第637話 偽りの英雄と星を見つけた男ー③

 南極で宇宙人を撃退した英雄、テックス・タウンゼント。

 大統領の感状と名誉勲章をもらったことで、名実ともに、USFAユーエスエフエーの星だ。


 テレビとネットは、それで持ち切り。

 

 全高4mのロボットとして、彼の愛機である、GX78『ファルコン』はもちろんのこと、US軍に配備されているMA(マニューバ・アーマー)の勇姿が次々に映し出される。


 当然ながら、君の応募を待っている! という宣伝も……。


 軍が一兵卒ごときの事情を考えることはなく、MAに乗りたい! と言っても、歩兵として地面に塹壕ざんごうを掘るのがオチだ。


 けれども、戦闘機のパイロットになりたい! よりは、現実的。


 予算の関係で限られているものの、所詮は地上を歩く兵器だ。

 基本操作を覚えるだけなら、ヴァレンティーナ・フェーバー・ローリン伍長のように、基礎カリキュラムを受講すればいい。


 遠くからでも目立つことで、そのサイズに応じた作業としての需要が大きいのだ。




 ――US陸軍の情報部


 国の英雄となった、テックス・タウンゼントを監視している部署。


 大統領が直々に認めたことで、軍の象徴となった彼に不祥事や、英雄に相応しくない末路は、手段を選ばずに排除することが必須。


 テックスを取り調べた男は、少佐の階級章を輝かせている。

 重役のような机に向かい、集まった報告書をチェック。


 そもそも、当時は少尉だったテックスに、少佐が担当するのは、異例中の異例。

 


「ふむ……。ローリン伍長は、タウンゼント中尉の恋人になったか……」


 少佐の発言に、重役机の前に立っている女が、答える。


「はい。ファルコンの操縦士としては論外ですが、以前よりもMAの腕が上がっています。……ローリン伍長の再調査は、自己申告の通り、処女の可能性が高いです。過去に付き合った異性、同性はおらず、思想の偏り、反社会的な行動も認められません。親族についても、同様です」


「それは、重畳ちょうじょう……。彼は、US陸軍のスターだ。その恋人、ゆくゆくは妻となる人物がビッ……性に奔放ほんぽうでは、保守派を敵に回すうえ、昔の恋人が記録した写真や音声、動画による脅迫もあり得る。いずれかの組織のバックアップを受け、興奮剤などで寝取ってくる可能性も……。そうだろう、中尉?」


 女は、首肯した。


「はい、少佐……。すでに、彼らの親族を含めて、監視中です」


「うむ。できるだけ、他に借りを作らず、我々で管理したいものだ……」



「少佐? 彼らについての目安は……」


「ああ! その話をしておこう。ローリン伍長は、必要があれば、する。タウンゼント中尉については、今から数年が目途だ……。ファルコンの正式採用は、もう時期を見計らっている。それまでに、軍事機密の流出などのスキャンダルは、極力さけたい」


 少し考えた女は、ゆっくりと話す。


「正式採用が本決まりになった後で、タウンゼント中尉は?」


「退役したければ、それで構わんし。もっと安全な部署で仕事をしたいのなら、実現させる。逆に言えば、今の時点で彼がヤクに溺れたり、銃で自分の頭を撃ち抜いたりするのは、非常にマズい。我々、US陸軍を否定することもだ」


 女は、自分の意見を言う。


「その意味では、ローリン伍長は十分に役立っていますね?」


「まったくだ……。タウンゼント中尉は、恋人だったエリカ、南極で知り合った小鳥遊たかなしのように、『可愛げがあって、自分が上に立てる女』を好むようだからな……。今はローリン伍長と、せいぜい仲良くしてもらう! 彼は、英雄だ。公私ともに、自分好みの女と過ごすぐらいの役得は、あってしかるべき」


 ここで、中尉は気になったことを喋る。


「少佐……。南極でファルコンに乗っていた、ですが……」


「そうだな。しかし、我々の軍事衛星すら、満足に機能していなかった……。スクラップだった機体からデータを回収できたとは、思えない。現時点では、放置して構わん。……こちらも、数年で解決する。それまでにタウンゼント中尉を脅かす人物や情報が出なければ、後から何を言っても、説得力がない。事実がどうであれ、『世間がどちらを信じるか?』で決まる話だ」


 言い終わった少佐は、デスクの上から、1枚の書類を取り上げた。


 そこに記されている名前と経歴を見た後で、フッと笑う。


「小鳥遊に同行した、陸上防衛軍の小島こじま少尉か……。確かに、MA乗りではあるが……。そちらは、気にするな! 今は、タウンゼント中尉のご機嫌を取ることが、重要だ」


