第726話 降神祭儀ー②

 天沢あまさわ咲莉菜さりなが、垂直と水平のラインが交わった、中央に捉えられている。


 狭い視界だけの狙撃手は、腹ばいのままで、隣の観測手に尋ねる。


「こちらは、いつでも撃てる。特務官の2人は?」


「天沢を説得しかねているようだ……。注意! 11時の石舞台より、何かの化け物が、出現中!! 数、50以上!」



 降神祭儀の場所を見下ろせる、最初に稲村いなむら奈央なおたちがいた場所には、猟師の姿をした2人。


 1人は、右横に突き出た、鉄のハンドルがある、細長いライフル銃を構えている。

 上につけたスコープを覗いたまま、トリガーの上に沿って、人差し指を伸ばした状態。


 2人目も腹ばいで、大きな単眼がついた、ハンディタイプの機材を覗いている。



 彼らは、公安警察のスナイパーチーム。


 警察官だが、異能者でもある2人が裏切らないよう、今回の任務に就いている。

 むろん、支援も。


 だが、公安が公安をスパイすることは、珍しい話ではない。



 異常が発生したと聞き、スコープ越しに咲莉菜を見たままの狙撃手が、決断する。


「仕方ない……。天沢を撃つ! 狙撃の指示をくれ」


「了解……。距離――」


 観測手からの指示で、狙撃手は、スコープの調整ダイヤルを動かした。


 右手の感触を確かめながら、改めてグリップを握る。


 呼吸を整えつつ、左手の人差し指を伸ばし、やがて引っ込めた。


 それを見た観測手は、ターゲットに注目する。



 ダアンッ



 重い音が響き、狙撃手の肩は、後ろに揺れた。

 右手で横のハンドルを握り、持ち上げながら後方へ引き、また戻す。


 カシャッ シャコッと、独特の金属音。


 弾き飛ばされた空薬莢からやっきょうが、近くに転がる。



 ずっと見ていた観測手が、弾道をチェックした後で、指示を出す。


「外れ! 2時へ、5mほど移動! 条件は変わらず。撃て!」



 ◇ ◇ ◇



 崖の上から狙い撃たれた、天沢咲莉菜は、そちらを振り向きもせずに、得意の高速移動で、サイドステップを刻んだ。


 遅れて、ビシッと、着弾の音。


 距離がほとんどないため、タァ―ンッ! という発砲音も、すぐに届いた。


 山と山に囲まれた、クレバスのような場所だ。

 反響することで、少しずつ、収まっていく。



 5発ほど響いた後で、ライフルの発射音が止んだ。



「新しい弾を装填がてら、次のチャンスを待つと……。あれば、だが……」


 咲莉菜は、狙撃しているポイントを見上げて、すぐに視線を戻した。



『キシャアァアアッ!』

 パンッ パンッ


「メリッサ! 撃ちすぎないで!!」

「分かってる! でも!!」


 遠距離攻撃がない安里あさとメリッサは、貸与されたセミオートマチックを構えて、発砲。


 稲村奈央に返事をしたが、白い子供のような化け物は、四つん這いで跳ねるように、群がっている。


 サイズは子供だが、顔は老婆のようだ。

 丸く、赤い目からは、敵意だけ。


 その手足の爪はどれも鋭く、開いた口から見える歯も、サメのようだ。

 一部は、鮮血で濡れている。


 両手で拳銃を構えているメリッサの手足は、それに対応するように、傷ついた状態……。


 発砲することで、かろうじて、一斉に飛びかかられる事態を防ぐのみ。


 直撃させれば、血は出るものの、すぐに起き上がってくる。



 奈央は、銃口がないセミオートマチック――魔法を発動させるためのバレ――で空気弾を撃ちつつ、自分に貸与されている拳銃を引き抜いた。


 周りを牽制けんせいしつつ、背中合わせで、メリッサに差し出す。


「これ、使って! 装填済み! 私は、自前でいいから!!」

「ありがと!」



 乾いた発砲音を響かせるメリッサを後目に、奈央は、棒立ちの咲莉菜へ叫ぶ。


「あんた、何をやっているのよ!? こいつらを操ってるのなら、早く止めなさい!!」



 咲莉菜は、メリッサと同じく、急所への致命傷は避けつつも、鋭い爪で切り裂かれている奈央を見た。


 一匹にガブリと噛みつかれたら、もう終わりだ。

 それを防いでいるだけ、こいつらは、腕が立つ。


 次に、自分の周りで、ひれ伏している、祈り巫女の成れの果てを見た。


 そのまま、奈央に返事をする。


「散々に言っていたわりに、被害者を撃ちまくるとは、警察官の所業ではないのでー」

「ふざけるなぁ! 現在進行形で、殺人未遂よ!! いいから、何とかしなさい!」


 余裕がないメリッサは、預かった拳銃に持ち替えて、周りの白いモンスターを撃つだけ。



「そなたらは、都合が良い……。警察官、公安、異能者、市民……。その時々で、理屈を選ぶだけ……。改めて、聞こう。そなたらは、ここへ、何をしに来た? 何者だ?」


「くっ……」


 奈央は、返事にきゅうした。


 数は、脅威だ。

 躊躇ためらいなく、肉を切り裂き、噛み千切る、不死身の相手では、特に……。



 犬が、本気で襲いかかってくる時に、人は対応できない。

 それほど速く、一瞬で距離を詰める。


 たまに、警官が撃ちまくって、ようやく仕留めたニュースもあるが。


 足から腕まで固定しての発砲では、リコイルもあって、間に合わないのだ。

 対応としては、片腕にグルグルと巻き、そこに噛みつかせた瞬間に、頭を砕くのがベター。


 こういう場面では、動きを止められる、ネットが欲しいところ。

 野犬の場合は、発症したら死ぬ、狂犬病の恐れも。


 ともあれ、人が素手の場合、本気のネコにすら、勝てない。


 クマ?

