第648話 歴史を動かす決起の前夜

 ――USキャンプ


 富士演習場の一部にある、USFAユーエスエフエーの拠点。

 応接室に設置されたソファーでは、気もそぞろの大佐が、向かいに座っている一団を見た。


「我々のファルコンを取り戻してくれたことには、感謝します。ただ、本国へ報告するために、情報が不足している状況です。率直に申し上げて、我が国の最新型であるファルコンは、改修機であっても、旧型に後れを取るとは思えず……」


 大統領の感状と名誉勲章をもらった、テックス・タウンゼント中尉の愛機は、GX78『ファルコン』。

 彼は、南極で大活躍をした、まさに英雄だ。


 そのファルコンを小隊で持ち込み、今回のデモンストレーションをする予定だったが……。


 RM22『ホッパー』の改修機に完敗するという、あってはならない結果に。



 USキャンプの司令官である大佐は、何とか挽回しようと、必死だ。


 このまま上に報告すれば、間違いなく、自分の首が飛ぶ。


 本国から預かったファルコンの小隊とパイロットを全て失ったうえに、その原因は基地の警備不足。

 そして、現地で改修したホッパーごときに、完敗した。


 強奪したテロリストは逃がしたものの、あっさりと鎮圧した日本に、大きな借りを作ったのである。


 軍法会議はまぬがれず、何らかの手土産、あるいは、言い訳ができる材料を用意しなければ……。


 自分と数人だけがいる、世界の果てのような僻地で、司令官。

 もしくは、ろくに仕事がない窓際へ移動させられ、辞めるまで放置だ。



 大佐は作り笑顔で、機械化歩兵実験中隊を指揮している五十嵐いがらし善仁よしひとを見た。


「その……。ホッパーの改修機を見せていただけたら、ありがたいのですが?」


 いくら友好国でも、データ収集をしている実験機を見せてくれは、厳しい要求だ。


 今の大佐は、崖っぷち。

 沖縄で室矢むろや重遠しげとおが遭遇した、USFA海兵隊の主張である “日米安全協力条約” も、今回は説得力がない。


 一方的に助けてもらったうえ、軍事機密を渡せでは、US軍の内部ですら、何を言っているんだ、お前は? となるだけ。



 ソファーにもたれた善仁は、言葉を選ぶ。


「その要望には、応じられません。理由は、RM22-HS『高機動型ホッパー』が陸上防衛軍の機密であると同時に、メーカーとの契約があるからです。……失礼ですが、ウチの改修機については、すでに情報をお渡ししたはずでは?」


 痛いところを突かれた大佐は、すぐに弁明する。


「はい。その高機動型とやらの基本情報は、いただきました。けれど、私たちのファルコンが負けるとは思えず……。これはオフレコでお願いしたいのですが、あなた方に取り押さえられた機体は、緊急脱出に伴うデリートで、履歴を追えず。当基地で、そちらの戦いに注目していた人間は、数えるほど。……交戦データだけでも、コピーさせていただきたく、存じます」


 腕を組んだ善仁は、毅然きぜんと答える。


「自分の一存だけでは、お答えできません。そちらの要望も、報告書に記載しておきますが……」


 溜息を吐いた大佐は、違う方向から攻める。


「分かりました。……操縦していたパイロットは、ガク・コジマで、間違いないですか?」


「はい。……こちらが、小島こじま中尉です。MA(マニューバ・アーマー)については、近くの駐屯地へ移動させました。彼の経験、知識も軍事機密に当たるので、質問があれば、この場でお願いいたします」


 小島がくは、座ったままで、頭を下げた。


 さすがに、USキャンプの中で単独行動をさせるつもりはなく、このような形に……。


 

 中佐の五十嵐善仁が宣言した以上、それに応じなければ、彼らは帰還するだけ。


 司令官の大佐は、岳のほうを向いた。


「君は……どのように戦ったんだ?」


「そうですね……。ホッパーの機動力が向上したから、その推力で一気に接近しました」


 ここで、善仁が口を挟む。


「彼は元々、航空防衛軍のパイロット候補生でした。技術レベルの未達によって罷免ひめんされ、階級もなかったことから、空防を除隊したのです。途中の訓練プログラムでMAの操縦も行い、そちらの適性がバツグンであったことから、自分がスカウトした次第です」


 表情が変わった大佐は、岳のほうを見た後で、善仁に視線を戻した。


「MAパイロットとしては……どうなんですか? 確か、南極の救助隊にも、参加していたはずでは……」


「ええ、その通りです。彼は、南極で民間人を救助しました……。MAパイロットとしては、今回のように優秀であるものの、いささか損耗が激しいのが玉にきずですね」


 苦笑いの善仁に、大佐は疑問に思った。


「それは、どういう?」


「MAの性能を限界まで引き出せるけど、扱い辛い……。小島がパイロット候補生を罷免された、本当の理由は、『電子機器の操作で安定性がない』と踏んでいますよ。自分は空防とは違うため、そちらの成績や評価は全く見ていませんが……」


