第727話 降神祭儀ー③

 大正ロマンの服装に変わった天沢あまさわ咲莉菜さりなは、直刀の天之羽芭霧あめのはばきりを片手で、体から遠ざけるように、肩と水平に持ち上げた。


 崖から突き出た、石舞台の先端で、彼女を追い込むような構図のまま、座り込んだ100人の白い化け物――生贄にされた祈り巫女たち――のほうを見て、つぶやく。



紅蓮ぐれん業焔刀ごうえんとう



 咲莉菜は、激しい炎に包まれた。


 巨大なつぼみのようだが、そのグラデーションは、見ただけで命の危険を覚えるほど。



 彼女を中心に温度が上昇していき、足元である、石舞台にひびが入る。

 瓦礫がれきとなって、下から崩れていくも、それすら許さず、あめのように溶けて、消滅するだけ。


 そして、咲莉菜を見物するように集まっていた、白い人影の群れは、物質を分解するビームを浴びたのか? と錯覚するほどのスピードで黒いちりとなり、ただ燃え尽きる。


 崖のいたる場所が、その余波によってえぐられ、あるいは、溶かされる。

 上下に移動するための足場も、たった今、崩れ落ちた。


 咲莉菜が説明していた場所の拝殿も、立派な屋根が吹き飛び、内部まで……。



 だが、これは、天之羽芭霧を完全解放する、前座にすぎない。



 いつの間にか、打刀うちがたなになった、その御神刀に、山間部に発生した火災旋風が吸い込まれていく。


 

 静かだ。


 先ほどまでの、吹き飛ばされそうな竜巻や、炎が周りを侵食する音が、消えた。



 咲莉菜は、片手で横に持ち上げていた天之羽芭霧に対して、ゆっくりと、両手持ちに切り替える。


 中段の構えで、赤くなった刀身が前に。

 足場は崩れ去ったが、両足の茶色のブーツで、空中に立ったまま。



「眠りなさい。全て……」



 刃筋を立てた咲莉菜は、改めて右手で持ち、ブスブスとくすぶる刃を真横に溜める。


 そして、一気に、右側へいだ。


 

 振られた刃の延長線は、衝撃波として、山腹を溶かす。


 爆薬を使ったように、そのまま爆発した。



 山が、断末魔を上げた。

 横一直線の大きな爪痕に耐えられず、地鳴りと共に、崩れていく。


 下手な弾丸よりも危険な瓦礫が、飛び交う中。

 片手で振り切って、身体が開いたままの咲莉菜は、もういない。


 別の女子の声が、その場に響き渡る。



破蕾はらい……千紫万紅せんしばんこう!」



 いきなり現れた錬大路れんおおじみおは、自身の御神刀、氷月花ひょうげつかを完全解放した。


 真っ白で、周囲にダイヤモンドダストが見える刀身とは別に、白一色の大袖へ。


 彼女を中心に、白の世界で、塗り潰されていく……。



 氷の花々が、咲き誇った。


 都市1つを包み込みそうな、同心円状に広がった、絶景。



 けれど、超高温からの変化に耐えられず、バキバキと、自壊する。

 砕け散って、粉々になる、降神祭儀の場。


 まだ形を残している氷塊は、下を流れている川へ、次々に飛び込む。



 全てを燃やし尽くす炎は、同じく、全てを否定する氷結によって、鎮火された。


 神ならぬ身ゆえ、歪められたまま、永遠の生を強いられていた、祈り巫女の集団は、ようやく救われたのだ。



 いつしか、元の空が、見えている。


 現世うつしよに戻ったものの、そこに咲莉菜と澪はもちろん、公安の特務官である、稲村いなむら奈央なおと、安里あさとメリッサの姿も、なかった。




『F県の山奥で、突如として、赤い竜巻が発生したようです。これは、竜巻と火災が組み合わさった、火災旋風と呼ばれている現象で、大震災に観測されています。発生するメカニズムは解明されておらず――』


『ご覧のように、不思議な光景です! 崖の途中をえぐり取ったような状態で、遠くから、ヘリで撮影するしかありません! 幸いにも、周囲への延焼はなく、関係者は、胸をなで下ろしています。地震があったものの、登山者に被害はないとの――』


