第669話 昔の封じ手による対局の再開ー①

 ――10年前


 暗闇の中。

 血相を変えた女子高生が、セーラー服を着たままで、駆ける。


 通りがかった人が怪訝けげんそうに見るも、彼女は全力疾走のまま。



 どこへ。


 どこへ、行けば……。



 自宅……ダメだ、家族まで殺される。


 誓林せいりん女学園……新聞部で、みんなが虐殺されたばかり。


 警察……あいつらが、国家権力を恐れるわけがない。



 誰か。


 誰か、助けて……。



 息を切らしている女子は、泣きながら、それでも足を止めない。


 後ろからは、距離を置いて、殺気を向けている存在。

 地面だけではなく、建物の側面や屋上を走りつつ、決して逃がさず。



 遊んでいるんだ……。


 その女子は、直感的に悟り、絶望した。



「君、どうしたの? ……あれ? どこに――」


 神待ち女子と踏んで、前に立ちはだかった男を見て、覇力はりょくで身体強化をした後に、サイドステップ。


 一瞬で、相手の視界から消えた。



 ギャアァアアッ!


 後ろから、肉を裂く音と、男の悲鳴が響いた。


 

 残った力を振り絞り、追っ手を振り切る。


 荒い息のまま、学校指定カバンの中身をぶちまけた。


 そこから筆記用具を拾い上げ、震える手で、必死に書く。

 建物の壁がデスク代わりで、お世辞にも、綺麗とは言えず。


 次に、ふところから取り出し、クリップで、厳重に挟む。


「お願いっ!」


 カシャンと、小さな金属音。



 

 翌日の朝に、通行人が、橋にぶら下がっている物体に、気づいた。


『本日の早朝に、誓林女学園の浅賀あさか小雪こゆきさんが、――橋から首を吊っている状態で、発見されました。警察は、自殺と判断――』



 ◇ ◇ ◇



 俺たちは、高級車に乗ったまま、誓林女学園の正門を通り過ぎた。


 垂れ幕や、アーチが設置されていて、夏用のセーラー服を着た女子たちが、大きな文字やイラストを描いたプラカードを掲げている。


 後部座席に座っている状態でも、外のキャーキャーという声が、聞こえる。



 俺が出るよりも早く、軍服のようなデザインを着た北垣きたがきなぎと、錬大路れんおおじみおが、外で警戒する。


 桜技おうぎ流の精鋭である、局長警護係。

 第七席、第八席として、現役JKながらも、それに見合った風格だ。


 儀礼的ではあるが、動きやすいスカートで、両足にスポーツ用のタイツという、組み合わせ。


 近衛師団と比べれば、女をアピールした、カジュアルな雰囲気。



 外でドアを開いた澪が、俺に声をかける。


「室矢さま。どうぞ……」



 地面に両足をつけて、周りを見れば、ギャラリーの女子たちが、ヒートアップした。


 もう真夏といっても良いのに、上に黒羽二重を着て、白い駕篭打ちの紐――時代劇でよく見る、白い塊――で、正礼装。


 夏用の生地でも、暑い。

 はかまだから、わりとヤバいです。


 片手に、竹骨の白扇はくせんを持たされたけど。

 何だろう、これ……。



「室矢さまー!」

「抱いてくださーい!」

「私、Fカップでーす!」


 ちなみに、そのサイズは、1.5Lより重いんだってさ。


 警戒中の澪に、小声で尋ねる。


「次の予定は?」


「ここの演舞場で、来賓らいひんとしての挨拶よ。非公式だから、他のお偉いさんは、いないわ……。その後は、私と凪の立ち合いで、次にあなたと咲莉菜さりなさまの番」


 周囲を気にする澪に、手早く応じる。


「終わったら、制服に着替えて、学校の案内だよな?」

「ええ……。そろそろ、移動するから」


 


 ――演舞場


 凪と澪は、御刀おかたなの切っ先を下ろした。


 中央を囲んだ2階の観客席と、1階の壁際から、拍手と歓声。


 さすがに、息がぴったりだ。

 どうやら組手のようで、迷わずに、剣戟けんげきの音を響かせていた。



『次は、咲莉菜さまと、お越しいただいた室矢さまの立ち合いで、ございます』




 つつがなく、立ち合いが終わった。


 俺は、紫苑しおん学園の制服に着替え、控室から出る。

 局長警護係の制服を身に着けた北垣凪、錬大路澪の2人は、ずっと俺の傍。


 外で待っていた女教師が、スッと、頭を下げた。

 見たところ、大学を出たばかりの新任で、可愛い顔立ち。


 たぶん、セーラー服を着たら、女子高生と言い張れる。


 茶色の瞳で、育ちの良さを感じる、肩ぐらいの黒髪ウェーブヘアー。

 私服に近いワンピースで、行事にも使える服装だ。



「お疲れ様です……。室矢さまに、こちらをお渡しいたします。どうぞ」


 両手で差し出された物体は、スマホだった。


 優しそうな女教師、西園寺さいおんじ恵子けいこは、すぐに説明する。


「当校の生徒について、個人情報を参照できます。マッチングアプリのシステムを独自に使っており、ご希望がございましたら、画面上で呼ぶことが可能です。スマホの持ち出しはお断りしますが、気に入った女子について、後日の訪問や、当校での歓待もいたしますので……。誠に残念ではありますが、すでに婚約済みか、今日は体調が悪い者もいます。後者に関しては、回復した段階で対応させます」


