最終章 千陣重遠の悲願

第705話 室矢家の真牙流サイドで話し合い

「そうですか……。重遠しげとおさんには、『ユニオンの魔術師マルジンの杖』と思しき物体が、埋め込まれていた。魔術も、行使していたと……」


 WUMレジデンス平河ひらかわ1番館の会議室に、妖艶な美女の声が、響き渡った。


 悠月ゆづき明夜音あやねを成長させた後のような姿で、実際に、彼女の母親だ。


 その悠月五夜いつよは、上座の椅子に座り、あごに手を当てたまま。


 やがて、俺のほうを見た。


「重遠さん。この機会に申し上げておきますが、あなたは、どうしたいのですか? こちらも、裏で色々なアプローチを受けており、その対応に追われています。肝心のあなたが、いざという時に裏切っては、全て台無しです」


「俺は日本に住む日本人であり、そのスタンスを崩しません。身体から出てきた杖についても、魔術師マルジンの所有物だった証明は、無理でしょう? 融合している以上、それを分離させれば、俺がいきなり絶命するか、短命で死ぬかも……。何よりも、一度知られれば、譲歩するまで手段を選ばずに押してくるし、こちらが譲歩すれば、際限なく踏み込んできます。何しろ、ユニオンですから」


 上品に微笑んだ五夜は、同意する。


「そうですね。彼らの舌は、アタッチメントで、10枚はつけられるでしょう……。重遠さんの考えは、よく分かりました。ですが――」

「魔術師マルジンの杖は、ユニオンのアドラステア王女と、話がついておる! 重遠の出生の秘密として、現地で探ってもらう。あやつは円卓の騎士で、都合が良いのじゃ! むろん、他の者には、知られずに……」


 室矢むろやカレナの発言で、五夜は向き直った。


「どれぐらい、信用できますか?」


「失敗すれば、自己責任になるだけ! 私も、アドラステアに武具を貸したから、大丈夫だと思うが……。報酬は、重遠が男で、あやつが女じゃからな? そういう方法で、マルジンの杖の代わりとする」


 五夜は、南乃みなみの詩央里しおりのほうを見た。


 首肯した詩央里は、端的に答える。


「はい。私も、了承しました。彼女が約束通りに、役立てば……の話ですが」


 カレナが、続ける。


「あやつが重遠の子供を孕んだ場合は、王族から廃嫡されたうえで、修道院に入るのじゃ! 子供については、私が守護する。そこは、問題ない」


 溜息を吐いた五夜は、しぶしぶ、納得した。


「最後まで、室矢むろや家との関係を話さず、秘密を守ると……。そこまで覚悟をしているのであれば、私から申し上げることは、何もございません」


 五夜は、用意された紅茶を飲んだ後で、話題を変える。


「ところで、詩央里さん? 子作りは、高校卒業ぐらいを目途にすると、娘から聞きましたが……」


「はい。……何か、問題が?」


 首を横に振った五夜は、控え目に、申し出る。


「このレジデンスに住んでいて、明夜音さんの先輩。今はバレの開発チームに入っている、工藤くどう・フォン・ヘンリエッテさん、ですが……。彼女は、重遠さんとの関係を望んでいます。同じく、数年で結論を出すよう、お願いいたします。変に希望を持たせたままは、酷ですから」


「分かりました。では、いずれにせよ、数年でハッキリさせます」



 これ、俺が聞いたら、マズいのでは?


 というか、アドと子供を作る話は、俺も初耳なのだが……。



「それで、重遠さん?」



 五夜の声で、俺は、我に返った。


「な、何ですか?」


「あなたは、魔術を理解したうえで、使えますか?」


 真剣な表情の五夜に、否定する。


「いいえ。無我夢中でしたから……」


「気にする必要は、ありません。聞いてみただけです……」


 そう言いつつも、残念そうだ。


 俺は、ふと思いつく。


「今は、別件で忙しく、その話はいずれ……。俺たちの卒業後ですが、室矢家の事情でも通いやすい大学って、ありますかね?」


 意表を突かれた五夜は、驚いたものの、すぐに立て直す。


「大学……ですか」


「はい。ウチは女だらけで、新入生に酒を飲ませて、そのままヤリたがる連中とは、距離を置きたいのですが。最初から決めつけずに、選択肢を探していまして……」


 可愛らしく、顎に指を当てた五夜は、んー? と考え込んだ。


「そうですね……。文理のどちらかでも、事情が違いますし……。護衛をつけるにしても……。急ぎでなければ、明夜音さんに、お願いします。こちらで話を聞いて、必要な対応を検討しますので」


