩れるか、他の当主と向き合い、侃侃諤諤かんかんがくがくの議論を始めた。


「我らを無視して、あの態度! もはや、許せん!! 御宗家の乱心となれば――」

斯波しばどの、落ち着かれよ! 滅多なことを、言うものではない!!」

「そうだ。杜ノ瀬もりのせどのの、言われる通り……。御宗家は、まだお若い」


 ここで、騒動の中心である、九条家の当主――和眞の父親――に、視線が集まった。


 誰かが、ひやりとする声音で、問いかける。


「九条どの? ……ご説明、いただけますな?」


 正座のままで、九条家の当主が、顔を上げた。


「皆々様には、ご心労をおかけして、大変申し訳ない……。かくなる上は、私が知っていることをお伝えする。けれども、これは、当流の存続に関わる話……。先に、結界をお願いしたい」




 ――真実を知らされた後


 結界を張ったままの大広間には、悩む顔ばかり。


「これは……。外に漏れれば、千陣流が崩壊するぞ!?」

「護衛の式神も倒されたとはいえ、御宗家が妖怪の親玉に、命乞いか……」

「その後には、いさぎよく、首を差し出しているが……」


松川まつかわ雅に、会わせなければ……。その時の責任者は、誰だ!」

「今更言っても、仕方あるまい? 逆に、不審がられる」


「先代さまも、その山本さんもと五郎左衛門ごろうざえもんと、手下にやられた……」



「四大会議が襲撃されたとなれば、警察はともかく、同じ四大流派には、うすうす感づかれていると、見るべきか?」


「ああ……。聞けば、桜技流の柊家も、こちらに接触しているようだ」

「我らに全く情報がない、操備そうび流の評議員まで、関わっておるしな……」

真牙しんが流の顔役も、あの場で、犠牲になったはず」


 こうなっては、千陣勇のワガママと、切り捨てるわけにもいかない。


 四大流派はいずれも、虐殺の真実を知りたがっていて、勇は、数少ない生存者だ。



「よもや、御宗家が、魔王と取引したのでは?」


「いずれにせよ、奴は、先代さまのかたきだ。他ならぬ我々で、退治しなければならん……。表向きは、『先代さまが身を犠牲にして、他の四大流派を救った』で、良い」


「御宗家だけが、五郎左衛門のいた場所の生存者で、助かった……と言うべきか」


 ショックが大きすぎて、十家の当主ですら、現状を整理するのが、やっと。



 弓岐ゆぎ家の当主は、冷静に、提案する。


各々方おのおのがた……。御宗家による、千陣流への専横せんおうに激怒するのは、もっともなこと……。けれど、賀茂家が抜けた混乱は、未だに収まらず。ここで御宗家を否定するのが、賢い選択とは、言いがたい。さて、問題点は、いくつかあるが――」


 重遠を次期宗家とすること。


「まずは、これだ……。ワシは、認めてもいいと、思う。いつ、魔王の山本五郎左衛門が攻めてくるか、真実が知られるとも、限らんからな? その際に責任を取らせる役割として、悪くない」


 息を吐く音があっても、反対の声はない。


 それを確認した、弓岐家の当主は、説明を続ける。


おとりだけではなく、血筋としても、悪うない……。九条どの? その重遠は、間違いなく、ご子息の血筋なのだな?」


「うむ。それは、確かだ……」


 弓岐家の当主が、重遠を受け入れるメリットを挙げる。


「であれば、九条家の血……それも、『最年少で隊長格』と認められた力を入れられるのだ。順番が、少し変わるだけ……。加えて、和眞どのも、九条隊を結成したうえで、我らに貢献してくれるだろう。九条どの?」


 頷いた、九条家の当主は、力強く、断言する。


「ああ……。和眞は、私が説得しよう。本人も、そのつもりだ」




 ――原作の始まり



 千陣流の宗家、千陣勇が、叫ぶ。


「新任の隊長は、中へ入れ!」


 他の隊長が立ち並ぶ場所へ、立派な和装をしている九条和眞が、摺り足で入ってきた。


 立ち止まった和眞の後ろから、勇の声。


「九条和眞は、先の検分により――」




 隊の立ち上げで、忙しい和眞に、1人の女子高生が、訪ねてきた。


 ロングの黒髪を後ろで束ねていて、上品な雰囲気。

 暗めの紫の瞳は、知的だ。


 癒し系の声だが、緊張した様子で、自己紹介をする。


「十家の1つになった、柊家が配下! 巫師ふし祈祷きとう団、第一分隊の隊長をしております、那智なち伊勢世いせよです! く、九条隊長にお会いできて、光栄に存じます!」


 畳の上に両手をつき、頭を下げた、美少女。


 九条和眞は、微笑みながら、告げる。


「ああ、君が……。話は、聞いているよ。重遠さまを支えるため、共に頑張ろう……。その年で分隊長とは、たいしたものだね? 第一分隊ということは、そのうち、軍団長になるのだろう?」


 顔を上げた伊勢世は、うっすらとほおを赤くしながら、目を逸らした。


「それほどでも……」



 挨拶を終えた伊勢世は、九条家の屋敷から出た後で、ボソリとつぶやく。


「怖い人……。雅さまが見初めたのも、分かるけど……。あ、あまり、近づかないように、しようっと!」



 社交辞令の、わずかな時間ですら、惹かれた。

 自分の腕をさすった伊勢世は、いつもより体温が高くなっていることに、気づく。


 監視役にあるまじき発言をした後で、パタパタと、自分の住居へ戻る。



 ちなみに、後任となったさざなみ莉緒りおは、ド嵌まりした……。

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