第688話 原作の主人公の影
「子供のために、私も将来を考えていて……」
「まあ、そうだな」
俺の生返事に、
「独立採算になるから、けっこう悩んでいるんですよ?
麗も、自分の子供のために、学歴や職歴が必要だ。
「明夜音とは……どうなんだ? あいつを信用しているけど、相性もあるからな」
「ああ! それは、大丈夫です! 北海道のバカンスでも、明夜音さんは優しかったですし……。むしろ、私が足を引っ張らないよう、頑張らないと」
悠月家の次期当主が推薦となれば、周りが妬んだりするか。
ここぞとばかりに、明夜音の評価を下げて、そのまま操ろうとする奴も、出るだろう。
「参考までに……。どういう業界を考えているんだ?」
「うーん。
俺は、
「今のレジデンスなら、色々な機材があるだろう。たとえば、俺の
「はい! ぜひ、お願いします! ……
「俺は、考え中だ……。お前の発言じゃないけど、一般の大学じゃ、目立ちすぎるんだよ。孤立した状態では、まともに単位を取れないし、通っている意味がない。大勢の手下を引き連れて、そいつらにノートやら、過去問を集めさせるのも、何か違うし。おまけに、ウチの女子を連れて行けば、ちょっと目を離した隙か、それでなくても、俺を無視するか、妨害されつつ、口説かれる」
困った顔の麗が、同意する。
「あー。それは……。確かに……。重遠さんの場合は、私の比でありませんよね? 何となくでは行けないし、よっぽどの理由が必要だと」
「ま、気楽に行こう……。ダメだったら、すぐに損切りして、切り替えるぐらいで! 子供のことも大事だけど、考えすぎたら、疲れるだけ。臨機応変に動けるよう備えつつ、子供の適性や、周りの状況を見ながら判断したほうが、たぶん上手くいく。そのために、室矢家のネットワークがある」
首肯しつつも、麗はジト目。
「女子に養われている人は、言うことが違いますね?」
「失礼な! ちゃんと、スポンサーもいるぞ?」
涼んでいたカフェから、外へ出る。
「暑いです……」
「そうだな……」
2人そろって、汗が噴き出る。
今日は、高校生らしい私服だ。
といっても、それなりのブランド。
下町の観光地のため、外国人や、夏休みで遊んでいる学生の姿も、目立つ。
「室矢くん?」
聞き覚えがある声に振り向けば、
よく見れば、他の女子4人も、一緒。
「あれ? お前ら、もう帰ったんじゃ……」
「えーと……。それがね――」
立ち話によれば、俺と話せるうえに、抱いてもらえるポジションだから、母校や関係者の問い合わせが、激しいそうだ。
「今は、それぞれの学校長が、対応していて……。落ち着くまで、東京観光をしていろと」
困った顔の真衣と、それに
俺の傍にいる麗を見た。
「この娘は、室矢家にいる天ヶ瀬だ。今は、デート中!」
「あ、天ヶ瀬です!」
俺の説明で、麗は慌てて、会釈。
いっぽう、
「
釣られて、残り4人も、自己紹介。
しばらく歩き、抹茶クレープを買った。
テイクアウトのみで、店の傍に
観光地ではあるものの、路地裏だ。
周りを見れば、立ち食いの観光客や、学生の姿。
こちらは人数が多く、暑い中でしばらく歩き、その集団から離れた。
近くに座れる場所はないから、溶けてしまう前に、急いで食べる。
「室矢じゃん! 久しぶりだなー!」
俺と女子6人が、振り向く。
そこには、高校生と思しきグループ。
男子だけで、5人ぐらい。
「お前、ぜんぜん見かけないぞ? いくら、通信制クラスでも、全く授業に出ないと、卒業できないぜ?」
他の男子が、そいつに話しかける。
「何、知ってる奴?」
「ああ、俺のダチだ。事情があるのか、今は通信制だけど……」
その返事で、他の連中も騒ぎ出す。
「可愛い……」
「ラッキー! せっかくだし、このまま全員で、遊びに行こうぜ?」
