第692話 たった10分の時間稼ぎ【航基side】

「……ご家族の方、ですか?」


 相手に邪気があることで、六花りっかは警戒しながら、横にいる鍛治川かじかわ航基こうきに、尋ねた。


 同じ顔が並んで、親しげに、話しかけてきたのだ。


 普通は、そう思う。



 だが、航基は、何も答えられない。


 施設育ちで、むしろ、自分が教えて欲しいぐらいだ。



「お前も、鍛治川流か?」


 氷雨ひさめが、もう1人の『鍛治川航基』に近づき、話しかけていた。



 『航基』は、見下ろしながら、尊大に答える。


「当たり前だ。そういうお前は、雪女……か?」


「そうだぞ!」


 人懐っこい氷雨は、まだ、人の悪意にうとい。


 彼女が、よく知らない人物に近寄ったことで、六花は緊張した。


 この間合いとポジションでは、巻き込んでしまう……。



 それをニヤリと見た『航基』は、航基に向き直った。


「よお? ずいぶんと、ショボくれた面をしているじゃねえか……。当ててやろうか? 千陣せんじん重遠しげとおのせいだ」


 顔色を変えた航基に、腕を組んだ『航基』は、うんうんと、うなずいた。


「長い人生。そういうことも、あるさ! だが、安心しろ! 俺が来たからには、全て思い通りだ」


「お前は、俺の……兄弟か?」


 呆然としたまま、航基が尋ねた。


 腕を下ろした『航基』は、意地悪な表情に。


「ああ、そうだ。会いたかったぜ、兄弟! ……と言いたいが、俺は、お前を騙しに来たわけじゃない。説明してやるよ! 別の並行世界から、やってきたんだ。俺は、もう1人のお前」


 困惑した航基と、ギャラリーになっている、六花と氷雨。


 それを見た『航基』は、バカに説明するのは疲れる、と言わんばかりに、両手を上げた。


「平たく言えば、俺は、お前の可能性の1つ……。同じゲームで、同じキャラを操作しても、プレイヤーの選択で、全く違う成長と、結果になるだろ? ところで、もう1人の航基よぉ? お前、鍛治川流は、どうした?」


 悔しそうにうつむいた、航基。


 『航基』は片手を上げた後で、気まずそうに、提案する。


「悪い、悪い! 千陣の奴に勝っているか、良い線だったら、そんな面をしていないよな……。この世界を締めるつもりだけど、【花月怪奇譚かげつかいきたん】のヒロインは、お前に選ばせてやるよ! 俺は、残りモノでいい。どうせ、元の世界では、全てを思い通りにできるからな」


 戸惑った航基は、おずおずと、述べる。


「重遠に、勝てるわけが――」

「勝ったぜ、俺は! 言い忘れていたが、お前に、鍛治川流を教えてやれるぜ? この世界の千陣は、それなりに強いようだが。こっちも、万全さ!」


 自信たっぷりの言い方に、航基の表情が和らいだ。


「そうか……。でも、俺自身が、重遠を倒したい! 頼むから、鍛治川流を教えてくれ」


 頭を下げた航基を見て、『航基』は、片手をパタパタと振った。


「水臭いぜ、兄弟! ま、独学じゃ、キツいよなあ……。癖が強い流派だし、装備やアイテムなしじゃ、ほぼ無理ゲー。俺だって、がいなかったら、今頃どうなっていたやら……」


「あいつ?」


 航基に言い返されたことで、『航基』は初めて、警戒する表情に。


「お前が気にする必要は、ないぜ? じゃあ、の話をするか!」


「いくら、払えばいい? すぐには、用意できな――」

「ああ、いいって! 鍛治川流を教えるぐらいなら、この2人だけで、十分すぎるぜ」


 笑顔の『航基』は、すぐ傍に立っている氷雨に、虚空から取り出したアイテムを投げつけた。


 それは、瞬時に彼女を縛り上げ、その場に転がす。


 いきなりの行動に、氷雨は対応しきれず、固まったまま……。



 途中から、攻撃する準備をしていた六花が動く前に、『航基』の言葉。


「おっと! こいつの命が惜しければ、俺を攻撃するなよ? 妖怪に特効の、『滅式めっしき捕獲網』だ。使用した俺に、他の妖怪が攻撃した場合には、問答無用でこいつに継続ダメージが与えられる。……そう、それでいい」


 両手を下ろした六花は、着物姿のまま、立ちすくんだ。


 驚いた航基が、思わず『航基』を見たら、彼は両手でアサルトライフルを構えて、タタタンと、発砲した。


 胴体の中央に当たったことで、六花は着弾の度に揺れ、力なく、ドサリと倒れた。


「お……お前!? 何を――」


 虚空から取り出した小銃で、マガジンを下に落としつつ、新しいマガジンをめる。


 装填用のコッキングハンドルを引き、残った弾を飛ばしつつ、シャキンと、新しい弾を入れた。


「こっちは、全て分かっているんだよねえ……」


 向きを変えつつ、数発の連射。


 遠くで監視していたチームを的確に、撃ち抜いていく。


「チッ! 腕がいい奴らだ。どいつも、致命傷を避けやがった!」


 両手で持つアサルトライフルを虚空へ消した『航基』は、航基に説明する。


「いつまで、呆けているんだよ、俺? その撃った奴は、雪女としての力を一時的に失わせただけ。お前を監視していた奴らには、実弾だがな?」


 はあっと、息を吐いた『航基』は、早口で言う。


「俺は自分の世界で、全てを手に入れたんだが……。雪女だけは、見つからなくてね? あいつら、警戒心が強くて、山奥の隠れ里を突き止めた時には、もう身を隠していたんだ。……お手柄だぜ! それにしても、運がいいな? 奥義まで会得した俺から、直々に教えてもらえるとは。この雪女2人を差し出すだけでよ? ……おいおい? それは、何の冗談だ?」


