第675話 このボードゲームは2人用!

 妖怪とは、勝手に動くもの。

 千陣せんじん流は自らの霊力により、それをねじ伏せ、式神とする。


 ならば、妖怪の中では、どうだろうか?


 当然ながら、強き者が支配する構図だ。


 頭領、魔王と呼ばれる、ポジションの1つに――



山本さんもと五郎左衛門ごろうざえもんが、います。姿は初老で、かみしも姿の武士ですが、れっきとした妖怪。人に見えても、その行動に躊躇ためらいはなく、敵と見なせば、軍勢を率いて、それを滅ぼします』



 復興の工事が始まっている、誓林せいりん女学園の一室。

 破壊された理事長室ではなく、校長室だ。


 外から、ドドドという、重い音。


 応接ソファに座っている天沢あまさわ咲莉菜さりなが、室矢むろや家の嫁データリンクで、説明してきた。


 テーブルを挟んで、向かい合っている状態だ。

 不自然に思われないよう、テーブルの上には、2人用のボードゲームがある。


 お互いの駒を前へ動かすだけの、シンプルな内容だ。

 1回5分で、終わる。


 動かすのは、4~5つの駒。

 けれど、奥が深く、戦術的に色々と試せる。


 お互いにボードゲームを見て、たまに動かしながらも、秘密の会話。



大太郎だいだらが言っていた、ゴロー様は、そいつだと?』


『はい。少なくとも、大太郎よりは強いでしょう。ゴロー様が「19年前の四大会議を広めないように」と命じたのなら、そこで何かをしたはず。あの大妖怪は、相手が誰であれ、交わした約束を必ず守りますから……。それをしたと思われる、鍛治川かじかわ流については?』


 テーブルの洋菓子を食べた俺は、首を横に振った。


『元クラスメイトで、自称宗家なら、1人いるが……。お前が会っても、不愉快になるだけだ』


『まあ、生死を問わないおとりで、役に立つかもしれません。とにかく、「第十五回 降神祭儀」の成功例……高天原たかあまはらの神格を降ろしたであろう人の行方を追う予定です。分かり次第、教えます。その代わり、五郎左衛門と軍勢が攻めてきたら、室矢家の助力を願います! 部長の浅賀あさか小雪こゆきが残したメモの “百” は、前後の状況から見て、のことです。浅賀ではありませんが、今の桜技おうぎ流は対応できず、そのまま押し切られます』


 百鬼夜行とは、妖怪の行進だ。

 出会ったら死ぬ……とされている。


 今回の襲撃ですら、俺たちが万全に待ち構えていて、ようやく撃退だ。

 無防備ならば、誓林女学園の生徒たちは攫われ、八つ裂きにされるか、大勢でアンアン言い続ける羽目になった。



 コーヒーを飲みながら、返事。


『分かった……。10年前の新聞部は、何だったんだ?』


 息を吐いた咲莉菜は、端的に説明する。


『大太郎に殺された平場ひらば夏木なつきは、誓林女学園の元教師。その新聞部の顧問をしながら、桜技流の不正グループに加わっていた。けれど、その裏で公安と繋がっていて――』

『桜技流を押さえておくのと、他の四大流派の弱みを探していた……だろ?』


 俺が続けたから、咲莉菜は、むくれた。


『そうなのでー! つまり、「19年前の四大会議」は、四大流派にとって、知られたくない話。けれども、五郎左衛門に目をつけられ、部活動をしていた生徒たちが、巻き添えに』


『部長の浅賀小雪は? それに、なぜ今頃になって、平場夏木が動いた?』


 俺の質問に、咲莉菜は折り目がある、角2封筒を示した。


『浅賀も追い詰められ、とっさの判断で、これを投函したようです』


 納得できない俺に対して、咲莉菜は付け加える。


『タイムカプセル郵便……。10年後の平場夏木へ届くように、設定したようで』

『……苦肉の策か?』


 こくりとうなずいた咲莉菜は、ふーっと、息を吐いた。


『たぶん、手持ちの紙幣をありったけ挟んだ状態で、郵便局の善意に賭けたんだと思われ……』


『仮に、万札を挟めば、差額はそいつの手間賃になるか……。思い切った判断だな?』


 現金であれば、見つけた人間がポケットに入れれば、それまで。


 咲莉菜が、同意する。


『女子の文字であるうえ、必死な様子が伝わったからだと、思います。彼女は、賭けに勝ったので……。おそらく、新聞部を襲撃したのが、あの大太郎。当時に顧問だった平場は、部員を見捨てて、自分だけ助かったのでしょう。その理由が、単なる命惜しさか、「公安に情報を届ける」というプロ意識かは、不明ですが』


