第673話 それぞれの思惑と終結する戦い

 ガシャンと、日本刀が落ちる音。


 横に伸ばした両手を外へ引っ張られつつ、持ち上げられる女子がいた。

 ギリギリと音が鳴り、2mのモブ鬼の手で、八つ裂きにされる寸前に――


 風切音と共に、上から縦回転をしてきた北垣きたがきなぎが、そのモブ鬼の背中を切り裂きつつ、ザザザッと着地。


 両足で踏み締めるも、落下スピードによって、滑り続ける。


 巫女装束に刀、狐耳2つと、大きな尻尾。

 どれも細かく動き、本物のようだ。


 滑りつつも、器用に、モブ鬼を切り裂く。


 同じ顔、同じ服装の凪が、お互いを見ないまま、3人1組。

 個々の技量で、モブ鬼が勝てるわけもなく、局所的には数の優位も失った。


 乱戦では、常に動き続けることが、鉄則。

 しかも、今の凪は嫁データリンクで、全ての把握したうえの最適化。


 1人が通り過ぎながら、胴を切り、別の1人が首を切る。

 編隊のような突進は、マラソン大会のようだ。




 錬大路れんおおじみおは、凪の分身たちとは別の場所で戦い、真っ白な刀身に触れたものを凍らせていく。


 敵味方が入り乱れている場所では、御神刀の氷月花ひょうげつかを完全解放できない。

 一定の範囲で区別なく、凍らせるから。


 それだけに、凪のストッパー役でもある。


「こういう時には、もどかしいわね……」


 独白した澪だが、それは贅沢というもの。

 このフィールドで、氷月花に抵抗できる敵はなし。


 あい色と黒の和装でありながら、白い刀身と、キラキラと輝くダイヤモンドダストによって、氷のプリンセスのような雰囲気だ。


 その勇姿に、周りで倒れ込むか、座り込んだ女子、教職員が、ただ見惚れる。


 今は、彼女こそが支配者。




 ――理事長室


 誓林せいりん女学園のホットスポットには、役員机の天沢あまさわ咲莉菜さりなと、応接セットの招かれざる侵略者たち。


 防音だが、外の雰囲気がおかしいことは、伝わってくる。


 立ち上がった咲莉菜は、窓際から離れて、壁を背にした。


「てめえ、勝手に動く……チッ」


 一人掛けのソファにいる大太郎だいだらは、その行動をいぶかしげに見た後で、傍に立ったままのスーツ男に命じる。


「様子を見てこい」

「ハッ!」


 だが、内廊下に続くドアに駆け寄ったスーツ男は、外からの斬撃によって、もろとも斬られた。

 ブリーチングで吹っ飛ばされたように、室内へ残骸がまき散らされる。


 同時に、理事長の役員机の後ろで、窓が割れた。


 飛び込んできたのは、数人のケモミミ凪。



 特殊部隊のごとく、刀を構えた凪のグループが、前後から迫る。


 遮蔽しゃへいを取っていた咲莉菜は、すぐに立ち上がり、ケモミミ凪たちの後ろへ。


 1人の凪が、人質にされている女子の奥襟おくえりをつかみ、力任せに投げ飛ばした。


 悲鳴を上げながら、宙を舞うも、別の凪が受け止めつつ、確保。



 焦った大太郎は立ち上がりつつ、高級スーツの上着から、無線式のスイッチを取り出す。


「くそっ!」


 再び主導権を握ろうと、躊躇ためらいなくカバーを外し、グッと押す。


 特定の電波が出るも、人質の首飾りにある、ショットシェルの群れは、何の反応も見せない。


 小さな筒に入っている散弾が一斉に放たれれば、哀れな女子の頭は穴だらけ……なのだが。


「何で、発砲しないんだよ! ……おい、待ちやがれ!!」


 大太郎が叫ぶも、10人を超える凪たちの護衛で、咲莉菜と人質の女子が去っていく。

 破壊した窓のほうから、外へと。


 腐っても大妖怪とあって、ケモミミ凪たちが御神刀だと、気づく。

 それだけに、後先考えない突撃は、選べず。


 ここで、咲耶さくやとは別の神格に喧嘩を売れば、致命的だ。


 

 いな

 今は、それを選ぶべきだった!!


 相手に数がいても、全力で蹴散らし、ただ1人、咲莉菜に狙いを定めれば。

 そのまま、自分の領域へ連れ去り、暴力や洗脳、あるいは、室矢むろや重遠しげとおと同じ手段でたらし込めば。


 あるいは、この事態を打開できたかもしれない。



 しかしながら、大太郎は、そこまで吹っ切れず。


 理事長室に閉じ籠っていたはずの咲莉菜は、事前に知っていたかのように動き。

 連絡をしていないはずの凪たちは、完璧なタイミングで、突入してきた。


 その事実に圧倒され、後手に回り続ける。


 超空間を利用した、室矢家のデータリンク。

 そんなものを予想できるほうが、おかしいのだが……。



 手打ちにできる、唯一の人間。

 咲耶のお気に入りである、咲莉菜。


 彼女を取り逃がした以上、もはや、自分が詰め腹を切るのみ。


 では、その原因は、何だろうか?



