第668話 四大流派を従わせられるだけのネタとは?

『先生、助けて!』


 ごめんなさい。


『痛い痛い痛い!!』

『わたし、まだ死にたくない……』


 ごめんなさい。

 ごめんなさい……。



 女子高生の肉片と骨、内臓がぶちまけられた、吐きたくなる部室。


 そこに立つ大男が、愉快そうに叫ぶ。


『ハハハハッ! 貴様は、本当に見下げ果てた奴だな? 自分でけしかけておいて、教え子を犠牲に、自分だけ助かるとは』


 その近くにいる妖怪が、大男を見上げた。


大太郎だいだらさま?』


『良い。こやつは、捨ておけ……。どうせ、次の飼い主を見つけるだけの犬。だがな?』



 ――いつでも、お前を見ているぞ?


 ――そのことを忘れるな……。




 物思いにふけっていた女は、声をかけられる。


「あの? ウチに、何か御用ですか?」


 正門の中に立っている女子高生は、薄いセーラー服を着たまま、怪訝けげんな顔だ。


 とたんに、女は、夏の暑さを感じる。


 青空が広がり、夏の雲。

 ミーンミーンと、セミの鳴き声が、幾重にも……。



「私は、平場ひらば夏木なつきと申します。以前に、ここの教師をしていたのですが、以前に顧問だったを整理するため、訪れました」


 対応した女子は、疑っている視線のまま。

 

 そこで、内部の人間だけが知る話題に。


「まだ、北原きたはら先生はいる? あの人のせいで、英語嫌いになった生徒が多くて……。目を付けた生徒に、しつこいから」


 苦笑した女子は、警戒を解く。


「ああ……。キタキタばばあ……北原先生は人事異動で飛ばされたから、もういません。それで、どこの部室ですか?」

 

 正門の外に立っている夏木は、深呼吸をした後で、返事をする。


「新聞部よ……」



 中へ入れてもらった平場夏木は、敷地の中が騒がしいことに、気づいた。

 すれ違う生徒たちも、浮ついている。


「誰か、来ているの?」


「筆頭巫女の咲莉菜さりなさまに、お越しいただきました。今回は、うわさ室矢むろやくんも、一緒に来ているから、みんなウキウキです!」


 案内している女子は、とても楽しそうだ。



 天沢あまさわ咲莉菜が、室矢重遠しげとおと、ここを訪れている。


 それを知った夏木は、緊張する。


 けれども、数々の偉業を成し遂げた重遠に会えることで頭がいっぱいの女子は、それに気づかない。




 平場夏木は職員室から取ってきた鍵を差し込み、ガチャリと開けた後で、引き戸をガラガラと動かす。


「ここですね……。うわっ! すごいほこり……。誰も使っていないから、もう倉庫だ」


 思わず声を上げた女子の言う通り、新聞部の拠点には、所狭しと段ボール箱や、使わないパイプ椅子、長机、今の季節には不要な暖房器具が、適当に置かれていた。


 懐かしそうに、夏木は奥まで歩き、カーテンを開ける。


 外からの日光が差し込み、埃がキラキラと輝いた。



 ソワソワしている女子は、別れを告げる。


「じゃあ、私はこれで! 室矢くんに会える機会は、滅多にありませんから……」

「悪いけど、今日は諦めなさい」


 唐突な宣言に、女子は、キョトンとする。


「え? 何を言って――」

 ドンッ


 夏木は、両手で持ち上げた輪っかを女子の頭にくぐらせ、その両肩に載せた後で、固定した。




 ――数日前


 俺たちは、WUMレジデンス平河ひらかわ1番館の会議室に、集まっていた。


 天井の灯りが消え、各モニターに情報が示され、長方形のテーブルの中央にも、立体画像が浮かぶ。


 電子上の存在であるカペラの声が、説明を始める。


桜技おうぎ流の学校である、誓林せいりん女学園! 重遠が、もうすぐ訪問するのだけど……。事前調査をしたら、気になる事件を見つけたの!』


 表示されているデータが、切り替わった。


『10年ぐらい前に、ここの新聞部で、部員が虐殺された。ざっと5人は、死んだかな? でも、当時のニュースには、全く出ていないんだよね……。県警と所轄のデータを洗ったら、どうも内々の取引で、「自殺」にしたっぽい!』