「ハッ!」



 ◇ ◇ ◇



 法廷と似ているが、雰囲気が全く違う空間。

 よく見れば、この場は軍人だけで、構成されている。


 その中央には、南極で小島がくと会っていた、姉小路あねこうじがいる。


 高い席に座っているのは、四幕よんばくのお歴々。

 日本の防衛軍の中でも、最高ランクの軍事法廷だ。


 一際目立つ場所で立つ軍人が、問いかける。


『では、君は小島少尉と、南極のビーム砲がある場所で合流。その際には、かど軍曹もいた……。間違いないか、姉小路伍長?』


『はい。間違いありません』



『小島少尉が乗っていたMAは、どの機種だった?』


『不明です。自分はMAを知らず、極夜による暗闇であまり視認できない状況。その際には、周囲に気を配っておりました。どこから敵が襲ってきても、不思議がない場所です』



『小島少尉がMAに乗って、ビーム砲を操作したのか?』


『少なくとも、自分はそう聞きました。すぐに門軍曹と離脱したことで、事実の確認はできず』




 ――1週間後


 陸上防衛軍の富士教導学校では、今後の連携として、機械化歩兵実験中隊に2人の魔法師マギクスがやってきた。


 南極で最後に小島岳と会っていた、魔法技術特務隊。

 つまり、門麻弥まやと、姉小路だ。


 今後も、南極遠征のような事態があり得るため、装甲と火力があるMAを活かすための目となってもらう。


 異能者のスナイパーと観測手のメリットを活かした、的確な砲撃や、制圧。



 お互いの自己紹介が終わり、広大な演習場へ出向く。


 久々にMAを外で動かせるため、実験中隊は張り切っている。

 ゲストの2人に、良いところを見せたい。という思惑も……。



 約4mの巨体が次々に立ち上がり、現場の指揮通信車からの命令で、動き出す。




 一通りの訓練をした面々は、機密保持のために、専用のトレーラーの上からほろをかけた。


 重量物によってきしむトレーラーは、タイヤの跡を残しながら、出発する。




 やがて、最寄りの駐屯地へ辿り着く。


 廠舎しょうしゃエリアが存在しているため、このような場合に利用できる。


 機械化歩兵実験中隊は、南極で活躍した英雄だ。

 この駐屯地にいる隊員に歓迎されつつ、トレーラーを停車。


 同じ陸防の敷地だが、機密保持のために、廠舎の一帯は隔離されている。

 今はネットがあるため、思わぬところから情報漏えい、という危険も。


 また、意外に民間人も多く働いているため、余計なトラブルを避けるに越したことはない。



 中隊長である、五十嵐いがらし善仁よしひと


 彼は、中佐の階級章をつけたまま、整列した部下に説明する。


「いいか? 俺たちは今、かなり注目されている身の上だ。したがって、同じ陸防の仲間にも、迂闊なことは言えん……。たとえ冗談で言おうとも、外のマスコミや、防衛軍に批判的な団体に持ち込まれたら、格好の餌食えじきだ! 軽蔑されるような言動をすれば、理由が何であろうとも、反動で我々への風当たりも強くなるぞ? 今日は、この駐屯地のお世話になるが、例外的にVIP扱いだ。これから参加するパーティーでも、南極の遠征中の話はできるだけ誤魔化すように!」



 修学旅行の先生のような、中隊長。


 彼の気が休まる時は、いつだろうか……。



 解散したことで、VIP用の建物へ向かう面々。


 身内だけのパーティーだが、地元の政治家、近くにいるUSキャンプの基地司令官もやってくる。


 陸海空の幕僚、MAメーカーの担当者と、ここだけで1つの政治の舞台だ。




 ――パーティー後


 儀礼服による対応で、ヘトヘトになった実験中隊。


 VIP用の宿泊施設のため、他人の目を気にしないで済む。

 エントランスに入ったら、全員が立ち止まり、マラソン大会が終わった後のような光景に。


「つ、疲れた……」

「俺は、もう寝るわ……。お休み」

「おつー」


「中隊長は?」

「ほぼオールで、お偉いさんのご機嫌伺い!」

「マジかー」

「こういう時に関係を作っておかないと、困るからねえ……」



 魔特隊の2人も、疲れた表情だ。


「お疲れ様です。私たちは、先に休みますので……」

「失礼します」


 門麻弥と姉小路は、バラバラに返事をする面々を通りすぎ、自分たちの部屋へ向かう。


「ここ、温泉があるんだって! あとで、一緒に入らない?」

「分かった……。楽しみ」



 ――同時刻 駐屯地の正門


 ゲート前で停まった車の後部座席で、1人の男がIDを見せていた。

 

 相手を確認した瞬間に、敬礼する警備兵。


「お、お疲れ様です!」


「ああ……。すまないが、実験中隊に割り当てられた兵舎を教えてくれ」


 緊張した様子の警備兵は、質問した男に答える。


 男は礼を言った後で、運転席に声をかけた。




 警備している兵士に誰何すいかされた後で、ようやく、VIP用の宿泊施設の中へ。


「ふうっ……。誰もいないのか?」


 話したい気分の男は、気落ちした。



 その時、小柄でグレーがかった黒髪のショートヘアの人物が、目に入った。

 姉小路だ。


 スキップしそうな雰囲気で、どこかへ向かっていく。



 男は、声をかけようとしたが、その機を逸する。

 追いかけたら、姉小路は浴場の手前で、セッティング中だった。


 するりと中へ入っていき、再び声をかけそびれる。



 その前に立って、表示を見たら、“魔法技術特務隊が使用中!” とある。


 パネルの説明によれば、温泉らしい。




 ――室内の天然温泉


 姉小路は、脱衣所で手早く脱ぎ、両手を後ろに回して、パチッと外した。


 片足ずつ上げて、シュルシュルと脱いだ後で、ポンッと入れる。

 いちいち畳むのは、面倒。


 ロッカーを施錠して、その鍵を手首につけた後で、完全防水にしたカードキーはお風呂セットと一緒に持つ。



 カラカラと開ければ、室内だが、複数の内湯がある。

 本格的なサウナも。


「おお!」


 目を輝かせた姉小路は、身体を洗った後で、サウナに挑戦。



 軽めで上がった姉小路は、すぐに水風呂へ。


 一気に、体が冷やされる。

 

「んひゃ~!」


 他人には聞かせられない声を出しつつ、疲労やストレスが抜けていくことを実感した。



 カラカラと、脱衣所から誰かが入ってくる音。


 普通に入っていた姉小路は、ザバーッと上がる。


「麻弥! ここの温泉、すごい! サウナバトルしよう!! 負けた……ら……」


 

 予想していなかった人物がいたことで、姉小路は立ち止まった。


 そのまま、ポカーンとする。


 相手も驚いたようで、同じく言葉を失っている。

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