第649話 室矢家の特殊部隊による制圧

 夜明け前。


 平らな甲板を洗い流すような、豪雨だ。

 東京湾の沖合いに停泊しているタンカー2隻は、一見すると、侵入できるだけの埠頭ふとうへの順番待ち。


 外洋と比べれば、穏やかな揺れで、静かに浮かぶ。


 船体は縦に細長く、その積載量は、航空機による移動が当たり前の現代社会でも、物流のかなめとなっている。


 基本的に、甲板の後ろ側にブリッジを兼ねた居住区となる、箱型の建造物。

 ただし、機関部は船底に近い場所が、職場だ。


 現在では自動化が進んでおり、運搬する貨物によっても異なるが、20人ぐらいの乗組員だけ。


 船長を筆頭に、ブリッジで実際に判断する航海士、または、甲板上で鎖などを動かす甲板部員。

 機関長と機関士による、動力部分のチェックと制御。


 これとは別に、住環境の整備や、食事の準備を行う事務部も。


 外洋航海は、半年ぐらいの長丁場。

 原則的に個室が与えられ、ペットボトルの飲み水などを定期的に支給。

 勤務シフトに従い、陸に上がるまで働き続ける。


 航海が終わったら、長期休暇となるため、変則的な仕事だ。


 彼らの悩みの1つが、海賊の襲撃。

 別に秘宝を求めているわけではなく、ボートで接近した後に占拠して、その会社に身代金を請求するのが目的。


 彼らは小銃で武装しており、乗り移られないようにする操船も必要。

 少人数で武装していない状態では、太刀打ちできない。


 今の船員は、腕っぷしよりも、他の船員との協調性や、専門知識を求められている。


 だが、タンカーを含めて一財産の資源を奪われては、国益を損なう。


 日本ですら、そういった海域を往復する船舶に対して、小銃で武装した警備員を合法化しているほどだ。


 外洋では、自分たちの身は、自分で守るしかない。




 タンカーで一番高い場所にあるブリッジは、快適だ。

 ほぼ真っ暗だが、ゲームセンターの筐体きょうたいを思わせるモニターだけ明るい。


 どこかの展望台に思える空間で立つ士官――客船か軍艦でない限り、肩章をつけないことも多い――は、窓際で横に並ぶモニター群に目を走らせた。


 衛星によるGPS、電子海図、作戦テーブルのように大きなモニターの運行支援装置。


 ブーンと、電子機器に特有の音や、匂い。

 たまに、ピピッと、確認するような音も。


 どれもデジタル技術の産物で、昔の帆船とは大違いだ。


 腕時計を見た後で、視線はワイパーが申し訳ぐらいに動く方向へ。

 上半分がパノラマになるよう、横に細長い窓が連なっていて、視界が良い。


 外は酷い豪雨で、船体に叩きつけている。

 ザアアァアアッと、雨音が続く。


 居住ブロックは、要所に最低限の照明。

 それ以外は、船舶の向きを示す航海灯だけ。


「もうすぐ、夜明けか……。こんな場所で、当直をしてもなあ……」


 気を紛らわすために、外を見ながら、ブリッジの窓際を歩き出す。


 ふと、疑問に思う。


「そういえば……。甲板のヘリポートに載せている機体は、何なんだ? 緊急用のヘリを常備させても、邪魔なだけ。それも、2つ。……お?」


 甲板の一部に灯りがつき、複数の人影が動いている。


 被せていたシートを剥がした後で、畳んでいた部分の展開など、離陸の準備が進められている。


「早朝の豪雨で、飛ばす気か!? ……冗談じゃねえぞ! そんな飛行計画、まったく聞いてない!!」


 思わず、双眼鏡で確認すれば――



「あれ、軍用の戦闘ヘリかよ!? しかも、フル装備じゃねえか……。マズい。早く、日本の沿岸警備隊に通報しないと!」


 慌てて、無線機のほうへ駆け寄る士官。



 ガチャッ ギィイイッ


 扉が開く音。


 キュキュキュッと、濡れた靴底による足音も。



 そちらを向いた士官は、声をかける。


「ちょうど良いところに! 聞いてくれ。甲板から、戦闘ヘリが発艦する――」

 タタタンッ


 金属が叩かれるような音が、数回ほど響いた。


