第724話 F県の古代祭場の跡にて……【咲莉菜side】

「古代の祭場?」


 運転席でハンドルを握る稲村いなむら奈央なおは、前を見たまま、納得できない声音に。


 その隣にいる安里あさとメリッサは、うなずいた。


「うん! どうやら、桜技おうぎ流が、大規模に集まっていたらしくて……。時期的に、19年前の『京都の四大会議』より、古いんだけど……」


「まだるっこしい! 要点だけ、言ってよ?」


 メリッサは、説明を続ける。


「え、えーとね? けっこう長く続けていて、10回は越えているようで……。どうやら、生贄を捧げていたって!」


「はあっ!? あそこ、そんなヤバい宗教だっけ? 今でも?」


 困ったメリッサは、自分でも半信半疑のまま、答える。


「今は、ないと思うよ? 15回目が、最終らしくて……。その行事は……」



 ――降神祭儀と、言うんだって!



 ハンドルを握っている奈央は、溜息を吐いた。


「何? 天から、神様でも降臨させる気だったの? 現実とフィクションの区別ぐらい、つけなさいよ……。おっと、赤だ!」


「どこまで本気かは、ともかく……。降神祭儀で、かなりの予算を使い、F県の古代祭場に集まっていたのは、事実だよ? 問題は、ここからで……。桜技流の祈り巫女が、大量に失踪しているの!」


「だから、生贄と――」

 パァ――!


 信号が変わったことで、クラクションを鳴らされた。


 奈央は舌打ちしつつも、ブレーキから足を離して、代わりに、アクセルを踏む。



 メリッサは、奈央の機嫌をうかがいつつも、説明する。


「だから、『その祈り巫女の線から、桜技流のVIPを引っ張れないか?』と、本部が言っている」


「VIPって……。要するに、筆頭巫女の天沢あまさわ咲莉菜さりなを確保したいんでしょ? いったん、留置所に入れてから、余罪をどんどん追加して、勾留こうりゅう期間を延ばす、いつもの手で!」


 奈央は、呆れたように、吐き捨てた。


 助手席のメリッサも、同意する。


「咲莉菜ちゃんは、桜技流の禁足地か、ランダムに自流の拠点を移動していて、捕捉できない……。おまけに、瑞紀みずきちゃんの臓物ぶっかけ事件で、桜技流はしばらく活動休止……」


 いよいよ、バカにした警官に、演舞巫女えんぶみこのバラバラ死体をぶつける事件が、起きた。

 トップの天沢咲莉菜は、最後の一線を越えたのだ。


 これに伴い、実行した演舞巫女の数人が、警察官として、処分された。

 桜技流は公式に、活動を休止。



 運転中の奈央は、苛立たしげに、言う。


「まったく! じきに、百鬼夜行かもしれないって……いや、違う。だからか」


「うん……。私たち、その最前線にいるんだ……」



 “宗像むなかた――まで、15km”



