第684話 ストロベリー・ラプソディー②

 ――新宿の広場


 テーブル席を1つ確保して、ランチボックスを御開帳。


「おー!」


 ベーコン、レタス、トマトのBLTサンド。

 サバ缶。

 卵とハム、チーズ。

 ツナと、きゅうり。


 カツサンド……ではなく、唐揚げサンドか。



 緊張している天ヶ瀬あまがせうららを見ながら、1つ。


 口に入れた後で、モグモグ……。


「美味しい!」

「良かった……」


 俺の感想を聞いた麗は、ホッとした様子で、自身も食べ始める。


「唐揚げ。ひょっとして、揚げたの?」

「ええ! 初めてだったから、他の人に見てもらいつつ……」


 説明している麗も、気になったのか、唐揚げサンドをつまみ、口に入れた。


 1つで、トーストの半分ぐらい。

 そもそも、面積が小さく、時間をかけずに食べ切れる。


 男子にとっては、少なめ。



 麗が、俺の雰囲気を感じ取ったようだ。


「足りませんか? 重遠しげとおさんが、どれぐらい食べるのか、よく分からなくて……」


「いや。美味しいものは、『もう少し食べたい』で終わるぐらいが、幸せだ! デザートは、何か人気があるものを買おう。それは、奢るよ」


「はい。お願いします……」


 クスリと笑った麗は、別のサンドイッチをつまむ。


「そういえば……。重遠さんは、ウチ……ベルス女学校に来たことが、あるんですよね?」


「ああ……。メグと出会った、交流会でな? その時は、色々あった――」

「ごめんなさい!」


 咲良さくらマルグリットとの思い出を振り返っていたら、麗が謝罪。


 驚いていたら、ペコリと、頭を下げた。


「ウチの悪いうわさのせいで、重遠さんが随分と、悩んだって……。せっかく夏休みに、メグさんと沖縄へ行ったのに……んふっ!?」


 片手で、麗のほっぺたを掴み、軽く引っ張った。


「お前のせいじゃない……。その件は、もう終わったんだ。責任を取らせるのなら、ベル女の校長にしておくさ。木星にでも、移住させて……。まあ、高重力で、紙のように潰されそうだけど」


「……そうですね」


 微笑んだ麗を見て――


 広場を横切るように、縦に細長い、キャビネットのような物体を台車で運ぶ男が、数人。


 ガラガラと、車輪の音を立てているが、誰も気にしていない。


 …………


「麗。すぐに戻ってくるから、ここで待っていてくれ!」


 キョトンとした彼女は、戸惑いながらも、うなずいた。



 ◇ ◇ ◇



 1人になった天ヶ瀬麗は、青空の下にある広場で、屋外用の椅子に座ったまま、息を吐いた。


「……喜んで、くれたんだよね?」


 そう思えば、沸々と、満足感がこみ上げてくる。


「うんっ!」


 足りなければ、食べ歩きか、お店に入ればいい。と思っていた。


 もっと豪勢に作りたかったが、料理に慣れておらず、自重。


 

