第672話 昔の封じ手による対局の再開ー④

 ペタンと座り込んだ女子グループの前で、2mほどの巨人。

 角が生えているから、鬼だろう。


 いかにも力が強そうで、女子を殺すというより、女として使うための品定めだ。

 その数は多く、まるで家庭にいる黒い虫のよう。


『ァアアアアァ?』

『ヴウゥウウ……』


 人語は解さないようで、仲間だけの会話だ。



 モブ鬼たちは、怯える女子中高生に、ドシンドシンと歩み寄るも、その前に1人の若い女が立ちはだかる。


 斜めの踏み込みから、片足が高く伸びた。

 覇力はりょくによる身体強化と、自身の修練による、見事なハイキック。


 パアンッと、凄まじい音の直後に、モブ鬼の側頭部が消し飛んだ。


 頭を失ったことで、ドサリと、倒れ込む。


 動揺している、別のモブ鬼に対して、踏み込みの重心移動からの正拳突き。

 やはり、たった一撃で、内部から破壊する。


 残ったモブ鬼の攻撃には、ノックバックさせて、時間を稼ぐ。


 後ろを振り向きつつ、怒鳴る。


「何をしている! 貴様ら、それでも誓林せいりんの生徒か!? すぐに、御刀おかたなを持ってこい!」


 指導する大人に言われ、セーラー服の女子グループは、立ち上がる。


「「「はいっ!」」」



 後を追わせないように、構えた女だが、モブ鬼が後ろから斬られたことで、その人物を見る。


 背中に可動式の金属フレームを背負い、そこにあるさやから抜いた刀は、たった今の斬撃で、血が垂れている。


 片手で血振りをしたのは、やはり若い女。

 おっとりした雰囲気であるものの、やっていることはエグい。


 背後から骨を避けて突き刺し、そのまま、横に両断した。


 モブ鬼を倒した女は、自身の金属フレーム――演舞巫女えんぶみこの覇力に反応する装具――から、別の御刀を持つ。


「ナナちゃん。刀を使いなよ? ……身代わりの衣装は?」


 樋室ひむろ奈々恵ななえは、投げられた御刀を受け取り、鞘ごと、帯に差し込んだ。

 

「いらん。敵の攻撃を食らわなければ、問題ない……。萌美もえみ、他のところは?」


 鳥井とりい萌美は、肩をすくめた。


「分かんない。ここは、結界があるはずなのに――」

「それは、後だ! さっきの生徒たちを追うぞ!!」


 揃って走り出すが、2mの鬼たちに、行く手をさえぎられる。


 態勢を整えた、教官の彼女たちには雑魚だが、非武装の生徒では、荷が重い相手。


 何よりも、数は脅威。

 高身長であれば、上から叩きつけるように殴るか、普通に蹴るだけでも、破壊力バツグン。


「くそっ! あの生徒たちは、行かせるべきじゃなかった!!」

「……とにかく、急ぎましょう」




 ――御刀の保管庫


 全力で走ってきた女子グループは、息を切らしつつも、扉の前で話し合う。


「早く、持ち出さないと……」

「ねえ? 今更だけど、ここって、鍵が必要だよね?」


 1人の女子が言ったことで、他の女子が黙る。


「で、でもさ……あれ?」


 引き戸を触ってみたら、簡単にズレた。


 中からは、バキン ゴキンと、凄まじい金属音が響いている。


「もう、誰か来ていたの?」

「いいから、早く御刀を持ち出そうよ? 他の人にも、配らないと!」


 ガララと、引き戸を開けて、一斉に女子たちが入った。


「失礼します! 私たちも、御刀を――」



 そこにあったのは、石のこん棒を持った鬼たちが、刀を叩き折っている光景。


 丹精込めて作られた鋼でも、力自慢の鬼たちに刀身を殴られ続ければ、折れて、曲がる。


 子供が鍛冶師の真似をしているような、どこかユーモラスな光景だが、目につく刀はどれも使い物にならない。



 思考停止した女子グループに対して、動きを止めた鬼が一斉に、じろりと見る。


 その数、10匹ほど。


「ヒッ!」

「に、逃げ――」


 いち早く反応した数人が、保管庫の外へ走り出すも、瞬間移動のように、1匹が出入口を塞いだ。


『ジジジ……』

『ジョージョー』


 彼らの視点では、自分から飛び込んで、アピールしてきた女だ。


 いっぽう、女子グループは、真逆。

 武装して戦える。と思っていただけに、誰もが怯え、戦意を失っている。


 床に崩れ落ちた女子もいて、全員が緊張による発汗。

 思春期のフェロモンを含んでいるため、皮肉にも、オスを誘う行為に。


 ゆらりと立ち上がった鬼の集団は、メスの期待に応えるべく、歩み寄る。




 ――演舞場


 パンパンパンッ


 両手でまっすぐに構えた拳銃は、トリガーを引けば、内部のギミックが動く。

 上に跳ねたがる銃身を押さえつつ、その作業を繰り返した。


 固定した両足による、射撃訓練と同じ姿勢。


 だが、その銃口の先には、何もいない。



 ホールドオープン。


 下がったままのスライドが、弾切れであると、告げてきた。

 銃口から煙が立ち上り、連射による加熱が、じんわりと伝わってくる。


 弾を込めたマガジンは、もうない。


 片手で投げ捨てれば、近くの床に当たり、ガシャンと、鈍い音。


 

