第676話 終末、どうお過ごしですか?【咲莉菜side】

 室矢むろや重遠しげとおが帰った後で、ソファに座っている天沢あまさわ咲莉菜さりなは、長く息を吐いた。


「重遠がいなければ、そもそも、桜技流の不正をなくす時点で、無理でした……」



 完全に警察の支配下になろうと、まず不正をなくすことは、長期的に悪い選択とは言えず。

 重遠と出会わなければ、咲耶さまも、わたくしの身と心労を考えて、それを許容した可能性が高いのだ。


 あえて、成功した警察官僚に嫁ぎ、内部から操ることも、現実的な手段。

 時間はかかっても、いずれかの代で、筆頭巫女が独立を宣言できれば……。


 だいたい、1人の女子高生に背負える話では、ない。


 それに、高天原が、これだけ動いた理由は、ひとえに重遠だ。

 咲耶さまが説得しても、他の神格は動かず。



 ソファにもたれた咲莉菜は、ボソッと、つぶやく。


「自分の価値に興味がない男は、すぐにハメたがる男とは別の意味で、扱い辛い。詩央里しおりは、よく正妻をやっていられる……」


 放っておけば、すぐに女子がワラワラと、群がってくるのだ。

 大漁旗を掲げられるほど。


 桜技流としては、1人でも多くの子供を作るべきと、理解しているものの。

 自分が正妻であれば、その嫉妬に耐えられず、重遠をどこかの禁足地へ、軟禁するだろう。



 咲莉菜に言われていれば、世話がない話。

 けれど、今は、差し迫った危機がある。


「百鬼夜行……」



 重遠には言わなかったが、彼らの目的は、この地上を支配することだろう。

 お互いの領域を守るという、古くからの約定やくじょうを破っての……。


 山本さんもと五郎左衛門ごろうざえもんと、その軍勢が、いずれかの地を統べて、力が全ての時代へ逆戻りだ。


 それどころか、他の大妖怪も進出して、日本は妖怪に食われ、退治することが、日常に……。



「もし、この書類か、中の情報が、公安に流れていて……」


 咲莉菜は、眉をひそめた。


 特別人材活用準備室のトップにいる、警察のキャリア。

 御手洗みたらいまもるは、いまだ健在。


 公安がそちらを焚きつけるか、他のキャリアや、県警を動かして――



 ソファに座ったまま、腕を組んでいた咲莉菜は、目を開けた。


「決めたのでー!」


 たった今、桜技流の休止を決めた。


 理由は、簡単に作れるだろう。

 その時になったら、すぐにでも……。


 現時点で、キャリアと、全面的に対立している。

 警察からの離脱も、公式に発表した。


 もはや、くだらない些事さじに構っている余裕は、ない。


 人類の存亡をかけた決戦において、邪魔をするのなら――



「お望み通り、戦わせてあげるので……。その時には、もはや、常識が通用しません。結界や加護がなくば、壁や地面から湧いてくる妖怪や、スーパーロボットのような敵、大量に発生した蟲との戦闘が、いつまでも続くだけ」


 咲莉菜は、最悪のシナリオとして、四大流派による統治も、考えている。

 そうなれば、全てを壊すのが、最善手だ。


 人間が食物連鎖の頂点でなくなれば、嫌でも、現実を理解する。


 五郎左衛門が百鬼夜行をした後は、悪魔を使役するゲームのように、隣に化け物がいる世界だ。

 他国にも、波及するだろう。


 従来の軍事兵器は、抑止力にもならず。

 逆に利用されて、人類の文明と現体制が、あっさりと滅ぶだけ。

 自分の名前を告げた後で、今後ともよろしく、と言ってくる仲魔だけが、頼り。


 良い、終末を……。


 知らないうちに、現代文明の滅びが、迫っていた。

 鍛治川流のせいで。



 原作の【花月怪奇譚かげつかいきたん】のメインヒロインは、誰か?

 悪役とされた、ライバルキャラの所属は、どこだったのか?


