第674話 もう1人の筆頭巫女

武羅小路むらこうじ家と天衣津てんいつ家による、桜技おうぎ流の支配は、目の前だ。しかしながら――”


“その際に、「筆頭巫女をどうするのか?」が、問題になる。建前であろうと、咲耶さくやさまの代理人である以上、こちらで害することは抵抗勢力に足をすくわれるリスクがあり、次代の筆頭巫女を必ず取り込めるとも限らない。ゆえに、我々が管理できて、頭が固い保守派も納得するほどの権威が、必要だ”


“筆頭巫女は、現世の人でありながらも、高天原たかあまはらの咲耶さまに仕えている……という話だ。ならば、それを超えよう”


“人の身で降臨させれば、その者は魂すら、消滅する。逆に考えれば、筆頭巫女に代わる旗印が、手に入るのだ”



 ――人の器に入るだけの容量にすればいい


 ――その上で、我々の派閥から決して外へ出さず、血筋として、続けよう



 投入した人員のリスト、費用がある。

 ほぼ全ての名前に横線が引かれていて、かなりの損耗だと、分かった。



“第十五回 降神祭儀で、成功例に漕ぎ着けた”



 A4サイズの書類とは別に、かろうじて読めるぐらいの、メモ用紙がある。


“部長の浅賀あさかです。この資料まで入手しましたが、私はもう助かりません。追っ手に情報を与えないよう、首を吊ります。これを読んでいるのが平場ひらば先生なら、どうか桜技流の浄化を”


 誓林せいりん女学園の新聞部で、部長をしていた、浅賀小雪こゆきのようだ。


 所々に血がついていて、どす黒い。


“それから、もう1つ、重要なことが分かりました。鍛治川かじかわ流を探してください! あいつら、とんでもないことを約束していたんですよ!! 早く何とかしないと、私たち全員、百―”


 その後に、まだ読める部分がある。


“今の四大流派じゃ、太刀打ちできない。特に、ウチじゃ……”



咲莉菜さりなさま?」



 護衛の北垣きたがきなぎ――その分身の1人――に、声をかけられた。


 天沢あまさわ咲莉菜は、読んでいた書類から、目を離す。


「状況は?」


「あとは、校庭に出現しただけ! 重遠しげとおくんに任せても、いいかな?」


 興味なさげに見た咲莉菜は、今日の天気を言うように、首肯した。


「重遠にも見せ場を作らないと、こちらで説明するのは、面倒なのでー」




 ――校庭


 空は真っ暗になり、広い地面を割って、巨大な骸骨が出現。

 『がしゃどくろ』だ。


 上半身が、地面から飛び出ている。


『ガアァアアッ!』


 優勢になったのも、束の間。

 

 誓林女学園のどこからも見える、圧倒的なサイズ。

 巨大ロボットを持ち出さなければ、戦えそうにない。


 パニックになる女子に対して、1人の男子が、ポツンと立つ。

 対比すれば、人とアリだ。



「あれ、室矢むろやさま?」

「そういえば、室矢くんも、御神刀を持っているよね?」

「でも、あの大きさが相手じゃ……」

「本当に、強いの?」



 好き勝手に言う外野だが、室矢重遠に気負った様子は、ない。


 あい色の小袖と、黒袴くろばかま

 剣道着とよく似た、地味な和装のため、あまり迫力を感じず。


 似たような服装で、剣術部の柳生やぎゅう真衣まいは、伝っていく汗を感じた。


「真衣! 下手に飛び出したら、ダメよ!!」

「うん。分かっているよ、お姉ちゃん……」


 姉の愛衣あいに言われ、すぐに返事。


 武装しているとはいえ、自分たちが乱入しても、邪魔になるだけだ。



 ところが、重遠は、抜刀しない。


 ほら?

 早くしないと……。


 ギャラリーになった真衣は、グッと、両手を握る。


 

 離れている重遠が、叫ぶ。


「アアァアアアアアアッ!」


 同時に、彼の霊圧が、跳ね上がる。


 波紋のように広がったことで、誰もが口を閉じた。


 『がしゃどくろ』ですら、巨大な眼窩がんかの奥にある、赤い光2つを見せたまま、戸惑う。


 向き合っている重遠は、低い声で、ゆっくりと語る。


「俺は今、よく分からないが、猛烈に怒っている」



 よく分からないんだ?


