第701話 ハーレムルートの主人公たちは絶望するー①

 久々に、【花月怪奇譚かげつかいきたん】完全攻略本のコラムを開こう……。



 ハーレムルート。


 それは、プレイヤーが全ての悲劇を打ち壊し、個別ルートでは救えなかった存在すら、拾い上げる、夢の実現。


 ただし、それは人ならざるわざであり、事前に知ったうえで、先回りするだけの力も必要です。


 他のルートを全て見れば、次の周回プレイでは、長い黒髪の美少女と、出会えます。

 それも、施設で過ごしている、まだ幼い時に……。



『私と一緒に、来るか? そうすれば、お前の願いは叶うだろう……』



 彼女こそ、『ブリテン諸島の黒真珠』、カレナ・デュ・ウィットブレッドです!


 相手は、女子中学生という姿であるものの、ユニオンを守護できるほどの存在。

 ここの選択肢で、“誰だ、お前?” を選ぶと……。


 いきなり、殺されます!!


 黒真珠さんは気難しく、八つ当たりのように、主人公の鍛治川かじかわ航基こうきを殺すのが特徴。


 それでも、約束は守ります。


 彼女の提案に応じれば、日本の施設から、ユニオンのウィットブレッド公爵家へ連れて行かれ、公爵令嬢たるカレナの召使いに……。


 はい。

 ここからは、カレナ様のご機嫌を損ねたら、即死亡。

 デスゲームの始まり、始まりー!


 ちなみに、損ねなくても、殺されますから、注意してくださいね?



 しばらく、ヤンデレとの主従をしていれば、何の気紛れか、チート級にしてくれます!


 その時から、拠点を日本に移して、最大の悪役である千陣せんじん重遠しげとおも、瞬殺♪


 ハーレムルートだけの専用装備、オプティマス・ウェンティーを入手できます!


 これは、格闘戦に向いている、シルバーの鎧で、ステータスの超強化はもちろん、様々なバフや属性により、ほぼ無敵の性能。


 魔術を使いこなせるのも、このハーレムルートの醍醐味です。



 悲劇を全て防いだ鍛治川航基は、ヒロイン、サブヒロイン達と、ただれた性活を送ります。

 横に並べたり、上下や、四方を囲ませたりと……。


 カレナとの濡れ場はなく、それどころか、次のセーブまで殺されないよう、遭遇しないことを祈るのみ。


 ともあれ、ヒロインを接点にして、日本の四大流派を締めて、最高権力者である、初代総統へ就任。

 選挙を廃止するなど、政治体制を大きく変えます。


 全ては、異能者と非能力者の和解のため。


 【花月怪奇譚】で、最高のエンディング。

 主人公を中心に、幸せそうな女たちが囲み、まさにハーレムです♪


 その一枚絵は、これまでの苦労が報われる瞬間。



 カレナルートと呼ばれないのは、いつも不機嫌で、Hイベントがないから。

 さらに、彼女が主人公を優遇している理由は、語られず。


 遠く離れた日本へ来て、孤児の1人に注目する。

 

