第704話 異能者と非能力者を選択する時【航基side】
「つまり……俺の霊力は、戻らないと?」
デスクの椅子に座っている担当医は、首を横に振った。
「そうでは、ありませんよ……。もう一度、ご説明いたしますが――」
並行世界の自分に痛めつけられた結果、どうやら、異能を発生させる器官を損傷したか、トラウマで出力が下がったらしく、大幅な弱体化をしたそうだ。
担当医は、キィッと、椅子を鳴らしつつ、自分のデスクにある書類を見る。
「ウチは、
書類を置いた担当医が、航基に向き直った。
「それでも、異能のメカニズムを解き明かすほどでは、ありません。したがって、リハビリのご提案はできますが、その結果を保証できない段階です」
首を
「たとえば、骨折であれば、正しく繋ぎ直して、その回復を見ていく……。これは症例が多く、患者さんへの説明も、エビデンスに基づいた内容です。リハビリの手順も完成されていて、『最終的に、どこまで回復しそうか? その時期は?』と聞かれても、答えられる範囲です。しかし、鍛治川さんの場合は、失われた異能の回復……。骨密度といった、客観的なデータがなく、民間療法と同じです」
落ち込んだ航基は、かろうじて、尋ねる。
「先生は、俺の霊力が、どれぐらいに下がったと?」
少し悩んだ担当医は、あくまで予測ですが、と前置きしたうえで、結論を言う。
「以前が100だとすれば、現状で……20。いえ、30ですね!」
希望的な観測、といった感じだ。
それでも、航基は、元気が出てきた。
「リハビリをすれば、回復する可能性はあるんですよね?」
「ええ、まあ……。どちらかと言えば、『回復する可能性を否定しきれない』でして……」
担当医は、言いよどんだ後で、本音をぶつける。
「ここからは、私の持論になってしまうから、聞き流して欲しいのですが……。異能者のリハビリは、難関資格の受験を無意味に続けている浪人と同じです。やっている間は安心できるけど、その見込みは薄いっていう……。気づけば、何も残っていない……。鍛治川さんは、まだ高校生です。『いつか、元に戻れるかも?』と夢を見るよりも、今の霊力で生きていく覚悟を決めて、ゆっくりと将来を考えてみたら、どうでしょうか?」
――主要な身体機能は、だいたい回復する見込みです
そう追加した担当医は、診察を終えた。
個室のベッドに戻った航基は、ドサリと、横たわった。
「どうしたものかなあ……」
コンコンコン
「はーい! どうぞ!」
上体を起こした航基は、お見舞いの品を持ってきた、
ガラガラと、引き戸を閉めた後で、早姫が口を開く。
「お邪魔するわ……。申し訳ないけど、カルテと担当医からの話は、もう確認済み。その前提での話よ?」
緊張した航基は、思わず、首を縦に振る。
そこで、早姫は、表情を緩めた。
「
早姫が、説明を続ける。
「まず、この病院の治療費は全て、室矢家で持つわ! 売店の買い物なども、これで済ませなさい。小遣いだから、内訳や釣りは不要よ? その財布も、使い捨てなさい。で、今後のことだけど……。あなたは、どうしたいの?」
安物の財布を投げられて、反射的に受け取った航基は、答えに
ここで、早姫の隣に座っている勝悟が、言い直す。
「えーと、だな……。こいつが言いたいのは、『高校を卒業した後に、どういう進路を選びたいのか?』という話だ。今すぐに決めろ、というわけじゃない。例えば、室矢さまの
「まだ、決められない……」
勝悟は、航基の返事に、首肯した。
「まあ、そうだよな! 死にかけた直後で、いきなり言われても……。ところで、お前は、理系に進んだようだが、勉強は大丈夫か? 今回の事件に巻き込まれて、だいぶ遅れただろ?」
しょげた航基を見て、早姫が提案する。
「別の高校か、うちの通信制クラスへ移っても、構わないわよ? どうせ、『通信制クラスで文転したいけど、あいつらと顔を合わせたくないから』と、痩せ我慢をしているんでしょ?」