 ほぼ同時に、カカンッと、小さな物体が連続して当たる音。



 撃たれた、と気づいたのは、腹部に熱い痛みを感じた後。


 ドサリと倒れ込んだ士官が最後に見たのは、ずぶ濡れのセーラー服を着た女子中学生が、ストックを肩付けしたサブマシンガンの銃口を向け、タタタタと連射する光景だった。



『ブリッジ、制圧! 内側から出入口を封鎖した後で、窓を割り、そちらへ合流する』




 海上でゆっくりと頭を出し、タンカーの船首にある構造物まで糸を伸ばした女子中学生は、その糸をたぐりつつ、両足で踏ん張り、外側から上へ登っていく。


「ヘリか、ゴムボートぐらい……用意してよ!」


 梯子はしごを使わないことで、彼女は苦労している。


 ちょうど船首に立っている、雨合羽を着た人間の首に、同じく糸を巻き付けて、近くの高所を飛び越し、そのまま落下。


 女子の体重と勢いで、宙づりになった人物は、低くうめいた後で、すぐに力を失った。


 ぶら下がっているセーラー服の女子は、全身の海水を洗い流しつつ、甲板へ降り立つ。

 着地の衝撃で、ドンッと音がしたものの、雨の音に紛れた。


 甲板に叩きつける豪雨をしのげる場所で、ビニールで密封していたサブマシンガンと、マガジン入りのポーチなどを手早くつける。


 マガジンを差し込み、左上にあるレバーを叩き、初弾を装填。


 肩掛けのスリングと、両手による射撃姿勢のまま、甲板上を移動していく。



 バシャバシャッと、足音が五月蠅い。

 けれど、ヘリポートのほうは、もっと騒音がある。


 両手で短機関銃を構えたまま、ずぶ濡れの女子中学生は、遮蔽しゃへいになるかどうかのパイプラインに沿いながら、身を低くしたままの移動。


 激しい雨音に、視界の悪さ。


 戦闘ヘリ2機の近くまで辿り着いた女子は、膝立ちで待機。



『沿岸警備隊の特別チームが、接近中! あと5分もすれば、ヘリからロープ降下してくる! それまでに、片付けて!』


 ブリッジがある建造物の上に立っている女子の念話で、甲板上で配置についた女子3人が騒ぎ出す。


『ヘリに乗って、ズルい!』

『カウント始めるから、集中して!』

『地獄で、会おうぜ!』


 指揮官になっている女子が、タンカー全体を見回しながら、カウントダウンを開始する。




 いよいよ、都心部へ侵攻する直前。


 豪雨であることから、早々に縦二列のコックピットへ滑り込み、周囲のスタッフと最後の打ち合わせを行う。


 バタバタと上の回転が始まっていて、その風圧により、豪雨が振り払われている。


 周囲で弾薬の搭載や、最終チェックをしている整備員と、雨合羽のまま、小銃を持つ兵士たち。


 夜が明ける。


 風を切り裂く音と一緒に、甲板のすぐ上を滑るように飛んでくる人影。


 気づいた兵士が叫びつつ、その銃口を向けるも、あまりに速すぎる。


 豪雨であるものの、小銃の発砲音はよく響く。

 船舶が行き交い、沿岸警備隊も巡回している場所だ。


 せめて、ヘリ2機が飛び立ち、都心部の上空に入るまでは……。


 その一方で、誰かに引っ張られているように地面を滑ってきた人影は、空中を移動しつつも、タタタタと発砲。


 ボルトの作動音ぐらいの静粛さで、連射された弾丸は、兵士1人の胴体を斜めに刻んだ。

 彼は小銃を握ったまま、崩れ落ちる。


 灯りに照らし出されたのは、幼い女子だ。

 周囲はそれに驚くも、相手がサブマシンガンを持っていることから、訓練された通りに迎撃する。


 パパパパと、小銃の発砲音。


 女子が飛んできた方向から、いきなり変わったことで、予測射撃は空振り。

 甲板や構造物に当たった弾丸が跳ねて、キンキン チュンッと、周りの人間を襲い出す。


 まるで、任意の場所から引っ張れるような、空中機動。


 戦闘ヘリ2機を護衛している兵士のリーダーが、同士討ちを避けるよう、大声を張り上げるも、低空を自在に飛び回る敵など、前代未聞だ。


 混乱する部隊に対して、女子中学生3人は、連携が取れている。



 夜明けだ。

 この瞬間には、夜目がある人間ほど、視界を切り替えるのに時間がかかる。