 これは極めて不自然な行為で、ファンの間では、内心で航基に惚れているが、それを口に出せないだけと、楽観的。


 私は、その正反対。

 航基を男と見ておらず、彼女が探しているを探すために、必要だった。という意見です。


 まあ、原作の悲劇を打ち砕くには、黒真珠さんに頼むぐらいしか、ありませんし……。


 長時間のプレイが報われたのなら、それは良いことでしょう。


 ええ。

 プレイヤーにとっては……。



 ◇ ◇ ◇



 ハーレムルートの世界で、室矢むろやカレナが、日本にいる人に伝えた念話は、すぐに議論の的となった。


 しかし、初代総統である鍛治川航基が、何の根拠もないデマだ、と断言して、少しずつ治まることに……。




 ――総統官邸


 豪華絢爛な室内では、この世界の鍛治川航基たちが、難しい顔だ。


 軍の作戦テーブルのようなデスクを囲み、立ったままで、話し合う。


「私たちが返り討ちにされたことは、握り潰す……。そこは、いいのですけど。国民に対しては……分かりました。まあ、どこまで本当かは、不明ですし」


 航基に答えながらも、南乃みなみの詩央里しおりは、不安げ。


 いっぽう、航基は、探るように質問。


「カレナは、間違いなく、『1週間後に、世界が滅びる』と言ったんだな?」

「え、ええ……。そうです」


 気圧された詩央里に、時翼ときつばさ月乃つきのと、咲良マルグリットが、同意する。


「うん。ボクも、聞いた」

「そうね……」


 ダンッと、両手をついた航基は、顔を伏せたままで、問いかける。


「んで、魔法使いの姿をしたカレナは、もう1人のカレナに吸収され、『もう、この世界には来ない』と?」


「た、たぶん……ヒッ!」


 それを肯定した女子は、怒気を隠さない航基に、怯えた。



 深呼吸をした航基は、作戦テーブルに両手をついたまま、顔を上げる。


「お前ら……。今から聞くけど、この場で答えろよ? 持ち帰るだけの時間は、与えねえ」




 ――室矢カレナが宣告した期限


 いつものように、早朝のプラットホームで、行列。


 固定の位置で、周りは、顔馴染み。

 だけど、挨拶は交わさない、不思議な関係で、集団が作られていく。



 プルルル


 電車が、駅に入ってくる直前の音が――



 ザザッ


『お待ちのお客様に、お伝えいたします! ただいま、が出されました!! お近くの方にも、お声がけのうえで、この放送を――』


 いつにない、切迫した声のアナウンスだが、電車の扉が開いたことで、集団は一斉に、中へ入っていく。


 電車は走り出し、次の駅を目指す。



 満員電車に揺られる男は、スーツ姿のままで、車掌からのアナウンスを聞く。


『えー。お乗りの方々に、お知らせします……。先ほど、非常事態宣言が発令されました。陸上防衛軍の東部方面隊は、都内に――』


 男は、イヤホンを耳につけた。



 いつもの道のりを大勢で進み、ようやく、周りとの間隔が空いた。


 職場に辿り着き、省エネを心がけつつも、形だけの挨拶を行っていく。


 上司に、声をかけられた。


「今朝の非常事態宣言だけど、お前も聞いたか?」


「ええ。私たちには、関係ないでしょうけど……。1週間で世界が終わるって、中学生の妄想じゃあるまいし」


「だよな……。まったく、迷惑な話だぜ! カレナだか、カレンだか、知らねーけど」


 その返事に同意したものの、上司は内線に呼び出され、受話器を手に取った。


「は? もうすぐ月末だから、そんな避難訓練で、穴を開けられませんよ! 今ちょうど、追い込みで……あっ、切りやがった!?」


 ちくしょう! と、ののしった上司は、叩きつけるように、受話器を置いた。


 どっかりと座って、息を吐く。



 次に、職場のすみにあるテレビをつけて、そちらを向いた。



 珍しい行動に、その課の全員が、テレビを見る。


『鍛治川さまは、突然の辞職と、宇宙ステーションへの視察です! 各地で、巨大な昆虫が目撃されており――』


 特撮のように、子供ぐらいのハチが飛び回り、車のようなカブトムシが、パトカーをぎ倒している映像。


 テレビを切った上司は、不安そうな声を上げた連中に、宣言する。


「ハイハイ! もう、仕事の時間だぞ?」




 1時間後に、男は、自分の席から立ち上がった。


 床に障害物が多い中で、トイレへ行き、足を滑らせないように、戻る。


 パリン、ガチャンと、騒がしい中で、再び、モニターを見ながら、仕事を再開。



 ブウゥゥウン


 大きな羽音が近づき、ドカッと、重いものが落下した音。


 座ったままで、男が顔を上げれば、向かいのデスクにいる同僚と、視線が合う。


 いや、これは――



雀蜂スズメバチ……」



 巨大なサイズで、あごを開閉する音も、ガチン、ガチンと、人を寸断できそう。


 元々、他の昆虫を噛みちぎれるほどの力だ。


 必死に現実逃避をしていたことで、最後まで生き残った男は、向かいの雀蜂に、顔を上下に引き裂かれる。


 今際いまわきわに、彼は、こう思った。


 こんな事なら、カレナとやらが教えてくれた時に、職場とは反対方向の電車に飛び乗って、山か海で、ゆっくり過ごせば良かったと……。



 巨大な昆虫だらけになった、血と臓物で彩られたオフィスでは、つけっぱなしのテレビが、必死に叫んでいる。


『皆さん! すぐに安全な場所へ避難して、外には出ないよう――』


 先ほどの男は、向かいの雀蜂によって、裁断され、肉団子のように、丸められている。


 ゴキバキと、硬そうな音が続く。


『鍛治川さまが戻ってくるまでの、辛抱です! きっと、あの御方が、我々を助けてくださいます!!』


 オフィスの中だけでも、10匹。


 割られた窓から外を見れば、数え切れないほど、羽音を響かせている。




 ――海上空港


 防衛軍の精鋭である、即応連隊が、陣地を築いていた。


 その指揮官が、ぼやく。


「こんな話ばかりだな……」


「我々に、楽な任務は回ってきませんよ」


 副官の言葉に、指揮官は、肩をすくめた。



『機甲部隊、突破されました! 大型の甲虫、40以上! 空からも進入中!』


『こちら、第6防衛ライン! 小銃が通じないため、ほとんど撃退できず!』


『砲兵陣地からの連絡が、途絶しました!』



 バババと、小銃の発砲音。


 すぐ、そこだ……。



 指揮官は、自分の小銃のコッキングハンドルを引いて、小気味よい音を響かせた。


「なあ? どれだけ、上げられた?」


「3機……のはずです」


 副官も、答えながら、自分の小銃に弾を装填した。



 この海上空港には、マスドライバーがある。


 民間人を詰めて、宇宙ステーションへ送ったのだ。



「こいつらに、施設を利用する知恵があるとは思えんし……。まとめて破壊するだけの爆発物もない」


「奪還した後に、再利用することを考えたら、悩ましい部分です」


 最後まで、戦術の話をした2人は、迫ってきた、巨大な虫どもに、銃口を向けた。



 脱出可能な部隊については、独自の行動を許可してある。

 運が良ければ、他の部隊と合流できるかもしれない。


 何よりも、民間人の救助は、成功させたのだ。



 地上では、散発的に銃声が響くだけ。


 いっぽう、打ち上げられたシャトルは、宇宙ステーションを目指す。

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