 航基は、別の収納空間から呼び出した、両肩からこぶしまで覆う、接近戦のパワードスーツを装着した。


 ファイティングポーズを取りながら、『航基』を見据える。


「お前は、絶対に許せない! ここで倒す!!」


「その、ウーヌス・ブラッソで? お前なあ……。操備そうび流の緋奈ひなルートの、初期装備じゃねえか! だんだん、可哀想に思えてきたわ」


 呆れた『航基』は、私服のままで両足を広げて、鍛治川流の構えに。


 そのまま、溜めを始めた。



 しめた!


 この隙に接近して、一気に畳みかければ!!



 航基は、自分の経験から、無防備な『航基』に対して、両腕だけ装着したパワードスーツによる拳でラッシュをかけるべく、一気に詰めた。


 ところが――



「お前……。鍛治川流の宗家を舐めすぎだぜ?」



 クロスレンジからの乱打に、ことごく合わせられ、カウンターが、体にめり込んだ。


「ガハッ! ゴホゴホッ!」


 相手は素手のはずだが、重量鉄骨のビルを壊す、巨大ハンマーのような重さ。


 感触で、折れた肋骨が、内側の臓器に刺さったと、分かった。

 霊力によって、そこを緩和させる。


 残った力を振り絞り、何とか距離を取った。


 絶え間ない激痛で、意識が飛びそうになるも、まだ戦意を失わない。

 呼吸をする度に、針で刺されているような感覚。



 いっぽう、余裕しゃくしゃくの『航基』が、解説する。


「今のは鍛治川流、一の型、引き波だ」



 俺は、街のチンピラ風情に、叩きのめされたのに……。


 そう思いつつ、『航基』に対して、構え直すも――



「装甲が……」


 霊力の増幅も兼ねている、腕を包み込んでいる表面は、さっきのカウンターで、すでに中破。


 ところどころ、下の部分が見えている。



 『航基』は、楽しそうに、伝える。


「他の奴らが来るまで、あまり時間がないからなー? 今、俺に逆らった分は、後で帳尻を合わせておくから。忘れんなよ? まだ抵抗するのなら、どんどん減っていくぜ!」




 ――5分後

 

「よっ!」


 バキッと、骨が折れる音がした。


 肘関節を破壊された航基は、絶叫する。


 放されて、そのまま地面を転がりつつ、あらぬ方向を向いている片腕をかばう。



 立ったままの『航基』は、首を横に振った。


「もう、止めておけって……。根性があるのは、分かったから! 俺も、意地悪だったな?」


 そのまま背を向けて、つかつかと、倒れたままの六花へ歩み寄る。


 しばし、眺めた後で、しみじみと頷く。


「おー! いい女だ。やっぱり、雪女は、いいねえ……。そろそろ時間だし、この雪女2人を連れて、ひとまず――」

「行かせない……。俺も、時間稼ぎぐらいは……」


 ガシッと、両腕を回してのタックル。


 必死にすがりつく航基を見て、別の世界の『航基』は、冷たい視線になった。


「お前、いい加減にしておけよ? そろそろ、死ぬぞ? HPギリギリだし……」



 血だらけで、重傷の航基は、走馬灯のように思い出す。



 ――N県の退魔では、あの少女を助けられなかった


 ――衿香えりかにも、彼女の気持ちをもてあそんだうえ、護衛しきれず、愛想を尽かされた



「回復アイテムをやるから、この腕を退けろよ? な?」



 ――六花さんと氷雨は、まだ間に合う


 ――今の俺に残された、唯一の繋がりだ


 ――何としてでも、守りたい



 もはや思考力がない航基は、『航基』にタックルしたまま、小声で独白する。


「また、後悔するのは、嫌だ……。あんな……取り返しがつかないことを」


 さらに、絶叫する。



「こんなモノが鍛治川流だと言うのなら、俺はいらない! だから、この2人は、見逃してくれ!!」



 完全に白けた『航基』が、お前、言っちゃいけないことを叫んだな? という表情で、片手を引き絞った。


「あー、そうかい……。この世界の俺だと思えばこそ、優しくしていたのによぉ? もう、いいや。死ね」



 拳が振り下ろされ、その衝撃で『航基』が立っている地面は、波紋のように破壊された。


 その衝撃波と、轟音。


 さらに、航基の頭が、スイカのように弾け飛ぶことで、地面から上半身を起こしただけの六花は、目を背けた。



「こいつ、まだ、俺の寄子よりこなんだよ。殺すのなら、それを外してからで、頼む」



 場違いに喋った男子は、片手で、『航基』の拳を受け止めている。


 ラフな部屋着のまま。


 彼の足元を中心に、大きな円状で、地面が破壊されていた。



 驚きの表情から、憤怒に変わった『航基』が、その人物の名前を言う。


「千陣……重遠」

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