第686話 ストロベリー・ラプソディー④

 人質になっている、1人。

 スーツ姿の男が訴えかけたことで、小銃を持つ男も、俺のほうへ振り返る――


 床の少し上を滑るように飛んで、一気に距離を詰めた俺が、上から銃身を押さえつつ、外から片足の後ろを払う。


 倒れた相手の右腰からハンドガンを抜き、銃口を密着させたまま、3発ほど、相手の右の腹、肝臓あたりで連射。


 激痛によって、男は気絶した。

 密着させたことで、くぐもった発砲音だけ。


 拳銃をポケットに入れた後で、男が首の後ろにかけているスリングを外して、小銃を奪った。

 手早く分解して、その場に落とす。


 アサルトライフルは、不要。

 扱い辛いだけ。


 

 拳銃の新しいマガジンを抜き取り、ポケットに入れる。

 コンバットナイフは、指2本で、押し潰した。


 ガランと、ナイフの残骸を放り投げた後で、呆然と見ている人質を無視して、両手で拳銃を構え、二連射。


 様子を見に来た男は、ボディーアーマーの上から食らうも、膝から崩れ落ち、前のめりに倒れた。


 パンパンと響き、開放的なオフィスエリアは、一気に騒がしくなる。


 内廊下に相当する場所へ出れば、小銃を構えた男が2人、いや3人。


 何かの言語で罵りつつも、トリガーを引くが、すでに弾薬と機関部は、俺の魔法でピンポイントに凍らせている。


 しっかりと両足を決めた後で、1発ずつの射撃。


 状況を理解できないまま、3人目まで、倒れた。



 さらに、数人が、狙いをつけないままの連射……。



 今、飛んできた弾の12発を全て消滅させて、映画のワンシーンを狙おうとしたが。


 どうも、質量がエネルギーに変換されたようで、東京都が一瞬で消し飛ぶ未来が、頭の中に浮かんだ。



 仕方がない。

 別のプランでいこう。



 別の空間に、地球と同じサイズの惑星を用意します。

 ビー玉と同じ大きさまで、圧縮。


 それを呼び出します。



 一定の半径で渦巻き、光まで吸い込みつつも、外周には色とりどりの光が、放たれている。


 沖縄でスティアがやっていた、ブラックホールの生成だ。


 周囲への有害な宇宙線をカットしつつも、こちらへの攻撃だけ選別して、吸い込み続ける。

 

 俺に当たる銃弾を含めて、軌道が変わっていく。


「喜べ! 今日は、本物のブラックホールが、見られるぞ!」


 けれど、こちらを見ている男たちは、絶叫しながら、撃ち続けている。


 弾切れなのに、マガジンを交換せず、トリガーを引き続けている奴も……。



 ペットのように、人と同じぐらいのブラックホールを引き連れ、寄ってきた武装集団の弾を吸い込んでいく散歩。


 やがて、お目当ての重機関銃と、プラスチック爆弾の山を見つけた。


 重機関銃は、俺に撃ち尽くしたようだから、その場で分解。


 プラスチック爆弾も、起爆装置を魔法で氷漬けに……。



 周りに立ち尽くす、氷像たち。



「うん。これで……あ、警官隊が突入してきた!」


 出入口のあたりで騒がしくなったから、ブラックホールを宇宙へ投げ出し、片足でグルリと円を描くことで、スッと床に落ちる。




 ――タワーの点検スペース


 有資格者しか立ち入らない、点検用の足場。

 薄暗いところで、作業者のグループが、集まっていた。


 空中から至近距離へ詰めて、残った弾丸を撃ち込み、5秒で制圧。


 不要になった拳銃は、その場で捨てる。



「んー?」


 03:12


 03:11


 赤いデジタル表示によれば、もうカウントダウン。



 式神との念話で、小坂部おさかべけいに頼む。


『そっちの心象風景へ、捨ててくれないか?』

『ぜっったいに、嫌!』


『そう、言うなって』

隅田すみだ川の巡視船もどきが爆発した時は、1週間も寝込んだのよ!? 私の中に、変なものを出さないで!!』



 ダメか……。


 

 閉じたジュラルミンケースを持ち、移動した俺は、近くの更衣室で、作業着と帽子に。


 そのまま、関係者の出入口から、一般エリアに歩き出す。



 制服警官2人がいたので、その後ろにジュラルミンケースを置きつつ、足は止めない。


 ドカッという音で、彼らが振り向く頃には、見回しても気づかれないポジションへ……。



 ◇ ◇ ◇



 振り返った警官は、ジュラルミンケースに、気づいた。


 同僚と一緒に、上から見れば――



 25:10


 25:09


 