 そこは、私たちのため……とまではいかなくても、桜技流や、国の平和を守るためとか、言って欲しかったな。


 心の中で、突っ込んだ真衣。



 重遠の霊圧に押された『がしゃどくろ』は、上半身のまま、広げた片手で彼を握りしめるが――


「どうした? 俺を握りつぶすのでは、なかったのか?」


 巨大な骨の手が包み込むも、髑髏どくろだけの頭でも、困惑している様子だ。

 地面から持ち上げることすら、叶わず。

 

 重遠のあおりにも、反応を見せる余裕はない。



 ピギーッと、独特の音がしたと思ったら、重遠を握っている骨の手は、砕け散った。


 『がしゃどくろ』は、手首から先がなくなった片手を下げ、たじろぐ。


「お前の妖力の流れを見極め、そこに干渉した……。もはや、俺に触れただけで、貴様は滅びる」


 重遠の宣言に、ギョッとした『がしゃどくろ』は、思わず逃げようとするが、ただ身じろぎをするのみ。


 もはや、上半身だけで相手を叩き潰すのではなく、下半身が落とし穴にまった獲物。



 巨大ロボットに挑むような重遠は、説明する。


「言い忘れていたが、貴様はもう、逃げられん。……次からは、筋トレをやっておくのだな」



 遠くにいる真衣は、心の中で突っ込む。


 どう見ても、骨だけで、筋肉はないよ?



 重遠から発せられる圧力が、さらに高まった。


 色がついたオーラが見えるほどの勢いで、両手を構える。


「ハァアアアアァッ! ……!?」


 だが、その霊圧を弱めた後で、ゆっくりと、両手を下げた。



 校舎や地上で見ている面々は、『がしゃどくろ』を含めて、不思議に思う。



 周りの視線を集めている重遠は、改めて左手をさやにつけ、親指で鯉口こいぐちを切る。

 わずかに、刀身が見えた。


 はかまをなぞるように右手が上がって、つかに添えられる。



 うんうん。

 左腰に刀を差しているのに、両手で殴り殺したら、訳が分からないよ。


 真衣は、ようやく御神刀を見られると、喜んだ。


 周囲の女子、教職員たち、まだ生き残っているモブ鬼たちも、その様子を見守る。



 重遠の姿が、消えた。


 弾丸のように突っ込み、片膝をつくほどに低く沈んだかと思えば、跳ね上がるように『がしゃどくろ』のほうを向いた刃が、振り抜かれる。


 逆袈裟ぎゃくけさの居合だ。


 左手で鞘引き、右手で振り抜いた刀を握っている重遠は、伸びきった姿勢から、ゆっくりと両足を揃え、額に近づけた右手を振ることで血振り。


 その勢いを利用して、摺り足で後ずさる。


 ゆっくりと、納刀。



「思っていたよりも、地味だね?」

「うん。錬大路れんおおじさんや、北垣きたがきさんと比べたら……」

「というか、今ので斬れたのかな?」

「霊圧は、凄いけど……」


 好き勝手に言う、女子たち。


 教職員も、周りにいる人間と話している。



 刃文はもんがない銀色。

 悪く言えば、包丁のようだ。


 そのせいで、派手な演出となっている錬大路みお、北垣なぎよりも、評価が低くなった。


 良く言えば、ファンタジーの勇者の剣とはいえ……。



 納刀した重遠は、もはや『がしゃどくろ』に興味を示さず、背中を見せた。


 千陣せんじん流の本拠地で、大百足オオムカデに抜きつけた居合と同じ、逆袈裟。

 これは、彼が好んでいる技。


 抜きつけは、基本的に相手をビビらせつつ、薄く切るため。

 ところが、両足と全身のバネを使う逆袈裟は、初手で殺しにかかる。


 実際に、刀の斬り合いが最も多かった幕末でも、この深く沈み込んでからの抜刀術は、非常に有効。

 人斬りで有名な人物も、この技の達人だった。


 横の動きは見えやすく、縦の動きは分かりにくい。

 斬られる人物からすれば、相手は前に屈んだ状態で、何をしているのかが、全く見えないのだ。


 気づけば、下からトップスピードの刃が飛んでくる始末。

 恐ろしすぎる。



 けれど、重遠が持っているのは、そもそも刀ではない。

 式神のキューブが、擬態しているものだ。



 逆袈裟で斬られた、斜めの線は、吸引力を発揮し始めた。


 巨大な『がしゃどくろ』は、斬らせた線へ吸い込まれていく。

 ボロボロと崩れていき、骨だけでも、パニックになっている様子が分かる。


 30秒もたずに、上半身だけではなく、下半身の骨まで、異次元のどこかへ吸い込まれた。


 この刀は、重遠の力を制御するための、デバイスだ。

 そこに射程はなく、斬られれば、彼に触れた扱いになる。



 みんな、真顔になった。


 人は驚きすぎると、逆に反応をしなくなる。

 さっきまで生存競争が行われていた場所とは思えない、静寂。



 空は晴れて、この誓林女学園への襲撃を阻止できたことを告げている。


 残ったモブ鬼は逃げようとするも、落ち武者狩りの凪たちに、斬られていく。

 戦国時代の風物詩だ。


 あるいは、ゴキブリを捕獲する、アシダカグモの生態。

 瞬間移動のように現れ、その刀で突き刺し、ぎ払っていく。




 助かったことに喜ぶ、女子たち。


 その1人である柳生真衣は、ふと思う。


 中ボスっぽい『がしゃどくろ』は、室矢君のよく分からない怒りに、滅ぼされたのかあ……。

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