第635話 偽りの英雄と星を見つけた男ー①

 ――南極で、マザーシップが発進し始めた頃


 脱出した咲良さくらマルグリットは、リストバンドと同じ形状の白いスマートウォッチ、個人の識別にも使われるバレを使い、大型のエアバイク――空の魔法師マギクスが使っている――を呼び寄せた。


 救出したエミリー・ジェーン・スコッチェンを後ろに乗せて、極夜に浮かぶ。



 眼下には、崩壊していく山脈。

 そのいただきに立つ、ラルフ・フォン・マイアーの姿……。


 彼は、マルグリットとの戦いで深手を負ったまま、カラフルな防寒着に身を包み、登山道具を持っている。


 

 ラルフは、古い写真を取り出し、掲げている。


「イレーヌ! ここが山頂だ!! なあ! 俺は、ここに辿り着いたら、お前に言いたい事があったんだよ!」


 もはや、この世にいない、イレーヌ・ド・ジュレ。


 地上で最も高い場所に立ったまま、かつての恋人にプロポーズするラルフ。



 彼は、笑いながら、泣いていた。


 そして、崩壊する山脈の中へ消えていく……。



「彼は最後まで、私を見ていなかった」


 マルグリットの後ろに抱き着くように乗っている、エミリー。


 彼女も泣きながら、マルグリットに言う。


「私を抱いている時にも、別の誰かを見ていた……。それでも、私は……」



 前の操縦席に座っているマルグリットは、エミリーに尋ねる。


「ねえ……。あなたは、どうしたいの?」



 しばらく考えていたエミリーは、口を開く。


「私は……」




 ――上陸作戦『スターゲイザー』の終了後


 カナダのバンクーバーで、市街地を歩く女子高生たち。

 制服を着ているが、身体はもう大人だ。


 街頭の大型テレビを見て、それを話題にする。


「南極に、宇宙人かー。まあ、いても、おかしくないけどさ?」


「本当かなあ? 映画の撮影じゃないの?」

「エミリーとクロエは、運が良かったね……。もし、乗っていたら……」


 黒髪の女子が、エミリー・ジェーン・スコッチェンに謝る。


「ごめんなさい。私が誘ったばかりに……」


 短めに切り揃えているショートヘアで、オレンジっぽい茶髪のエミリーは、青い瞳を輝かせて、友人に告げる。


「ううん! 私も、行きたかったから……。チケットが取れなくて、助かったよ。クロエも無事で、本当に良かった」



 歩きながらの会話。

 しかし、エミリーは立ち止まり、すれ違う女子2人をジッと見つめる。


 1人は、金髪碧眼へきがん

 外国人にしては幼い顔立ちだが、目を見張るほどの美少女。

 爆乳と言えるほどの、大きな物体を持つ。


 もう1人は、夜を具現化したような黒髪を腰まで伸ばし、紺青こんじょう色の瞳。

 身長は低めだが、神秘的な雰囲気。



 視線を感じたのか、その2人も、見つめ返した。



 その光景を見た友人が、すぐに茶化す。


「なーに? 一目惚れ? そういう趣味だったんだー?」

「オッパイが、大きかったものね?」

「それとも、ロリがいいの?」


「ちがっ! もうっ!」


 じゃれ合う女子高生に対して、注目された女子2人は、振り返らずに立ち去った。




 カフェに入った咲良マルグリットは、エミリーが自分を覚えていないことを知って、溜息を吐いた。


 反対側に座っている室矢むろやカレナに、話しかける。


「これで、良かったのよね?」


 首肯したカレナは、説明する。


「これしか、なかろう? エミリー達は、南極で観光飛行をする旅客機に……」


「そうね……」


 息を吐いたマルグリットは、自分のコーヒーを飲んでから、一緒に注文したアボカドのトーストを食べる。


 窓際の席で、外が丸見えのガラスを通して、歩道を行き来する人々を眺めた。



 カレナは、スイーツに仕上げたパンケーキを食べつつ、エスプレッソを飲む。


「エミリーを帰しても、死ぬまで好奇の目にさらされて、一連の犠牲者には逆恨みじゃ! それなら、一思いにトドメを刺すか、記憶を奪い、別の場所で生活させたほうが、マシだ」


