第691話 2人の主人公

 武器庫では、宇宙服のようなパワードスーツを着た兵士たちが、立てかけられている小銃を順番に取っていく。


 一列になった彼らは、待機しているヘリに乗り込み、奥から腰掛ける。



 いっぽう、ハンガーに固定されているMA(マニューバ・アーマー)も、稼働状態に入った。


 耐Gなどの機能があるスーツを着たパイロットが、お付きの整備士に手伝われ、背中から乗り込む。


 ホプリテスと呼ばれている、全高2mほどのMAだ。


 室内に突入できるサイズで、軽装甲になるものの、歩兵と同じ運用が可能。

 当たり前だが、普通の小銃弾ぐらいは、寄せ付けない。


 立ち上がったホプリテスは、専用のライフルを手に取り、航空機の発着場へ歩き出す。


 独特の歩行音を響かせつつ、3機が固定された。


 

『ターゲットは、鍛治川かじかわ航基こうき。現在、高校生として通学しており、一人暮らしだ。生死を問わないが、可能ならば、生け捕りが好ましい。突入する物件については、所有者と話がついている。被害を考慮する必要はない。全員、初弾を入れろ』


 左右の壁にある長椅子で、ジャキッという音が、重なった。


『セーフティ、確認』


 全員が座ったままで、自分のライフルを見る。


『安全』

『安全』

『安全』


『着地後に、データリンクを開始せよ! 突入まで、5分。これより、無線封鎖』



 低空を飛ぶヘリは、光学迷彩によって、姿が消えた。


 そのまま、バタバタという音だけ響かせ、目的地へ向かう。



 ◇ ◇ ◇



 鍛治川航基は、マンションの自室で、頭を抱えた。


「理系が、これほど難しいとは……。重遠しげとおたちと顔を合わせないようにって、無理に選ぶんじゃなかった」


 学習机の上には、色々な公式が載っている教科書と、授業で書き留めたノートが、広げられている。


「あいつらは、どうせ、通信制のクラスなのに……。隠れ文系になっても、赤点は回避しないといけないし。通信制に移れば、それこそ、鉢合わせだ。どーするんだよ、本当に」


 退魔師と、一般人の道。


 どちらも選べるように、欲張った結果が、コレだ。



「ん? 妙に、ヘリの音が、五月蠅いな?」


 つぶやいた航基は、明日の授業で当てられそうな科目から、復習と予習を行う。




『弾頭、ヘッシュ! マンションの壁を壊して、射線を通す!!』


『モビル・ソルジャー部隊、配置に着きました』


『上空のヘリとのデータリンク……完了! ホプリテス部隊の射撃が終わったら、一斉に突入する!』




「この計算式は――」


 ダンダンダンと、外から轟音が響いた。


 次の瞬間に、建物が大きく揺れ、外壁が打ち砕かれる音へ。


「な、何――」


 着弾したポイントにへばりついた後で起爆する、粘着榴弾。


 ヘッシュが当たった外壁は、どんどん砕かれていき、やがて、航基の姿が現れた。


 呆然とする彼が反応するよりも早く、玄関と窓の上に待機していた、モビル・ソルジャー部隊のフラッシュバンによる、光と轟音。


 それに紛れて、玄関ドアを開けたグループと、窓を蹴破ったグループが、小銃を構えながら、突入してきた。


 外と繋がった部分からは、ポンッと放たれた催涙弾が、歓迎する。


「ごほっ! ごほごほっ!!」


 すぐに拡散したが、催涙ガスを吸い込み、目に入れた航基は、のたうち回って苦しむ。


『ターゲット、確認! 抵抗なし。捕獲します』


 駆けつけたモビル・ソルジャー部隊は、射出した捕獲ネットにより、全身を締め付けた。


 ヘリのワイヤーに引っかけて、そのまま、吊り下げる。



『他に、動体反応なし』

『警視庁のパトカーが数台、接近中』

『撤収する!』


 マンションを半壊させた部隊は、パトカーのサイレンがうなる中で、手早くヘリに乗り込み、離脱した。




 ――3日後


 悠月ゆづき家の秘密施設で、鍛治川航基の尋問が、行われていた。


『君は、どうして、天沢あまさわ咲莉菜さりな悠月ゆづき明夜音あやねの2人に、接触したのだね?』


『……だから、知らないと、言っているだろ? もう、家に帰してくれよ! 俺は、何もやっちゃいないんだ』



 マジックミラーがある、隣室。


 その様子を見たままで、数人の女子が、話し合う。


「鍛治川さんは、何も知らないようですね?」


 南乃みなみの詩央里しおりの言葉に、隣の明夜音が、不満そうにうなずいた。


「ええ。顔と容姿、声は、まさに、私が対面した通りですが……」


 今にも、殺しかねんばかりの様子に、詩央里は、小さく息を吐いた。


 もう1人の当事者に、視線を向ける。


「わたくしも、明夜音と同じ意見です。ただ、雰囲気が、違いすぎますね? こちらに残った右腕とのDNA鑑定は、ほぼ100%で、マッチング……」


 天沢咲莉菜の意見で、3人とも、考え込む。



 詩央里は、第三者の立場で、フォローする。


「今の鍛治川さんは、完璧なアリバイです。本人が知らない状態でのトレースだから、信憑性しんぴょうせいも高い。この3日間の睡眠と食事を削っての、薬物を使用した尋問でも、嘘は言っていません。……明夜音? そろそろ、限界です。鍛治川さんを殺す覚悟がなければ、解放するしかありませんよ?」


