第632話 モブにはモブの人生があるー④

 WUMレジデンス平河ひらかわ1番館の地下にある、通信室。


 モニター画面の柳井やないつかさは、室矢むろや重遠しげとおに説明した。


『――というわけだ。平たく言えば、「御手洗みたらいまもるをクビにしたいけど、まだ足りないから、四大流派のほうで、ネタを作ってくれない?」という話』


 呆れた様子の重遠は、プリントアウトした書類に、目を落とす。


「その御手洗に、『君、もう辞めてくれないか?』と言えば、済むような……」


 溜息を吐いた司は、両手で顔を覆った。


『それができれば、苦労しないんだよ! 中央にいるキャリアで前例を作ると、マズくて……。本人の意志か、かばいきれない失態で、引導を渡す必要があるんだわ』


「面倒臭いですね。どこかへ、飛ばせば? もう辞めた大渡大治おおとだいじって人には、そのつもりだったようですし」


『ごもっともな意見だが……。それをやるには、御手洗の階級が高すぎる。港区の「東京エメンダーリ・タワー」の事件を解決した実績があるし……。いや、お前を責めているわけじゃないぞ? 気を悪くしたのなら、謝る』


「いえ、大丈夫です」


『お前が指摘したように、地方で新しい機関を作った後で飛ばし、そのまま放置ってのも、1つの解決策ではある。ところが、あいつは――県警で取り返しのつかない被害を出したうえに、大会連覇の八段を激怒させたまま。下手に外へ出したら、マジで闇討ちされる……。そうなったら、本庁と警視庁が犯人探しで本気を出すから、警察の体制が崩壊するほど、ヤバい! 中央に留めたまま、ひたすらに退職勧告をするのが精一杯』


「大会連覇の八段は、そんなに影響力があるので?」


『剣道の大会は、一般も参加する全日本と、警官だけの2つがある。どちらにしても、優勝は至難の業だ。それが連覇となったら、もはや伝説……。その上に、八段だからなあ……。指導した時に受け取る謝礼だけで、飯を食えると思う。尊敬している人間が多く、弟子や関係者を含めれば、「日本中に顔が利く」と言っても、過言ではない。例えるのなら、異世界へ召喚されて、ハードモードの2周目までクリアした感じだ』


「よく分かりました……。この特別人材活用準備室は、最初から、そのつもりで?」


『いや、「桜技おうぎ流が離れることでの穴埋め」と考えていた。御手洗が、筆頭巫女の天沢あまさわ咲莉菜さりなと面識があったから、だろう……。しかし、今回の大騒ぎで、奴を退職させるためのおりに変わった』



 座っている椅子にもたれた重遠は、議事録を見た。


「ところで……。御手洗護の報告と、警視総監の返答ですけど。これ、本気ですか? 四大流派を敵に回すつもりで?」


 モニター画面の柳井司は、笑った。


『あのな、室矢? 警察にそれができるのなら、とっくにやっているだろうよ! あいさつ運動と同じ……。御手洗をあおって、早くドジを踏むように、誘導しているだけさ! あいつも理解しているから、ただの茶番だ』


 溜息を吐いた重遠は、司に問いかける。


「わざわざ連絡していただいて、ありがとうございます。俺は、どうすれば?」


『警察庁の中村なかむら次長から、「御手洗を追い込むから、邪魔しないで欲しい」という伝言を受け取っている。俺も、あいつを助ける気はない』


 視線を感じた重遠は、うなずいた。


「了解しました。俺には、全く関係ない話ですし……」


『助かる。それから、天沢についてだが……。他の県警に顔を出して、キャリアを退職させたとか、強引に動いているらしい。中村次長は、「演舞巫女えんぶみこに偏見がある警官も多いから、今後は控えたほうがいいよ? 御手洗ごときに足をすくわれそうで、見ていられない」と言っていた』


 判断しかねた重遠は、率直に尋ねる。


「それは、どういう意味ですか?」


『純粋に、心配している。だから、俺のところまで来て、その議事録も渡してくれた』


 重遠は、モニターの司を見たままで、尋ねる。


「俺の口から、咲莉菜に言ってくれと?」


『悪い。俺から話すのが筋だが、遠回りで動く必要があってな? しばらく連絡しないのなら、こちらで伝えておく』


 

 資料を置いた重遠は、答える。


「分かりました。咲莉菜に、あまり強引に動かないよう、言っておきますよ。それにしても、柳井さんの職場は、なかなか大変そうですね?」


 疲れた表情の司は、ボソッと言う。


『そんなこと、ないぞ? 常に盗聴されている前提で話して、失言1つで終わる可能性があって、足の引っ張り合いが日常茶飯事で、部下がやらかしても終わるぐらいだ。政治家の先生に振り回されることも、多いなあ……』



