第723話 恋する錬金術師とその結末ー③

 俺の対面に座っている、マスクド・レディ(仮面の淑女)。


 いや、富士ふじかぐやは、弟子だった、賀茂かもあんずの最期を告げる。


「杏は、航基こうきの助命を願った……。自分の命と、引き換えにな……」


 かぐやは、片手で、顔を覆った。


 俺は、少し躊躇ためらったが、質問する。


「賀茂さんは、なぜ、そのような真似を? 俺が調べた限りでは、もっと理知的に動くタイプだと、感じましたが?」


「それは……彼女が、恋をしたからだ。決して、叶わぬ……」



 片手を下ろした『かぐや』は、俺を見据えながら、説明する。


「杏は、君を作るプロジェクトの責任者だった。進捗は順調……。ただ、1つ。彼女がメンバーの1人に、恋心を抱いたことを除けばな?」


 俺の表情を見た『かぐや』が、うなずいた。


「ああ……。『告白するなり、もっと他に、方法はあっただろう?』と、言いたくもなる。けれど、それは、できなかった……。なぜなら、このプロジェクトは、その人物の願いを叶えるためだったからな」


「願い……」


 オウム返しの俺に、かぐやは首肯した。


「ああ、そうだ! 彼を立ち直らせるため……。実際に、彼は、杏を見ておらず、その進捗だけを気にしていた」


 顔を伏せた『かぐや』は、絞り出すように、話す。


「つまり、私は……。杏に、大好きな男と接しながらも、自分の気持ちを伝えることすら、許されない研究を強いたのだ」


 混乱している俺に、かぐやは、諭すように、付け加える。


「考えてみてくれ。当時の、杏の年齢を……。彼女は、高校生だった」


 あ!


 驚きの表情になった俺に、かぐやは、再び頷いた。



「で、でも……。いったい、誰と? 賀茂さんは、父親のところへ連れて行こうと……」


 思わず口にした疑問に対して、かぐやは、首を横に振った。


「それは、答えられない……。航基については、私が面倒を見るわけにもいかず、孤児として、施設に預けたのだ。その後の消息を知ったのは、あなたが活躍してから」


「分かりました。航基に関しては、もう十分です……。俺を作った理由と、本当の両親は? 九条くじょう和眞かずまが、なぜ参加していたのですか?」


「すまないが……。それは、私が説明するわけにはいかない……。他に質問がなければ、そろそろ、面談を打ち切るぞ?」



 拒絶されたのは、答え合わせではなく、説明を求めたから。

 だが、ストレートに尋ねても、同じか。


 あと、聞きたいことは……。



「俺のスマホで、見せたい画像があります」


 首肯した『かぐや』は、テーブルに置いた端末で、部下を呼び出す。



 ロックを解除したスマホで、目当ての画像を表示した。


 そのまま、『かぐや』のほうに向けて、差し出す。


 

「俺の出生を知るためには、この女子を調べれば、いいのでしょうか?」



 視線を上げた『かぐや』は、大きく頷いた。


「その通りだ……。19年前の『京都の四大会議』で、何があったのか? その謎も、一緒にな……」



 鍛治川かじかわ航基については、まだ気になる所もあるが。

 そちらは、気にしなくていい。


 いよいよ、原作で語られていない、核心へ進むことに……。



?」



 俺の呼びかけで、彼女は、びっくりした表情に。


 それに構わず、自分の考えを述べる。


「19年前の、『京都の四大会議』……。たぶん、そこが全ての出発点だ」



 【花月怪奇譚かげつかいきたん】で、『千陣せんじん重遠しげとお』が、何をしたかったのか?


 もしも、原因があるとしたら、そこだ。

 


「俺が、全てを終わらせますよ……。そのために、今の力があるんです」



 富士かぐやは、北海道の函館で会った時。


 キッチンカーにいた時よりも、素直な表情に。


 普通の声で、返事をする。



「室矢くんは……女に刺されるか、搾り尽されて死ぬ最期ですね?」


「よく、言われます」



 これで、彼女から入手できる情報は、全てか……。


 そう思いつつ、立ち上がったら、『かぐや』が、声をかけてくる。


「室矢くん? が何であれ、あまり結論を急がないことをお勧めします……。お忘れですか? そういった手段は、私のほうが、専門ですよ?」


 そういえば、自分の分身で、経験を増やしていたな……。


 思い出しつつ、返事をする。


「覚えておきますよ……」



 どうするのかは、と話してから、決めるけどな?


