第636話 偽りの英雄と星を見つけた男ー②
部外者が入れない敷地内の一室で、面接が行われていた。
学校を思わせる、実用性だけを考えた内装と、オフィス家具。
いかにも偉そうな軍服を身に着けた男が、長机に沿って、横並び。
その反対側には、1人用の椅子。
屋外に面した方角から、窓ガラスを通して、光が差し込んでいる。
「では、君の所属、氏名を……」
面接官の1人が、発言を
すると、椅子の横で立っている、兵士の恰好をした少女が答える。
「ハッ! US陸軍、
自己紹介の後で、敬礼。
軍人にしては、柔らかい雰囲気。
明るい茶色のロングは、どこか女子高生を思わせる。
ヴァレンティーナ・フェーバー・ローリン伍長は、
「うむ。着席したまえ……」
「ハッ!」
ちんまりと座ったヴァレンティーナは、相手の質問を待つ。
長机で書類を眺めていた1人が、顔を上げる。
「君は……需品科で、補給や食糧を担当していた。一時的な応援でMA(マニューバ・アーマー)の移動や、動作チェック、搭乗した状態での作業を行ったことで、適性を認められた。本人の志願もあって、MAパイロットの基礎カリキュラムを修了。それに伴い、伍長へ昇進か。……操縦の訓練時間は?」
「RGX4『オプレッサー』の訓練機による、約60時間です!」
全高4mのロボット。
正確には、中へ乗り込んで、自分の動きをトレースさせる、大型のパワードスーツだ。
二本足で立ち、同じく二本の腕と、各所につけた武装によって、敵と戦う。
巨大ロボットにしては小さく感じるが、実際にはコレが限界だ。
これ以上のサイズにしても、全く意味はない。
戦闘機に比べれば、地に足がついている分だけ、簡単。
しかしながら、敵に見つかりやすく、それを帳消しにするだけの機動力と、立ち回りをする。
今回は、GX78『ファルコン』のテストパイロットを募るために、この面接が設けられた。
南極で大活躍した試作機とあって、US陸軍の中で競争倍率が高い。
呆れたように、1人が言う。
「君……。ここは、テストパイロットの募集だよ? それも、飛行型のだ……。民間の航空免許もないのでは……」
他の面接官も、次々に否定していく。
「操縦技術を活かすだけなら、需品科でも構わんだろう?」
「意気込みは、買うがな……」
「他にいくらでも、候補者がいる状況では……」
5分後に、意気消沈したヴァレンティーナが、トボトボと、歩いていた。
どう考えても、通りそうにない。
これでは、ただ
「待ちたまえ……。君は、ローリン伍長で間違いないか?」
急に呼び止められ、ヴァレンティーナは振り向いた。
そこには、情報部と分かる制服を着た人物が、2人いる。
少佐の階級章をつけた男は、静かに尋ねる。
「ローリン伍長。すまないが、君に……ああ、ご苦労。先ほどの面接に関して、追加の質問があるんだ。良ければ、少し時間をくれ」
慌てて敬礼したヴァレンティーナは、答礼された後にも固まったままで、答える。
「えっと……。は、はいっ! 何でしょうか?」
「では、中尉! あとは、頼む……」
近くの空き部屋に移動した、女2人。
そこで、中尉と呼ばれた女が、ヴァレンティーナに尋ねる。
「あなた、処女かしら?」
いきなりの質問に、奢られたコーヒーを飲んでいたヴァレンティーナが、むせた。
「ゴホゴホッ……。い、いきなり、何ですか!?」
「この質問には、拒否権を認めるわ! 尋問ではないから、拒否しても査定や処罰の対象になりません」
ヴァレンティーナは、両手で持つ紙コップを意識しつつ、女に聞く。
「さっきの面接と、何の関係が?」
笑顔の中尉は、すぐに応じる。
「関係はある。それ以上は、答えられない……」
コーヒーを飲んだヴァレンティーナは、ふうっと溜息を吐いた。
「処女です。彼氏も、いません!」
「婚約者、または、それを検討するだけの異性……同性を含めて、そういう関係は?」
ヴァレンティーナは、残ったコーヒーを飲み干した後で、答える。
「いません! これで、満足ですか!?」
笑顔のままの中尉は、ゆっくりと頷いた。
「ええ。……今の情報は、言いふらさないから、安心なさい」
――1週間後
GX78『ファルコン』の試験評価をしている基地に、新しく配属された隊員の姿があった。
映画館を思わせる椅子が並ぶ、ブリーフィングルームには、配属された新人の経歴に一喜一憂する面々がいる。
そして、まだ若い女の番に……。
「ヴァレンティーナ・フェーバー・ローリン伍長です! 需品科の出身ではありますが、MAの基礎課程を修了しました。よろしくお願いいたします!」
それを聞いた古参は、俺の隊には来るな、と念じ始めた。
ド素人の世話を任されたら、自分の訓練どころではないからだ。
前に立つ中隊長が、いよいよ配属先を告げる。
「タウンゼント中尉! お前が、面倒を見てやれ」
いきなり指名された、テックス・タウンゼントは、仰天した。
「ちょっ……。ちょっと、待ってください! 俺は、教官の資格がありませんし、どうして1名だけで!?」
