第681話 重遠の桜技流ハーレム vs 混成部隊(後編)

 顔が見えないパワードスーツの歩兵部隊が、一斉に撃ってきた。

 建物で遮蔽しゃへいをとっているため、銃口と片腕が見えるぐらい。


 人工筋肉による最適化で、生身とは違う、安定感。


 桜技おうぎ流の女子5人は、銃声に身をすくめたが、暗闇を切り裂く音はあれども、至近に届く弾はない。



「実弾と戦わせるのは、まだ早い。それに、こいつらは、兵士にするのではなく、各校との交流をさせる」


 でなければ、短期間とはいえ、訓練メニューを変えていた。


 彼女たちを1人でも犠牲にすれば、やっぱり、怨恨につながるのだ。



 刀身の根元、つまりはばきだけが光るつかを持ち、全弾を叩き落としながら、全体を把握し直す。



 ――女子5人は、散発的に襲ってくる、小物の妖怪を倒している


 ――強化歩兵の部隊が、そろそろ、突撃してくるか……



 今は、自分と女子たちを守ることが、最優先。


 銀色の霧にしている刀身を動かし、未来予知で、先手を打つ。



 水流の巫術ふじゅつによる実演は、もう十分だろう。

 実際に見せなければ、どうして必要なのか? どれだけ、有効なのか? も分からず。


 その時、に、気づいた。


 俺は、わずかな月灯りの夜で、目を細める。


「ああ、そうかい……。よく分かったよ……。なら、ここまでだ」



 ◇ ◇ ◇



 人工筋肉によるパワードスーツの部隊は、スナイパーを失ったものの、まだ健在だ。


 ヘリ2機が支援してくれれば、楽だったのだが……。


 そう思った指揮官は、上空のドローンからの映像を基に、指示を出す。


『遠距離からの銃撃では、効果がないようだ。人質をとる意味で、シゲトオ・ムロヤではなく、残りの女子5人を狙う! ひとまず、息をしていれば、それで構わん。ムロヤの攻撃方法が不明でも、奴の武器か、異能を止めている間に、仕留めればいい。……プランBだ。アルファ、ブラボーは接近戦の装備へ切り替えつつ、を用意! 十分に密着した状態で、使えよ? 貴様らが密閉型のパワードスーツを着ている意味を忘れるな! チャーリーは、ムロヤに制圧射撃だ! 異能者がいない、本来の世界へ戻すために!!』


『『『本来の世界へ戻すために!』』』


 多くの兵士が主兵装を切り替え、小回りが利く状態へ。


 重い大型ライフルは、その場に捨てて、思い切りが良い。



 突入するチームの、顔が見えない宇宙服の各部位が盛り上がり、人工筋肉が稼働する。


 同時に、そのままの兵士たちが、大型ライフルを構えて、開けた場所で立ち尽くす室矢むろや重遠しげとおを撃ちまくった。


 航空機を貫通しそうな弾丸は、どれも重遠に届く前に、地面へ落ちる。



 パワードスーツの肩にある発射器から飛ばされた、スタングレネードの群れが、凄まじい光と音を出す。


 瞬間的に、昼よりも明るくなって、女子5人は、思わずひるむ。


 軽装のパワードスーツ部隊が、その隙にダッシュして、一斉に襲いかかる。



「敵の兵士! 銃口の向きと、他の武器に注意して! 今まで通り、こちらの人数が多い形で!!」


 すぐに叫んだのは、柳生やぎゅう真衣まい


 5人は背中合わせのため、スタングレネードによるダメージが違う。


 けれども、距離を詰めたパワードスーツ部隊は、安全ピンを抜いた後に、円陣を組んでいる真衣たちの上空へ、次々に手榴弾らしき物体を投げた。


 気づいた女子が、周りに注意を促しつつ、離れようとするも、密着した兵士たちが許さない。


 

