第685話 ストロベリー・ラプソディー③

 走ってきた人影は、制服警官5名。


 息を切らしつつ、アンジェラ・フッド・ケインと、天ヶ瀬あまがせうららの近くで、立ち止まった。


 若い警官が、代表として、喋る。


「そこの君たち! 我々は、『いきなり、銃を向けられた』という通報があって、現在、犯人を探している! IDの提示と、身体検査に、ご協力をお願いするよ?」


 丁寧な言い方だが、これは命令だ。


 他の警官は、右手を腰のホルスターに添えている。



 様子を見ている、アンジェラに対して、女の警官が言う。


「身体検査は、私が行います。怪しい行動をした場合は、『銃を抜こうとしている』と判断して、すぐに取り押さえますので」



 どうやら、先ほどの女3人が、近くの交番にでも、駆け込んだらしい。



 最後に、この場で階級が高そうな警官が、命令する。


井上いのうえは、2人を身体検査! 終わった順に、離れた場所で事情を聴いて――」


 困った麗に対して、アンジェラはふところから出していたIDを見せながら、宣言する。


「オーストラリア大使館付きの駐在武官、アンジェラ・フッド・ケイン。外交特権で、拳銃を所持しているわ」


 警官5人は、思わぬ展開で、言葉に詰まった。


 指揮している警官が、何とか応じる。


「市民に銃を向けたのは、あなたですか?」

「さあ? 覚えていないわ」


 とぼけたアンジェラに、年配の警官は、攻め方を変える。


「照会のため、IDを拝見したいのですが?」


 差し出された手を無視して、鼻で笑うアンジェラ。


「今、提示したナンバーか、氏名で、問い合わせて! あなたも、警察手帳を渡せないでしょ?」


 いっぽう、離れた場所で、見覚えのある女が3人。


 そこで話していた警官が走ってきて、年配の警官に、ヒソヒソと伝達。



 年配の警官は、雰囲気を変えた。


「申し訳ないが、署まで、ご同行をお願いする。被害者の方々との話を合わせて、詳しく調べる必要ができた。……私も、外交官のIDは、あまり見たことがなくてね? 照会するにしても、時間がかかるだろう。それまでは、『来日した外国人』というだけだ」


 ここで、男の低い声が、交ざる。


「それは、困りますね?」


 年配の警官が振り向けば、スーツ姿の男たち。


 先頭の男が、身分証明書を見せた。


「オーストラリア大使館の者です。お話がありましたら、私共わたくしどもが伺います」


 アンジェラが呼んだ応援に、警察サイドの優位が崩れた。


 身分証明書を見せた外国人は、笑顔で告げる。


「彼女たちを逃がすわけでは、ありませんよ? ケインは、大使館内の敷地に住んでいます。必要があれば、いつでも、ご協力いたします。……正当な理由でしたら」


 自分たちのフィールドへ連れて行き、衣食住を握る作戦は、通じず。


 せめてもの抵抗で、麗のほうを見るも――


「あー。先に言っておくけど、この娘は、室矢むろや重遠しげとおの関係者よ? 『こいつだけ確保しよう』と考えるのは、止めておきなさい。悪いことは、言わないから」


 アンジェラの発言で、警官5人が、固まった。


 都内の特別緊急配備の中で、その本人が警察庁の会議室に出現して、捜査本部長にリボルバー5発を撃たれながら、踊り狂ったことは、記憶に新しい。


 今もっとも、関わりたくない人間だ。


 ついでに言うと、重遠は、異能者のキャリアとも親しい。



 アンジェラは親切心で、話を続ける。


「本来なら、この娘も、IDを出すべきだろうけど……。巻き込んだら、絶対に、重遠が出てくるわ! 私は、この娘を助けたのよ。女3人がトイレの中で、取り囲んでいてね? 明らかに、怯えていたから……。ねえ、あなた? 海外で子供がどれだけ誘拐されているか、知ってる?」


 察した、年配の警官が、銃を向けることはない、と言いかけたが、それに被せる。


「40秒に、1人よ? 惨殺か人身売買で、発見率は10%もない。特に、こういうショッピングモールでは、ちょっと目を離したら、攫われる。親と並んで道を歩いている子供も、急停車したバイクや車が攫う……。そんな事件が、決して珍しくないの。攫う奴らは、まず武装している。少しでも躊躇ためらえば、逆に撃たれるか、刺されるの。だから、子供を放置したら、即座に通報されて、保護者が逮捕される……。私は、こういう女の子が攫われて、どこかの国で凌辱されるか、嬲り殺しにされたくないの!」