 妙に覚えがあることから、笑顔の恵子に尋ねる。


「これ、前からあったんですか?」


「ベルス女学校のりょう校長に、お伺いしました! 室矢さまにご満足いただくため、急いで準備したんですよ。ウチは、男子との交流会がなかったので」


 そんなところで、参考にするな……。


 心の中で突っ込みつつ、適当な生徒のプロフィールを見ようとしたら――


「室矢さまは、ゴムがお嫌いとも、お聞きしました。全員が巨乳とは言い辛いですが、強くて可愛いことは、保証いたします! むろん、結婚せず、責任を取らずとも、大丈夫です! 室矢さまの御子おこは、当流で大事に育てますから」


 顔を上げたら、両手をパンと合わせた恵子が、エヘヘと言わんばかりに、告げてきた。



 ヤベーよ。

 ベル女の交流会で出した希望書が、ここにも回ってきた。



 近くに立っている千陣せんじん夕花梨ゆかりは、口に手を当てている。


 前後で警戒している凪と澪も、同じだ。


 ……笑っても、いいんだぞ?



 そう思いながら、スマホを見たら、モザイクが必要な画像。


 察した恵子が、説明する。


「ああ……。当校の敷地内は、治外法権ですから! どうぞ、ご鑑賞ください」


 

 破廉恥な女子の画像をスッと動かしたら、次は真面目な画像。

 まだ俺のキャラを掴みきれていないようで、自己アピールの文章も、まちまちだ。



 恵子は、ウキウキしながら、話を続ける。


「よろしければ、ご宿泊にも対応しますよ? 言うまでもなく、お金はいただきません。ご指名いただける人数にも、制限はありませんので……。当流の秘術、ご満足いただけると思います! あのお香、けっこう良いですから」



 やはり、ここはサキュバスの巣だったか。

 すぐに脱出しなければ……。


 あと、夕花梨はもう、完全に笑っているだろ?



「先生。さっそく、頼みたいのですが?」


 両手を前でグッとした恵子が、勢い込んで、確認してくる。


「はい! 何人で、衣装は何にいたしますか? 可愛い制服や、部活動のコスチューム。それに、だいたいの場所を使えます――」

「新聞部の部室は?」


 両手を下げた恵子は、表情を消した。


「そちらは、廃部になっております。過去に虐殺がありまして、室矢さまがご覧になるような場所では――」


 正面に立ち、恵子の両肩をつかむ。


 驚いた彼女は、俺を見つめた。


 目をらさずに、説得する。


「思い出したくないことは、承知しています。それでも……これが重要な手がかりになるかもしれません。お願いします! 俺は、自分のことを知る必要がある。それに、ここの生徒たちのかたきを討つためにも」


「だけど……き、危険だから」


 後ずさりしつつ、戸惑った恵子に、内廊下の壁に追い詰めての、ダメ押し。


「室矢家の天賜装守護職てんしそうしゅごしきは、伊達ではありません。今こそ、全てに決着をつける時……。任せてもらえれば、後はこちらで何とかします」


 ポーッと見たままの恵子は、こくりと、うなずいた。


「はい……。では、こちらへ」


 しずしずと歩き出した恵子は、ピタリと立ち止まり、振り返った。

 切ない顔に。


 彼女は、自分の服の前をギュッと掴み、うつむきながら、つぶやく。


「室矢さまは、年上はお嫌いでしょうか? ……いえ。すぐに、ご案内――」

「年上も、大丈夫ですよ。2、3歳ぐらい上なら、頼れるお姉さんで、甘えられそうですし」


 俺が返事をしたら、恵子は持っているハンドバッグを落とした。


 慌てて、すぐに拾う。


「し、失礼しました! で、では、ご案内いたします!!」


 パタパタと歩き出した背中を追いつつも、何か言いたげな、夕花梨を見る。


「お兄様の最期は、女に刺されるか、腹上死のどちらかだなと……」

「それ、ベル女の校長にも、言われたぞ?」



 

 道すがら、恵子が20歳の女子大生で、今は教育実習だと、分かった。


「私、ここの卒業生です。殿方とのがたを知らないから、『これから男子校を設立する』と言われて、どう接したらいいのか、悩んでいたんですよ! 室矢さまが『刀侍とじ』になられたことで、ぜひ、ご相談させていただきたく存じます」


 スススと、真横に並び、ピタッと寄り添った恵子。


 腕に柔らかい物体が当たったまま、目的地へ向かう。


 気を紛らわすため、スマホを見たら――



 横から伸びてきた手が、そのスマホを取り上げた。


 恵子は、ドロッとした感じの瞳で、笑顔のまま、話しかけてくる。


「殿方を知るため、室矢さまに相談しても、良いでしょうか? これは、桜技流のためです!」


 その勢いに負けて、夕花梨のほうを見たが、目を逸らされた。


 ご自分で、何とかしてください。


 あいつの態度で、その返事が伝わってきた。


 仕方なく、恵子に向き直る。



「ああ、うん……。別に、いいけど」


 俺の手に、スマホが戻ってきた。


「ごゆっくり、鑑賞くださいませ……」


 最初と雰囲気が変わった恵子に案内され、内廊下を進む。


 


 表示がない部屋に、辿り着いた。

 取り出した鍵で、いそいそと解錠する恵子。


 ガララと開け、中へ入っていく。


 遅れて、俺たちも室内へ。



 奥にあるカーテンと、窓を開ければ、内廊下との換気が始まる。


 カビ臭さが押し流されるも、閉め切っていただけに、かなり蒸し暑い。

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