気まずそうな中隊長が、説明する。
「今のお前には、あまり無茶をさせられない……。南極で活躍した英雄と見なされ、大統領の感状と名誉勲章を授与されたろ? 休養を兼ねて、しばらくは軽い任務をしてくれ。上からの命令だ。……落ち着け。そのうち、編成し直すから」
「ですが!」
納得できないテックスは、思わず立ち上がった。
そこで、
「ローリン伍長! 君は、歓迎されないようだ。荷物をまとめて、原隊に復帰したまえ!!」
ビクッと震えたヴァレンティーナは、落ち込んだ声音で応じる。
「は……はい。分かり……ました」
泣きながら、ブリーフィングルームを出て行こうとする姿を見て、誰もがテックスのほうを向く。
本人も、すぐに抗弁する。
「少佐! 俺は別に、彼女を追い出せとは――」
「タウンゼント中尉。ならば、君がローリン伍長を指導してくれ……。言い忘れていたが、これはファルコンの訓練プログラムのためでもある。正直なところ、彼女のMA操縦の技術は、まだまだ発展途上。それだけに、『新人の育成』で、このデータはとても重要だ」
熟練者と新人を組ませるのは、さほど珍しい形ではない。
とりあえず納得したテックスは、ヴァレンティーナを受け入れた。
――1ヶ月後
「あの、タウンゼント中尉! ここが、分からなくて……」
「お疲れ様です! 低空からの一撃離脱の練習で……」
他の女隊員に相談したヴァレンティーナは、ふーっと息を吐いた。
「私……嫌われているのでしょうか? そのわりには、MAの訓練もしっかり見てくれるし……。ぜんぜん、分かりません」
苦笑した女は、質問に答える。
「今のタウンゼントは、感傷的になっているだけ……。南極でファルコンを飛ばした時に、あいつの恋人だったエリカが戦死したのよ。それも、あいつの目の前で……」
息を呑んだヴァレンティーナは、女の説明を聴く。
その日のテックスは、いつにも増して、おかしかった。
ずっと事務的に対応されてきたことで、ヴァレンティーナは怒る。
「いい加減にしてください! あなたの気持ちは分かりますが、それでコミュニケーションが取れない私の身にもなってくださいよ!? ……南極で一緒だった
USFAにも、小鳥遊
南極で生死を共にしたうえで、いきなりの
その無力感に支配されているテックスは、思わず
「女を前線に出すんじゃねーよ……」
初めての会話で、いきなり罵倒されたヴァレンティーナは、すぐに反論する。
「そんな言い方! 小鳥遊さんは民間人の救助で、志願したのでしょう? それに、オーストラリアでも――」
胸元をつかまれたヴァレンティーナは、後ろの壁に押し付けられる。
ダンッという音で、背中に痛みを感じた。
思わず抵抗しながら、相手の顔を見る。
テックスは、感情的に叫ぶ。
「お前に、何が分かる! 安全な場所で、MAごっこをしているだけの……」
そこまで言った彼は、つかんでいた手を離した。
後ろの壁にもたれながら、ゴホゴホと
後ずさりをする、テックス。
彼は、泣きそうな顔で、謝罪する。
「違う……。俺は、お前を助けようと……。エリカ、どうして……」
苦しんでいるヴァレンティーナの表情で、彼女が正体不明の球体に
その場で
「大丈夫……。大丈夫ですから……」
――数日後
デートに向いている施設が多い、市街地。
その一角で、ヴァレンティーナは、買ったばかりの服に身を包んでいる。
とある方向を見たままで、文句を言う。
「遅いですよ? 今日は、何か奢ってくださいね?」
息を切らしているテックスは、かろうじて答える。
「これでも、急いで来たんだがな? ……分かった。とりあえず、移動しよう」
カフェに入って、今後の予定を話し合う。
「タウンゼントさんと、会話をしたいです。今まで……全く、話していませんでしたし」
ヴァレンティーナの発言で、向き合っているテックスが謝る。
「すまなかった……。お前は、俺にどうして欲しい?」
紅茶を飲んだヴァレンティーナは、頭を下げた。
「最初に、謝罪します……。あなたが、そこまで苦しんでいることを知らず、無神経な発言をして、申し訳ありません……」
「それは、もういい……。お前の希望を言ってくれ」
ヴァレンティーナは、テックスの顔を見た。
「私は……あなたに立ち直って欲しいです。だけど、それは私が言って良いことでは……。せめて、今の訓練を一通り終えるまで、私に付き合ってくれませんか? 操縦が下手な私でも、ファルコンに乗れるぐらい上達すれば、きっと正式採用されます」
言い終わった後に、恐る恐る、反応を
すると、テックスは息を吐いた後で、あっさりと同意する。
「ああ……。どっちみち、お前の面倒を見ることが任務……どうした?」
クスリと笑ったヴァレンティーナは、その理由を告げる。
「あなたの笑顔を初めて見ました……。これから、よろしくお願いしますね?」
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