 まだ、残っていれば、だが。



「少なくとも、私は、今のあなたが消滅することを望みません」


 その言葉には返事をしないまま、部屋を出た。



 ◇ ◇ ◇



 薄暗い空間で、稲村いなむら奈央なおは、紙袋を差し出した。


「はい……。あんた、これが好物だったわよね? 心配しなくても、情報料とは、別よ」


 ガサリと、相手が受け取った。


「それは、ありがとよ……。しかし、最近は、えらい目に遭ったようだな?」


「相変わらず、耳が早いわね? ええ……。で、肝心の情報は?」



 息を吐いた男――暗がりで、よく見えない――は、フードを被ったままで、答える。


「室矢重遠と、19年前の『京都の四大会議』だったな? 悪いが、降りさせてもらう」


 眉をひそめた奈央は、すぐに言い返す。


「足りなかった? まだ払えるけど――」

「ああ、違う違う! そういう意味じゃないんだ……。俺もヤバくなってきたから、身を隠すのさ。……これは、返しておく」


 無造作に、お札が入った紙袋が、放り投げられた。


 それを受け取りつつ、奈央は、相手の様子をうかがう。

 中身を確認しないのは、そのタイミングで襲われることを警戒してだ。


「どういうつもり? わざわざ、返すのは……」


「クク……。そう、警戒するなって……。あんたのことは、嫌いじゃない。だから、最後に気分よく別れようと、思っただけ! それとな? 1つ、良いことを教えてやるよ」


 右手をふところに入れた奈央を気にせず、フード男は、喋る。


「ゴロー様は、そろそろ、現世に百鬼夜行をされるそうだ……。俺たちがこの国を支配して、新たな世界ができあがるのさ! 強いやつが奪い、弱ければ、死ぬだけ……。おっと! ここで俺を脅しても、ムダさ! あんたも、異能者だろ? 妖怪、化け物と呼ばれる存在がいるのに、どうして、これだけ平和に暮らせると思う? 約定やくじょうだよ! けれど、もはや忘れられ、極一部の奴らだけが、律儀に覚えている始末……。だったら、こちらも好きにして、構わねえだろ?」


 魔法を使うための、バレ


 奈央は、実弾を撃てないデザインの拳銃を抜き、構えた。


 それでも、フード男は、喋り続ける。


「本当は、19年前の『京都の四大会議』を探る奴は、残らず始末しろって、言われてるんだけどよ? あんたには、手をかけたくねえ……。だから、これでお別れ! 今のうちに、海外へ逃げておくことだな? それじゃ」


 ケケケ! と笑いながら、フード男は、闇に溶けた。

 

 奈央が慌てて、拳銃によるクリアリングを行うも、見つからず。




 ――有楽町


 朝まで賑やかな、ガード下の、飲み屋街。


 空が見えないテラス席に、美女2人が、陣取っている。

 テーブルの上には、揚げ物など、和洋中のごちゃ混ぜ。


 大ジョッキで、グイッとあおりつつも、稲村奈央と、安里あさとメリッサが、話し合う。


「さて、どうしたものか……」


「うーん。が、そんな消え方をしたんじゃ、気になるよねえ……」



 中央病院の廃墟があるエリアで、命懸けの戦闘をした挙句に、何の成果もなかった2人。


 昔、誓林せいりん女学園の新聞部で虐殺があっただけに、改めて、19年前の『京都の四大会議』を調べるな、と言われれば、不安にもなる。



「誓林の平場ひらば夏木なつきは、行方不明……。まあ、生きていないわよね?」


「うん。間違いなく……」


 鍵を握っているであろう人物は、最近になって、姿を消した。


 最後に目撃されたのは、まさに、誓林女学園だ。



 食べて、その合間で飲みながら、奈央とメリッサは、取り留めもなく、話す。


「仮に成功しても、四大流派を敵に回すよねえ……」

「そーだね」


「降りる?」

「できたら、苦労しないよ……」


「百鬼夜行か……。出会ったら死ぬって、アレよね?」

「実際に、式神で使役している流派もいるし。軍団が押し寄せたら……」



 次のジョッキと、つまみに入れ替えたテーブルで、奈央は、真剣な顔に。


「ねえ、メリッサ? は、私たちを守ってくれると思う?」

「犠牲になることも、仕事のうち……。そういう話だよ」


 唐揚げを口に放り込み、ジョッキで流し込んだ奈央は、ダンッと置いた。


「妖怪による百鬼夜行が、本気だとしたら……。今の四大流派じゃ、対抗できない」


 それを受けて、メリッサも、考える。


「できるとしたら、同じ妖怪を使っているところだけ……。でも、あそこは、腰が重い。それに、社会秩序を守ることは、目指さないよね?」


「仮に、今……そういった危機に対応できるとしたら」


 奈央の問いかけに、メリッサが、続ける。


「室矢くん……か」



 人工的な光で照らされた、ガード下。


 奈央は、自分の相棒に、提案する。


「ねえ、メリッサ? 私たちは今、とんでもない立場にいる……。化け物の大侵攻が近いとしても、本社は相手にしない。仕事を放棄することも、許されない。だからさ? このまま、追っかけよう! 真実を知った時に、まだ生きていたら……」


 それを受け止めたうえで、必要な対応をすればいい。


 声にならない部分を聞いたメリッサは、ゆっくりと、頷いた。


「うん……。今の体制を変えようとは、思わないし、できない。だけど、私たちが自分の仕事に納得するか、遣り甲斐を感じられるのかは、判断する権利があるよ!」

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