「いずれにせよ、私たちは、見届けるだけよ……。国が亡びるほどの百鬼夜行だったら、どこにも、逃げ場はないのだから……」




 ――F県の古代祭場の跡


 車から降りた2人は、桜技流が繰り返し、降神祭儀を行った場所を目指す。


 当たり前だが、観光ルートではない。

 ハードな登山のような急勾配を登っては、道なき道を突き進む。



 急に、視界が開けた。


 眼下には、石を削り出したような、祭壇がある。



「あれが……古代祭場?」


「うん」



 崖から突き出した形の、踊れそうな足場。

 それを囲むように、観客席のような場所や、寺社らしきシルエット、近代的な建物がある。


 どれも、山に張り付き、隠れるような雰囲気だ。



 高台から、双眼鏡で見た、稲村奈央は、思わず声を上げる。


「何、あれ……。ひょっとして、血? それが溜まりすぎて、舞台みたいな足場が、赤くなったの!?」


 てっきり、赤く塗装されていると思っていた、安里メリッサは、驚く。


「え?」


 相棒を見た奈央は、恐怖を隠し切れずに、告げる。


「メリッサ……。とにかく、ここから降りるわよ? 本当に、桜技流が活動していた場所なのか、チェックしないと」




 いったん戻り、足場になる部分を見つけて、下まで降りる。


 すると、崖に沿って、祭壇へ向かうルートを見つけられた。


 下を気にしないよう、壁面に張り付きながら、前へ進む2人。



「待って、メリッサ! 誰か、いる……」


 小声で、奈央が止めた。


 そっと覗いたが、舞台のような足場までの、ちょっとした平地があるだけ。


 コンクリートの建物は、窓が割れていて、廃墟のようだ。

 歴史的な建築である寺社も、放置された外観。


 拝殿らしき建物の中で、人影が動いた。


 ジッとしていれば、声も聞こえる。



 念のため、ホルスターの拳銃に装填をして、異能者としての装備も、点検。

 奈央が先頭のまま、一列で、小走りに進む。


 身を隠す場所がない以上、ゆっくり歩く意味はない。



 近くで足を止めて、拝殿の奥を見るも――


「いない? そんなはずは……」


「見て、奈央! さっきまで、赤黒かったのに……」


 メリッサが指差したほうを見れば、崖から大きく出ている石舞台は、グレーだ。


「は!?」


 慌てて、そちらへ走っていく。



 石舞台は、自然の地形を整えて、四隅に灯りの台などが、設置されていた。


 その中央は、同心円状の階段の底。


 人が降りるために作ったにしては、場所が中途半端。

 幅も、アリ地獄のような、足を滑らすほどの狭さ。


 外周の端に立った奈央は、中心にある、一番深いところを覗き込む。


「そもそも、何なの、ここは?」


「さあ……」


 ついてきたメリッサも、隣で、首をかしげる。



 石舞台の中央に、なぜか作られた、意味不明のすり鉢。


 それも、同心円状で、波紋のように……。



 今は、ここで桜技流が、大量に生贄を捧げていたのか? が問題だ。


「メリッサ、やれる?」


「あー、うん……。自信がないけど……」


 言いながらも、両手を合わせて、印をいくつか組む。



 数十秒で、周囲にガラスが割れるような音が、響き渡った。



 同じような光景。


 しかし、立っている場所の色は、崖の上から見たような、赤黒い色に戻った。



「やっぱり……。私たちに気づいて、認識を変える結界を張ったんだ……」


「じゃあ、桜技流は、黒? でも、どうして、今頃に……」



 証拠を消すつもりなら、もっと早く、動けたはずだ。


 これだけ僻地の、山奥。

 桜技流の規模なら、こっそりと人を派遣するのは、造作もないはず。



「奈央! ……これ、人骨だよね?」


 その叫びで、奈央も、その場でしゃがんだ。


 手で地面をはらい、折り畳み式のナイフで、ガリガリと削ってみれば、確かに、白い骨のような部分がある。


 新しく外に出たことで、場違いなまでの白さだ。



「ちょっと、待ってよ……。まさか、これ全部、人の骨!?」


 白い大理石のような部分は、それで作ったように、表面を覆っていた。

 もっと深くまで、人骨があるのか……。


 よく見れば、頭蓋骨らしき部位も。



「これは……。メリッサ! 祈り巫女が大量に失踪したって、どれぐらい?」


「えっと……。ご、合計になっちゃうけど、三桁はあったはず!」



 ゆらりと立ち上がった奈央は、ナイフを仕舞いつつ、周りを見渡す。


「まいったわね……。もしかして、この石舞台に、そいつらが塗り込められているの? 1人ずつ判別するのは、もう不可能だろうけど……。せめて、弔ってやらないと……」


「応援を呼ぶ?」


 メリッサの提案に、奈央は少し考えてから、首を横に振った。


「ここからでは、警察無線や携帯が通じない危険がある。通じても、山岳では、必ずしもヘリが飛べるとは限らない。それに……人の気配があった。狼煙のろしや、長い竿の先に目立つ物をつけて、掲げるわけにもいかないわ! これだけの証拠は、そう簡単に消せない。私たちが離脱して、携帯が使える場所まで――」


 シュッ シュッ シュッ


 風を切り裂く音と同時に、新たな気配が増えた。


 

 奈央とメリッサは、背中合わせに。


 片や、バレである、セミオートマチックを抜いた。


 片や、両端に重りがある、分銅鎖ふんどうくさりを両手で握る。



 現れたのは、時代劇に出てくるような、忍者たちだ。

 体格と雰囲気から、男。


 お約束のように、目の部分だけ、出ている。


 腰の後ろで斜め上を向いている、忍者刀のつか

 かなり短く、ほとんど反りもない。

 

 主な使い方は、刺突か、急所を狙うことだろう。



 数は、10人ほど。

 重心が低く、今の登場からも、歩法に長けていると、分かった。


 特殊部隊のような、冷徹な目が、奈央たちを射抜く。



「桜技流の烏衆からすしゅう!?」



 彼らの右手が、それぞれの柄を握り、鯉口こいぐちを切った。

 鈍い光が、わずかに見える。


 ジリジリと、摺り足で、包囲の輪をせばめていく。



 奈央は、左手で、警察手帳を取り出した。


 上下に開いた後で、よく見えるように、掲げる。


「警察よ! 大量殺人による死体遺棄の容疑で、この場を捜査している!! これ以上の抵抗をすれば、公妨こうぼう――公務執行妨害――で、現行犯逮捕よ!?」



 忍者たちは、摺り足を止めない。



 急いで警察手帳を仕舞った奈央が、両手でセミオートマチックを構え直す一方で、メリッサも叫ぶ。


「分かってるの!? ここで、私たちを殺せても、警察を敵に回す! そうなれば、桜技流にも、本格的な捜査の手が伸びるんだよ!?」


「ここへ来る前に、座標と目的は、報告している! 今も、警察無線で連絡したばかりよ! GPSだって、ある! いい加減に、諦めなさい!!」


 奈央が、ハッタリで、叫んだ。



 忍者たちは、まだ止まらない。


 そろそろ、抜刀しつつ、一斉に突き刺してくる間合いだ。


 彼らの目つきが、そう告げている。



「くっ……」

「うぅ……」


 小さくうめいた奈央とメリッサは、覚悟を決めた。


 話が通じる相手ではない。


 先手を打ち、包囲網に穴を開け、こいつらを振り切るしかない。



「待つのでー!」



 今にも、命の取り合いになる場面で、のんびりした声が響いた。


 それを聞いた忍者のグループは、奈央たちを見ながらも、納刀して、柄から手を離す。


 声が聞こえた方向に対して、左右で整列。



 奈央たちが、唖然としたまま、そちらを見れば――



 アッシュの長い髪を後ろでまとめて、明るい茶色の瞳をした少女が、左右の列の間を歩いてくる。


 天沢あまさわ咲莉菜さりなだ。

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