第688話 原作の主人公の影

「子供のために、私も将来を考えていて……」

「まあ、そうだな」


 俺の生返事に、天ヶ瀬あまがせうららは、むくれた。


になるから、けっこう悩んでいるんですよ? 詩央里しおりさんや、明夜音あやねさんに相談しても、なかなか、結論が出なくて! とりあえず、大学進学のために、勉強する方向で――」


 室矢むろや家を解散するからなあ……。


 麗も、自分の子供のために、学歴や職歴が必要だ。

 悠月ゆづき明夜音に任せたが、上手くやっているのだろうか?


「明夜音とは……どうなんだ? あいつを信用しているけど、相性もあるからな」


「ああ! それは、大丈夫です! 北海道のバカンスでも、明夜音さんは優しかったですし……。むしろ、私が足を引っ張らないよう、頑張らないと」


 悠月家の次期当主が推薦となれば、周りが妬んだりするか。

 ここぞとばかりに、明夜音の評価を下げて、そのまま操ろうとする奴も、出るだろう。


「参考までに……。どういう業界を考えているんだ?」


「うーん。魔法師マギクスとして、戦えるだけの魔力がありませんから、技術方面へ進もうかと……。一般の大学に入って、前みたいにナンパされるのは、嫌です!」


 俺は、うなずきつつも、アドバイス。


「今のレジデンスなら、色々な機材があるだろう。たとえば、俺のバレを見てくれている不破さんは、東京魔法大学の魔法工学科を卒業している技術者だ。奥さんがいるし、あの人は信用できる。今度、俺たちが行くタイミングで、一緒に会うか?」


「はい! ぜひ、お願いします! ……重遠しげとおさんは?」


「俺は、考え中だ……。お前の発言じゃないけど、一般の大学じゃ、目立ちすぎるんだよ。孤立した状態では、まともに単位を取れないし、通っている意味がない。大勢の手下を引き連れて、そいつらにノートやら、過去問を集めさせるのも、何か違うし。おまけに、ウチの女子を連れて行けば、ちょっと目を離した隙か、それでなくても、俺を無視するか、妨害されつつ、口説かれる」


 困った顔の麗が、同意する。


「あー。それは……。確かに……。重遠さんの場合は、私の比でありませんよね? 何となくでは行けないし、よっぽどの理由が必要だと」


「ま、気楽に行こう……。ダメだったら、すぐに損切りして、切り替えるぐらいで! 子供のことも大事だけど、考えすぎたら、疲れるだけ。臨機応変に動けるよう備えつつ、子供の適性や、周りの状況を見ながら判断したほうが、たぶん上手くいく。そのために、室矢家のネットワークがある」


 首肯しつつも、麗はジト目。


「女子に養われている人は、言うことが違いますね?」

「失礼な! ちゃんと、スポンサーもいるぞ?」



 涼んでいたカフェから、外へ出る。



「暑いです……」

「そうだな……」


 2人そろって、汗が噴き出る。


 今日は、高校生らしい私服だ。

 といっても、それなりのブランド。


 下町の観光地のため、外国人や、夏休みで遊んでいる学生の姿も、目立つ。



「室矢くん?」



 聞き覚えがある声に振り向けば、柳生やぎゅう真衣まいがいた。


 よく見れば、他の女子4人も、一緒。


「あれ? お前ら、もう帰ったんじゃ……」


「えーと……。それがね――」



 立ち話によれば、俺と話せるうえに、抱いてもらえるポジションだから、母校や関係者の問い合わせが、激しいそうだ。


「今は、それぞれの学校長が、対応していて……。落ち着くまで、東京観光をしていろと」


 困った顔の真衣と、それにうなずく、女子4人。


 俺の傍にいる麗を見た。


「この娘は、室矢家にいる天ヶ瀬だ。今は、デート中!」


「あ、天ヶ瀬です!」


 俺の説明で、麗は慌てて、会釈。


 いっぽう、近衛このえさくらも、すぐに応じる。


桜技おうぎ流の演舞巫女えんぶみことして、室矢様にご指導を受けている、近衛です。他の者も同じ立場ゆえ、天ヶ瀬さまと会う機会もあるかと存じます。何卒よろしく、お願いいたします」