「ええ……」


 

 あの時、エミリーは、もう全部を忘れたい、と願った。


 マルグリットが相談した結果、カレナは改変を行ったのだ。


 すでに決定した事象を弄って、エミリーとその友人が、観光飛行のチケットを取れなかったことに……。



 気になったマルグリットは、カレナに尋ねる。


「あの2人が欠席した分は……どうなったの?」


 笑顔のカレナは、あっさりと答える。


「さあ? 人気があったから、別の人間が買ったのかもしれんし、空席のままで運行したのかもな? 他の者が犠牲になったにせよ、それは結果論じゃ! 行きたかった観光飛行のチケットを予約できたのだから、文句を言われる筋合いはない」


 それは、そうだけど……。


 内心で突っ込んだマルグリットは、一緒に頼んだアイスを口に入れた。



「なあ、マルグリット? 女子2人が生きようが死のうが、大局には影響がないのじゃ……。その証拠に、何の揺り戻しもない」


 誰が犠牲になっても、同じこと。


 代わりに、誰が死ぬか、悲惨な目に遭ったのか……。



 外の賑やかな様子を眺めたカレナは、テーブルに肩肘をつき、手の平にあごを載せたままで、言い放つ。


「どちらでも同じなら、私は眷属けんぞくたる、お主を優先するのじゃ! 気に病まぬほうを選ぶだけ……。観光飛行を中止させるのは、さすがに根本からひっくり返るしな? そこまでする気はない」



 カフェから出た2人は、さっそくナンパされたが、その場でいきなり消え失せる。


 エミリーの無事を確認した以上、ここに用はない。



 ◇ ◇ ◇



 USFAユーエスエフエーの基地。

 取調室のような、薄暗い部屋で、2人の男が向き合っている。


 殺風景な空間だ。

 中央のデスクにある卓上ライトが、彼らを照らす。



 陸軍の情報部に所属する少佐は、ゆっくりとうなずいた。


「事情は、よく分かった……。確かに……上官へ発砲したことは、銃殺か、軍事刑務所で終身刑に値する。軍の秩序を乱し、根底からくつがえすからな?」


 座っている少佐は、威圧しない雰囲気で、尋問中の相手に話しかける。


「それでも、あの時は異常な状態で、現場は混乱していた。さらに、君の上官は、『自分を置いて、任務に戻れ』と命じたのだろう?」



 ――タウンゼント少尉?



 テックス・タウンゼントは、尋問している少佐に対して、頷いた。


「ああ……。酷いものだった……。だが、俺は!」


 興奮したテックスに、立ち上がった少佐はゆっくりと回り込み、肩に手を置く。


「落ち着きたまえ、少尉……。君に、伝えておこう。あの時の小隊長は、まだ生きているぞ?」


「え?」


 情報部の少佐は、諭すように、説明する。


「彼は、擱座かくざしたポイントで救助されたんだ……。今は、諸々の検査が終わって、入院中。命に別状はないから、安心したまえ」


 脱力したテックスに、少佐が提案する。


「どうだろう? 一度、彼に会っては? 監視はつけるものの、君も落ち着けると思うが?」




 ――USの陸軍病院


 警備はいるものの、一般の病院とほぼ同じ。


 松葉杖を脇に置いた男は、中庭のベンチに座ったままで、話しかける。


「お前は無事のようで、安心したよ……」


「すみません、隊長……」


 隣に座ったテックス・タウンゼントは、青空の下で、自分が殺しかけた上官を見る。


 見つめられた彼は、フッと笑った。


「お前が飛び去った後でな? 『もうダメだ』と覚悟したものの、いきなり地面が青白く光り始めた。その後にクソッタレな球体どもは、いきなり同士討ちを始めたんだよ。そのおかげで、俺は生き延びられた……」