 怒りに震える大太郎は、ゆらりと、その原因に向き直る。


「おい? 何とか、言えや……。このままだと、てめえも終わりだぞ? ちったあ、役に立て! てめえの不手際のせいで、こうなったんだぞ!!」


 向かい合った状態の、平場ひらば夏木なつきを睨む。


 その視線を受けて、彼女も立ち上がる。


 ここまで沈黙を守ってきた夏木は、この修羅場とは思えない、冷静な口調で話す。


「私の……」


 言葉を切った後で、また続ける。



「私のやり残しは、たった今……終わりました」



 その声音と、雰囲気によって、大太郎は、と、気づく。


「てめえぇえっ!」


 叫びながら、手刀を繰り出し、夏木の首を貫いた。


 ズボッと引き抜けば、大量の血が噴き出し、彼女は倒れ込む。


 けれど、苦しみつつも、落ち着いている様子。

 失血により、1分もたずに意識を失うも、その死に顔は安らかだった。


 腹立ち紛れに、その顔を踏み潰すも、大太郎は追い詰められたまま。


「あああ! クソが!! ……まだだ。あの咲莉菜が追いかけている、室矢重遠を押さえれば!」




 ――校庭


 天沢咲莉菜は、折り畳まれた封筒を受け取り、その中にあった書類を流し読み。


 “第十五回 降神祭儀”


「不正グループが隠滅したと、思っていたのでー」


 つぶやいた咲莉菜は、書類をどんどん入れ替えていく。


 だが、視線を感じて、そちらへ顔を上げた。



 大太郎と同じ、高級スーツを着こなした男。

 けれど、こちらは、礼儀正しい雰囲気だ。


 スッと、頭を下げる。



「わたくしを殺すつもりで?」


 首を横に振った男は、真面目な声音で、説明する。


「咲耶の子たる、あなたには、手を出しません……。見なかった事にして、それを渡してくれませんかね? そのほうが、お互いのためです」


「寝言は、寝てから言ってください! そちらこそ、すぐに帰らなければ、わたくしの御神刀を抜きますよ?」


 少し悩んだ後で、男が答える。


「そこまで言われては、仕方ありません。ですが、大太郎を引き取るまでは、ここに残ります」


 一方的に言った男は、シュッと消えた。



 書類を封筒に入れた咲莉菜は、全体の指揮をとる。



 ◇ ◇ ◇



 演舞場にいる面々は、目の前に現れた、高級スーツの男を警戒した。

 他のモブ鬼とは段違いの、圧力。


 コツコツと、高そうな革靴の音を響かせ、室矢重遠の前で立ち止まった。


 ズボンのポケットに両手を入れたまま、尋ねる。


「こいつらのボスの、大太郎だ。怪力のダイダラボッチと言ったほうが、分かりやすいだろうな。……お前が、室矢重遠か?」


 紫苑しおん学園の制服のまま、重遠は、ゆっくりと向き直る。


「おかしいな?」

「ああ゛?」


 意味不明な返答だ。

 大太郎は、不機嫌そうに、威嚇した。


 その妖力の高さで、装備を身に着けている剣術部は、全員が委縮している。

 御刀おかたなに手をかけた女子も、動けず。


 柳生やぎゅう真衣まいは、自然に膝を曲げて、大太郎の出方を見た。


 下手に動けば、室矢くんの邪魔になる……。



 それに構わず、重遠は告げる。


「この演舞場のすみにも、あるはずだ。毒餌のキャップがさ……。どうして、お前は無事なの?」


 壁に沿って、シャカシャカ走り、とっとと毒餌を食べて、くたばれ。


 言外に、そう込めた台詞。


 

 それを理解した大太郎は、見るからに激怒。


「てめえは、簡単には殺さねえ……」


 内側から高級スーツを破きつつ、巨大化――



 空気が破裂する音と、5回ほどの打撃音。


 拳と肉体がぶつかる、鈍い音がしたと思えば、大太郎の正面に、重遠が立っていた。


 突き出したこぶしと、脇の下にある引手。


 正拳突きだ。

 それも、連撃を入れたらしい。



「ぐっ……ええい!」


 意表を突かれた大太郎は、とっさに振り払う。


 だが、瞬間移動のように、後ずさった重遠には、当たらず。



 緊張した空気の中で、別の高級スーツを着た男が、現れた。


「大太郎! ゴロー様が、お呼びだ。すぐに鬼龍きりゅう城へ、戻れ」

「うるさい! 大天狗おおてんぐごときのそうが、偉そうに命令するな!」


 壮と呼ばれた男は、雰囲気を変える。


「二度、言わせるつもりか? ゴロー様は、大変お怒りだ」


 大太郎は、観念するも、捨て台詞を残す。


「……チッ! まあ、いいさ。この重遠は弱いようだし、次は咲莉菜も捕らえてやる」


 2人のスーツ男は、空中に出現したゲートで、いずこかへ帰還。



 用件を終えた重遠は、大太郎に興味を示さず。


 幹部の妖怪たちが帰った後に、手をニギニギしながら、独白する。


「うん。これなら、期待できそうだ! ゴロー様にも、いずれ会うのだろうな。この流れだと……」



 首をかしげた真衣は、姉の愛衣あいに言われて、学園内の制圧に動き出す。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る