『先日にお伝えした、火災旋風の続報です。崖下の川へ落ちた瓦礫が、下流に進んだことで、注意を呼びかける――』


『まるで極地のような、巨大な氷と、寺社のような破片も、混じっています。「火災旋風で焼失した」と見られるものの、この時期に万年氷があるとは考えにくく、昔から住んでいる方も、「あり得ない」と――』



 ◇ ◇ ◇



 警察庁の、窓がない会議室で、お歴々が集まっている。

 細長い円卓についた面々は、どれも悩んだまま。


 F県警を管轄としているキャリアが、報告を終えた。


「――以上です」



 上座の1人は、うなずいた。


「ご苦労……。現状で判明しているのは、山腹の一部が焼かれて、崩れ落ちたことだけか……。瓦礫が押し寄せた下流はともかく、山中では、特に被害なしと」


「はい」


 律儀に反応したキャリアに構わず、上座の人物が、別のほうを見た。


「では、公安にも、出せる情報をお願いする」


 首肯したスーツの男が、朗々と語り出す。


「公安です。この場にお集まりの方々に、お伝えしたい事があります。……実は、あの現場には、うちのスナイパーチームと、特務官2名が行っておりまして――」




 話を聞き終わったキャリアは、さらに悩ましい顔。


「特務官とは、異能者による警察官……なのだね?」

「はい、おっしゃる通りです」



「スナイパーチームの2名と、特務官2名の安否は?」


「前者は、死体の一部を回収。後者につきましては、彼女たちが使用していた拳銃を回収しました。どちらも発砲した痕跡があり、残弾ゼロ。相手は不明ですが、戦闘をしたと思われます。土砂に呑まれていて、指紋は検出できず」



「彼らが戦闘をした相手は、誰だ? 天沢咲莉菜を追っていたのだから、彼女も召喚すれば、いいではないか!?」


「その通りですが、F県の監視システムに引っかかっておらず、こちらの情報網でも、誰が現場にいたのかは、不明です」


 公安の男は、上座のほうを見た。


 頷いた人物が、代わりに喋る。


「その件だが……。桜技おうぎ流は、例の殉職した演舞巫女えんぶみこの死体をぶつけた事件をさかいに、サボタージュを行っている。本来ならば、警察官として許されざる大罪だが、すでに緊張状態のうえ、数年後には離脱する立場だ。今ここで、『同じ警察官の殉職をあざわらった』と報道されれば、もはや、何も残らない。彼女たちが形だけとはいえ、実行者の処罰に応じてくれて、身内の話に留めているため、こちらが荒立てる必要はないのだ! また、全国的に、怪異と思われる、我々が後手に回る事件が急増しており、こちらへの対応もある」


 書類をめくる音が、会議室に響いた。


「桜技流は休止中だが、独自の判断で、怪異の退治を続けている。であれば、天沢くんを召喚して、どちらも退けない状態にするのは、愚行の極みだよ! こんな事ならば、強引であっても、演舞巫女の部隊を各県警の本部付きにしておくべきだったとは、思うが……。いずれにせよ、彼女たちは、警察から去るのだ。支援がある今のうちに、現場で慣れたまえ!」


 恐る恐る、キャリアの1人が、発言する。


「お言葉ですが、当管区では、かなり遅れて現着したうえに、『嫌がらせがあった』として、即座に帰りました。その後の連絡に一切応じず、『同じ警察官』を抜きにしても、承服しかねる話です。あいつらが遅れたせいで殉職した警官の遺族や、四肢の欠損で、もはや公務執行ができない警官とも、ろくに話さず!」


 心当たりがあるキャリア達も、無言で、首肯した。


 上座にいる1人が、発言したキャリアを見たまま、静かに諭す。


大谷おおたにくん……。君の気持ちは、よく分かる。私も同じだ……。それでも、言わせてくれ……。本当に、すまない」


 座ったまま、頭を下げたことで、発言した大谷は、口を閉じた。


 いっぽう、頭を上げた人物が、話を続ける。


「最終的には、私が責任を取ろう……。でなければ、内部も納得しまい? 辞めるタイミングが、問題だ! 今しばらくは、こらえてくれ……。頼む」


「分かりました。長官が、そこまで仰るのなら……」


 大谷は、苦渋の表情で、引き下がった。


 