 最後に語るべきは、そこだろう。


 しかし、今は逃げ帰った大太郎が、一番の問題だ。




 ――鬼龍きりゅう


 時代劇の上様が謁見で使いそうな、畳とふすまによる、大広間。


 一段高い場所には、初老の武士……山本五郎左衛門。

 かみしもの正装で、金色を多用した場所が、自然に感じる風格だ。


 低い場所で正座をしているそうが、大太郎だいだらを見ながら、さっそく弾劾する。


「お前は、どう落とし前をつけるつもりだ? ゴロー様の許しもなく、現世へ侵攻しやがって……」


 壮と同じ高さで、どっかりと座っている大太郎は、悪びれもせず、言い捨てる。


「いつから、俺に指図できるほど、偉くなったんだ? 俺は、ゴロー様の命令に従い、『19年前の四大会議』の秘密を守るため、動いただけさ」


 その発言で、壮は激怒したが、何も言い返さず。


 しばしの沈黙があって、五郎左衛門は口を開いた。


「良い……。大太郎は、自分の仕事をしただけ。壮も、ご苦労であった」


「どうも」

「……はい」


 勝ち誇った大太郎と、自分の感情を押し殺す壮。



 大太郎の筋肉が、ボコッと、盛り上がった。

 座りながら、しきりに体を動かす。


「じゃあ、話が終わったんで……。俺は、失礼しますわ」

「達者でな……」


 にこやかな笑顔で、五郎左衛門が、告げた。

 その後で、文机ふづくえを用意させ、筆を墨汁ぼくじゅうにつける。


 不審に思いながら、大太郎が立ち上がるも――



 大男として、壁のようだ。

 けれど、大太郎の内部からボコボコと、全身の筋肉が、盛り上がり続ける。


「何だ?」


 驚いた表情で、壮が見つめる。


 大太郎が盛り上がった部分を手で押さえるも、全く追いつかない。


「ガアアァアッ! 何なんだ、こりゃああっ!?」


 無数のひなが中にいるかのように、いたる所が外側へ向かう。


「おい! お前ら、見てねえで、タスケ――」


 肉がはじける音と、大量の血が噴き出る音が、大広間に響いた。


「か、体があぁああっ!」


 大太郎の腹部が、外へ破裂。

 それを皮切りにして、両足も順番に、はじけ飛んだ。


 血肉と、それがついた骨ごと、周囲に飛び散り、荘厳な場所を染め上げていく。



「痛ええぇえええっ! な、何だ、こりゃあぁああっ!? ガアァアアッ!!」


 畳の上に転がった大太郎は、ひたすらに苦しむ。

 本能で、自分の死を予感した。


 いずりながら、どこかへ逃げようとする。


「待ってくれ! 死にたくねえ……。死にたくねえよぉ……。助けてくれぇ……」



 ――貴様は、そう言った女子を1人でも、助けたのか?



 室矢重遠の声が、聞こえた気がした。


 自身の頭がボコボコと膨らんでいる段階で、ようやく理解。


 重遠に、五発の正拳突きを入れられた。

 それが原因だと……。



「お、俺の頭がァ! あ、あ、あいつグゥヤガ――」

 

 伸びきった頭部の口が歪んだことで、最後まで言葉にならず。


 栓が抜けた炭酸飲料のように、大太郎の頭はブシュウと弾け飛び、力なく転がった。


 奇しくも、10年前の誓林女学園で、新聞部の女子たちを虐殺したように。

 内部から肉片、骨、内臓をまき散らして……。




「私は、死者に鞭打つ趣味を持たぬ……。片付けておけ」


 筆を置いた五郎左衛門は、驚く周囲に構わず、命じた。



 最後まで誓林女学園に潜んでいたモブ鬼の1人が、平伏しながら、報告する。


「も、申し上げます! 重遠なる者は、『ゴロー様にも、いずれ会うのだろう』と言っておりました。お、恐らく、ゴロー様への宣戦布告かと……」


 重遠に、その意図はない。

 ただ、新しい技を試して、手応えがあっただけの台詞。


 夏休みの自由研究。

 でも、タイミングが悪かった。


 五郎左衛門に、次は、お前がこうなる番だ。という意味に……。



 集まっていた面々が、ざわめく。


「何と!」

不遜ふそんだ……」

「しかし、大太郎さまを殺したのだぞ?」


 我に返った壮が、五郎左衛門に尋ねる。


「いかがいたしましょうか?」


「ふむ……。鍛治川流との約束は、もう良い! 今となっては、鍛治川家と無関係な童子どうじが、勝手に吠えているだけのこと。それに対して、室矢重遠のは、十分だろう?」


 首肯した壮は、全面的に同意する。


「はい。前に、影法師の集合体である、ロクを倒しました。今回は、大太郎まで……」


 愉快そうに笑った五郎左衛門は、膝を叩きながら、自分の考えを述べる。


「たった数発の正拳突きで、大太郎の妖力を内部から、暴走させたのだ。よくも、ここまでの技を……。ハハハ! 自分の状態も、分からぬとは!! 大太郎を見ていて、笑いをこらえるのに、苦労したぞ?」


 大広間にいる妖怪たちは、平伏したまま、五郎左衛門の沙汰さたを待つ。


「重遠については、私が相手をする。いずれな? ……お主らが手を出すこと、まかりならぬ。百鬼夜行の有無は、こやつとの決着の後で決めよう」



 本人が知らないままで、新たな死亡フラグが立った。

 同時に、現代文明が滅びる先駆け、百鬼夜行の先送りも……。


 しかしながら、この一大決戦は、まだ準備段階に過ぎない。



 1人になった五郎左衛門は、目を閉じたまま、昔を思い出す。


「室矢重遠か……。血は、争えんな……。ああ、来るがいい。その時には、他の誰でもない、私が相手をしよう」


 目を開けた後で、さらにつぶやく。


「お前には……その資格があるのだから」

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