 緊張の糸が切れたら、蒸し暑さを感じた。


 食べ終わったランチボックスを折り畳み、自分のトートバッグを手に取る。


「私も、トイレへ行っておこう……」


 スマホで、“テーブル席から、屋内へ退避します” とだけ、メッセージ。




 力を入れている施設だけあって、女子トイレも綺麗。


 用を足した天ヶ瀬麗は、洗面台へ向かいつつ、コンビニで買った、使い捨て歯ブラシで――



「ねえ? さっきの彼、あなたのお兄さん? できれば、私たちに紹介して欲しいんだけど……」



 いきなり声をかけられた麗は、びっくりしながらも、相手を見た。


 女子大生か、それに近い年齢と思われる女が、3人ほど。



 麗は、下着に仕込んでいる、護身用のバレを触る。

 けれど、魔法師マギクスと知られれば、室矢むろや家に迷惑をかけてしまうと、すぐに指を離した。


 警官や防衛官の任務ではない、私的な魔法の使用は、重罪になるからだ。

 加えて、麗は、マギクスの中で、良くて平均レベル。


 身体強化の魔法で突破したくても、女子トイレの出入口を塞がれた。



 麗のおびえを感じとった女3人は、口々に言う。


「さっきの広場で、また合流するんでしょ?」

「合コンはろくなのがいないから、地道に狙っていかないとね~」

「ハイ! じゃ、行きましょ?」


 グイッと片腕を引っ張られたが、麗は思考停止のまま、何も対応できず。


 いくら異能者でも、まだ中等部2年で、相手は大人。

 実戦経験もなく、完全に囲まれた状態。


 非能力者を傷つけてはならない、と思っているうえ、相手のペースに呑まれているのだ。


 わずかな抵抗で、両足を踏ん張るも、強まった力によって、引き剥がされた。


「あ……。私は――」


「いいから、いいから! あなたにも、男を紹介してあげようか?」

「気づかなくて、ごめんねー!」

「前の合コンをセッティングした奴って、男子校の出身だよね? そいつに言えば、選び放題じゃん」



 ここは、女子トイレの中だ。

 重遠さんに連絡できても、頼れない……。


 そう思った麗は、外へ出ることを優先するも――



「こいつ、やっぱ彼女じゃないよ……」

「チョロいから、上手く利用できそうじゃん? 一緒にドライバー付きの高級車から降りてきたし、どっかの金持ちだと思うけど」



 強化していた聴覚で聞き取った、ヒソヒソ話で、我を忘れた。


 怒りに任せて、体の強化による暴力を振るおうとした瞬間――


 

 あごぐらいでザックリと切った金髪で、青い瞳の美女が、入ってきて、ピタリと立ち止まった。

 夏用の、ラフな服だ。


 上手くいきそうだった場面で、突然の部外者。


 自分たちが邪魔になっている、と気づいた女3人は、冷静に動く。


 金髪碧眼へきがんの女が通れるように退きながらも、麗をガッチリと確保しつつ、そそくさと出て――



「ねえ? ちょっと、待ちなさい……」



 意外にも、流暢な日本語だ。


 金髪の美女は、通り過ぎる直前で、逆に立ち塞がった。

 夏だが、半長靴のようなブーツ。


 靴の上からでも、踏まれたら骨折しそうな迫力で、女3人を威圧した。


 右手をアウターの下へ入れながら、鋭い目つきで、尋問する。


「その子、どうするつもり?」


「あんたには、関係ないで――」


 カシャッ ジャキン


 金髪の美女は、取り出した拳銃で、上のスライドを引き、初弾を装填した。 


 流れるように、銃口を女3人へ向ける。

 ほぼ密着しているため、腕は伸ばさない。


 銃口によるコントロールで、奥のほうへ押し込みつつ、距離をとる。



 日本にいても、実銃だけの動作音で、本能的に分かる。


 何よりも、金髪の美女は、人を殺した経験がある雰囲気と、殺気。



「よくあるのよね。この手のは……」



 金髪の美女は、本気だ。


 ビビった女3人に対して、麗はフリーになった。

 美女がいるほうへ、走り出す。


「あ、お前!」


 女の1人が叫ぶも、銃口のプレッシャーによって、黙らされた。



 麗が走ってきたことで、金髪の美女は姿勢を崩さず、ターゲットから目を離さないまま、尋ねる。


「で、そっちの事情は?」


「この人たちに、絡まれました。金持ちだからって……」


 やっぱり、営利誘拐か。と結論を出した美女は、狙いをつけるも、慌てた女たちが言い訳をする。


「誘拐するつもりは、ないわよ! ふざけないで!!」

「あんた、覚えてなさいよ!?」


 ダンッと、片足を踏み鳴らされ、残り1人までは喋れず。


 金髪の美女から視線を受けて、麗が説明する。


「私が一緒にいた男子を紹介しろって……。ここで、いきなり囲まれて、無理やり連れて行かれる時に、あなたがやってきたんです。助けてくれて、ありがとうございます」


「ふーん?」


 見比べていた美女は、やがて、銃口を下ろした。


 右腰のホルスターに仕舞い、あごでしゃくる。


「とっとと、行け!」


 その命令で、女3人が、出入口へ殺到した。



 残った麗は、金髪の美女に、お礼を言う。


「助かりました、本当――」

「あー、話をする前に。用を足しても、いいかしら?」



 

 外で待っていた麗は、出てきた美女と、話をする。


「誘拐では、なかった……。まあ、似たようなものか! 小学校に上がったばかりじゃ、仕方ないわよ。幼児だし」


「はい。私だけでは、流されていたと思います。あなたみたいな、立派な大人に、なりたいです。お仕事は、刑事ですか? それから、私は、中等部2年です」


 麗の質問に、金髪の美女は、片手を振った。


「私、まだ高校生よ? ……あなた、中学生!?」

「高校生!?」


 お互いに驚く、女子2人。



「えっと……。私は、天ヶ瀬麗と、申します」

「ああ……。アンジェラ・フッド・ケインよ!」


 思わぬ形で、オーストラリア娘は、麗と出会った。



 アンジェラは、目を細める。


 片耳につけているイヤホンに、手を当てた。


「……Yup. ASAP.(うん。早くして)」


 次に、麗を見る。


「ちょーっと、面倒になったから。もう少しだけ、私と一緒にいてね?」



 不思議に思う麗だが、その意味は、すぐ分かった。


 走ってくる人影が、5つほど。


 アンジェラは、ふところへ手を入れた。

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