 赤いデジタル表示で、数字が減っている。


 どう見ても、怪しい。



「待て! 触ったことで、爆発するかもしれんぞ!?」


 反射的に上の取っ手を握ろうとした警官は、ビクッと、手を引っ込めた。


 注意した警官が、すぐに無線で連絡。




 ――15分後


『本部より処理班へ! 対象は、の可能性が高い。刑事部の情報によれば、「致死率99%の新型」である。速やかに、処理されたし』



 全力で現着した、爆発物処理班。


 専用の重機によるアームで吊り下げられたジュラルミンケースが、ゆっくりと、下のケースへ入っていく。


 重機はケースを吊り下げ、大型ヘリが下げてきた、爆破チャンバに突っ込む。


「閉鎖、よし!」

「残り2分!」


 カウントダウンが進む中で、内部に仕込んだ爆発物を利用して、丸ごと吹っ飛ばす。


 凄まじい音と、振動。



 遠くで見守っていた群衆が、ざわつく。


 現場を封鎖している警官隊も、視線だけ向ける。



 内部から歪んだ爆破チャンバは、再び、大型ヘリで運ばれた。



 ◇ ◇ ◇



『本日、新宿のタワーで、立て篭もり事件がありました。実行犯は、海外で有名な、――の構成員です。幸いにも、人質に怪我はなく、現場には重機関銃やプラスチック爆弾まで』



 自宅へ戻った俺は、疲れた様子の天ヶ瀬あまがせうららと、帰りがけに買った、デパ地下のご馳走を食べている。


「今日は、悪かった! 麗を放っておいて……」


 ダイニングテーブルで向き合ったまま、首を横に振った彼女は、チーズ入りの鳥ムネ肉をこんがりと焼いて、バジルソースをかけた料理に舌鼓を打った後で、言う。


「こちらは、アンジーさんに助けてもらったので……。それより、重遠しげとおさんは、大丈夫でしたか? 物騒な事件があったようですし」



『新宿のタワーでは、爆発物が発見されました。関係者は、「同じ組織の犯行で、人質立て篭もりは、警察に注目されないための陽動だった」と、言っています。タワーの周辺では、5人ほどの首を折られた死体も発見され、後の調査で、――のシンパと判明しました。内部への手引きをしたようで、警視庁が捜査中です。爆破処理された爆発物には、新型の生物兵器があったとの情報も――』



「ああ……。麗を放っておくほどの事では、なかったさ……。この埋め合わせだけど、またデートに行こう! 色々と、買ってあげるから」


 目を逸らした彼女は、照れくさそうに、断る。


「いえ、そこまでは……。でも、またデートに行けるのは、嬉しいです!」


 笑顔で言った麗は、鶏ムネ肉を口に入れた。



『なお、「現場には、男子高校生らしき人物もいた」という証言もありますが、警視庁は否定しており――』




 ――夕花梨ゆかりの家


 リビングのソファに座っている、千陣せんじん夕花梨。

 彼女の式神2人が、フローリングの床で、土下座している。


 立ったままの如月きさらぎは、彼女たちに、言う。


「今回……。麗さまを警護できなかったとが、タダでは済みませんよ?」


 その発言で、式神2人は、顔を上げた。


「まだ、私たちが出る場面ではなく、正体がバレたら厄介だと思って……」

「すまない」


 如月は、淡々と話す。


「重遠さまは、あなた達に『麗を守れ』と、命じられたはず……。以後は、そういった配慮をせず、ただ制圧しなさい。……夕花梨さま?」


 今回の処罰を求めた如月に対して、夕花梨は、タブレットを見せた。


『いやー! これだけの大物は、なかなか釣れませんよ!? 苦労したんでしょう?』


『そうですね! 太平洋で1ヶ月ぐらい、粘りましたよ!! これで、ようやく、家に帰れます』



 満面の笑みを浮かべた夕花梨は、パンと、手を叩いた。


「私、これを見てみたい! ついでに、解体ショーもやって、新鮮なうちに食べたいわ」


 傍に立つ如月が、うなずいた。


 正座をしたままの、夕花梨シリーズ2人を見下ろす。


「行けますか?」


「「はい!」」



 仕留めに行け、と言うボスは、いない。


 行けるか? だけ。



 ドジを踏んだ、夕花梨シリーズ2人は、太平洋へ向かう。


「夕花梨さまの願いを叶えるまで、帰ってこなくて、構いません」


 如月の、温かい声援を受けながら……。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る