第699話 霊力ゼロの最弱 vs 原作のチート主人公ー③

 ハーレムルート。


 救えないはずのヒロインを救い、全てを攻略できるルート。


 だが、【花月怪奇譚かげつかいきたん】の悪役、千陣せんじん重遠しげとおとして生まれた以上、それは脅威でしかない。


 俺がいる世界では、鍛治川かじかわ航基こうきを覚醒させず、情報も与えないことで、無事に傘下へ組み込んだ。


 けれども、この世界の『千陣重遠』は、そうもいかず。


 原作知識がある『鍛治川航基』に強襲され、あっさりと殺されたのだ……。



 いっぽう、その無念を晴らすかのように、ハーレムルートの『航基』の攻撃をそのまま逆流させている俺。


 手足が内部から破裂して、胴体の一部や頭すら破裂しているのに、すぐに復活している『航基』。


 俺たちは同じ顔をしながらも、天と地とも言えるほどの実力差と装備の差がある。

 お互いのハーレムメンバーに見守られながら、死闘を繰り広げた。


 まあ、霊力ゼロにされた俺が、一方的に殺し続けている図式だが――



「い、いい気になるんじゃねえぞ? お前の秘密は、もう見抜いたぜ……。俺の流儀に反するが、別の方法で、始末してやる」



 ようやく、俺を殴ることを止めたか。


 見ていたら、間合いをとり、不敵な笑みを浮かべる『航基』。


「俺が、殴るだけだと思ったら、大間違いだ! のご機嫌をうかがい続けて、ようやく入手した、この力!! テメエごときにはもったいないが、使ってやる! 霊力ゼロのお前には、回避も受けも無理だぜぇ?」


 俺の世界の航基よりも、高レベルのパシリだ。



 すると、立っている奴の足元に、光り輝く魔法陣が現れた。


大槌マリウス!」



 俺の上空に、同じく輝く、巨大なハンマーが現れ、地上に立つ『航基』の操作に従い、こちらへ振り下ろされ――


 氷のように、砕け散った。



 さすがに対応しようと動き始めた俺は、その幻想的な光景を見る。


「な、何でだよ?」


 『航基』は、信じられないと言わんばかりに、よろめいた。



 ところで、さっきから体内が、妙に落ち着かないのだが?

 決戦中にトイレへ行くのは、少し遠慮したい。


 そう思っていたら、『航基』が次の攻撃へ移る。


「わ、我が敵を滅ぼせ! 流星群ステラ・インベール!!」


 再び上空から、流星のような光。


 群れを成して、襲いかかってきた。



 今度は耳を塞ぎたくなる轟音が響き渡り、俺が立っていた地面は、えぐられる。


 巻き起こった土煙と瓦礫がれきで、視界がなくなった。



「やった! ハハハハ!! はあっ……。俺のこぶしで倒せなかったのは、しゃくに障るが――」

「何だ、この杖?」



 俺の発言で、『航基』はギョッとしたように見てきた。


 しかし、こちらは、身の丈を超えるぐらいの古い杖を片手で持ったまま。



 俺の身体から、生えてきたんだけど……。



 長すぎるため、端で地面に突く。


 いっぽう、『航基』は続けて、を――



 ああ、そうだ。


 奴が使っているのは、魔術だ。


 紛れもなく……。



必中の剣ルー・グラディウス!」


分解ディスアッセンブリー


 片手の杖の先端を向けて、一言。


 たった、それだけで、奴が空中に描いていたエネルギーソードは霧散した。



 『航基』が追撃してくる前に長い杖を頭上で振り回し、再びドンと地面を突いた後に、思いつくまま詠唱する。


「我が四方に、天体あり! その軌道は定められし運命なれば、動かすこと叶わず! ここは我が領域、我が結界の中!! 許可なき行使は、許さぬ!」


 俺の足元から一瞬で魔法陣が広がり、『航基』のそれを塗り潰した。


 その範囲は広く、この戦いがどう動こうと、もはや揺るがないほど。



「な、何だよ、これ? ……くそっ! 詠唱できねえ」


 苦しんでいる『航基』を見た後で片手を放せば、フッと杖が消えた。



 ふと、思ったのだが……。


 前の妖精パティによる、マルジン呼びといい。


 ユニオンの、スノードニアの湖といい。


 原作の千陣重遠には、この杖……見るからに魔術師が使いそうなものが、埋め込まれていたようだ。


 いったい、誰が? 何のために?



 ――マルジンは、夢魔むまと王女によって生まれた、ユニオンの有名な魔術師です


 ――彼の魂の一部や、重要なパーツが、埋め込まれているのかな?



