第647話 全ての行動を許可した結果

『アラート1! アラート1! 総員、所定の配置につけ! 非戦闘員は、シェルターへ退避せよ! これは、訓練ではない。繰り返す、これは訓練ではない!!』


 富士の演習場に隣接しているUSキャンプは、海兵隊、戦闘ヘリ、MA(マニューバ・アーマー)の出動準備が、慌ただしく行われていた。


 裏方の兵士も走り回って、機材の移動や、白兵戦に備えての武装。



 ロッカーでは、MAパイロットが専用のスーツを着て、護身用のハンドガンに実弾が入ったマガジンを入れ、暴発しても安全な器具に銃口を向けた後で、後退していたスライドを戻す光景。


 初弾を装填した拳銃をホルスターに収めて、自分の機体へ向かう兵士たち。


 とあるパイロットが、呼び止められる。


「おい? ここにある、新型のMAって、どこだ?」


 実戦を控え、気が高ぶっている男は、イライラしながら、振り向いた。


 相手が強面こわもてであることから、慌てて敬礼。


「ハッ! GX78『ファルコン』でしたら、――に駐機してあります。自分も、今から搭乗しますので、そろそろ行っても良いでしょうか?」


 男の大尉は答礼せず、右手を後ろに回したままで、近づいた。


 野太い声で、質問する。


「お前が乗る機体は?」


「115中隊、第2小隊の三番機であります! ……あの、自分はもう、行かないと」


 正面から向き合った大尉は、背中に隠していた右手を前に出しつつ、笑顔で言う。


「ありがとよ。お前の代わりに、俺が乗っておく」

「は?」 

 バスッ バスッ


 大尉は、右手のハンドガンを相手の腹に押し付けて、トリガーを2回引いた。

 銃口と密着していることで、くぐもった発砲音。


 周りは忙しく、自分の仕事をすることで精一杯。


 左手で口を塞がれたMAパイロットは、周囲に異常を教えられないまま、激痛で崩れ落ちる。


 それを両手で受け止めた大尉は、他の連中が気にしていないことを確認しつつ、拳銃を仕舞い、両脇に手を回した状態で近くの棚の後ろへ。


 両手を首に回してから、一気にひねった。


 人間に不可能な角度のまま、被害者の男は沈黙。




 全高4mのロボットが立ち並ぶエリア。


 宇宙服を思わせるヘルメットを被ったMAパイロットが、駆け足でやってきた。


 近くにいた整備員が退き、背中の装甲を開けたままのGX78『ファルコン』のタラップへの花道ができる。


 周囲から敬礼されつつ、MAパイロットの男は、するりと操縦席へ乗り込み、両手両足をトレースさせながら、装甲を閉じていく。


 立ち上がって、近くの車両にある武装を手に取り、背中と腰部の大型スラスターを動作チェック。


『遅いぞ、マウロ! お前のはだから、丁寧に扱えよ? ……タイガー・リーダーより、小隊全機へ! これより――』


 小隊長の命令は、マウロと呼ばれた人物が乗っている機体からの攻撃で、中断させられた。



 いきなり味方を攻撃したファルコンは、ふわりと浮かび、基地外へ向かう。


「悪いなあ? 臨時ボーナスがないと、割に合わないんでね!! ……それにしても、共通規格さまさまだな!」


 MiA2『ヴァンダル』を乗り捨たフージンは、着込んでいるパワードスーツに物を言わせて、USキャンプに侵入。


 南極で活躍した新型MAである、GX78『ファルコン』に、目をつけたのだ。


 全高4mのロボットは、低空を滑るように飛び、1人だけ脱出していく。

 5機ほどの小型ユニットを収容した、巣のような物体をつけたままで。




 ――機械化歩兵実験中隊の指揮通信車


「USキャンプで、フライトタイプのMAを奪われた!? ……しかし、こちらの位置では――」

『我々の管轄で、好き勝手をされたままでは、非常にマズいのだよ! 最悪、USFAユーエスエフエーから、「貴様らも共犯では?」と言われかねん。それに、このまま演習場の外へ出られたら、市街地に被害が出てしまう! これは、陸上防衛軍の存亡を賭けた、重要な戦いだ! 君の中隊を潰してでも、何とかしたまえ!! いいな?』


 ブツッと、無線が切られた。


 中隊長の五十嵐いがらし善仁よしひとは、ファルコンが奪われた事実を確認させつつも、指示を出す。


「ここから間に合う機体は……行けるか、小島こじま!?」

『ハッ! 今すぐに!!』


 小島がくが搭乗しているのは、RM22『ホッパー』の改修機。


 元々、最低限の装甲と、相手を倒せるだけの火力を持っての機動戦が、得意。

 西洋のプレートアーマーを着用した騎士で、スラリとした造形だ。


 大推力のブースターを有する、大型バックパックを背負っている。

 重量の増加に対応するため、両足のショックアブソーバーも強化。

 胴体、両足の膝などに追加装甲があり、試作のバックパックと併せて、オレンジ色に塗装済み。


 まだ実験機のため、RM22-HS『高機動型ホッパー』となっている。

 正式な型番は、なし。


 全体的にホワイト系のため、アニメに出てきそうなカラーリング。


 奇しくも、GX78『ファルコン』に対抗するための機体だ。

 まさに、因縁の対決。



 指揮通信車のシートに陣取っている五十嵐善仁は、頭のヘッドセットで、命じる。


「フライ1、2は、小島中尉のハウンドに、手持ちの弾薬と、予備のライフルを渡せ! エネルギーパックも、ありったけだ!!」

『『了解』』


「喜べ、小島! 今日は、戦闘に必要な行動を許可する!!」


 一瞬の沈黙の後で、岳の嬉しそうな声が響く。


『予備を含めて、全弾を撃ち尽くしても?』

「ああ、いいぞ! バズーカでも、ロケットランチャーでも、好きなだけ撃て!!」


『この実験機をぶっ壊すまで、動かしても?』

「乗っ取られたファルコンを撃破できれば、構わん! ……遠慮するな。今まで行えなかった戦闘スタイルも、この機会に試しておけ。演習場の外には破片1つ、飛ばすんじゃないぞ?」



 ◇ ◇ ◇



 フージンは、新型のMAを奪い、ご満悦だ。


「さて、問題は海上に出てから――」

 ビ――ッ!


