第683話 ストロベリー・ラプソディー①

 私は、ずっと、普通に憧れていた……。


 それが幻想であることは、室矢むろや家の北海道リゾートで、よく分かった。


 だけど……。



 中学2年生の女子。


 室矢家に加わった天ヶ瀬あまがせうららは、東京では珍しい、自然豊かな光景を眺めた。


 広い池、様々な樹木が生い茂りつつも、剪定せんていされている。

 

 憩いの場とあって、マイナスイオンを浴びるために、幅広い年代の人々。

 “井のかしら” という文字も、見えた。



 時刻は、朝8時。


 学生は夏休みに入っていて、部活動の走り込みらしき集団が、グルグルと回っている。


 気が早いセミが鳴き、青空には縦に伸びていく、入道雲。


 青い瞳で見た麗は、ピンクがかったプラチナブロンドに当たる風に、目を細めた。


 今日の彼女は、ストリート系のデザインをしたTシャツに、薄いピンク色のアウター。

 夏用の半袖だが、ダボッとしていて、ルーズな感じ。


 膝丈のスカートは、黒。

 ジョギングにも使えそうな、白いスニーカー。


 ストロベリーブロンドは、2つの三つ編み。

 黒のキャップを被っている。


 トートバッグを肩に下げていて、誰かを待っているようだ。


 木陰に立ったまま、ソワソワしている。



 早起きしたのか、ふわーっと、欠伸あくびをした。



 綺麗な顔立ち、お嬢様な雰囲気とは正反対である、ストリート系のファッションが、得も言われぬ魅力を醸し出している。


 例えるのなら、深窓の令嬢が、お忍びで街に出たような……。


 その麗は、流れる汗を実感しながらも、お目当ての人物を見つけて、笑顔になった。


「ここです!」



 男になる、と言っても、女になる、とは言わない。

 良くて、女にされる、だ。


 女は、産まれた時から、ずっと女……。



 声をかけようと思っていた男子が、デートの待ち合わせと知って、落ち込みながら撤退する。



 ◇ ◇ ◇



 朝8時で、もう暑い……。


 待ち合わせの天ヶ瀬麗へ近づき、声をかける。


「待たせたね? 悪い……」


「いえ! 私も、今来たところですから!」


 何という、お約束の会話。


 今時、少女漫画でも、ないだろう。

 というか、女向けだから、少年漫画よりもエグい展開が多いとか……。


 俺の服装は、薄い半袖とインナー、それに夏用の長ズボンだ。

 男子だから、面白みはない。

 どれも1万超えで、高校生が着るものではないが……。


 今では立場もあるし、デートする麗の価値になってしまうから、着古しで色が落ちている服とはいかない。


 だいたい、四大流派で認められた室矢家の当主として、貧相な格好はできない。

 一代で潰すとはいえ、その子供たちに影響するから。


 自分たちの目立っていた先祖が、貧乏くさい奴でした、とは言えないものな?


 華がない奴は、いくら序列が上でも、トップにしたくない。

 下っ端を奮起させるためには、人望が必要だ。


 その意味では、俺が倒した、千陣せんじん流の隊長、一敷いっしき源隆げんりゅうは、それなりに頑張っていた。



「お主、どこの神格じゃ? わらわに挨拶もなしとは、さぞや偉いのだろうな?」



「今日は、アクティブにしようか?」

「はいっ!」


 元気がいい返事で、麗は笑顔になった。


 動きやすい、ストリート系のファッションでやってきて、堅苦しいコース料理を食べたい、ではないだろう。


 今も、どこかへ行く素振りを見せている。


 移動をする前に――


「お弁当があるのなら、先に食べたほうがいい。ランチで調整すれば、大丈夫だろう?」


 朝で、この暑さだ。

 メニューは知らないけど、長く持ち歩けば、屋内にいても危ない。


 ハッと、気づいた麗は、急いで首を縦に振る。


「そ、そうですね! 一応、立ったままで食べることも想定して、サンドイッチにしたんですよ。2人分にしたら、けっこうボリュームがあって……。だから、折り畳んで捨てられる、紙のランチボックスにしました! 本当は、通気性がいい、木製のオシャレなのが、良かったんですけど」