 ――発煙手榴弾



 煙幕、または、上空への信号としての煙や、照明。

 その目的で作られた、円柱形の大きなグレネード。


 ただし、その中身は、だ。


 国際条約の化学兵器の認定で、揉めている。

 なぜなら、空気に触れると、自然発火するからだ。


 頭上で炸裂した場合は、炎の粒子がまき散らされ、皮膚から骨まで焼く。

 衣服への付着でも、酸素がある限り、燃え続ける性質上、やはり同じ。

 

 使い方によって、悪質な傷痍手榴弾。

 むろん、白リンも有害だが、屋内で大量に吸い込まない限り、致死量にならない……と見なされているようだ。



 彼らは、反異能者の過激派だけに、女子5人を再起不能にする手段を選んだ。

 害虫を駆除する業者のように。


 けれども、この世の地獄が見える前に、別の声が響く。



万海ばんかい……海闊万象かいかつばんしょう



 ◇ ◇ ◇



 俺の宣言で、片手で持っていた刀が、溶けるように、消えていく。


「ようこそ……。宇宙より苛酷な、水深1万mの超深海ヘイダルへ」



 以前に、攫われたひいらぎ結芽ゆめを救うため、朱江童子しゅこうどうじを倒した完全解放、三千深下さんぜんしんげ・海闊万象とは、違う。

 

 水深3,000mと、1万mでは……。



 女子5人の上空で、炸裂する寸前だった、発煙手榴弾の群れ。


 迫っていた兵士たち。

 さらに、隠れながら、俺を撃っていた連中も、次々に潰れた。


 その弾丸も、届くはずがない。


 一瞬で、小さな状態へ。

 許されないまま、爆縮によって、この世から消え去る。



 命の危険を感じていた女子グループは、唖然あぜんとしたまま、周囲を警戒。


 俺のほうを見ているが、説明する暇はない。


 右手を開けば、再び刀が現れた。

 慎重につかを握り、新たな敵に備えて、中段で構える。


 いったん静かになった屋外に、粗野な男の声が響く。



「たいしたものじゃ……。こやつらを雇うのも、安くなかったのだがなあ! さすが、千陣せんじん流の隊長。おまけに、御神刀まで……」



 俺がそちらを見れば、2mほどの男が、こちらへ歩いてくる。


 ラフな和装で、白い大袖。

 背中に、長物ながものを背負っている。

 下駄のカランコロンという音が、妙に響く。


 年の頃は、40代か?


 間違っても、若者とは呼べない風貌と、貫禄。

 強面こわもてでムサいが、どこか愛嬌のある顔だ。


 奴は話し合う距離まで詰め、ガリッと、地面を削りつつ、立ち止まった。



「なるほど。人間にしては、強い……。だが、上手く取り入ったものだな?」


 

 俺を含めて、その意味を理解できずに、オッサンの顔を見る。


 後頭部をガリガリといた奴は、ピシャリとほおを叩いた後で、気まずそうな表情に。


「いや、何……。それは、御神刀ではないだろう?」



 その発言に、離れた位置で周りを警戒している女子たちが、息を呑んだ。


 チラッと見た奴は、俺に視線を戻す。


 それぞれ、反対側のそでに腕を通しつつ、話しかける。

 

「ああ、心配するな! ワシは、お主に感謝しておる。あの生意気な大太郎だいだらを始末してくれたからな……。新参者のくせに、金を稼いでいる程度で、粋がりおって! 奴の領分をいただいたから、それで良しとするが……。話が逸れたな? お主がそこそこ強いと知って、気が変わった!」



 ――お主の式神に、なってやろう



 俺が黙っていたら、友好的な雰囲気のまま、説明。


「ワシは、大妖怪の1人、大入道おおにゅうどうだ。お主にとって、格が違うわけだが、ワシが同意すれば、式神の契約は可能だぞ? むろん、提案を受ければ、これ以上の攻撃はせぬ」



