第700話 どれだけ近くても、ニアピン賞はない

 現れたのは、長い黒髪と、宇宙のような、紺青こんじょう色の瞳を持つ、1人の少女。


 女子高生というには小柄だが、その美しさは、人間の領域ではない。



 その美少女は、中央の穴から頭を出した、貫頭衣かんとういを着たまま、ニヤリと笑った。


 簡素だが、いかにも、ファンタジー世界の魔術師といった、デザインだ。

 ワンピースのため、それほど違和感はない。


 彼女は、俺たちがよく知っている顔、聞き慣れた声で、独白する。



「お前の力……確かに、見させてもらったぞ? ついに、待ち人、来たれり……。よくやった、航基こうき



 うつむいて、くぐもった笑い声を上げた少女は、俺のほうを向いた。


「全ては、私がやったことだ……。さあ、これからは、私と一緒に、ここで暮らそう! そこの航基が作ったハーレムメンバーを含めて、好きにできるぞ? 奴のお手付きが嫌ならば、今すぐにでも、消す――」

「その辺にしておけ、カレナ! いや、そうじゃない……」


 俺は、左腰に刀を差した、和装のまま、目の前の少女に言う。



「お前……。俺がいる世界の室矢むろやカレナ、そのだな? いったい、何のつもりだ?」



 それを聞いた『カレナ』は、無表情になった。


「全ては、お前に、安住の地を作ってやるため……。だからこそ、準備を重ねて、ようやく――」

「違うな……。俺たちが知っているカレナは、そんな回りくどい真似をしない。対等であることを望む」


 魔術師の格好をした『カレナ』が、笑顔で問いかける。


「あの世界では、どこまでも、お前たちが利用される! この世界ならば、自由自在だぞ? ちょうど、航基が日本の初代総統だから、その後を継げばいい!」


「日本を除き、全てが滅んだ、この世界でか?」


 俺の突っ込みに、『カレナ』は再び、黙り込んだ。


「考えてみれば、あまりに中途半端……。並行世界にいる俺を呼びたければ、お前が自分で来ればいい。わざわざ、この世界の『鍛治川かじかわ航基』を手先にして、そいつに乗り込ませるのは、遠回りにも程がある」


「この世界の航基を始末するのに、ちょうど良かったからな? お前が負けるとは、思っておらん。現に、圧倒した……。さすが、私のテオフィルだ」


 この『カレナ』も、『神話伝承テオフィル』の大ファンらしい。


 さて、そろそろ、この水掛け論も、終わりだ……。


「悪いが、これは、室矢家の総意だ! お前は、『カレナの分身体』に過ぎない。理由はまあ……並行世界の監視ってところか?」


 わずかに動いた表情で、その推理が正解だと、分かった。


 俺は、自分の考えを述べる。


「お前については……本体に勝つために、俺を味方にする必要があったから! ただし、勝ち筋ではなく、それしか手段がなかっただけ。最後に言っておくと、俺がお前を分身体と判断した、最大の理由は、本人の性格うんぬんではなく、からだ」


 眉を上げた『カレナ』は、すぐに問い返す。


「薄い?」


「ああ、そうだ! 単純に、情報量が少なすぎる……。例えるのなら、初期のパソコンと、最新ゲーミングPCの差だ。けれど、偽者でもない」


 俺の指摘に、『カレナ』は向き合ったまま、反論せず。



「そろそろ、気が済んだか? いい加減に、戻ってこい」



 全く同じ声で、呼びかけがあった。


 俺たちが見れば、そこには、もう1人のカレナ。


 こちらは、女子高生らしい、部屋着だ。



「並行世界の1つを監視させておけば、私とのチャンネルを切って、好き放題……。そのうち、私自身で片付けるつもりだったが。最後の情けで、重遠しげとおと会わせてやったのじゃ!」


 カレナの宣告に、ハーレムルートの『カレナ』は、激怒した。


「ぬかせ! お前は、良いだろう! 願い通りに、テオフィルと再会して、思い描いた生活をしているのだから!! 私は、こんな世界で、ずっと苦労させられたのに! あんなクズとは、顔を見るのも嫌だったぞ! それでも、鍛治川航基は、お前がいる世界への、唯一の接点だったんだ!」


