第725話 降神祭儀ー①

「そなたらは、何用か? ここは、部外者が立ち入る場所では、ありませんよ?」


 天沢あまさわ咲莉菜さりなの発言に、公安の特務官2人は、緊張した。


 模様と家紋が入っていない、上下が黒だけの剣道着のような、女子高生。

 彼女こそ、桜技おうぎ流のトップである、筆頭巫女だ。


 彼女の周りには、ついさっき、自分たちを襲いかけた忍者ども。

 返答を間違えれば、すぐに殺されるだろう。


 稲村いなむら奈央なおは、つばを飲み込んだ。


「わ、私たちは――」

「特務官であることは、承知しているのでー! その前提で、話しなさい」


 先手を打たれたことで、奈央と、安里あさとメリッサは、緊張を高めた。


 ところが、咲莉菜は、片手を振る。


「行きなさい」


 次の瞬間に、烏衆からすしゅうたちの姿が、消えた。



 自分たちの死神がいなくなり、奈央とメリッサは、自分と向き合っている女子を見る。


 咲莉菜は周りを見ながら、口を開いた。


「ここは、祭祀場さいしば……。今では使われていない、むべき儀式を行った場所……」


 その力ない独白によって、奈央は、とっかかりを得た。


「あなたは、何を知っているの? ……信じてもらえないだろうけど、私たちは、別に敵じゃない。もうすぐ離脱するにせよ、今はまだ警察官で、立場は違えど、同じ異能者だから、悪いようにはしないわ! それに、話すことで、気が紛れる事もあるんじゃない? ……先に言っておくけど、私たちは、この下にある白い部分が人骨であることに、気づいた。桜技流の祈り巫女が、100人は消え失せたことも、把握済みよ! この石舞台を赤黒く染めているのも、たぶん、血痕……」


 暗に、これだけの証拠を消すのは不可能で、今さっき告げたように、自分たちを殺しても警察が黙っていない、と伝えた。


 もう詰んでいて、正直に話すことで、少しでも心象を良くしたほうが、身のためだぞ? とも……。



 咲莉菜は、2人を気にせずに、ゆっくりと歩き出す。


 逃げ出すためではなく、考えるために。


「この石舞台は、当流にいた武羅小路むらこうじ家と、天衣津てんいつ家による、筆頭巫女の代わりを作り出すための、所業の果て……。そなたらは、何のために来た? よもや、登山でやってきたとは、言うまい?」


 奈央は、いずれにせよ、あんたの責任はまぬがれないわよ? とは言わず、話を合わせる。


「ご明察の通り、あんた達の降神祭儀とやらを追ってきたのよ……。筆頭巫女の代わりって、何をするつもりだったの? これだけ人を殺して、死体すら物に変えれば、抵抗勢力もビビッて、黙るでしょうけど」


 溜息を吐いた咲莉菜は、その場で立ち止まり、奈央のほうを見た。


「そなたらは、すでに答えを言っている。文字通りに、神を降ろすため……」


「プッ! ほ、本気で、言っているの? ……いえ、ごめんなさい。今の発言は、撤回するわ」


 大真面目に言った咲莉菜を見て、思わず吹き出した奈央は、すぐに頭を下げて、謝罪した。


 アイドルのような女子高生だが、相手は、宗教団体のトップに等しい存在だ。



 笑顔の咲莉菜は、冷静に返す。


「理解を期待していなければ、腹も立たぬ……。他に当流の者がいなかったことに、感謝せよ。でなければ、わたくしが止めようとも、誰かが報いを受けさせた。特に、この場では……」


