第706話 いずれ消えゆく王女の「トゥインクル・スターズ」ー①

 ユニオンを守護する、円卓ラウンズ


 彼らの拠点であるキャメロットに戻った、アドラステア王女と、お付きのクリスタ。


 すぐにでも、室矢むろや重遠しげとおの謎を調べたいが――



「社交パーティーですか……」


 呼び出しに応じたアドラステア王女の返事に、向き合っている父親が重々しく、うなずいた。


「うむ。お前も、そろそろ、婚約者を決める……。王族が結婚できる相手は、数えるほど。次のパーティーは、その候補者との顔合わせだ! 彼らの誰かであれば、お前の好みに合わせるぞ? 向こうにも選ぶ権利があるから、裏で婚約の話は出ているだろう。時間がつほど、厳しくなると思え」


「はい、次のパーティーに、備えます。……ところで、お父様? 私、キャメロットの宝物庫で、リストの調査をしたいのですが」


 怪訝けげんな顔をした父親は、聞き返す。


「そんなことは、担当の文官に任せておけばいい。……理由は?」


「婚約すれば、私は『円卓の騎士』ではなくなり、剣を置きます。しかし、今のラウンズは誓約オルコスの修繕のように、立て直しの最中です。最後の奉公を兼ねて、普段は見向きもされない装備、芸術品などを見ておきたい。ユニオンの宝を知ることで、外交にも役立つと思いますが……」


 納得した父親は、許可を出す。


「そうだな。円卓の騎士を辞めれば、王族であっても、キャメロットには立ち入れないだろう。お前が言う通り、自分の目で見ておく機会は、これで最後だ……。社交に支障をきたさない限り、好きにしなさい」


「ありがとうございます、お父様」


 ようやく笑顔を見せた父親は、軽い口調で、釘を刺す。


「日本で行方不明と聞いた時には、肝が冷えたぞ? 今は、お前の婚約者を決める、大事な時期だ」


「申し訳ありません。以後は、気を付けますので……」




 ――社交パーティー当日


 アドラステアの名前が呼ばれて、左右に開かれた大扉から、1人のレディの姿。


 立食パーティーの形式で、それぞれに固まっていた人々が、臣下の礼をとる。


「ありがとう! 本日は、娘との交流会だ。楽にしてくれ」


 隣でエスコートしてきた、アドラステアの父親によって、再び、話し声や、楽団の演奏が戻る。


 とはいえ、王族が入ってきた以上、まずは挨拶だ。


 爵位と慣例によって、王族の席に座ったアドラステア達に、片膝をついての口上が述べられていく。


 今回は、アドラステア王女との婚約を狙っているため、恋文を読むような台詞が、目立つ。

 貴族の世界では、過剰にレディを褒めるのは、通常運転だが……。



 肝心のお相手は、高位貴族から、まだ未婚の4人。

 子供を作りやすく、馴染みやすい、という意味で、ほぼ同年代だ。


 ユニオンは土地が狭く、周辺からも、候補者が5人、参加している。

 必要であれば、ユニオンの高位貴族の養子になったうえで、改めて婿入りする手筈。


 それゆえ、貴族の他に、財閥の子息といった民間人も、交じっている。


 アドラステアが降嫁するパターンは、面倒になるため、よっぽどの事情がなければ、選ばれない。


 

「あなたの髪を愛でる栄誉をお与えください」

「私であれば、あなたの瞳を曇らせないことを誓えます」

「貿易ルートの新たなチャンネルで、お役に立てると思います」

「我が家は、かつて王家に、その身を捧げており――」



 どいつも高位貴族の令息か、貴族の血を引いている成功者だから、あからさまに他を邪魔しないものの、ライバルとは決して目を合わせない空間。


 表向きは笑顔で、自分のメリットを端的に述べていく。



 ようやく一通りで、アドラステアは笑顔のまま、息を吐いた。


 周囲の動きに注意しつつも、ドレス姿の令嬢が集まっている場所へ。



「王女殿下でんか。本命は、もう決まりましたか?」


「いえ、まだです……。皆さんも、そろそろ、動いていいですよ?」


 アドラステアの返事で、集まっていた令嬢は、小グループに。

 さり気なく、狙っている令息がいる場所に、移動し始めた。


 ほぼ同年代で、彼女をサポートするべく、集められたのだ。


 令嬢のほうから挨拶をしないが、同じパーティーに出席していて、近くにいるのに無視することは、マナー違反。

 顔と名前を覚えてもらい、アドラステアが選ばなかった場合に、自分を売り込むのだ。


 婚約に限らず、有力者との顔つなぎも、非常に重要なこと。



 一息ついたアドラステアが、置かれているグラスを手に取り、少し飲んだら――



「姫殿下! 今、良いでしょうか?」


 候補者の1人が、声をかけてきた。


「あ、はい! どうぞ……」


 アドラステアが、グラスを持ったまま、応じたことで、相手は口を開いた。


「王城の中庭にある、ガーデニングについて――」




 ――10分後


 同じ趣味ということで、盛り上がる2人。


 けれど、それをさえぎるように、男の声。



「ずいぶんと楽しそうだな、?」


 