 小鳥遊たかなし奈都子なつこは南極で、自分の御神刀である、山城やましろほたるを完全解放した。


 その結果、もうすぐ殺される予定だった小隊長も、生還することに……。



「……そう、ですか」


 南極で奈都子と一緒にいたテックスは、全てを理解した。


 彼女が、自分の上官も救ってくれたのだ……。


 いずれ、彼女が表向きに死んだことも、ニュースなどで知るだろう。

 だが、今は重要にあらず。



「ところで、隊長は、これから――」

「ああ、そのことだが! 俺はもう、MA(マニューバ・アーマー)から降りるよ。トリガーを引けない奴が、パイロットを続けるわけにはいかない」


 自分のせいで……。


 そう思ったテックスに、小隊長がなぐさめる。


「お前のせいじゃない……。それより、すまなかったな……。エリカを殺しちまって……」


「いえ……」


 まだ心の整理がついていないテックスに、小隊長はゆっくりと息を吐いた。


「俺は、後方勤務になるそうだ。今から事務仕事を覚えるのかと思うと、少し憂鬱だが……」


 テックスは、自嘲した小隊長に笑い返した。


 すると、小隊長は真面目な顔に。


「なあ……。これは、別に強制じゃないんだが……。GX78『ファルコン』を完成させてくれないか? あの機体は、まだ試作にすぎない。南極で戦死した連中のためにも、正式採用までは……」


 風が吹いた。


 テックスは、すぐに返事をできず。


 それを見た小隊長は、話を続ける。


「すまん。お前を困らせるつもりは、なかったんだ。忘れてくれ……。今日はお前の顔を見られて、嬉しかったぜ」


 松葉杖を手にとった小隊長は、ゆっくりとベンチから歩き去った。




 ――USFAの基地


 再び、取調室で向き合った2人。


 以前に会った少佐は、状況を整理する。


「GX78『ファルコン』のテストパイロットを続けたい……。それで、いいのだね?」


「はい」


 テックス・タウンゼントの返答で、少佐は情報部らしい表情に。


 機密に属する資料を出して、読むように勧めた。


「タウンゼント少尉! 君には、南極で宇宙人を撃滅した英雄になってもらう……。具体的には、『君がファルコンに乗って、奴らの兵器や宇宙船を多く破壊した』となる。すでに大統領の承認がおりているため、君が乗ってくれない場合は、少々困っただろう。……何だね?」


「この資料によれば、俺たち以外に、誰かが乗っていたんですよね? それは、いったい」


 首肯した少佐は、デスクの上で手の平を重ねた。


「それは言えない……。と格好をつけたいが、実は不明だ。ミスターXは我が軍の新型を乗っ取り、八面六臂はちめんろっぴの活躍をした。大型の宇宙船3つ、中型5つ、戦闘機4つ……。恐ろしいほどの戦果だ。そのうえ、宇宙人が設置した対空迎撃のビーム砲で、マザーシップのシールドをぶち抜いた。まさに、人類を救った英雄だよ!」


 悄然しょうぜんとしたテックスは、独白する。


「俺は……そいつの功績を横取りするのか」


「不服かね?」


 探るような少佐の質問に、テックスは首を横に振った。


「俺は、ファルコンを完成させたい! そのためなら、作られた英雄になることも、いとわない!」


 頷いた少佐は、笑顔で告げる。


「その意気だ。……君の国家への献身には、きちんと報いよう。ファルコンの戦闘力は、非公式に認められた。私は、君にミスターXを超えるだけの実力があると思っている。こちらも、できるだけの支援をしよう。頑張ってくれ!」


「ありがとうございます、少佐殿。……そういえば、奪われたファルコンの実戦データは?」


 困った顔になった少佐は、すぐに返事をする。


「それなのだが……。ビーム砲があった場所で、原型をとどめないほどに溶けた機体だけ回収した。残念ながら、データは何も……。ハードが破壊されていたからな」

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