第670話 昔の封じ手による対局の再開ー②

 新聞部の部屋は、完全に物置だった。

 かろうじて、外に面した窓が並ぶスペースへ行くための、獣道けものみち


 案内役の西園寺さいおんじ恵子けいこは、いったん、内廊下へ出た。


 引き戸は開けたままで、他の生徒が乱入しないための警備と、俺たちが勝手に持ち出さないよう、監視。



 千陣せんじん夕花梨ゆかりは、中が見える内廊下で、ジッと立つ。

 そちらを見た後で、手首のスナップを利かせ、持っていたスマホを投げる。


 パンッと、軽い音。


 夕花梨が受け取ったことを確認せず、段ボール箱や、立てかけられたパイプ椅子を乱暴にどけていく。

 

 せまい部室に、ガシャン、ドシャ という音が、響き渡った。


 気になったのか、入口から覗き込んでいる恵子。


 

 カレナの権能による、因果の追跡。


 それを活かし、わら半紙の束を見つけた。

 学校用の大量で、ざっくりと切られたまま、年月による風化。


 ゴミの山としか、思えず。

 そもそも、見るからに安っぽい、わら半紙に注目する奴はいない。



 乱暴に床へぶちまけ、その中から、3枚を拾った。


 お目当ては、これだ。



 適当にパイプ椅子を持ち上げ、1人用の席で、どっかりと座る。


 入口のほうから、恵子が物言いたげな視線。


 それに構わず、女子らしい、手書きの文字を追う。



“――年度の四大会議は、になっている。だけど、日本の四大流派が集まる会議だから、開催しないことは、考えにくい。これは、それぞれの流派が、自分の力を誇示しつつ、権益を守るための行事である”


 19年前……。


 やはり、このネタを追っていたのか。


 悠月ゆづき明夜音あやねとの初夜で、彼女の母親の五夜いつよと、夕花梨が話していたな。

 京都の四大会議のパーティーで、ご挨拶……。


 影法師のロクが言うには、俺の母親のことが分かるらしい。

 四大流派を全て、敵に回すとも。


 原作の『千陣重遠しげとお』が謀殺される事になった原因も、そこに……。



“私たちは、驚くべき事実を突き止めた。――年度も、四大会議は開催されたのだ! けれども、公式の記録では、あらゆる媒体で抹消されている。それだけ、不都合なことが発生して、四大流派の全てが「隠蔽しなければ、自分たちが危うい」と判断しない限り”


 この情報が真実ならば、何が起きたのか? を絞れる。


“いつも、平場ひらば先生と、部長の浅賀あさか先輩だけで、重要な情報を独占している……。名簿を見せてもらえないから、四大会議の謎を推理するぐらい。たぶん、誰かが死亡して、それを隠したいのだろうけど。でも、四大会議ごと抹消するのは、おかしい”


 愚痴だけではなく、走り書きで、桜技おうぎ流が、F県の古代祭場の跡で、何かをしていたようだ。とも。



“そういえば、一時期に、祈り巫女が大量にいなくなったとか。――年度より前だけど、ウチの話に過ぎないよねえ?”


 【花月怪奇譚かげつかいきたん】では、天沢あまさわ咲莉菜さりなが、神降ろしを実行。

 

 この世界線では、その原因を排除したのだが……。



 その前にも、誰かが、神降ろしを行っていた!?



 19年前の四大会議で、その女子が殺された?


 納得できない。

 これを書いた女子が指摘したように、それは、桜技流の都合だ。


 うーん。

 分からない!


 平場先生か、部長の浅賀先輩を見つけられれば、もっと情報を得られるのに……。



 おや?

 外が、騒がしい。


柳生やぎゅうさん! 室矢さまは、多忙です。下がりなさい!」

「先生。どうしても、話をしたいんです! 失礼します!!」



 ズカズカと、気が強そうな女子が、入ってきた。

 その後ろから、大人しい雰囲気の女子も。


 どちらも、誓林せいりん女学園のセーラー服だ。


 茶髪のポニーテールにした女子が、こちらを黒目で、にらむ。


「私は、高等部3年の柳生と申します。本日は室矢様にお願いしたく、無礼を承知で、参りました!」


 内廊下にいる夕花梨が、山なりに、スマホを投げてきた。


 パシッと受け取り、検索。


 名前と、簡単なプロフィールが、分かった。


 顔を上げて、確認する。


「えーと……。高等部3年の柳生、愛衣あいさん、ですね? そちらが、高等部2年で、妹の真衣まいさん」


 どちらも、首肯した。


 茶髪ボブで、大人しいほうが、真衣だ。



 愛衣のプロフィールを読んで、用件はもう理解した。


「御神刀が、他流に多くあること。それも、千陣流の当主に囲われた女子だけに……。気に食わないのか?」


 憮然ぶぜんとしたまま、愛衣が答える。


「そこまでは、申しておりません……。当流の演舞巫女えんぶみこは、毎年多くの犠牲者を出しており、御神刀で助かる命がどれだけあるか……。私も小隊長として、何回か現場へ出ましたが、『少しでも良い装備があれば』と思います。今後は、警察と敵対関係になるため、室矢様にご一考いただきたく!」


 言い方は丁寧だが、愛衣のプロフィールは、果たし状だ。


 剣術部の部長。

 名字からして、腕に自信がありそう。


 真衣も同じ部活だが、姉に引っ張られている感じだな……。



 様子を見ていた夕花梨は、今にも仕掛けそうな雰囲気。


 どうどう!