 賢い子だ。

 俺がよく食べるようなら、自分は遠慮することで、調整できるしな。


 暑くて、食欲がない場合でも、1つ、2つなら、食べる気になれる。


「あの……。さっきから、その子が、何か言っているようですけど?」


 俺の斜め後ろで、可愛い声が響く。


「そうだ! いい加減にせぬと、怒るぞ?」


 相手をすると、面倒になるだろう。


「いや。全く、知らないから……。今のご時世だと、見知らぬ幼児に関わると、それだけで警察に逮捕される。行こう」


 俺の近くに立っている幼女をチラチラと見た麗は、肩に下げたトートバッグの持ち手のポジションを直す。


「は、はあ……。重遠しげとおさんが、そう言うのなら……」


「せっかくだから、池の周りをグルリと回って、別の場所へ行こう」

「無視するなと、言うとるのじゃ……」


 そのまま、池の外周をめぐる歩道へ。


 すでに日が高くなり、水面がキラキラと、輝いている。


「あ! ボートありますよ、ボート! 乗りませんか?」


 首を横に振った後で、麗へ説明。


「ここのボートは、カップルで乗ると、破局するんだ。やめておいたほうが、いい。一説によれば、あのやしろの女神が、嫉妬するらしい」

「人を諸悪の根源みたいに、言うな!」


 背後からついてくる幼女が、突っ込んできた。


 俺は立ち止まり、後ろへ振り向く。



 そこには、琥珀こはく色の瞳に、亜麻色のボリュームがある長髪をリボン2つで、ツインテール気味の、幼女が1人。


 小学生ぐらいの容姿で、大袖の派手な着物。

 ただし、伝統的ではなく、アイドルが着そうなデザイン。


 下半身が、スカートになっているじゃん……。


 その服装で、琵琶びわか、ギターのような楽器をスリングで、肩掛け。


 平たく言えば、メスガキだ。



「ほう……。ようやく、妾と話す気になったか?」


「いや。誰だよ、お前……。俺たちに、ついてくるな」


 俺の質問に、メスガキは、首を横に振った。


「フッ……。それは、妾の台詞じゃ! ズカズカと、人の庭に入りおって……」


 考え込む表情になったメスガキは、俺を見上げながら、尋ねる。


「お主、そもそも、誰じゃ?」

「質問に、質問で返すな!」


 ザーちゃんと名乗った幼女は、歩道にあった自販機でアイスを買ったら、機嫌を直した。


 その途中で、すれ違った人が、どいつも怪訝けげんそうな顔。



 カスタードプリンと、ショコラ味を食べ切ったザーちゃんは、満足そうだ。


「お前は、他の人間に見えていないのか?」


「ん? ああ、降臨していないからの……。今は、他の人間に、用はないし……」


 ウトウトし始めた、ザーちゃん。


 けれど、最初の質問に戻る。


「で、お主は、誰じゃ?」

「室矢重遠」


 眠そうな幼女は、首を横に振りつつ、知らんと、つぶやいた。


「よく知っている神格だと、思ったのだがなー? まあ、いい。妾の家を襲撃に来たわけでもないようだし……。ところで、そこの女子おなご!」


「は、はい?」


 ザーちゃんは、眠気に耐える子猫のような雰囲気で、麗に話しかけた。


「お主、美少女だし、芸能界で音楽をやるか? 今の時代なら、配信サイトで大人気になるのも、アリじゃ! ちょうど、妾の対象だから、ついでに加護を与えてやるぞ? ……代償で、お主は独り身のまま、生涯を終えるけどな」


 いきなり、ヤベーことを言い出したよ、この幼女。


 引きった顔の麗は、すぐに断る。


「あ、いえ! 遠慮しておきます……」


「そうかー」


 眠気に勝てなくなったようで、幼女は気の抜けた返事と共に、消えた。


 やっぱり、カップルでボートに乗ると破局するのは、嫉妬によるものでは?



 池を一周した俺たちは、先ほどのザーちゃんが、また来ないうちに、公園を後にした。


 天気が良かったから、ベンチに座って、サンドイッチを食べても、良かったのだが……。



 移動を楽しんでも良いのだが、せっかく、送迎の車がいるんだ。


 2人で後部座席に乗り込み、内線の受話器で、前のドライバーと話す。


「どこか、お弁当を食べられる広場まで、お願いします」

『分かりました! ……新宿のテーブル席が多い、広場では?』


 了承したら、高級車が動き出す。


 隣に座っている麗を見ながら、説明する。


「とりあえず、新宿のテーブル席がある広場へ、向かっている。そこで、サンドイッチを食べよう! 近くのお店で、ドリンクや、デザートも、すぐに買えるだろうし」

 

「はいっ! 水筒は持っていないので、そのほうが助かります」



 水筒だと、飲み切っても、まだ重いからな。


 体育会系の部活じゃあるまいし、ガチガチに凍らせて、溶けた分から飲むのは、ちょっと……。


 ともあれ、ここからは、落ち着きたい。

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