ギクリとした航基に、早姫は、溜息を吐いた。
「言えば、顔を合わせないよう、配慮するわよ! 今回に限っては、完全な被害者だし……。怪我人に長々と説教してもアレだから、そろそろ、帰る! 自分のために、将来を選択しなさい。理系でなければ就けない仕事も、多いわよ?」
お見舞いの品を渡した2人は、あっさりと、退室した。
ようやく落ち着いたことで、航基は、今度こそ、ベッドで仰向けに……。
「はあっ……。でも、入院代が浮いたのは、ラッキーだな。……10万円も、入っている。すげえ」
気になって財布を開けたら、けっこうな大金。
着替えや、
念のために、鍵がかかる引き出しへ仕舞った後で、再び、ノックの音。
「良かった……。鍛治川くんが、助かって……」
見舞いの品を渡した
こちらは、航基がパイプ椅子を勧めるまで、立っていた。
「あ、ああ……。えり……小森田さんも、お見舞いに来てくれて、ありがとうな? 身体のほうは、じきに回復する」
霊力は衰えたが、それは、今の衿香に言うことではない。
けれど、航基は思い切って、打ち明ける。
「俺さ……。今回のことで、鍛治川流に、愛想が尽きたんだ……。今すぐではないけど、『名字を変えよう』と思っている。高校を卒業した後に、退魔師ではなく、一般人として進学や就職をすることも、視野に入れている」
「うん! そのほうが、いいよ!! 鍛治川……航基くんにとって!」
大喜びの衿香を見て、航基は、これまでにない手応えを感じた。
名前呼びに戻ったことも、それに拍車をかける。
「そうだよな! と、ところでさ、衿香は、俺のことをまだ――」
ニャーニャーニャー
衿香のスマホが、猫の鳴き声。
慌てた彼女は、すぐに止めるも、画面を触ったまま。
「ご、ごめん! 切ったつもりだったけど……。オカルト部の友だちと待ち合わせがあるから、もう帰るね! それから、私のことは、名字呼びでお願い!! じゃ!」
バタバタと、元気な女子高生が、去っていった。
「……俺のことをまだ好きだったら、付き合ってくれないか?」
とりあえず、最後まで、言ってみた。
それに対して、まだ残っていた
「強く生きろ、航基……」
その口調は、優しかった。
ガラガラと、引き戸が閉められた後で、ベッドの上の航基は、バタリと倒れ込む。
コンコンコン
「いっそのこと、トドメを刺してくれ……」
妙な返事をした航基に、入ってきた人物が、飛びついた。
「航基いいぃいいっ! 死ぬなあぁああっ!!」
女子小学生にしか見えない、
涙や鼻水で、どんどん汚れる。
「死なないから! 少し、離れろ!!」
叫んだら、その氷雨は、付き添いの
「申し訳ありません。この子は、少し興奮していまして……。ともあれ、先日は命懸けで助けていただき、誠にありがとうございました」
「あ、いや……」
戸惑った航基を見て、六花は、付け加える。
「同じ姿、同じ声という程度で、それを混同するとでも? あなたは、あなたですよ」
心の中を見透かされたようで、航基は、返事に困る。
それを感じとった六花は、お見舞いの品だけ渡して、早々に帰った。
一気に疲れた航基は、窓際に立ったまま、外を眺める。
気づけば、もう夕暮れだ。
「まあ、悪くないよな……。こうやって、心配されるのも……」
主人公を辞めた航基は、もうハーレムを築けない。
だが、それは孤独であるとは、限らないのだ。
ハーレムルートの『鍛治川航基』は、全てを失い、巨大な虫の巣になった宇宙ステーションで、その餌か、苗床になった。
その一方で、こちらの鍛治川航基は、手厚く保護されたとはいえ、自分の行動による
「まずは……体を治さないとな! 現金も手に入ったし、売店で、何か買ってくるか!!」
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