 ふーん。

 今の襲撃は、あくまで傭兵。


 ここで退かなければ、全滅するまでの戦いだと……。



 両手で持ったまま、切っ先を下げた。


咲耶さくやさまが承認された以上、これは御神刀だ!」


 早く否定しないと、ギャラリーの女子5人が、動揺しすぎる。


 それに対して、大入道は腕を組んだまま、肩をすくめた。


「お主が、そう言うのなら……。まあ、妖刀と言うほど、禍々まがまがしくないからの」


 視線だけで、返事は? と催促してくる大入道に、はっきりと答える。


「断る!」

「ほう?」


 眉を上げた大入道は、ゆっくりと、両手を下げた。


 俺も、柄を握り直しつつ、地面につけた両足を動かす。


「地上で好き放題する理由が、欲しいんだろ? 俺の式神になれば、『隊長が使役する妖怪』として、千陣流の本拠地もフリーパスだ」


 大入道は、反論せず。


「桜技流でも、同じ……。都合がいいよな? 日本の四大流派を牛耳るためには……」


 ニヤリと笑った大入道は、さも今知ったかのように、うそぶく。


「そうかそうか……。正当な理由があれば、お主の言う通り、どこでも行けるの? これは、良いことを聞いたわい!」


 言いつつも、背中の長物を握り、巻いていた布を解く。


 刀のこしらえだが、その柄は、刀身の長さほど。

 いわゆる、長巻ながまき


 薙刀なぎなたと似ているものの、分類としては、大太刀の一種だ。


「これは、妖刀じゃ! 無銘だが、お主と御神刀を斬るぐらいは、造作もない。……せいぜい、半殺しにするだけ。そこまで怯えなくても、良い」


 

 すみません。

 俺の刀が、マナーモードの10倍ぐらいで、暴れています。

 助けてください。


 飼い主に抱かれたまま、それを嫌がって、暴れる猫みたいだ……。



 片足を引きながら、八相に立てて、上段の構えへ。


 そのまま、刀の切っ先が、半月を描く。


 右足が前に出て、かかとが浮いた左足と合わせて、立ったままの姿勢で沈み込んだ。


 切っ先は、振り切られた位置。

 絞り込まれた両手で、ピタリと止まった。


 片手で、外へ飛ばし、血振り。

 ダラリと、下げる。



 それを見た大入道は、拍子抜け。


 まだ距離があることから、両手で持つ長巻を下げる。


「何だ、何だ? お主、刀が当たる間合いすら、知らんのか!? それでも、ワシに抜かせた以上――」

「なあ、知っているか? お前、もう死んでいるんだぜ?」


 

 冗談を言っている、と判断したらしく、大入道は、笑った。


「ワシを大太郎と、一緒にするな! ダイダラボッチよりも身体が固く、その程度の刃では傷1つ、与えられんわ!! どれ、お主が来ないのなら、ワシが――」



 日本刀の状態になっている、キューブ。

 素材の種類すら、不明。


 室矢むろやカレナが打った、一振り。


 これを御神刀と呼ぶのかは、俺にも分からない。

 だが、その能力は本物。



 すでに自然体の俺が見れば、大入道の正中線から、水が噴き出した。


 斬られた線に沿って、ズレる。



「完全解放を戻した覚えは、ない。今の刀は、このエリアに満ちていた水深1万mの力を形にしたものだ」


 左右で高さが違う大入道は、驚きの表情で、俺を見た。


 何かを喋っているようだが、もはや、言葉にならず。


「確かに、お前の体は、水深1万mに耐えうるかもしれん。だが、それは外圧に耐えられるだけで、一点に集中した場合は、また話が別だ」


 内部は柔らかいようで、爆縮による消滅。


 爆発音が響く中、再び刀を消す。



「逃がすわけが、ないだろう?」


 集まっていた妖怪どもは、敷地を呑み込むように展開された、深海のフィールドで、次々に押し潰された。

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