 パティの言葉が、思い出された。


 この謎を解く必要があるものの、今はハーレムルートの『航基』を倒すことが、優先だ。



「ちくしょう! 何なんだ……。役に立たねえ!」


 地団太を踏んだ『航基』は再び、ニヤリと笑った。


「ああ、そうだ! があるじゃねえか……。久々すぎて、忘れていたぜ」


 どうやら、まだ隠しだまがあるようだ。


 数に物を言わせないのは、周りで観戦しているハーレムメンバーを気にしてだな。

 この決闘で倒せば、俺のハーレムも乗っ取れる……ってところか。


 ライオンの生態じゃ、あるまいし。



 俺が物思いにふけっていたら、『航基』はその場で構えた。


 周囲の物体が消え、その代わりに、顔が見える形で全身に装甲ができる。


 軽装のパワードスーツにも見えるが、これは違う。



「見た目で、判断するんじゃねえぞ? こいつは――」

「最善の風……オプティマス・ウェンティーだろ? ハーレムルートだけで入手できる、お前の最強装備だ」


 フッと笑った奴は、その輝くシルバーによる腕と、ロボットのような指を見せた。


「ああ、その通りだ! こいつにかかれば、テメエなんぞ――」

「俺、考えたんだよ……。どうして、ハーレムルートだけ、そのオプティマス・ウェンティーを手に入れられるのか」


 突然の話で、シルバーの鎧を着込んだ『航基』は顔を歪ませた。


「はあっ!? 何を言って――」

「ハーレムルートは、『千陣重遠』を早くに倒す……。もっと大きな違いはあるが、今の魔術合戦で、確信を持てた」



 たぶん、オプティマス・ウェンティーの素材の1つは、『千陣重遠』だ。


 そう考えれば、この装備だけが異常に強く、様々なバフや属性があることも、納得できる。


 さっきの古い杖は、魔術師マルジンの持ち物。


 『千陣重遠』の死体が、魔術を行使するための触媒になっていると……。



 何のことはない。


 原作の主人公は、倒すべき悪役の力を借りて、無敵を誇っていたのだ。



「はあっ……。何だか、バカバカしくなってきた……」


 俺はドッと疲れた気分になり、息を吐く。



 『航基』はドヤ顔のままで、聞いてくる。


「どうした? 原作知識があるだけに、勝ち目がないと悟ったか? これは、四大流派の結晶だ! せめて、その手足の封絶のリングがなければ、まだ分からなかったけどなぁ」


 最後に、確認する。


「鍛治川流の技は、どうした?」


「お前を倒してから、ゆっくりと、技を練り直すさ! 俺が、今までされた分を――」



 もう、いいか。


 霊力ゼロで、原作の主人公を何度も殺した。


 南乃みなみの詩央里しおりたちの想いも、その行動で示してもらった。



 これ以上、彼女たちを疑い、その怒りを抑える必要はないだろう。


 室矢むろや家の人間は、信用するべきだ。



「さあ! 始めようぜ、俺たちの喧嘩を!! 今度こそ、雌雄を決して――」



 こいつも、鍛治川流が俺よりも弱いと認めた。



「時間がつほど、俺の力は強まるぜ? 見ているだけで――」



 そろそろ、終わらせるか!



「この一撃が、テメエを――」



 俺は、自分の霊圧を上げた。


 手足で輝く、黄色の光……封絶のリングが弾け飛び、同時に第二の式神で刀を差した和装の姿へ。


 左手をさや、右手をつかに添えて、叫ぶ。


「他人の力を借りて、イキがるんじゃねえよ!」


 それに対して、『航基』も応じるかのように、突っ込んできた。



「ラスト、パニッシャアぁあああ゛あ゛あ゛ァ……」



 一瞬で移動した俺は、立ったままの抜きつけで、『鍛治川航基』に斬りつけた。


 高ぶる霊力をこめた刀身に触れた奴は、一瞬で燃え上がる。

 オプティマス・ウェンティーの装甲が溶け、その下の服や、肌も蒸発する。


 右拳を振りかぶったままで、顔が骨だけになっていき、ラストパニッシャーの決め台詞を言いながら、口を開けたままの頭蓋骨に。


 そして、天へ昇るように、その骨すら、消し飛んだ。



 右手だけで横に振り切ったまま、ポツリと言う。


「さよなら。この世界の『千陣重遠』……」



 血振りをした後で、納刀。


 もう、原作の再現に悩まされることは、ないだろう。


 そして――


「いい加減に、出てこい! お前の玩具おもちゃは、しばらく使い物にならんぞ?」



 俺の宣言を聞いたようで、その人物は、いきなり姿を現した。

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