 レーダーが、異常なスピードで接近してくる機影を捉えた。


 RM22-HS『高機動型ホッパー』と、表示される。


 外の映像で見れば、水切り石のように地面を飛び跳ねながら、巨大な騎士が接近してくる。



「ふん。日本の実験機か……。少しもったいないが……行けよ、ワスプ!」


 指示を出したら、収容されていた小型ユニット5機が、迎撃へ向かう。

 不要になったコンテナを切り離し。


 狩蜂カリバチの名を冠するだけあって、獰猛どうもうだ。

 同時に多方向から攻撃して、本体を支援する。


 今回は、自分が逃げるための捨て駒。

 ただの時間稼ぎに……。



「これで、俺は無事に――」


 :ワスプ1 大破

 :ワスプ2 大破

 :ワスプ3 大破


「嘘だろ、おいっ!?」


 接近警報が鳴り響き、慌ててターン。


 低空を飛びながら、後方へ振り向き、ライフルを構える。



 そこには、ミサイルのような速度で動きつつ、ライフルを連射してワスプを叩き落とす高機動型ホッパーの姿があった。


 減速せずに、自分のほうへ突き進んでいる。

 

 たった今、残りのワスプも、撃墜された。



「何なんだ、テメエは!」


 思わず絶叫したフージンは、ロックオンして撃つも、回避を予測しての追加まで避けられた。


 岳の高機動型ホッパーは、自分で発砲する時の衝撃まで利用して、動き続ける。



 交戦に集中したフージンは、射撃戦へ移行。


 距離を取りながら、激しく撃ち合う。


 当たらない。

 当たらない。


「FCS(火器管制システム)が、ついていかねえ! ぐっ!」


 :第二スラスターに被弾、出力50%減

 :飛行制御のため、全体のバランスを優先


 次々に被弾する機体に、フージンは恐慌状態に陥った。


 彼はベテランの戦争屋だが、MA同士の空中戦に不慣れ。

 戦っている高機動型ホッパーも、異常すぎる。


 フージンは、GX78『ファルコン』に、文句を言う。


「この、ポンコツがアァアアアッ!」



 ――機械化歩兵実験中隊の指揮通信車


「小島中尉のハウンドは、すでに彼の判断が先行しており、FCSが追従する形で戦闘中!」


「従来の制御プログラムで、この動きは、不可能です! これは……機体が小島中尉に応えているのか?」


「必要に応じて、各部位のリミッターが外されています! マニュアル操作で、こんな対応は……」


「ハウンドの機体消耗は、驚くほどに均等です!」


 リアルタイムでMAのデータを集めている指揮通信車では、もはや現代技術で説明がつかない報告であふれていた。


 中隊長の五十嵐善仁は、呆然としながら、オペレーターの報告を聞く。



「小島中尉のバイタルが、警戒エリア! おそらくは、トランス状態に入っています!」


 ここで、善仁が尋ねる。


「すぐに危険か?」


「いえ。戦闘が長引かない限りは……」



「GX78『ファルコン』が、上空へ加速! おそらくは、高高度まで上昇して、滑空での逃走か、上空からの攻撃を狙っています」




 ――GX78『ファルコン』


 パニックになったフージンは、残ったスラスターで、上空を目指す。


 二次元の機動では、奴に勝てない。

 だったら、三次元の機動へ持ち込み、離脱するのみ……。


 ガタガタと揺れる機内で、フージンはようやく安心する。


 見る見るうちに地上が離れていき、雲の上へ。


「ハ、ハハハ……。ここまで来れば、もう――」



 視界いっぱいに、高機動型ホッパーが見えた。



 瞬間移動のように現れたホッパーは、赤く染まっている。


 ジャキッと、MA用ライフルを構えた。



「だから、何なんだ、お前はァアアアアァッ!」



 フージンへの返答は、フルオートの弾幕だった。


 至近距離で、大量の弾丸を受けたファルコンは、たった数秒で戦闘不能に……。



 いっぽう、高機動型ホッパーは、残骸になったファルコンを抱き抱えつつ、落下していく。


 ぐんぐんと速くなるスピードに対して、ホッパーは、他の航空機とぶつかりにくい高度になった時点で、全力の逆噴射。


 やがて、演習場の中へと着陸する。


 中隊長の命令を守って、演習場の外に出さなかった。


 そこで、ホッパーは全ての力を使い果たし、あらゆる部位から煙や火花を出しつつ、崩れ落ちる。




「中のパイロットは、逃げたようです。最後の高高度で脱出したとしか……。見つけたら、生身でも撃ち殺したのに! 残念です」


 ケロッとした小島岳の報告に、中隊長の五十嵐善仁は、かろうじて答える。


「そ、そうか……。とにかく、ご苦労だった!」


 何というか、聞きたい事がありすぎて、言葉にならない。


 そして、USキャンプから訪れた大佐は、ものすごく悲しそうな顔で、敗北者のファルコンを見つめ続けていた。

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