 重みのある言葉に、年配の警官も、黙った。


 オーストラリアの外交官が、口を挟む。


「そちらも、書類に残す名前が必要でしょう? 我々から1人を出しますので、終わりにしませんか? 先ほども述べましたが、後日に必要であれば、ケインに話をさせます。もう1人の彼女についても、こちらが連絡する形で」


 年配の警官は、息を吐いた後に、しぶしぶうなずいた。


「……それで、お願いします」




 立ち去るアンジェラ達を見送った、年配の警官は、女の警官に命じる。


「井上。念のために、あいつらも、やっておけ」

「分かりました」




「(巡査)部長、ありました!」


 女の警官の叫びに、周囲は色めき立った。


「し、知らないわよ! ……痛い! 放して!!」

「動くな!」


 麗に絡んでいた女の1人は、身体検査をしていた警官に、ねじ伏せられた。


 同時に、周りに立っていた警官も、残り2人を見る。


「動かないで!」

「変な動きをしたら、撃ちますよ!?」


 まだホルスターから抜いていないが、右手は銃のグリップを握っている。


 女3人は、あれよあれよという間に、手錠をかけられた。



 年配の警官が、女の警官から渡された、小型のリボルバーを見せる。


「これは?」

「だから、知らないと、言ってるでしょ!?」


 側面を触って、シリンダーを横へ出せば、本物に特有の構造と、実弾らしき後ろ姿。


 シャキッと戻した後で、別の警官に渡した。


 警察無線によって、緊急事態の報告。



 別の女2人からも、セミオートマチックに使う、9mm弾が見つかった。


 時刻が告げられた後で、集まった群衆に見守られながら、パトカー後部座席への押し込め。




 ――がいナンバーの高級車


 後部座席に座っているアンジェラは、愉快そうに、つぶやく。


「今頃、見つかっているかなあ? 私のバックアップを仕込んだし、話題も振ったから、大丈夫だと思うけど」


 隣の天ヶ瀬麗は、キョトンとしている。


「何ですか?」


「さっきの女3人が、いたでしょ? トイレで遭遇した時に、上が開いているバッグがあったから、予備のリボルバーを入れておいたの! 残り2人にも、予備弾をいくつか、ポケットに」


 目をパチクリさせる麗に、アンジェラが説明。


「どうせ、警察に垂れ込むと、思ったから……。シリアルナンバーや指紋は、残していないわよ? これ、薄いグローブだし」


 片耳のイヤホンで、しばし聞く、アンジェラ。


 やがて、麗に説明する。


「引っ掛かった! これで、回収する手間は、省けたわね……。だけど、リボルバーは少し、出費がキツいかなー」



 ワイルドな人だなあ。


 驚いた麗は、別行動の重遠を思う。



 ◇ ◇ ◇



 俺は、台車で運ばれる、重機関銃と、大量のプラスチック爆弾を追う。


 新宿の広場からタワーへ入って……業務用のエレベーターか。



 だが、その前に――



「はい。どうぞー!」


 ブロロロと、搬入口のトラックが、動き出した。


 詰所へ戻った警備員に、上から飛びつき、全身で横に一回転。

 相手の首も、一回転。


 そのまま、床に倒れ込む。


 1人。



「お疲れー! まだ、慣れないだろ?」

「オーッス!」


 パイプ椅子に座った作業員の背後から忍び寄り、両手で頭を抱き抱えて、フクロウの真似!


 ゴキャッと、鳴った。


 2人。



 5人ほど黙らせた後で、タワーの高層へ出現。


 重武装をした警官隊が、待機中。

 SWATのようだ。


「突入時間は、変更なし!」

「内部の様子は?」

「マスコミに報道されたら、周辺はパニックになる! その前に――」

「屋上からの突入犯――」



 内廊下の天井を伝い、壁抜けをした後で、蜘蛛のように、スーッと降りる。


 音がしない通路を歩けば、このフロアーは、もう制圧されていることが、分かった。


 途中で、ススッと壁際へ退避して、天井にある、警察の覗きカメラを避けた。

 小さな穴から差し込まれた、チューブ型が、遠隔操作で動く。



 銃を持った連中が、乱暴に叫びながら、人質を威圧している。


 英語……かなあ?



 アサルトライフルを持った男が、のしのしと歩き、一列になった人質を見下ろしている。


 事務所で働いていたと思われる、スーツ姿の男が、壁際に座ったままで、俺のほうを見た。


「Hell, hell……」


 え?

 

 地獄に行きたいのか?



 …………



 違うわ。


 Help me.(助けてくれ) だ。

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