第722話 恋する錬金術師とその結末ー②

「キッカケは、鍛治川かじかわ航基こうきへの不自然なアプローチでした。俺は四大流派の1つ、その上位家の当主です。操備そうび流の評議員が出てくるのも、納得できます。どこまで偶然かは別として、こっそりと会えば、何らかのメリットを得られるでしょう。だけど、あいつは、違う」


 対面に座っている、マスクド・レディ(仮面の淑女)は、何も言わない。


 白い仮面で、表情は分からず。


 俺は、話を続ける。


「航基は、何の後ろ盾もない、フリーの退魔師だった。今でこそ、千陣せんじん流の室矢むろや家が、寄親よりおやになっていますが……。それでも、最低限の面倒はあるが、重用されているとは、お世辞にも言えない。であるのに、俺が成り上がって、四大流派に認められ、海外の主要な勢力ですら、無視できない立場になった後で、あなたは航基に接触して、援助を始めた」


 前のテーブルに用意された紅茶を飲み、さらに言葉を紡ぐ。


紫苑しおん学園の高等部に編入した直後であれば、航基に支援することで、俺を下にできたと思います。だが、しなかった……。その時点で干渉するほどのメリット、または、理由がなく、俺が成り上がった後には、できたんだ……。つまり、室矢家から見放された後に、自力で生きていけるぐらいの力を与えたかった! マスクド・レディさんの子供であれば、最初から助けていたでしょう。だけど、見捨てるにも、忍びないだけの関係……。自分が目をかけていた人間の子供だから……。違いますか?」



 マスクド・レディは、座っているソファーに、もたれかかった。


 ギシッと、小さい音。



「だから、アン・賀茂かも・クロウリーが、鍛治川航基の母親だと……。確かに、クロウリーは、私の弟子だった。けれど、彼女は、君にマルジンの杖を埋め込んだ人間。『自分の母親ではない』と決めつけるのは、早計だぞ?」


 首を横に振った俺は、それに反論する。


「いいえ。クロウリーさんは、俺の母親ではありません。なぜなら、分かっている情報の中で、重要な部分が欠けているから……。彼女は錬金術師アルケミストで、ずっと海外育ちだ。賀茂を名乗っているとはいえ、日本の神々を信仰していたとは、考えにくい」


 無言の『マスクド・レディ』は、否定も肯定もしない。


 再び紅茶を飲んだ俺は、推理を続ける。


ludusルードゥスは、大規模な施設だ。戦中の成り立ちと、設備からも、操備流の評議員の承認なしでは、使えないでしょう? 言っておきますが、俺は、須瀬すせ亜志子あしこの培養ポッド…… “A-SI5” を見ました」


 マスクド・レディは、ジッと、こちらを見ている。


 いよいよ、核心に触れる。


「そこにあった機材の一部が、持ち去られていました。別の場所で見つけた写真には、あなたと、アン・賀茂・クロウリー、それに九条くじょう和眞かずまが、まさに、その機材をバックに写っていたんだ! それらの情報を繋ぎ合わせれば、俺は、ludusルードゥスで作られた!! アンの手紙から察するに、航基は、彼女の独断で、密かに作られたのだろう。あんたらは……あんたらは、いったい何のために!?」


 最後には、思わず立ち上がっていた。


 マスクド・レディは、テーブルの上で鳴り出した端末に、問題ない、と告げた後で、俺のほうを見る。


「よく、そこまで辿り着いた……。私が話せることは、限られている。けれども、アン・賀茂・クロウリーについて、教えよう。君には、知る資格がある。ただし、一部の情報は、秘匿させてもらう」


 手で示され、ソファーに腰を下ろす。



 それを見た『マスクド・レディ』は、ゆっくりと、白い仮面を外した。


 音を立てないよう、テーブルの上に置く。



 20代半ばの美女で、見覚えのある顔だ。


 低い声のまま、説明する。


「アン・賀茂・クロウリーは、あの中央病院を退職して、医局とも縁を切った後で、あんずと名前を変えた。名字は、賀茂だ……。私の弟子として、錬金術師アルケミストの二つ名を与えた」


ludusルードゥスでは、とあるプロジェクトが進められていた。ご明察の通り、君を作ることが目的だ……。しかし、私が任せていた杏は、その信頼を裏切った。独断で、鍛治川航基も作ったのだ」