 あいつに殴られたら、ワンパンで首がもげて、死ぬ。



 山の崖に張り付くような祭祀場さいしばで、空は厚い雲が覆い、赤い光で照らされた、常夜とこよ


 そこで、白い化け物になった、かつての祈り巫女たちにかしずかれ、天沢咲莉菜は、悠然と立つ。


 止まりなさい、と告げれば、彼女たちは、ピタリと停止。

 お預け中の犬のように、座り込んだ。


 弾丸がなくなった銃を捨てて、両手で分銅鎖ふんどうくさりを握っていたメリッサは、荒い息のままで、回転させていた重りを止める。



「わたくしを襲わない理由は、咲耶さくやさまの代理人である、筆頭巫女だから……」


 咲莉菜が言い終わったぐらいに、崖の上で、男の悲鳴。

 先ほどのライフル音や、もっと軽い発砲音が続くも、すぐ静かになった。


 白い化け物の残りが、回り込んで、彼らを切り裂き、噛みついたのだ。



 そちらの事情を知らない奈央と、メリッサは、困惑するばかり。


 だが、垂直に近い崖を下りてきた、白い化け物たちの姿を見て、だいたい、察する。



「最後に、教えておこう……。わたくしが来たのは、彼女たちに救いを与えるため。桜技おうぎ流は百鬼夜行に対して、厳戒態勢だ。それに警察の理解は求めぬ、助力も乞わぬ。ただ、邪魔するのであれば、これを排除するか、百鬼夜行に対処してもらうだけの話。……当然だろう? 我々の犠牲と苦労も知らず、あごで使いつつも、好き勝手に言っていたのだから。手足が食いちぎられ、腸が飛び出ることを経験してもらい、分かってもらうだけ。奴らに国家権力は通じず、笑いながら、食い続けるぞ?」


 目を細めた咲莉菜は、何も言わぬ2人に、座り込んでいる白い人影を見たまま、明るい声になった。


「現代社会を壊してしまうのも、1つの選択なのでー! 私共わたくしどもは、そなたらを守るために、これ以上の犠牲を出しません。そもそも、警察は、誓林せいりん女学園の新聞部で行われた虐殺を『自殺』で、片付けた。……あれだけの惨状で、どうやって自殺したと?」


 クスクスと笑い出した咲莉菜に応じて、周りで座り込んだ、100人ぐらいの、白い人影も、一斉に笑う。


 やがて、彼女が2人のほうを向けば、白い人影の赤い目も、それにならう。


「その犠牲を出したのは、間違いなく、公安です。何か、言うことは? ……まあ、言えぬな。社会秩序とか、『自分の担当ではない』と言うのが、せいぜいだ。ここで私の機嫌を損ねれば、彼女たちに食われることも……。では、そなたらが分かるように、四大流派の力の一端を示してやろう」


 咲莉菜が歩き出せば、白い人影が四つん這いになって、道を譲りつつ、その後を追う。


 崖から突き出た、石舞台のほうへ進みながら、語り続ける。


「そなたら、不思議に思わなかったので? わたくしは、桜技流の筆頭巫女……。本来ならば、どこへ行くにしても、数人の局長警護係が付き従う」


 そうだ。

 考えてみれば、どうして、天沢咲莉菜は1人で……。


 先ほども、忍者を退しりぞかせた。

 今の状況で出現しないことから、本当に帰ったのだろう。



 では、なぜ?


 今頃になって、不思議に思う、奈央とメリッサ。



 咲莉菜は、凸凹になった石舞台の上で、滑るように、歩き続ける。


 気づけば、彼女の姿は、後頭部に赤いリボン、桜色の上着と、緋袴ひばかまに。


 茶色のブーツで、地面の少し上を歩くも、2人には見えない。



「必要ないから……。むしろ、巻き込んでしまう……。だから、1人になった」


 石舞台の先端に立った咲莉菜は、特務官2人のほうを見る。


「そなたらは、何者でもない。だからこそ、何にでもなれる……。喜べ! 今、筆頭巫女たる私が、そなたらを『桜技流を冒涜ぼうとくした敵』と、認めたぞ? もはや、百鬼夜行がどうなろうが、日ノもとに安住の地はない!」


 ニヤリと笑った咲莉菜は、さらに絶望を与える。


「もちろん、室矢むろや家にとっても……」


 何もないはずの虚空から、刀身がまっすぐの、天之羽芭霧あめのはばきりを抜いた。



 食事をもらうペットのように、両手を伸ばす、白い人影たちを見た後で、もはや言葉もない2人に、宣告する。


「この浄化の後で、そなたらが、まだ生きていたらの話ですがね?」

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