 バカにした口調で、奈央は怒ったが、そもそも、自分が侮辱した話だ。


 拳を握りしめて、こらえた。



 それを気にせず、咲莉菜は、拝殿らしき建物へ歩き出した。


 一瞬だけ、呼び止めようと思うも、奈央とメリッサは、後を追うのみ。



 拝殿の前で立ち止まった咲莉菜は、背中を見せたままで、問いかける。


「そなたらは、神を降ろすのに、何が必要だと思う?」


貢物こうもつでしょ? だから、祈り巫女をどんどん殺した……」

「お願いすること?」


 意外にも、咲莉菜は、メリッサのほうに、うなずいた。


「そう……。人の身では、願うことだけ……。それでも、神々は別に、生贄を求めているわけではない」


「じゃあ、彼女たちは、無駄死にだったわけ? せめて、その無念を晴らすために――」

「そなたは、一体どうすれば、100人を超える、祈り巫女を平らな床にできると?」


 メリッサの発言に被せた咲莉菜は、振り向き、先ほどまで3人が立っていた、赤黒く、下が白骨の色をしている、石舞台を指差した。


 聞かれた本人は、その方向を見ながら、困惑したまま。


「どうって……。あそこに全員が埋まっているとは、限らないわけだし……。骨だけにした後、プレス機で潰したんじゃない?」


 イラついた奈央が、口を挟む。


「方法は、どうだっていいのよ! 大事なのは、あそこに失踪した人間が、大量に埋まっていることだけ!! そろそろ、私たちと一緒に来てもらう――」

「最初は……わたくしと同じ、誓約せいやくによる降臨だと、思っていたのでー」


 普通の女子高生らしい声音に戻ったことで、奈央は、黙り込んだ。


 いっぽう、咲莉菜は、驚きを隠せないまま、話し続ける。


「人の器に入るだけの容量……。まさか、本当に実現するとは……」


「何を言っているの? ……分かるように、説明しなさいよ!?」


 不安に駆られた奈央が叫べば、真顔の咲莉菜は、端的に告げる。



 ――彼らは、高天原たかあまはらからの天降りとしての降神を、成し遂げました



 理解に苦しんでいる2人に、咲莉菜は、改めて説明する。


「当流の降臨は、筆頭巫女が、その魂を消滅させる代償による、憑依に過ぎない……。これならば、“筆頭巫女に代わる旗印” なのでー!」


 メリッサが、率直に尋ねる。


「よく分からないんだけど……。同じことでは?」


 首を横に振った咲莉菜が、誤りを訂正する。


「いいえ。まったく、違います……。なぜなら、降神祭儀では、神格を直接呼び出しているから……。現世にいる人間に、高天原から降ろすわけではない」


 奈央が、叫ぶ。


「あとの話は、署で――」

「わたくしの予想が正しければ、戸籍に載っていないはずの人間が、増えていたのでー!」


 その場の注目を集めた咲莉菜は、邪魔されずに、続きを喋る。



「地上で人の身になった……言わば、スケールダウンした神。それも、残っていた資料によれば、赤ん坊ではなく、最初から中学生ぐらいの姿だった……。天から太い光が降ってきて、すり鉢の形で、次々と凹んだ後の、最も深い底に」



 赤黒い石舞台を見ながら、咲莉菜が、独白する。


「おそらく……犠牲になった『祈り巫女』の血肉を使い、自分を組み立てた」


「うちにリストがあるから、照合できるわよ! ま、あんたが言っていることが、本当なら……だけど」


 呆れ果てた奈央が、咲莉菜の肩に、手を置いた。


「とにかく、山を下るわよ? ここは崖を削り出した場所のようだし、天気も怪しくなってきた……。途中で雨に降られたら、遭難しかねない」


 奈央が、山の中腹に張り付いたような場所で、空を見上げた。


 暗い雲が立ち込め、ゴロゴロという、雷の音。


 咲莉菜の低い声も……。



「そなた? 無理やりに連れてこられ、『降神を成功させねば、殺す』と言われれば、どう思うので?」



「笑い飛ばすわ! 冗談よ、冗談……。彼女たちのこと? そうね……。周りを武装した人間が囲んでいて、こんな山奥の崖っぷち。桜技流の有力な家が主導していたようだし、仮に逃げられても、暗殺か、死ぬより悲惨な扱いでしょうね? 必死に行い、指示した奴らのご機嫌を取るしかないわ」


 奈央は、真面目に答えた。


 首肯した咲莉菜は、雨が降りそうな曇天どんてんの下で、急に吹いてきた、生暖かい風を受けながら、説明する。


「そう……。だが、降神祭儀は、10回以上も行われた……。そなたが巻き込まれて、必死に抗っても殺された場合、それに納得するので?」


「するわけ、ないでしょ? 恨むわよ。そいつを呪い殺せるぐらいにね……」



 周囲を警戒していたメリッサが、叫ぶ。


「奈央! もう、移動しよう? すごく、嫌な感じがする!!」


 そちらを見た奈央は、頷いた。


 咲莉菜へ視線を戻した後で、肩に置いた手に、力を入れる。


「話は、もう終わり! どうするにせよ、下山しないと――」



 赤い。


 夕暮れにも似た光が、辺りを照らしている。



 曇天のままで……。



「ここでは、多くの祈り巫女が、命を落としました」



「今、そなたが言った通り、彼らは恨んだでしょう……」



 奈央は、無意識のまま、咲莉菜の肩に置いていた手を下ろす。


 傍にいるメリッサと一緒に、彼女を見る。



「だから……早く、事件を明らかにしないと! そうすれば、偉い坊さんが1ダースも来て、嫌になるほど、念仏を唱えてくれるわよ! あんたには、不本意だろうけどね? それでも、桜技流がやったことには、違いない」


 咲莉菜は、奈央の言葉を聞いているのか、全く動揺せず。


「なら、被害者に、話を聞いてみるがいい」



 ふざけているのか! と怒る奈央だが、石舞台のほうから、ボコボコという、地面を割るような音が、続いた。


 奈央とメリッサが、そちらを見れば、一対の赤い目が、いくつも。


 両手両足で四つん這いになった、子供ぐらいの、白い人型。


 その数は、50以上。



 自分が見た光景を信じられず、咲莉菜に視線を向ければ――



「ここは、もはや、現世うつしよではない。常夜とこよだ……。そなたらの信仰や思想は問わぬが、彼らは斟酌しんしゃくしないだろう」


「何しろ、全てを恨んでいるのだから……」


 そこにたたずんでいる咲莉菜は、あっさりと、言い放った。

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