 呆れたように、カレナが、指摘する。


「だから、『早く戻ってこい』と、言っただろう? そうすれば、お前の願いも叶うのに……。ニアピンだったせいで、諦めがつかんか」


 溜息を吐いたカレナは、不貞腐れた自分に、決断する。


『イテル・フジョーレ』


 何らかの魔術のようで、もう1人の『カレナ』は、恨みがましい表情のまま、吸収されていった。


 やがて、俺たちがよく知っているカレナだけに……。



「この世界に、もう用はない。帰るか?」


 カレナの問いかけに、俺は質問する。


「二度と来ることは、ないだろう……。帰る前に、疑問点を明らかにしておきたい」


 うなずいたカレナは、何かを言いかけた、ハーレムルートの『航基』のヒロインたちを牽制けんせいした後で、こちらを向く。


「いいぞ? ちなみに、この世界の私は、お主が想像した通りだ」



「この世界は、もう助からないんだよな?」

「ああ、そうじゃ! この並行世界を支えてやる義理も、必要もない!」


 腕を組んだ俺は、カレナに問いかける。


「俺たちに教えず、わざと侵攻させた理由は?」

「お主に、室矢家の女たちが信用できると、証明したかった……。不服か?」


 首を横に振った後で、答える。


「いや、助かったさ……。こんな機会でもなければ、俺はずっと、信用できなかっただろうし」


「さっきも言ったが、私が片付けて、それっきりの予定だった! 詩央里しおりが、『若さまを守れるほど、強くなりたい』と懇願してきたから、任せたのじゃ。例の……須瀬すせ亜志子あしこ銀の弾丸シルバー・ブレットで、消し飛ばした後に」


 そうか……。


 気遣う様子のカレナに手を振り、待っていた、南乃みなみの詩央里たちに――



「あの……。大変申し訳ありませんが、『航基』さんを蘇らせてもらえないでしょうか?」



 ハーレムルートの『詩央里』が、話しかけてきた。


 どうやら、聞こえてきた会話で、カレナにその力があると、分かったようだ。


 その本人が、こちらを見てくる。


「どうする?」


「相手にする必要は――」


 ない、と言いかけて、『詩央里』の視線を感じた。


「お願い、します……」


 深々と頭を下げた『詩央里』は、泣いている。

 厄介なことに、他の『航基』のヒロインたちも、それにならい始めた。


 俺は、そうなる前に、カレナへ告げる。


「叶えてやれ」


 両手を軽く上げたカレナは、それでも、応じる。


「ハイハイ……。詩央里たちも、この世界の自分を殺さなかったのじゃ。飛ぶ鳥を落としてから、戻るか」

「それを言うのなら、『飛ぶ鳥、跡を濁さず』だ」


 跡も、へったくれもないがの? と返事をしたカレナは、ハーレムルートの『鍛治川航基』を復活させた。


 ご丁寧に、服を着た状態で……。



 それを見た『詩央里』は、呆然とした後で、歓喜の表情に。


「あ……ありがとうございます!」



 『鍛治川航基』のハーレムメンバーが一斉に、横たわっている奴へ、群がった。


 同じ顔でされると、微妙な気分だ……。



「さ! こやつらが、またすがりつく前に、とっとと帰るのじゃ! ……お主らは、先に帰れ。私は、アフターサービスをしてから、戻る」


 意味深なカレナの言葉を聞いた後に、俺たちは、元の世界へ帰還する。



 ◇ ◇ ◇



 室矢重遠たちの帰還を見届けた後で、カレナは、まだ眠っている『鍛治川航基』の周りに座り込んでいる、ハーレムメンバーに告げる。


「そやつは五体満足じゃが、この世界は、もう滅びるぞ? 今までは、この世界の私が日本の周囲に結界を張り、必要な物資を提供していたが、それもなくなるのじゃ!」


 その言葉に、口が半開きになる、『航基』のハーレムメンバーたち。


 いっぽう、カレナは、説明を続ける。


「他の国は、全て滅びた。この地球上では、車ほどの巨大な虫が、各地に巣を作っておる……。最後の情けで、あと1週間だけ、結界の維持と、物資の提供を続けよう。蘇らせた『航基』と乱痴気騒ぎに興じるなり、好きに過ごせ! もう死ぬのだから、トリップして、楽しめばいい」


「あの! た、助けてくれないの?」


 その発言に、カレナは、冷たい視線を向けた。


「助けない。ここは、お主らの世界だ。私には、関係ないのじゃ……」


「せめて……あなたから、告知をしてもらえませんか? 私たちでは、とても……」


 息を吐いたカレナは、最後の願いとして、応じる。


「いいだろう……。この日本にいる全ての人間に、ある程度は信じられる形で、念話を送ってやるのじゃ! あとは、そこで寝ている、初代総統さまを頼れ」




『ピンポンパンポーン! カレナより、お知らせするのじゃ! 世界はもう滅んでいて、この国の結界も、あと1週間で消える! では、皆さま、良い終末を!』

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