第703話 ハーレムルートの主人公たちは絶望するー③

 宇宙ステーションは、この世界で、最も安全な場所だ。


 通路を歩く、若い男は、声をかけられる。


舩坂ふなさか少佐!」


 その言葉に振り向いたのは、鍛治川航基に、降下作戦を進言した参謀だ。


 見た目は、優男。


「何だい?」


 舩坂こうは、近づいてきた部下に、耳打ちされる。


「ふむ……。そろそろ、頃合いか……。まだだ! アレを今やれば、ここの秩序が崩壊する! 象徴となる存在を残したままで、我々が地上制圧の先遣隊となり、できれば、ここと往復するのが、理想的だ……。ひとまず、即応態勢のままで」


「……ハッ!」


 視線だけで、役立たずの初代総統を始末しては? と問いかけた部下に、かぶりを振りつつ、否定した。


 納得できない雰囲気のまま、部下は敬礼。




 ――数日後


「どうあっても、地上への降下作戦は、ご承認いただけないので?」


 舩坂宏の質問に、“鍛治川航基” と書かれた個室のインターホンが、答える。


『しつこいぞ! 「今は、ネジ1本ですら貴重」と言ったのは、お前だろ!?』


 ブツッと、切られた。


 宏は、頭の後ろを掻きつつ、航基の部屋の前から、歩き去った。




 舩坂宏は、離れたラウンジで、1人の女子と、同じテーブルに。


「どうも、悠月さん……。お時間を割いていただいて、申し訳ありません」


 ソファから立ち上がった悠月明夜音は、お辞儀をした。


「こちらこそ、ありがとうございます……。そちらへ、お掛けになってください」

「では、失礼して」


 宏は、テーブルを挟み、向かい合うように座った。


 明夜音も座ったことで、すぐに本題へ。


「単刀直入に、申し上げます。我々は、地上で橋頭堡きょうとうほを築くため、シャトル3機に分乗して、降下作戦をする予定です。あなたにも、ご協力いただきますよう、お願い申し上げます」


 目を細めた明夜音は、意外にも、怒らず。


「詳しい話を……聞かせてください」




 ――翌日


 ビ――ッ


 甲高いアラーム音が、舩坂宏の個室に響いた。


 ベッドの傍にある端末で、すぐに確認。


「何だ?」


『地上から打ち上げられたシャトルが1機、こちらへ接近中! 接触する予定時刻まで、1,200秒!』


「この時期になってか!? ……すぐに、司令室へ向かう!」



 

