第687話 高級ブランドは圧がすごい

「ありがとうございましたー!」


 上機嫌な店員に見送られ、俺たちは、店を出た。


 路面店のため、広い歩道を横切り、停車している高級車の後部座席へ。


 通行人たちが注目するも、動き出したことで、すぐに視線がなくなる。



 隣に座っている天ヶ瀬あまがせうららは、普段とは違う格好で、はしゃいでいる。


 上は幅広で白色の麦わら帽子を被り、半袖のトップスの白には、ピンク色のラインや、立体的な花が飾りつけられた造形。

 胸元などにリボンがあしらわれていて、レースやフリルが特徴的な、レトロガーリー系だ。


 下は膝が隠れるぐらいのワイドパンツだが、縦のシマシマで、黒に白いラインが並んでいる構図。

 見える部分は涼しげで、ここだけでも、普通の服との違いを読み取れる。


 靴は、夏用の白。


 これに、白っぽい麦わら色のハンドバッグを肩掛け。



「ありがとうございます! わざわざ、一式を揃えていただいて……。大切にしますから!」


 両手で胸を押さえている麗に、言う。


「気にする必要はない。俺が目を離した間に、前のデートで酷い目に遭ったのだから……。着ていた服は、このまま置いておけ」


「ハイ!」



 やっぱり、コレクションの一式は、違うわ……。


 真顔のモデルが歩いていき、また戻っていく、アレだよ。


 これ、大人向けのガーリーだから、セレブ用なんだよね。

 しかも、着る人を選ぶ。


 柔らかいけど、トラディショナルな雰囲気。

 普通に、このままパーティーに出席しても、通用するぐらい。



 試着させたら、似合っていて、そのまま買った。



 麗が心配そうに、尋ねてくる。


「あの……。お金、大丈夫でしたか? けっこう、高いんじゃないかと……」


 生地と縫製が、本当に段違いだからな。


 とはいえ、ここで不安にさせても、仕方がない。


「大丈夫だ。俺には、ブラックカードがある」


「そうですか……」



 ああ。


 悠月ゆづき明夜音あやねから、もらったカードが……。



 この宇宙で光速を超えられないのは、それ以下で安定したから。

 本来は、もっと高いエネルギーの状態だった。

 例えるのならば、水蒸気が、氷になったみてーなもんだ。


 飛び回っていた、謎の物体を『超ひも』と、定義する。

 この宇宙は、安定した連中が、網の目のように繋がっている構図だ。

 重力、電磁力などが、その上を伝わっていると仮定すれば、光速が上限の『超ひも』を超えるスピードは出せない。


 ネットの通信速度かな?


 そして、今の俺も、明夜音が許してくれる金額までの、支払い能力。

 全く同じ、ひも理論だ。



 かつては、南乃みなみの詩央里しおりに養われ、今は明夜音が用意してくれたレジデンスに住み、ブラックカードを持つ。


 この前は、ユニオンのアドラステア王女に健全なマッサージを行い、4,000ポンド(約72万円)をもらった。


 銃火器などは、千陣せんじん夕花梨ゆかりから。


 つまり、俺のひも理論を統合すれば、室矢むろや家のM理論になる。



 働いて稼ぐにも、俺の警護にかかる費用のほうが、大きいんだよ。

 前の文化祭ですら、女子が押し寄せたし……。


 悠月家の紹介で、どこかの会社へ行けば、そこで働いている人が困るだけ。

 お膳立てをされて、他人の成果をぶんどるのが、関の山だ。

 というか、顧問のような肩書だけ与えられ、給料をもらう立場にされる。


 M理論の体現者でいるのが、一番いい。

 俺も働く! と言えば、周りが大迷惑になってしまう。



重遠しげとおさんも、よく似合っていますよ?」


「落ち着かない……。やっぱり、トップデザイナーの高級ブランドは、堅苦しいね」


 麗に返事をした俺は、専門店で揃えた、自分の服装を見る。


「夏用だからって、前を開けるデザインも、あったよなあ……。オシャレすぎて、着れないぞ? 水着じゃないんだから……」


「それでも、専用の機械で作ったジャカードジャケットと、合わせたズボンじゃないですか? 男子も、胸元を開ける服が、あるんですね」


 面白がった麗は、俺の胸元をペタペタと、触る。


「リゾートっぽい、大胆なデザインのわりに、格好いい感じ……。シルエットも綺麗だし、何と言うか、こう……。センスとしか、表現のしようがありません」


「まあ、そうだな……。今日は、『2人とも、ハイブランドで揃える』という、テーマか! せっかくだし、この服装じゃないと行けない場所へ行こう」




 ――六本木


 ここは、ジャージのような服装では、非常に入りにくい。


 何らかの結界でも、張っているのだろう。


 