「じゃあ、どこ行く? 今日はあちーから、外は嫌だぞ」
「ね、ね? 君、どこの学校?」
断りなく、それぞれが、狙っている女子にマッチアップしようと、動き出したので――
霊圧で、軽く威圧した。
とたんに、その場で立ち
俺は、固まった奴らを見た後で、最初に発言した奴へ言う。
「お前、誰?」
「……ま、前の『1-A』で、同じクラスだったじゃねえか! ほら、
言われてみれば、文化祭の2日目の朝に、教室で声をかけてきた陽キャと、似ている。
こいつが言っている打ち上げに参加したのは、悠月明夜音が用意した偽者だ。
自分の名前を言っているようだが、モブを覚える気はない。
まして、これだけ、無礼な奴は……。
「知らん……。というか、去年にクラスメイトというだけで、馴れ馴れしくするな! 俺は、お前らと違って、忙しいんだよ」
最初の男子が、まだ粘る。
「お、同じ学校じゃねえか……。ちょうど人数も合うんだし、今日ぐらい、いいだろ? お前と女子の分は、奢ってやろうと思っていたのに。……どうせ、お前はいくらでも、女子がいる。少しぐらい、分けてくれても、いいじゃねえか」
俺が通信制と聞いて、ニヤニヤしていた、他の男子も、恨みがましい表情だ。
どうせ、イジメで引き籠もりとか、マウントできる相手と、考えていたんだろう。
「お断りだ! 女子が欲しければ、自分でナンパして来い!!」
すでに離れていた女子6人をサーチしつつ、俺自身も、悠々と歩き去る。
どうして、去年に数えるぐらいの会話だった、元クラスメイトに、ここまで強気だったのやら……。
夏休みで開放的になっていたうえ、グループでつるんでいて、気が大きくなっていたか?
ん?
妙な気配を感じて、俺は立ち止まった。
振り向くが、そこに警戒するべき人物はいない。
「……気のせいか?」
今の奴は弱いし、全てのヒロインを逃している。
俗に言う、覚醒イベントもない……はずだ。
航基にしては、霊圧が高すぎた。
何よりも、俺に察知されたと感じて、一気に消したようだ。
そんな芸当をできるとは、思えない。
さっきの男子グループに、太鼓持ちでついてきたのか?
悩んでいた俺は、歩いた先で遭遇した、思わぬ人物によって、思考を中止させられた。
「仕事、紹介してくださいよー! もう、退魔師の互助会からだと、キツくって! 東京本部でも、コネがないと、ドブ
彼女は、
現地の霊媒師の1人。
沖縄の国際空港で、見送られて以来。
「お前、上京していたんだな……。退魔師の仕事を紹介すれば、いいのか?」
「ハイ! お願いします!」
よっぽど苦労しているのか、前とは大違いの態度だ。
調子に乗りやすい性格は、相変わらずだけど……。
「新垣さーん? こっち、お願い!」
「ハーイ! 今、行きます!」
忙しいようだから、結論だけ言う。
「俺のアドレスは、まだあるか? ……とりあえず、そちらに連絡してくれ! 取り次いで、担当者へ回すから」
「ハイ! ぜひ、お願いします!!」
返事をした琥珀は、早足で、厨房に入っていった。
さて、俺も、麗と合流しますかね……。
◇ ◇ ◇
室矢重遠のサーチから逃れた、男子。
誰かとそっくりの容姿だが、その雰囲気が全く違う。
「チッ……。貴重なハイドストーンを使わせやがって……」
東京の下町で、他の学生に交じって歩きつつも、思考をまとめる。
よっぽど焦っているのか、ボソボソと、小声で
「こっちにも、
お試しで、来ただけ。
今のサーチと霊圧から、それなりに強い。
「万が一を考えたら、今すぐはマズいな……。アイテムも適当だし、装備も不十分……。帰って、万全にしておくか!」
最後の叫びで、通行人が注目した時には、鍛治川航基の姿は消えていた。
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