 ここで黙らせるのは簡単だが、もうすぐ時間だ。


 ちょうど良いから、こいつらも巻き込む。



 教師の西園寺恵子も、何かを言いそうだ。


 その前に、指示を出す。


御刀おかたなと、守りの術式がある衣装に着替えて、背中には装具もつけろ。剣術部、全員だ!」


 愛衣が、すぐに反論する。


「部員は、関係ありま――」

「柳生さん。剣術部は全員、退魔装備の一式で、演舞場に集まりなさい! これは、正式な命令です。従わない場合は退学と、心得るように!」


 堪忍袋の緒が切れた恵子が、教師の立場で、宣言した。




 演舞場に、関係者が集まった。


 ダメージを引き受けてくれる衣装は、剣道着と似た、地味な色だ。

 これが、剣術部の服装らしい。


 俺も、第二の式神で、同じような和装へ。

 周囲が、どよめく。


 先ほども見せたが、向き合った状態では、やっぱり違うか。



 柳生愛衣が、やる気満々で、抜刀した。

 こちらも、すぐに応じる。


 


 ――10分後


 中段の構えで、肩を上下させる愛衣。

 

 八相に刀を立て、一気に踏み込んでくるも、半身になった俺の刀であっさりと、逸らされる。

 切っ先を向けたいが、重なっている刃や、俺の体で止められるだけ。


 あるいは、斬りかかった勢いのまま、俺に身体を押され、つんのめる。


 その繰り返しだ。



「……遊んでいる、つもりですか?」


 ふうふうと、息を荒げながら、愛衣が文句を言ってきた。


 汗が柔肌を伝わって、動きやすい和装の内側へ、潜り込んでいく。

 その内側は、現役JKの香り。


 同じ武装のまま、見守っている剣術部の面々も、戸惑い気味だ。



 この誓林せいりん女学園は、“りん” の剣術。

 カウンター狙いの “みず” と似ているが、こちらは相手を動かし、それに乗じる性質が強い。


 自分から仕掛ける技も多く、柔軟に戦う。



 柳生愛衣は、誓林女学園で、最大の派閥にいる。


 ただし、桜技おうぎ流において、この学校のランクは低い。

 御前演舞の本戦で、上位に入らないから……。


 文武両道を掲げており、トータルとして、優秀な生徒。

 そのため、剣術で比較した場合に、やはり劣るのだ。



 夕花梨から聞いた、巫術ふじゅつに特化したひいらぎ家が、桜技流でイジメられた挙句に、追い出された件といい……。


 警察の下部組織にされたことで、『型にめられた剣術バカ』が評価されるという、最悪の図式になってやがる。



 警察官なら、それでいい。

 上の命令に従い、規律を守れば。


 気が利いて、勝ち組の派閥に乗っかり、優秀な成績を上げれば、良いポジションにつけるだろう。



 しかし、桜技流のお役目は、退魔だ。


 滅ぼすか、支配されるかの、二択。

 いったん負ければ、次はなく、ギブアップも許されない。


 思考は人間と違い、慣れ合いも通じず。


 期待値による安定した打ち回しで、コツコツと勝っても、目茶苦茶な打ち方をする化け物にぶつかった時点で、全て終わる。


 たとえば、男に特効だった『イピーディロクの情人』が、そうだ。

 俺が介入しなければ、国は滅びていた。


 型に嵌まることは、自殺行為でしかない。

 相手は魅了のような特殊スキルがあって、倫理観ゼロだ。


 仮にも、異能があり、神降ろしを実行できる世界で、只人ただびとが管理しようとは、思い上がりもはなはだしい。


 その意味では、この世界は滅びて、当然だったのか……。



「なあ、柳生? 今までが、おかしかったんだよ……。桜技流は、変わる。咲莉菜が、変える。御神刀を持つ俺たちは、そのための踏み台、いしずえになるのさ。だから、もう少しだけ、待ってくれないか?」


「私は……」


 俺の言葉を聞いた柳生愛衣は、考え込む表情で、切っ先を下げた。



 千陣夕花梨が、摺り足で、近づいてきた。


「もう、我慢できません……。終わりにしましょう、全て」


 愛衣のほうを見ていたら、シャッ ジャキッという、金属音。


 正面にいる愛衣と、遠巻きの剣術部が、驚いた表情へ。



 ゆっくりと、夕花梨のほうを見たら、セミオートマチックの銃口を向けていた。


 軽量のポリマーフレイムは、玩具おもちゃのようだ。

 黒の艶消しで、丸い穴が、見えている。


「コンバットオートの、最新モデルか? 女子高生にしては、渋いチョイスだ。……フッ。こんな時に、冗談はよせ」


 にっこり笑った夕花梨は、左手を添えて、構えた両手を絞り込む。


「お兄様は、ずいぶんと、甘いようで……。いい加減にしてください。出会う女子を全て、自分の女にするつもりですか? ……これなら、私が独占できますよね?」



 パァンッ


 乾いた破裂音が、演舞場に響き渡った。

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