 アドラステアが振り向けば、そこには、同じ『円卓の騎士』の姿があった。


 真顔になった彼女は、冷たく言い捨てる。


「トリスタン……。何の用です? 今は、この方と、話しているのですが?」


「つれないな……。久々に、ブラッドフォード家としての逢瀬おうせだと言うのに……」


 その様子に、ガーデニングの話で盛り上がっていた男は、一気に尻込み。


「お、お邪魔だったようですね? で、では、私は、これで――」

「待ってください! 彼は、ラウンズの同僚というだけです!」


 アドラステアが説明するも、話し相手は、何度も頭を下げつつ、遠ざかっていく。


 彼の進行方向にいた令嬢のグループが、すぐに動いた。


「ドナパルト様? 私たち、ガーデニングに興味がありまして――」


 

 ギリギリで、引き留められた。


 父親が主催しているパーティーといえ、実質的に、自分がホステス。

 これだけの恥をかかせて、追い返せば、末代までの恨みになってしまう。


 招いた時点で、婚約者にならずとも、色々な場面で顔を合わせるか、重要な取引相手だ。


 ゆっくりと息を吐いた、アドラステアに対して、元凶の男が、うそぶく。



「やれやれ……。これだから、剣を持たない男は、ダメなんだ……。そうは思わないか、アド?」


 

 堪忍袋の緒が切れたアドラステアは、怒気を孕ませつつ、トリスタンのほうへ向いた。


「……私を怒らせたいのですか?」


 両手を向けたトリスタンが、全く気にせず、話を続ける。


「落ち着け! どうせ、俺で決まりだろう? 他の男なぞ、お前に近づけたくもない」


 怒ったアドラステアが、何かを言う前に、別の女の声。



「へえ? じゃあ、私と戦ってくれないかな? 最近、他の従騎士と戦っていなくてね……」



 可愛らしい声だが、騎士の平服で、帯剣をしている、1人の少女。


 スレンダーな体形だが、鍛えられた雰囲気。

 長いアッシュブロンドは、正装に向いている、夜会巻きだ。


 幼い風貌であるのに、緑の瞳は、鋭い。


 数年後の室矢むろや重遠しげとおとの再戦を待っている従騎士、シャーリーだ。


 同じ従騎士の大半を辞めさせた彼女は、知名度が高い。


 その容赦ない殺し方でも……。



 正騎士のトリスタンは、怖気づいた。


 こんな狂人に付き合っていたら、命がいくらあっても、足りない。


 そもそも、こいつと戦うメリットが、1つもないのだ。



「ふんっ! まだ従騎士の分際ぶんざいで、何を偉そうに!? ……失礼する」


 返事を待たずに、トリスタンは、パーティー会場を後にした。



 注目していた面々は、彼が去ったことで、元の雰囲気を取り戻す。



 アドラステアは、息を吐いた。


「助かりました、シャーリー」


 片腕を体の前で水平にする、騎士の礼をしながら、彼女の返事。


「いえ。アドラステア殿下のお役に立てて、光栄です。……失礼します」


 シャーリーは、定位置へ戻り、周囲の監視。



 残った気力で、招待客をもてなした、アドラステア。


 どちらにせよ、この短時間のパーティーだけでは、決まらず。



 しかし……。


 トリスタンが、最有力候補であることも、事実。


 彼のブラッドフォード侯爵家は、歴史と経済力を兼ね備えていて、政略結婚でいえば、理想に近いのだ。



「面倒になりそうですね……」


 控室に戻ったアドラステアは、憂鬱だ。


 けれど、キャメロットの宝物庫を調べなければ、話が先に進まない。




 ――数日後


 アドラステアは、お付きのクリスタと共に、キャメロットの宝物庫を管理している文官の執務室へ。


「ひ、姫様!? ……おい、何をしている! 起立しろ!!」


 ガタガタと椅子が動き、立ち上がった官僚たちが、頭を下げる。


「あー、すみません。いきなり訪ねて……。ところで、宝物庫のリストは、誰が担当しているのですか?」


 その言葉で、気の弱そうな男が、片手を上げた。


「えっと……。じ、自分ですが」

 

 頷いたアドラステアは、ようやく本題に入れそうだ、と喜んだ。

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