 釣られて、残り4人も、自己紹介。




 しばらく歩き、抹茶クレープを買った。

 テイクアウトのみで、店の傍にたむろしたまま、食べる。


 観光地ではあるものの、路地裏だ。

 周りを見れば、立ち食いの観光客や、学生の姿。


 こちらは人数が多く、暑い中でしばらく歩き、その集団から離れた。

 近くに座れる場所はないから、溶けてしまう前に、急いで食べる。


 和気藹々わきあいあいとした雰囲気だが、ここで、別の男子の声が交じる。



「室矢じゃん! 久しぶりだなー!」



 俺と女子6人が、振り向く。


 そこには、高校生と思しきグループ。

 男子だけで、5人ぐらい。


「お前、ぜんぜん見かけないぞ? いくら、通信制クラスでも、全く授業に出ないと、卒業できないぜ?」


 他の男子が、そいつに話しかける。


「何、知ってる奴?」

「ああ、俺のダチだ。事情があるのか、今は通信制だけど……」


 その返事で、他の連中も騒ぎ出す。


「可愛い……」

「ラッキー! せっかくだし、このまま全員で、遊びに行こうぜ?」

「じゃあ、どこ行く? 今日はあちーから、外は嫌だぞ」


「ね、ね? 君、どこの学校?」


 断りなく、それぞれが、狙っている女子にマッチアップしようと、動き出したので――



 霊圧で、軽く威圧した。



 とたんに、その場で立ちすくむ、男子5人。


 俺は、固まった奴らを見た後で、最初に発言した奴へ言う。


「お前、誰?」


「……ま、前の『1-A』で、同じクラスだったじゃねえか! ほら、紫苑しおん学園の文化祭で、声かけただろ? 上加世かみかせが言い出した、後夜祭の時の打ち上げでも、話したし!」


 言われてみれば、文化祭の2日目の朝に、教室で声をかけてきた陽キャと、似ている。


 こいつが言っている打ち上げに参加したのは、悠月明夜音が用意した偽者だ。


 自分の名前を言っているようだが、モブを覚える気はない。

 まして、これだけ、無礼な奴は……。



「知らん……。というか、去年にクラスメイトというだけで、馴れ馴れしくするな! 俺は、お前らと違って、忙しいんだよ」


 最初の男子が、まだ粘る。


「お、同じ学校じゃねえか……。ちょうど人数も合うんだし、今日ぐらい、いいだろ? お前と女子の分は、奢ってやろうと思っていたのに。……どうせ、お前はいくらでも、女子がいる。少しぐらい、分けてくれても、いいじゃねえか」


 俺が通信制と聞いて、ニヤニヤしていた、他の男子も、恨みがましい表情だ。


 どうせ、イジメで引き籠もりとか、マウントできる相手と、考えていたんだろう。



「お断りだ! 女子が欲しければ、自分でナンパして来い!!」


 すでに離れていた女子6人をサーチしつつ、俺自身も、悠々と歩き去る。



 どうして、去年に数えるぐらいの会話だった、元クラスメイトに、ここまで強気だったのやら……。


 夏休みで開放的になっていたうえ、グループでつるんでいて、気が大きくなっていたか?



 ん?



 妙な気配を感じて、俺は立ち止まった。


 振り向くが、そこに警戒するべき人物はいない。



「……気のせいか?」



 鍛治川かじかわ航基こうきの霊圧を感じた気がした。


 今の奴は弱いし、全てのヒロインを逃している。

 俗に言う、覚醒イベントもない……はずだ。



 航基にしては、霊圧が高すぎた。

 何よりも、俺に察知されたと感じて、一気に消したようだ。


 そんな芸当をできるとは、思えない。



 さっきの男子グループに、太鼓持ちでついてきたのか?




 悩んでいた俺は、歩いた先で遭遇した、思わぬ人物によって、思考を中止させられた。


「仕事、紹介してくださいよー! もう、退魔師の互助会からだと、キツくって! 東京本部でも、コネがないと、ドブさらいだけで……」


 新垣あらがき琥珀こはくは、バイトの格好のままで、拝み倒していた。


 彼女は、咲良さくらマルグリットと一緒に、沖縄へ行った時に、案内してくれた。

 現地の霊媒師の1人。


 沖縄の国際空港で、見送られて以来。



「お前、上京していたんだな……。退魔師の仕事を紹介すれば、いいのか?」

「ハイ! お願いします!」


 よっぽど苦労しているのか、前とは大違いの態度だ。

 調子に乗りやすい性格は、相変わらずだけど……。


「新垣さーん? こっち、お願い!」

「ハーイ! 今、行きます!」


 忙しいようだから、結論だけ言う。


「俺のアドレスは、まだあるか? ……とりあえず、そちらに連絡してくれ! 取り次いで、担当者へ回すから」


「ハイ! ぜひ、お願いします!!」


 返事をした琥珀は、早足で、厨房に入っていった。



 さて、俺も、麗と合流しますかね……。



 ◇ ◇ ◇



 室矢重遠のサーチから逃れた、男子。


 誰かとそっくりの容姿だが、その雰囲気が全く違う。


「チッ……。貴重なハイドストーンを使わせやがって……」



 東京の下町で、他の学生に交じって歩きつつも、思考をまとめる。


 よっぽど焦っているのか、ボソボソと、小声でつぶやく。


「こっちにも、千陣せんじんの野郎がいるのか……。いや、まあ、考えてみれば、当たり前だが……。さて、どうするかねえ?」


 お試しで、来ただけ。


 今のサーチと霊圧から、それなりに強い。


「万が一を考えたら、今すぐはマズいな……。アイテムも適当だし、装備も不十分……。帰って、万全にしておくか!」


 最後の叫びで、通行人が注目した時には、鍛治川航基の姿は消えていた。

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