「テストパイロットとしては、喉から手が出るほど欲しい才能ですね?」


 USFAの大佐は、小島岳のほうを見た。


 彼を手に入れれば、今回の失態を埋め合わせられるか……。


 しかし、場違いに思える美少女が、その思惑を断ち切る。


「発言をします! 自分は、魔法技術特務隊の姉小路あねこうじエステル伍長です。小島岳とは結婚を前提にした、お付き合い! USへの勧誘には、断固として反対する!」


 出鼻をくじかれた大佐は、驚きつつも、エステルを見た。


「Lovers?(恋人同士?) ……失礼。えーと、君は異能者だろうか?」


 首肯したエステルは、改めて自己紹介。


「北欧のフォルガング家の血筋にあたり、今は姉小路家の人間です。海外の貴族と同じで、伯爵クラスとお考えください。私自身は、四大流派の1つ、真牙しんが流の魔法師マギクス


 それを聞いた大佐は、顔を引きらせた。


 フォルガング家は、王も輩出している、名門中の名門。

 しかも、日本の伯爵家となれば、彼女の恨みを買うことは避けるべきだ。


 エステルも、プリンセスの1人。

 

 海外の名門であれば、思わぬ方向から妨害される……。



 指で眉間みけんを揉んだ大佐は、小島岳の取り込みも、諦めた。


「分かりました……。この場に担当士官を呼びますので、事実確認への協力だけ、よろしくお願いいたします」



 ◇ ◇ ◇



 都内の那須なす家では、ニュースや新聞によって、クーデターの戦力となる同志たちの消滅を知った。


 東京に潜伏している、武装した部隊。

 彼らと共に、近衛師団の一部が動くはずだったが……。



 集まっているのは、近衛師団の若手たち。

 誰もが焦り、決起をどうするのかで、意見が割れている。


「今回は、延期するべきだ! 我々だけでは、手が足りん!」

「多くの犠牲が出た。警察や防衛軍も、黙ってはいまい……。今のうちに、決行しよう!」


 まるで、遭難した人間のようだ。


 実際のところ、その通り。


 喧々諤々けんけんがくがくで、1つ間違えれば、仲間同士で銃撃になりかねない緊張感。



 日が傾き、夕暮れを迎える。



 やがて、おとりのMA部隊がS県やK県で大暴れをした後で制圧されたニュースも、飛び込んでくる。


「くそっ……。早すぎるんだよ!」

「どうして、待てない……」

「このままでは、警視庁も黙っていないぞ?」


 日本家屋で、畳が敷き詰められた広間。


 そこに座り込み、ダンダンと、こぶしを叩きつける男たち。



 全てが、裏目に出ている……。



 その時に、1人の士官が気づく。


「まだ……戦闘ヘリの部隊がいるぞ! 河川に隠れている船舶も、健在だ!」


「おお!」

「そういえば、彼らもいたな……」


 

 ドタドタと、奥から足音。


 バンッと、ふすまが開けられた。


「ヘリや船の奴らと、連絡が取れたぞ! 明日の早朝だ。……これ以上は、待てん」


 その報告に、集まっている男たちは、色めき立った。


「やるしかないか……」

「ああ! このままでは、各個撃破になるだけだ」


 天気予報を調べていた男が、水を差す。


「明日の早朝は……豪雨だぞ? 戦闘ヘリが、まともに飛べるのか!?」


「時間がない! 構うものか!!」

「相手に気づかれにくいのなら、むしろ好都合だ」

「こうなった以上、ヘリの連中には、存分に活躍してもらう」


 そのうちの1人が、上座のほうを見た。


「明日の早朝です。……よろしいですね?」



 正座をしている、和装で老いた男は、端的に言う。


「責任は、私がとる……」



 それを聞いた周囲は、騒ぎ出す。


「今夜は、宴だ!」

「おう! 出陣前だ。盛大にやろう!!」

「いっそのこと、あわび、栗、昆布で、酒を飲み干すか?」

「戦国武将がやっていた、出陣式だったな?」

「縁起が良い! それで、いこう!」




 ――同時刻 WUMレジデンス平河ひらかわ1番館


 槇島まきしま藩で大名の手に渡った、日本人形。

 九十九神つくもがみとなった彼女たちは、千陣せんじん夕花梨ゆかりの式神に。


 まさに、戦国時代を見てきた12人は、夕花梨の自宅に集まっている。


 夏用のセーラー服を着た女子中学生という外見で、女主人の命令を待つ。



「お兄様は、南極に続き、クーデター阻止と、忙しく動いています……。操備そうび流の接触もあり、ここで私たちの存在意義を見せなければ、千陣流からの離脱もあり得ると考えるべき」


 言葉を切った夕花梨は、改めて告げる。


「この一戦には、あなた達の歴史、私の立場、千陣流の武威……全てが賭けられています。残った脅威を排除しなさい」


 控えている槇島まきしま如月きさらぎが、質問する。


「タンカーには、無関係か、雇われただけの者もいるかと……。いかがいたしましょうか?」


 笑顔になった夕花梨は、すぐに答える。


「区別する必要が、あるかしら?」

「失礼しました……」


 謝罪した如月は、他の夕花梨シリーズに、命じる。


「タンカー1つに、4人! ここにも、3人残りなさい! 一時的に、重遠さまの護衛は1人とする!!」


 思い出したように、夕花梨は言う。


「正規品を入手するのに苦労したから、大事に使ってね?」


 返事をした夕花梨シリーズはそれぞれ、大きなテーブルの上に並ぶ、消音器と一体になった短機関銃に、手を伸ばした。


 弾薬箱からマガジンに詰めていき、ホルスターなどを弄り出す。



 夕花梨が、そばの如月に尋ねる。


「射程は、そこまで長くないし、威力も抑えているのよね?」


「はい。ですが、問題ありません!」



 ――必ず当たる距離まで近づき、頭を撃ち抜きますから

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