 演舞場に残っている面々は、不思議そうに、俺の行動を見ていた。


 それに構わず、両足を滑らせつつ、こぶしを上げての構えへ。



 小さなステップを刻むのではなく、両膝と背筋の三点を立てつつ、ゆっくりと腰を落とす。

 いわゆる、四股立ち。


 しかし、これは空手にあらず。


 ただの……暴力だ。



 ◇ ◇ ◇



「な、何をしているのかな?」

「えっと……。て、敵と戦うための、ウォーミングアップかな?」


 演舞場でギャラリーとなっている剣術部は、おずおずと、話し合う。



 誓林女学園に招いた、桜技おうぎ流で初の男性剣士、『刀侍とじ』ということで、室矢むろや重遠しげとおくんの訪問を楽しみにしていた。


 女子にモテモテで、武勇としても、色々なエピソードがある。

 加えて、詠唱と御札を使わずの巫術ふじゅつ……。


 それが本当ならば、相手をされるだけで、勝ち組。

 桜技流の庇護を受け、優雅に暮らせるだろう。

 まして、子供ができれば、一族の繁栄。


 筆頭巫女の天沢あまさわ咲莉菜さりなが執心していることも、そのうわさを裏付けている。


 男と距離を置くはずの彼女は罰せられず、高天原たかあまはら咲耶さくやも、認めているのだ。



 柳生やぎゅう真衣まいは、その事実に恐怖した。


 室矢くんを口説ければ、筆頭巫女よりも魅力があると証明できるうえ、桜技流の特別な巫女として、ずっと左団扇ひだりうちわ


 純粋に、信仰として。

 あるいは、怪異を退治する、本来の在り方としての先達でも、理想的な相手……。


 女としてのプライド、尊敬、将来の保証が混ざり合い、ドロドロした痴情のもつれ。

 その相手に、自分から突っ込むとは。


 自分の姉である愛衣あいは、室矢くんに、喧嘩を吹っ掛けたのだ。



 真剣の立ち合いは、さすがの貫禄。

 聞いていた逸話を考えれば、姉が手も足も出ないことに、あまり驚かず。

 

 これぐらいで負けるようなら、御神刀を授けられないだろう。



 突然の襲撃に対して、鮮やかな殲滅。


 この演舞場に入り込んだ鬼たちへ、連れである女子を含めて、2人であっと言う間に撃ち倒す。


 剣術で招かれたのに、銃を持ち込んでいた……。


 それにしても、この見事すぎる銃撃は、何だろう?



 流れるような、抜き撃ち。

 それも、相手を確認せずに速射しているほどの、スピード。


 箸より重い物を持ったことが、ない。

 そう言いそうな女子高生は、目に留まらないほどの発砲。


 体幹が全くブレず、跳ねる銃身を完全にコントロール。


 室矢くんも拳銃を抜き、それに続いた。

 以後は、彼の独壇場。



 私たちが強さを競い、その演舞を捧げる場所には、倒された鬼の死骸と、山のようになった空薬莢からやっきょう


 ガシャンという音で、我に返る。


 室矢くんは、持っていた拳銃を投げ捨てて、今度は空手の構え。

 その霊圧だけで、大量の空薬莢が外側へ弾き飛ばされ、金属音が重なっていく。


 オーラが出ているような、圧力。



 やっぱり、見事な演舞。

 鋭い風切音と、その動きを活かした払い、打撃。


 得点を競う、小さく跳ね続ける動きではなく、相手の動きに合わせ、摺り足で移動をしながら、一瞬で飛び込むスタイル。


 だけど、何をやっているのだろう?



 両手を下げたままの千陣せんじん夕花梨ゆかりは、優雅な所作のまま、説明する。


「お兄様は、今まさに、敵を倒しているのです……」


 武器を持たず、リラックスしたままの夕花梨。


 理解できないのなら、そのままでいなさい。と伝わってくる。



 小さく息を吐いた真衣は、誰もいない空間への中段蹴りで、相手の側面に叩きつけた重遠を見て、驚く。


 視界の隅に、入り込んだ怪異。


 全く離れているはずの、牛の頭に、鬼の体を持ち、背中の昆虫の羽で飛んできた牛鬼は、その胴体の側面から裂けていき、一瞬で絶命した。


 2mを超える胴体が、切り裂いたかのように、ザックリと……。



「え? まさか……」


 思わず、声を漏らした真衣に、夕花梨が微笑んだ。


「いつもと比べて、張り切っていますね。……そんなに、ここの女子が気に入ったのかしら?」


 嫉妬した夕花梨に、真衣は何も答えず、首を引っ込めた。




 ――御刀の保管庫


 屈強な鬼たちは、次々に倒れていった。

 誰かに撃たれたかのように、内部から吹き飛び、訳も分からぬまま、絶命。


 見えない敵を探して、キョロキョロするも、どんどん臓物をまき散らす。



 固まったまま、お互いに抱き合っていた女子グループは、その理解できない光景に、ただ呆然とする。


「た……助かったの?」

「とにかく、この隙に――」


 外から、時速300kmを超えるスピードで、別のモブ鬼が走り込む。


 一瞬で出現した敵に、安心した女子が再び絶望するも……。



 前へ突き出した腕は、バシッと払われ、弾丸のような正拳突きを食らったように、その正面が凹む。


『……ウゴ?』


 モブ鬼が、無表情のまま驚き、痛みから頭を下げる。


 遠くで行われた中段突きで、その頭部が砕け散った。



 今の室矢重遠に、距離は関係ない。


 その銃弾は、全く見えない敵を撃ち抜き。

 その打撃は、ただ無慈悲に、敵を打ち砕く。


 だが、いくら嫁データリンクがあっても、夕花梨の言う通り、尋常ではない様子……。

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