 つまるところ、直属の部隊を動かしてまで捕らえた、悠月明夜音が、どうするのか? だ。


 両腕を組んだ明夜音は、話しながら、自分の考えをまとめる。


「私が幻覚を見ていたか、寝惚けていない限り、絶対に許せない暴言を吐いた鍛治川も、いた……。その点は、異論ありませんね?」


「ええ」

「なのでー」


 片手を長机に載せた明夜音は、コツコツと指で叩きながら、話を続ける。


「つまり、鍛治川は、最低でも2人いる……。私も、無実の人間を殺したくは、ありません」


 見かねた咲莉菜が、口を挟む。


「なら、犯人の鍛治川を見つけ出すことが、肝要では? この鍛治川で友釣りをするのが、一番手っ取り早いと思うので……。見分けがつかなくても、一緒に始末すれば、それで済む話」


 指を止めた明夜音は、咲莉菜のほうを見た。


 長く息を吐いた後で、それに同意する。


「この鍛治川とDNAが同じ……鍛治川Bと、呼びましょうか? そのBを誘い出し、正体と目的を突き止める、あるいは、すぐに殺す……。Bをフリーにしたまま、時間を与えると、何をやってくるか、全く分からない。一刻も早く、片付けましょう!」




 ――翌日


 散々に痛めつけられた、鍛治川航基。


 スポンサーの南乃詩央里から紹介された、新しいマンションへ引っ越して、まだ使える家具家電だけの、寂しい部屋を眺めた。


「ひどいぜ、本当に……。警察へ駈け込んだり、通報すれば、命はないって……。ここは、法治国家だろ?」


 まだ、頭が、ボーッとする。


 数日前の強襲によって、航基のスクールライフは、もう崩壊した。


 すでに、1週間ぐらいの欠席だ。

 理系の授業では、致命的な遅れ。


 おまけに、今のクラスでは、親しい友人がゼロ。

 ノートを見せてもらえるかどうかも、怪しい。


 授業についていけず、次の定期テストでは、赤点になってしまう。



 フローリングの床に座り込み、ぼんやりと、考え込む。


「バカバカしい……。やってらんねえよ! 俺は、勉強すら、許されないってのか!?」


 そのまま、後ろへ倒れ込み、大の字に、寝転がる。




 プルルル


 気づけば、空き缶が乱立したまま、寝ていた。


 上手く誤魔化して、買ってきた一式だ。


 プルルル


 上半身を起こし、手探りで、スマホを探す。


「んんっ。はい、鍛治川! ……は? 誰……ああ、ハイハイ。……思い出したよ。もう、怒鳴るな」


 しばらく話した航基は、スマホの画面を触った。


 ハーッと、息を吐く。




 ――翌日


 銀髪ロングで、青紫の瞳。

 見るからに外国人と思しき、女子高生がいる。


 青の着物で、おしとやかな雰囲気。


「急な話で、申し訳ありません……。この娘が、いきなり飛び出したものですから」


 雪女の隠れ里にいた、沙雪さゆきの母、六花りっかだ。


「あ、いえ……。六花……さんも、大変ですね?」


 その返答に、六花は、おや? と、首をかしげた。


 前に会った時よりも、ずいぶん、大人しい……。



 もう1人の女子小学生は、元気よく話す。


 水色のショートボブで、キラキラと輝く、水色の瞳だ。


「私が、来たぞ! 東京を案内してくれ!」


 氷雨ひさめだ。

 これでも、20歳を超えている、雪女。


 六花が、すぐにフォローする。


「お礼はいたしますので、何卒よろしくお願いします。鍛治川さんの分も、お支払いしますよ?」



 迷惑ではあったが、紫苑しおん学園へ行っても、授業についていけない。

 今日一日ぐらい追加しても、大差はないのだ。


 開き直った航基は、姉妹のような雪女2人と一緒に、東京観光を始めた。


 けれど、数時間後に――



「おー? いるじゃん、俺……。かーじかわくーん。遊びましょー? なーんてな?」



 航基たちは思わず、自分の正気を疑った。

 なぜなら、もう1人の『鍛治川航基』が、いたから……。


 第二ラウンドのゴングは、もうすぐ、鳴る。

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