 車から降りて、2人で歩けば、通りがかる人々が、驚きの表情。


 中高校生とはいえ、マフィアのボスと、その愛人みたいな、組み合わせだ。


 そりゃあ、驚くさ……。



 ◇ ◇ ◇



「すっご……。ねえ、誰?」

「芸能人かなあ……」

「隣にいる子も、お人形さんみたい」


 歩いている天ヶ瀬麗は、この上なく、ご機嫌だ。


「あれ、前のコレクションに、出てきた奴じゃん!」

「え!? 仕入れたとこ、あったんだ……」

「金髪碧眼へきがんだと、よく似合うね。染めて、カラコン?」

「んー。外国人じゃない?」


 今の麗は、隣を歩く室矢重遠しげとおと一緒に褒められ、ウキウキしている。


 前のデートとは違い、食事もできるカフェへ入り、涼む。




 ――青山


 とある大学の敷地内を歩き、セミの鳴き声も。


 芸術性を感じる建物が多く、麗は、キョロキョロと見回す。


「すごい……。大学って、こんなに広いんですね。それも、都心部の一等地に……」


 青空の下にあるベンチに、並んで座っている室矢重遠は、苦笑した。


「ここまで、良い場所にあるキャンパスは、滅多にない……ようだぞ? 日本は平地が少ないから、だいたい郊外になるって」


「そうですか……」



 重遠が席を外して、麗はベンチに座ったまま、空を見上げた。


「高校を卒業した後……」


 室矢家の一員になり、私は生きる。

 真牙しんが流の魔法師マギクスとして……。


 だから――



 肌に身に着けている、護身用のバレを触りつつ、麗は、近づいてきた大学生たちを見た。


 青い瞳を見た男子のグループは、一瞬ビビるも、すぐに声をかける。


「君、まだ高校生ぐらいでしょ? 留学生かな? 夏休みを利用しての、キャンパス見学だよね? 俺ら、ちょうど、コマが空いていてさ! 青学あおがくの良さを教えてあげるよ? 近くのいい店も!」


「いえ、結構です」


 普通に返され、他の男子も、勢いづく。


「日本語、上手いね!」

「その服も、ちょー似合っているし!」



 麗は、下着のバレを触ったまま、新宿の広場で、一般人に後れを取ったことを思い出す。


 これ以上、重遠さんの足を引っ張りたくない……。


 彼の想いである、レトロガーリーの衣装を身に着けつつ、麗は断ろうと――


 

「俺の女に、何か用でも?」



 トイレから戻ってきた室矢重遠が、モデル立ち。


 ゴゴゴ……と、擬音がつきそうな、迫力だ。



 せっかく見つけた、都心部でも珍しい獲物。


 どこかへ連れて行き、勢いで酒を飲ませよう。と思っていた大学生グループは、イラついたまま、文句を言おうとするも、重遠のオーラに呑まれる。


 高級ブランドの、前を開けたジャケットは、着るのに勇気がいる。

 ところが、まだ高校生の年齢で、もう似合っているのだ。


 70%ぐらいは、高級ブランドの圧。


 陽キャのまま、大学生に。

 遊び慣れた、オシャレな男子を気取っている彼らは、すぐブランド名に気づいた。


「おい。こいつの服、アレじゃん……」

「嘘だろ? ジャケットだけで、35万円はするのに」


 何も知らずとも、うわ凄い! と思えるデザイン。

 その正体を知っていれば、威力は10倍ぐらいに、膨れ上がる。


 思わず、後ずさりする、陽キャの頂点たち。


 彼らもブランド物だが、さすがに、一点30万円はない。

 あるほうが、おかしい。



 ここで、重遠が説明する。


「ああ……。これは、着ている。いつもは、自分の体にフィットした、動きやすいものだ」


「ぐうぅううっ……」


 いつもは、オートクチュールのような、オーダーメイドだ。


 そう理解した、大学生のリーダー格が、思わずうめいた。


 重遠としては、いつもは大衆品だけど、今日は特別な服装。と言ったつもり。

 けれども、彼が着ている高級ブランドの圧によって、異なる解釈をしたのだ。



 重遠が歩けば、座っている麗を半包囲していた陽キャたちが、思わず道を譲る。


「行くよ、麗?」

「あ、ハイ! すみません……」


 立ち上がった麗に対して、近くの大学生が、引き留める。


「ちょっ! 待て――」


 伸ばした片手は、事前に知っていたかのように、重遠が麗とポジションを入れ替えつつ、空手の払いで、下へ落とす。


 だが、痛めつけるような、叩きつけではなく、ダンスをするように触れ合った状態。


「はい。握手、握手……」


 あっさりと、放された。


 もはや、誰も引き留めず、言葉も発しない。

 今の歩法と、体捌きですら、映画のような見事さ。


 麗が知るよしもないが、引き留めようとした彼は、格闘技の有段者。

 それを知っている大学生グループは、口が半開きだ。


 あしらわれた男子は、重遠がその気になれば、さっき片手を制した時に、指を圧し折るか、手首の関節を決めて、そのまま地面へ叩きつけることも、簡単にできたと、理解。


 それを選ばなかったのは、恥をかかせるつもりがなかったから。


「すげえ……」


 自分の手首をさすりつつ、畏怖いふの眼差しで、重遠の背中を見送った。




「んふふ……」


 さらに上機嫌になった麗を見て、重遠は、不思議そうに尋ねる。


「どうかしたのか?」

「いえ。何でもー」


 陽気に言った麗は、最上級のファッションで、彼氏も褒められたうえに、助けてもらったことで、ほぼイキかけていた。


 健全なデートでも、麗の頭の中では幸福を感じる物質がどんどん作られ、彼女を塗り替えている。


 普通に遊んでいても、取り返しがつかない。

 それが、重遠クオリティ。



「次は、美術館にするか? 静かだし、空調も効いている」

「いいですね!」


 再び、専用の高級車へ乗り込む、2人。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る