『忘れた頃に、桜技流や、四大流派を大人しくさせるネタが、届いた……。ん? 平場はどうして、それを公安へ渡さなかった?』


 ソファから立ち上がった咲莉菜は、俺の分まで新しいコーヒーを淹れつつ、念話を続ける。


『可能性が高いのは、平場はずっと、大太郎に見張られていた。あるいは、わたくしが桜技流の不正を一掃したことで、公安にとって、この資料の価値がなくなった……。そう思わせて、裏で教えていた可能性もありますけど』


『元顧問の平場は、公安のシンパで、間違いないか?』


 戻ってきた咲莉菜が、カチャリと、コーヒーカップを置いたので、礼を言う。


 俺の正面で座り直した彼女は、コーヒーの香りを楽しみつつ、返事をする。


『それは、間違いありません……。スパイに時効はなく、裏切りは事実。どっちみち、平場は拷問の後で、処分するだけ。どういう経緯でも、関係ありません』


『部長の浅賀は、平場と比べれば、純粋に桜技流を立て直したかったのかもな?』


 肩をすくめた咲莉菜は、しぶしぶ同意。


『ええ……。当時では、「警察から離脱する」の発想がなく、むしろ「内部の不正を摘発するため、警察に協力をお願いする」という、考えですね』


『その警察が、桜技流を支配するために、わざと見逃していたんだがな……』


 自分の駒を動かした咲莉菜が、説明する。


『上はともかく、桜技流の女を家族にしている警察官は、動いた可能性がありますけどね? 県警本部や本庁が、すぐに圧力をかけたでしょうけど』



 知らないことは、本当に幸せだ。


 逆に言えば、咲莉菜がやった改革は、誰もが驚くレベルだった。

 浅賀小雪の遺志は、思わぬ形で、成就したわけか……。



 俺が考えていたら、咲莉菜が話を続ける。


『スパイの平場は、教え子が皆殺しにされたことで、多少は罪の意識を感じていたようで……。そこは自業自得としか言えませんが、今回の学園襲撃は、わたくしにこの書類……浅賀からのバトンを渡すため。そう考えるのが、自然だと思います。現に、封筒は人質を始末するための首飾りに隠されていて、ショットシェルもダミーでした』


『何という、面倒臭いことを……』


 呆れていたら、咲莉菜がフォローする。


『教え子を虐殺された後で、人生を楽しく過ごしていたとは、思えないので……。一番親しかったであろう、部長の浅賀の遺志を受け、わたくしに引き継ぐことで、「少しでも贖罪をしつつ、楽になりたい」と、考えたのでしょう。大太郎にずっと見張られていたという推測が、前提になりますが』


『学園を襲撃して、お前を従わせる……と見せかけて、実は極秘の資料を渡したかった。自分も死ぬつもりなら、後先を考えずに済むとはいえ、あれだけの妖怪を倒せるとは、限らないだろうに』


 咲莉菜の視線を感じた。


 見つめ返したら、何か言いたげな彼女は、思い直したように、首を振った。


 ここで、ようやく発声する。


「そろそろ、次のボドゲにしましょう!」



 難しい話が終わったので、気分転換に、今度は頭を使うゲームだ。


 遺跡を探索するカードを広げて、しばし遊ぶ。



 そういえば、なし崩しに咲莉菜も、ハーレムメンバーに入っているのか?


 小さい順で並ぶように考えつつ、カードを出していく。

 勝ったり負けたりで、楽しい時間。



 顔を合わせたら、気が滅入る話だけ……というのは、良くないからな。


 女子高生らしい表情を見せている、咲莉菜。



「次は……」


「何か、言ったのでー?」


 咲莉菜に聞き返されて、誤魔化した。



 次に強敵と戦う時には、大事な人たちを守るため、と言えるかもしれない。


 そう伝えることなく、自分のカードを場に出した。



 だけど……。



 俺は、誰であれば、良いのだろうか?


 原作の悪役だった『千陣重遠』は、俺の中で消滅したのか……。



「そういえば、桜技流の学校は、まだあるのでー! 次の予定を立てておきます」

「勘弁してくれ……」


 とりあえずは、他のサキュバス女子をさばくことが、優先らしい。

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