 警視総監が、代わりに、司会を務める。


「公安に聞きたいのだが……。情報を持っているとしたら、F県の現場へ出向いたと思われる特務官2人、稲村奈央と、安里メリッサだな?」


「はい、その通りです! 今のところ、どちらの死体も、出ておりません」



 唯一の手掛かりである2人を見つけたら、改めて、作戦を練り直す。


 その結論で、全国の県警が動くことに……。




 ――沖縄の離島


 亜麻色のロングを靡かせている女が、道を歩いている。


 暗めの青い瞳で、かなり若い。

 襟付きの薄い長袖と、長ズボン。


 その左腕の部分は、バタバタと、風に動く。


 右肩にショルダーバッグを下げたまま、鍵を開けて、白い建物へと入っていく。


「たっだいまー! 元気にしていた?」


 バタンと閉じて、内側から施錠。


 奥のほうから、うるさい! という、女の返事。


 ショルダーバッグを机の上に置き、亜麻色ロングの女は、スタスタと歩いていく。



『現場では――』


 テレビが映し出しているのは、F県の古代祭場の跡だ。



 窓際で、ベッドに寝ていた女が、ゆっくりと起き上がる。


「奈央? まだ、痛むんでしょ?」


「そろそろ動かないと、逆に回復が遅れるわよ……つつ」


 痛みで顔をゆがめた稲村奈央は、上半身を起こしたまま、テレビを見た。


「こうして見ると、よく生きていたものね、私たち……」


 安里あさとメリッサは、それに同意する。


「うん。とっさに崖を飛び降りなかったら、確実に死んでいたよ」



 天沢咲莉菜が、天之羽芭霧を完全解放する直前に、2人は崖からダイブ。


 奈央の魔法で減速しながら、下の川に飛び込んだものの――



「持ってかれちゃったね?」


「私は内臓、あんたは左腕……。それでも、あれだけの瓦礫に挟まれた結果なら、運が良いほうよ」


 自嘲した奈央は、スッキリした表情で、続ける。


「どうせ、警察手帳、拳銃と実包、無線機も、なくしたし……。公安に情報を持って帰ったら、あの天沢に殺される。ちょうど、死んでもおかしくない場面だったから、潮時よ」


「そうだねー! 念のために、セーフハウスを用意しておいて、本当に良かった。いつもの癖で、情報を抱えていたのも、結果的に助かったわけで」


 奈央は、心配そうな表情で、尋ねる。


「あの医者は、信用できるの?」


「うん! 私が生まれた時、お世話になった人だし!」


 ふうっと息を吐いた奈央は、現状を認識する。


「桜技流の敵、か……。どうしよう、メリッサ? すぐに、海外へ行く? ここからは、海を越えるだけで済むけど」


「せっかくだから、新しいIDを作って、死んだママの母国であるUSFAユーエスエフエーへ行っても、いいけど……」


 そこで、右手の人差し指を振ったメリッサは、得意げに教える。


「ここは、琉球王国だから! 日本じゃないよ?」


 思わず吹き出した奈央は、すぐに突っ込む。


「何よ、それ……」




 公安に帰還して、入手した情報を渡せば、引き続き、『19年前の四大会議』を追わされた。

 

 咲莉菜は、『桜技流の敵』と宣言したものの、個別に対応する気はない。

 視界に入ったら、殺すだけの話。


 奇跡的に、彼女たちは、命拾い。


 取り返しがつかない代償を払いつつも……。




「百鬼夜行か……」


「どうしたの、奈央?」



「ん……。たいした事じゃない。『もし、百鬼夜行が起きたら?』と、考えてね」


「あれだけ強い、咲莉菜ちゃんがいれば、大丈夫じゃない?」



「ま、そうね……。私たちは、自分の心配をしましょう」


「今日は、ゴーヤチャンプルーだよ! ……好き嫌いは、しない!!」


 表情で抵抗した奈央に、メリッサは、宣言した。


 そのまま、台所のほうへ。

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