 ・

 ・・・

 ・・・・・

 ・・・・・・・


 アン・賀茂・クロウリー、今は賀茂杏と名乗っている女は、殴り書きのような紙を見て、溜息を吐いた。


 それでも、後戻りはできない。


 着ていた白衣を脱ぎ捨てて、放り投げた。

 これはもう、必要ない。


 私利私欲で動いた自分は、操備流を敵に回したのだ。



 よく見れば、杏は、まだ若い。


 ボブぐらいの黒髪で、丸い茶色の瞳。

 制服を着れば、女子高生にしか、思えない。



「せめて……この子を父親に」



 ここから、その場所までは、遠い。


 理解しつつも、背中に、大きなリュックサックのような、ポッドを背負う。




 平静を装いながら、自分のIDによって、外へ。


 そのIDを投げ捨てるのと同時に、これまでに準備しておいたデポへ、走り出した。




 ――数日後


 捕捉されないために、市街地を避けて、山中行軍を続ける杏。


 すでに後がないことも合わさり、その疲労は、尋常ではない。



「地図だと、ここのはずだから……。まだ、遠いわね」


 広げていたマップを下げた杏は、座ったままで、溜息を吐いた。


 自分でも、何をやっているのだろう、と思える。

 楽に殺してもらえれば、かなりの恩情だ。


 仮に、あそこまで辿り着けても、入れてもらえるはずがない。


 都合よく、あの人に会うことも……。



「おー! よしよし……」


 ポッド越しに、自分の赤ん坊をあやす。



「今日は、ここで休もう……。あの人に渡せば、最悪でも、子供が殺されることは……」


 山中にある神社の拝殿で、床に座り込んだ杏は、適当に食事などを済ませて、横たわる。



 ザッザッザッ


 ガチャガチャ



 足音や、硬い物がこすれる音で、杏は目を覚ました。


 辺りは暗く、外からの月灯りが、閉めてある、太い木の格子から、差し込んでいる。


 そっと近づいた杏は、明るさに目を細めつつ、外の様子を覗く。



 正面の境内には、ボディアーマーを着た、女たち。


 ディフォルメした能面とかんざしを組み合わせた、部隊マーク。


「ドールズか……」


 どうやら、囲まれたようだ。



「アルケミスト様! マスクド・レディ様より、緊急の呼び出しです! ただちに、お戻りください!!」



 ギィイイッ



 杏は、置いてあった薙刀なぎなたを片手に、外へ出た。


「私には……もう、関係ないわ」


 言うが早いか、一瞬でダッシュして、呼びかけた女兵士に、斬りかかる。


 ガキィッと、受け止められ、傍の1人が長い棒で、上から薙刀を押さえた。


「お止めください! これ以上は、処分対象になってしまいます!」

「アルケミスト様。あなたを拘束します」


「あなた達……。死ぬわよ?」


 片足を滑らせた杏は、薙刀を手放しつつ、両手を地面に触れた。


 まばゆい光が放たれ、石畳が大きく揺れる。


 足元が不安定になったことで、思わず動揺した2人に対し、飛び上がった杏が次々に蹴り、吹き飛ばした。


 着地した後に、両手を合わせ、再び光を放ち、補足していたドールズの武器をまとめて錬成する。


 攻撃されたことで、ライフルや、捕獲用のネットガンを構えた女兵士が、慌てて、手放す。


 それらは、元の形を失い、塊と化した。


 いっぽう、杏が靴底で蹴れば、地面から小銃が2つ、現れた。

 その分だけ、周りの物体が消失したことで、えぐれている。



 杏は、両手で二丁のアサルトライフルを構えながら、ドールズを威嚇する。


「帰りなさい! あなた達の命まで取る気は、ないわ!! まだ抵抗すれば、次は容赦しない!」



 周囲の女兵士たちは、動かず。


 それを見た杏は、死角へ回り込もうとするドールズを牽制しつつ、後ずさり。



 できれば、完全に無力化したかったが、無理だった。


 航基が入っているポッドを回収して、すぐに、ここを離脱――



「ぐっ!」


 長い、光る棒が、右肩に突き刺さる感触で、グラリと、よろめいた。

 

 杏は思わず、後ろの賽銭箱にもたれつつ、攻撃してきた人物を見る。



 下から登ってきた先にある、大きな鳥居の上で、1人の姿。


 杏は、その人物を見て、息を呑んだ。


「かぐや様……」



 月光に照らされた女、マスクド・レディこと、富士ふじかぐやは、見下ろしたままで、告げる。


「最後のチャンスだ……。連れ出した赤ん坊を渡せ、杏」

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