「お願いします、五夜さん」


 最後に、五夜は、俺の顔を見ながら、付け加える。


「重遠さん……。ユニオンは言うまでもなく、REUアールイーユーの国々も、あなたに注目しています。色々と忙しいようですが、くれぐれも注意してください。国内にも、かなりの異能者が、侵入しているようです。有名どころは押さえていますが、沿岸部から秘密裏に入られたら、お手上げ。特に、まだ無名の新人は……。それから……」


 悩ましい表情に、会議室の全員が、五夜に注目する。


 パッと、明るい顔になった彼女は、サラッと言う。



「詩央里さん。子作りについて、私もエントリーしたいのですが?」



「は?」


 詩央里は、現場にいるネコのような顔。


 けれど、バンッと両手を叩きつけた悠月明夜音が、顔を真っ赤にして、その場で立ち上がる。



「お母様ァアアアアァ!!」



 クスクスと笑った五夜は、娘に告げる。


「じょ、冗談に、決まっているじゃない……。フフフフ」

「ああぁあああっ!」


 明夜音が、壊れてしまった。


 バンバンと、両手で、長方形のテーブルを叩き続けている。


 いっぽう、ツボにまったのか、笑い続ける五夜。



 やがて、息を切らした明夜音が、動きを止めた。

 

 立ったまま、肩を上下に、動かしている。



「明夜音さん? 冗談ですから……」

「よ、世の中には! 言っていい冗談と、悪い冗談がありますっ!!」


「ちょっとした、お茶目じゃないですか?」

「悠月グループの総帥で、“Weisheitヴァイスハイト undウント Magieマギー(叡智と魔術)” の秘密結社のトップが言えば! 周りが、それを実現しようと、動くんですよ!?」


「少し、落ち着きましょう?」

「むきゅううぅうううっ!」


 叫んだ明夜音が、力尽きたように、ドサッと、椅子に座った。



 詩央里の視線を受け、立ち上がって、明夜音の席へ。


 彼女の背後から抱きしめれば、座ったままでクルリと、俺のほうを向いた。


 そのまま、ガバッと抱き合う形に……。



「アハハハハハハ!」


 五夜の笑い声が、会議室に響き渡った。


 何、笑っているんだよ、お前?



「重遠ー」


 力なく言った明夜音は、俺に抱き着いたまま。



 五夜は、いい加減に、笑うの止めろ。



「子供は、明夜音と作りますので!」


 俺の宣言に、五夜は、ようやく戻った。


「はい。もちろん……。そういえば、重遠さんの活躍もあって、公安のが動いています。あなたが四大流派のリーダーに成り得ることで、パワーバランスを戻そうと、画策しているようで」


 俺の名前をつぶやく明夜音と抱き合いながら、その話を聞く。


「重遠さんと室矢家に隙がないことで、どうやら、四大流派の弱みを握る方向へシフトしたようです。私は、あえて聞きませんが、動くのなら用心しなさい」


 そういう、シリアスな話は、ギャグシーンの前に、やってくれ。


 苦情を呑み込んで、必要なことを尋ねる。


「特務官とは?」


「四大流派で罪を犯しての追放、あるいは、ドロップアウトした異能者。それに、フリーの退魔師の中から選抜した、です」


 初耳のキーワードに悩んでいたら、五夜は、説明を続ける。


「本来は、非能力者では抑えられない存在。だからこそ、盲点になります……。でも、公安にとって、彼らは秘蔵。そう簡単に得られる存在ではなく、また、使いどころにも困るから」


「それを五夜さんが察知できるほど、動かしている……。なるほど。四大流派の弱みを握るぐらいで、ようやく釣り合うか」


 首肯した五夜は、立ち上がった後で、俺の顔を見た。


「むろん、あなた方の弱みを握ることも、彼らの任務でしょう。……交戦する場合は、死体も残さないように」


「了解」


 五夜は、俺の返事を聞いた後で、颯爽と出て行った。


 幼児退行をしている明夜音を残して……。




 ――翌日


「あの……。昨日、お母様に何か、言われたような……」


 悠月明夜音は、記憶から抹消したようだ。


「んー。気のせいじゃないか?」

「え、ええ! そうですよ!」


 俺たちは、昨日のログを消して、何事もなかったと、改ざんした。



 公安が探っているのは、19年前の四大会議だろう。


 考えてみれば、自分たちの協力者が、殺されました。はい、諦めます。とは、ならないか……。


 

 ともあれ、俺のやることは、変わらん。


 『千陣せんじん重遠』の出生の秘密を探りつつ、百鬼夜行を阻止する。


 邪魔があるようなら、現代文明と秩序を守る正義に基づき、そいつを消すだけ。

 彼らも、平和のいしずえになれて、本望だろう。

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