 俺は、それに突っ込む。


「その時期だと……桜技流の不正が、まかり通っていたか。だったら、ロリを含めて、演舞巫女えんぶみこを抱かせるなり、裏金なりで、対価を払ったに違いない」


 錬大路れんおおじみおが、口を挟む。


「そんな事ばかり、やっているから……。ウチが、『警察のピンクコンパニオン』と言われるのよ。まったく……」


 隣に座っている北垣きたがきなぎが、すぐにたしなめる。


「澪ちゃん。それ、脱線しているから……。同じロリコンとして、重遠くんも肩身が狭いだろうし」

「うるさい! うららすみれには、まだ手を出していないだろ!?」


 ここで、南乃みなみの詩央里しおりが、俺のほうを見た。


「むしろ、早く手を出してくださいよ? その調整をしているのは、私です!」

「カペラ! 説明を続けろ!」


 いきなり被弾したから、強引に、話を戻した。


『うん……。当時の画像を出すけど、けっこうグロいから、注意してね? ……はい』


 ブンッと表示された画像は、ミキサーにかけた後のような、大量の肉片と骨だった。

 千切れたセーラー服の端が、女子だった事実を教えている。


 学校のせまい部屋には、鑑識の姿や、目印となるマークが置かれていた。


『これが、犯行と遺体を放置した現場……。誓林女学園の新聞部、その部室だね! 報告書によれば、人の力では不可能……ま、そりゃそうだ』


 俺は、すぐに質問する。


「で、真犯人は? 『掴んでいたが、交換条件で見逃した』という場合だが……」


『うーん。警察のほうでも、全く容疑者が出なくて、学校の敷地内だから、面倒がった感じ! 外の監視カメラや目撃者は、一切なしでさ』


「容疑者は、学校の関係者を引っ張るしかない……。だけど、異能者ですら不可能な犯罪で、しかも動機がない。これだけ派手な犯行では、隠しようがないわけだし」


 俺の指摘に、カペラが応じる。


『そうだねー! 食うにしても、異常すぎるし……。警察も怨恨の線で当たったけど、桜技流の女子校で、話が分かることから、早々に撤収。ただ、この新聞部の顧問が、どうにも気になるんだよ!』


「何が、あった?」


『女の教師だけど……。警察のダブルエージェント。上から情報をもらい、所轄の邪魔をする形で、誓林女学園の不正グループに貢献していた。その一方で、公安に、内部情報を報告』


 会議室の空気が、一気に張り詰めた。


 

 俺は、すぐに確認する。


「具体的には?」


『公安のシンパのようだねー。所轄レベルでは、分からないと思う! どうやら、四大流派を探っていたようで、部員が虐殺される直前に、何かを掴んだっぽい。事件後に、公安が彼女に対して、報告するよう命じていたけど、秘匿されているはずの関係者が1人ずつ消されたことで、手を引いた。今では、アンタッチャブルの扱い』


 ドリンクを飲んだ俺は、カペラに聞く。


「その女教師は?」


『ショックから、退職した……書類上はね? 公安の犬なら、名前と顔を変えていても、不思議はないよ。今の足取りを調べたら、時間がかかるし、確実とは言えないけど……』


「それはいい……。俺たちが誓林女学園へ出向き、無事に帰ってこられるか。それだけを考えよう」



 自分の席のモニターを見た俺は、手早く説明する。


「人選を発表する! ゲリラ戦、または、本格的な戦闘が予想されるため、演舞巫女えんぶみこの凪、澪! 千陣せんじん流の立場で、桜技流との窓口である夕花梨ゆかり。以上の3名だ! カペラ。その新聞部の元顧問が、誓林女学園にやってくる場合に、想定される危険は?」


 少し悩んだ後で、彼女が答える。


『まだ公安に所属しているか、その意向で動いている場合……。室矢家の人間を害して、桜技流と対立させる。または、重遠を暗殺しての四大流派の対立や、室矢家の乗っ取り。今回は、同行する女子を口説く可能性は低いけど、代わりに、筆頭巫女の天沢咲莉菜を狙われる可能性が大!』


 椅子にもたれた俺は、愚痴を言う。


「咲莉菜が死ぬか、重傷になっても、マズいからな……。室矢家、特に俺が疑われて、これまでの信頼関係が裏返る。その先には、千陣流と桜技流の戦争、あるいは、真牙しんが流を巻き込んでの泥沼だ。最悪なのは、咲莉菜が殺された場合! 次代の筆頭巫女では、警察の上層部を抑えられず、再び首輪をつけられるだろう」


 千陣夕花梨が、肩をすくめた。


「いかにも、危険な勢力を見張っている公安が、動きそうなネタですね……。社会秩序のために、四大流派をまとめて叩くチャンス」


 どうする? と言わんばかりの表情で、俺のほうを見る夕花梨。

 他の女子たちも、同じだ。


 その場で立ち上がった俺は、見回した後に、宣言する。


「ここに至って、俺たちが譲歩すれば、それ以上に踏み込まれ、全てを奪われる! 俺とカペラが訪れたミーティア女学園の力を借りて、以後は……」



 ――超空間を利用した、リアルタイムの戦術データリンクを使用する



 嫁データリンク、略してYDL。


 誤解させる余地を与えない。

 各個撃破も、させず。

 弱気になった女子に張り付くことも、許さない。


 数のメリットを活かし、敵を殲滅する!



「留守番のメンバーは、詩央里に任せる」

「分かりました」



 カペラですら、得られない情報。

 それも、公安が四大流派を御せると、思えるほどの……。


 まだ誓林女学園に残っているかどうかは、不明だが――



「放っておくわけには、いかない! 今後のためにも」

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