 司令室へ駈け込めば、ちょうど、南乃みなみの詩央里しおりが、通信装置に向かっていた。


衿香えりか!? 衿香なの? 良かった……。私、あなたを見捨ててしまって……。ごめんなさい、本当にごめんなさい」


『ううん……。シオリンにも、事情があったと思うし……。これで、また会えるね!』


 詩央里が泣き出したことで、舩坂宏は、ヘッドセットを奪った。


「私は、ここにいる軍人の舩坂だ! 突然で済まないが、そちらの状況を教えてくれ! 地上との通信ができず、全く情報がなくてね」


 言いながら、通信装置を弄り、ボリュームを上げた。


 小森田こもりだ衿香の声が、司令室を揺るがす。


『私たちは……で、外に出ました。近くの車で移動して、何とかマスドライバーがある………ザザザッ』


「すまない。そちらの声が、途切れている! ……聞こえるかい?」


 雑音だけで、宏は、息を吐いた。


 その様子に、詩央里は、さらに泣き声を上げる。



 宏は、レーダー担当に告げる。


「シャトルは? 捕まえているのだろうな!?」


「ハッ! すでに、誘導ライン上です。あとは、自動でも、ドッキングできるはず。……待ってください。物資用のコンテナを繋げています!」


 嫌な予感がした宏は、観測員に命じる。


「左ウィング! そちらで、確認できるか?」


『……確認しました。Mコンテナを3個ほど、引っ張っている模様! 外見には、異常なし!』


 その報告で、司令室に、ホッとした空気が流れる。


 けれども、宏はヘッドセットを置いた後で、腕を組んだ。



『しぃおりいぃん? 聞こえるうぅっ!?』



 再び、小森田衿香の声が、司令室にとどろいた。


 さっきとは、様子が違う……。



 眉をひそめた人物もいるが、詩央里は、ヘッドセットで話し出す。


「衿香? ええ、聞こえていますよ!」

『は――っ。何だか、すっごく、良い気分……。ところぉで、これって、シオリンのところへ――』


 宏は、通信を切らせた後で、すぐに命令を下す。



「あのシャトルを撃墜しろ! 今すぐに!!」



 緊迫した様子に、唖然とする面々。


 詩央里が、すぐに反応する。


「な、何を言っているんですか!? あのシャトルには、衿香も――」


 大声でわめく詩央里を無視して、宏は、全館放送に切り替えた。



「告げる! 『渡り鳥は、旅に出る』。ただちに、発進せよ!! 以上」



 舩坂宏は、持っていたマイクを投げ捨てて、司令室の外へ走り出した。


 それを聞いた、一部のクルーも、その背中を追う。




 接続していた通路を通り、舩坂宏たちは、シャトルに飛び込んだ。


 緊急の爆破によって、宇宙ステーションと、切り離された。


 コックピットまで辿り着いた宏は、操縦士に話しかける。


「行けるか?」


「何とか! 舩坂少佐も、シートベルトをどうぞ!!」



 3機のシャトルは、地球への降下ルートに入った。


「ふ――っ! ここまで来て、大気圏に弾かれたことでの宇宙漂流は、さすがにな!」

「第一段階は、クリアか……」


 リラックスした操縦士の1人が、簡易シートに座っている舩坂宏に、尋ねる。


「急でしたね? いったい、何があったんですか?」


「接近中のシャトルに、が乗っている可能性が高い。それも、人に寄生か、思考を誘導するタイプだ」


 その時、コースは違えど、スペースシャトルが上昇していき、すれ違う。


 瞬間的だが、その窓から、尋常ではない雰囲気を感じとった。


 目を背けた宏は、ポツリと、つぶやく。


「いつ、乗っ取られたか……。あの様子じゃ、引っ張っているコンテナも、中身は怪しいものだ」



 大気圏内に入り、宏は、後ろの客席へ。


 座った隣にいる、悠月明夜音。


 彼女のほうを見ながら、謝罪する。


「すみませんね? 決死隊になってしまって……」


 首を横に振った明夜音は、自分の考えを述べる。


「あのシャトルに巨虫が乗っているのなら、宇宙ステーションは、もう終わりです。いずれにせよ、物資や土地を得るため、降下する必要がありました」


 降りたところで、巨大な虫が生息している、地獄だ。


 溜息を吐いた明夜音は、宇宙に脱出しなかった、ハーレムメンバーを思う。


咲莉菜さりなと、なぎみおの3人は、地上に残りました……。まだ、彼女たちが生きていれば……」


「では、日本の基地のいずれかに、降りますか? 最期の場所ぐらい、自分で決める権利があるでしょう」


 言いながらも、強気の表情をしている宏。


 それを見た明夜音は、クスリと、微笑んだ。


「他の2機も、自由に降りるでしょうし……。せいぜい、足掻きましょうね?」




 ――宇宙ステーション


 オートで近づいたシャトルは、コンテナがあることから、ドックに着艦した。


 与圧され、大勢の人間が、ワラワラと入ってくる。


「地上から、物資を持ってきたのは、本当?」

「久々に、酒を飲めそうだ!」

「家族がいれば……」


 その中の1人、南乃詩央里は、転がるように、搭乗員が乗り降りするハッチへ。


 バシュッという音で、開かれた。


 同時に、貨物スペースや、引っ張ってきたコンテナの扉も……。



「衿香! 会いたか……えっ?」



 出てきたのは、確かに、小森田衿香だ。


 それは、間違いない。


 けれど、その体から頭部にかけて、何かがへばりつき、ドクドクと動いている。


 

 口からよだれを垂らし続け、目の焦点が合っていない衿香は、フラフラと歩きながら、酔っ払いのように叫ぶ。


「しぃおりいぃん! わダしも、会いだかっ――」


 下までのタラップを踏み外した衿香の体は、転げるように落ちていき、その衝撃に耐えられなかったのか、ブシャアッと、内部から破裂した。


 それでも、麻酔のような物質を打たれているのか、衿香は苦痛を感じていないようだ。


 内部から飛び出した幼虫の群れが、うごめく様子を見て――


「ハ、ハハハ、ハ……」


 詩央里は、壊れた。


 すぐ逃げるべきだが、足元で肉塊となっている衿香を見たまま、立ちすくむ。


 愛想笑いのように、声を発するのみ。



「キャアアァッ!」

「どうして、巨虫がいるんだよおぉ!?」

「誰か、助けてえぇええっ!」



 貨物スペースや、コンテナから飛び出してきた、巨大な虫の群れが、長旅で疲れたと言わんばかりに、どんどん進軍。


 ついに、宇宙へ到達した虫たちは、残った人類の拠点、その希望を食い尽くす。



 食事が届けられず、怒った鍛治川航基が出てきた時には、巨大な虫か、それの苗床になった人間が、出迎えるだろう。


 それらの虫、人間がメスであれば、ハーレムと言えるかもしれない。

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