 相手と向き合うように、真上から落下した女子が、両肩へ膝を落とし、すぐに内側へ締めた。

 スカートの内側で、女の子の大事な部分に顔が密着している図式だが――


 上半身を捻りながら、一回転しつつ、下へ落ちる。


 その兵士は、自分の命で、代価を支払った。


 他の兵士が撃つも、その女子は動けるはずがない姿勢のままで、やはり引っ張られ、飛んでいく。



 慌てて、戦闘ヘリ2機が飛び立つも、甲板から糸を張られているかのように、一定の高度で止められた。


 後ろの操縦席で慌てるパイロットに対して、そのキャノピーに、ずぶ濡れの女子中学生が飛びつく。


 どこからか取り出したナイフで、あっさりと切り裂いた後に、ピンを抜いた手榴弾を投げ込み、飛び降りた。



 操縦士が死亡した戦闘ヘリは、タンカーの甲板に突き刺さり、爆発した。


 もう1機も、上空へ飛び立てないまま。

 僚機の爆発に驚いたのか、さらに出力を上げてしまった。


 バランスを崩し、自分から甲板へ突っ込み、後を追う。



 すると、違うヘリの音が、タンカーの上空に響く。


『こちらは、沿岸警備隊だ! 全員、そこから動くな! 抵抗した場合は、命の保証をできない!!』


 大声でアナウンスをしながらも、垂らされたロープの数本で、シャーッと降下してくる、黒い格好の隊員たち。


 甲板に降り立ち、金具を外し、スリングで下げている短機関銃を構える。


 低空のヘリは、強力なライトで、タンカーを照らし出す。


 異常を察知して、外へ出てきた船員は、両手で顔を覆いつつ、ただ呆然とするのみ。



「Drop the gun!(銃を捨てろ!)」


 沿岸警備隊の特別チームの1人は、短機関銃を持つ女子に、銃口を向けた。


 ところが、夏用のセーラー服を着ている、ずぶ濡れの女子は、スウッと消える。



 慌てて、四方に銃口を向けつつ、敵を探す。

 死角へ潜り込み、攻撃を仕掛けてくるかもしれない。


 けれど、先ほどの女子は、どこにも見当たらず……。



『どうかしたのか!?』


 無線で、問いただされた。


 緊張による見間違い、と判断した隊員は、すぐに応じる。


「いえ! 何でもありません!」


 返答した隊員は、すぐに味方と合流する。




 ――WUMレジデンス平河ひらかわ1番館


 千陣せんじん夕花梨ゆかりは、自宅のリビングで、優雅に過ごしていた。


 一般には出回っていない緑茶を飲んだ後で、発言する。


「そう……。タンカー2隻とも、成功したのね。ご苦労様」


 夕花梨の式神たちは、無事に任務を完了した。

 帰還は、主人のところへの強制召喚だけで済む。


 報告した槇島まきしま如月きさらぎは、浅いお辞儀をした後で、尋ねる。


「朝食は、いかがなさいますか?」


 夕花梨は、可愛らしい笑顔。


「たまには、お行儀を気にせずに、食べたいわ! ハンバーガー! フライドポテトもね?」




 ――同時刻 隅田すみだ



 こちらも、豪雨だ。

 大量の水滴が落ちては、川の一部となっていく。


 今日の通学、出勤までは、時間がある。



 タンタンタンと、エンジン音が響く。


 河川で停まっている、船舶。


 その後部にある、エントリー用の梯子に、2本の手がかかった。


 ゆっくりと浮かんできた頭は、周囲を確認した後に、その全身をさらけ出す。


 丸みを帯びた、大人の曲線だが、その雰囲気は女子大生ぐらい。

 ピッタリと張り付いている、ダイビングスーツだ。


 長い黒髪はまとめられ、水泳モード。

 お姫様のように整った顔にある、紫の瞳は、緊張したまま。


 彼女は、後部デッキを見た後で、ザバッと乗り移った。


 思っていたよりも大きな船で、前半分に建造物がある。



 後部デッキの物陰に隠れた小坂部おさかべけいは、艶めかしいダイビングスーツのままで、ふうっと息を吐いた。

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