 ◇ ◇ ◇



 制服を着た女子高生が、集まっている。

 桜技流の演舞巫女だ。


 物語の主役になれないモブ達は、切実な問題に悩んでいる。


「あの話、もう知っている?」

「うん。酷いよね……」

「校長先生は、『同じ話があっても、今後は助けません』と言っていたし……」


 引退した安曇野あずみの和稟かりんが、警察のキャリアに詰められて、家庭崩壊した一件だ。


「でも、咲莉菜さまが、助けてくれたんでしょ?」

「バカ! 筆頭巫女のお手をわずらわせたら、ご本人は良くても、その下の幹部たちが黙っていないよ!」

「咲莉菜さまは、日本の観測基地の慰霊祭に出たら、すぐにウチの禁足地へ出向き、修行に入るんだって! 次に同じことがあっても、見捨てられるだけ」



 相手は、国家権力だ。

 いっぽう、桜技流の中でも末端にすぎない、自分たち。


 まして、引退した後では……。



 考え込んだ、女子のグループ。


 そのうちの1人が、指摘する。


「やっぱり、危険だったのかな? 咲莉菜さまが、身を隠さなければいけないほど……」


 残りのメンバーが、口々に言う。


「うん。あっちのキャリアが、辞めたようだし……」

「向こうの視点では、怒って当たり前か」


「あ、あのさ! こ、今度の、――県警との合コンだけど……」


 女子の1人が、泣きそうな顔で、自分のスマホを指差す。


 どうやら、警察官との出会いの場があるようだ。



良子りょうこ、ちょっと貸して? ……すぐに返事しないほうが、いいね」


 表示されたメッセージを見た女子は、周りに確認する。


「あー、うん」

「先生に、相談しようか?」

「だね! 勝手に動いたことで、自己責任にされたくない」


 スマホを返した女子は、持ち主に告げる。


「学校の都合で、改めて連絡しますと、返信して! すぐに、職員室へ行こう」



 彼女たちは、ゾロゾロと歩きながら、話す。


「私たちでも会える、手頃な相手だったのになあ……」

「仕方ない! 第二の安曇野になったら、自殺モノでしょ?」

「だよねえ……」




 別の場所でも、変化が起きていた。


「考え直してくれ! 今まで、一緒にやってきたのに……。子供は、どうするんだ!?」


 夫のほうを見た女は、答える。


「子供たちには、また会いに来ます……。安曇野あずみのさんの一件で、少し気持ちを整理させてください。あなたは信頼しているものの、同じような事態に陥った場合を考えると……」




「ごめん。さすがに、コレはないよ……。もう、連絡しないで」


 大学生ぐらいの美女が、ファミレスの一角で、恋人に別れを告げた。


 呆然とする彼氏を置き去りにして、自分の席を立つ。


 安曇野家の一件を知らず、考える暇もなく。

 知っていても、他の県警のことだ、と言い返すのが、関の山だったろう。




「はい……。はい、分かりました……。いえ、ありがとうございました」


 お見合いの相手が演舞巫女で、乗り気だったが、断られた。


 スマホの画面を押した後で、ベッドに身を投げ出す。


「安曇野と同じ状況で、キャリアを敵に回せるのか? と言われてもなあ……」



 各県警のつながりは薄くても、桜技流は全国規模だ。

 自分の家庭が踏みにじられたケースを知り、下っ端ですら、真剣に考え始めた。


 警察から離脱すれば、関係者と結婚した自分だけ、梯子はしごを外されてしまう……。




 とある学校では――



「では、当校から一般向けに移ると?」


「はい。その……。もう、ついていけなくて」


 言い終わった保護者が顔を上げたら、校長はあっさりと応じる。


「構いませんよ? どうぞ、ご自由に……」


 縮こまっていた女子は、ホッと胸をなで下ろす。



 一部の生徒は、警察との敵対を恐れて、演舞巫女を辞めた。

 去る者は追わず。


 とはいえ、元演舞巫女の学歴はずっと残るし、異能者への差別もある。




 これから中学や高校に進学する子供は、警察と揉めている桜技流を外す。


真牙しんが流の魔法師マギクスのほうが、いいかなあ?」




 ある者は、隣の芝生が青く見える。


「私、オーストラリアで殉職した、小鳥遊たかなしさんの遺志を継ぎたい! 特別人材活用準備室に、連絡してみようっと」



 ◇ ◇ ◇



 ――警視庁 人事第二課 特別人材活用準備室


「はい! 申し訳ありません。その件につきましては――」

「考え直していただくことは……はい。またのご連絡をお待ちしております」



 室長の席に座っている御手洗護は、息を吐いた。


 自分の役員机には、全国の警察から集まった、苦情のレポートがある。

 素晴らしい、右肩上がり。


 その内容は、お前らのせいで合コンが消えた、お見合いで断わられたと、敵視するものばかり。



 新しい部隊への志願者数は、反比例している。

 主力になるはずの、四大流派からの離脱者は少なく、数えるほどだ。


 警察官として鍛える場合、そこから脱落する割合も考える。

 実用に耐えられる数字では、ない。


 素行が悪い異能者であれば、警察官になれる旨味から、すぐに集まってくるだろうが……。



「室長! ただいま、戻りました」

「その……目立った成果はなく」


 外回りで営業をしていた部下が、帰ってきた。


 護は座ったままで、詰問する。


「何をしてきた?」


「各校へ出向いて、ウチの説明と――」

「あの、室長! 刀剣類保管局の天沢さんに、話をしてもらえませんか? 私たちだけでは、全く相手にされず……」


 それをどうにかしろ、と言っている。

 君たちの仕事は、私の仕事を増やすことか?


 思わず、そう言いかけた護は、ギリギリで止めた。


 作り笑顔で、ねぎらう。


「考えておく……。報告書は、明日でいい。今後の勧誘について、何か意見を添えてくれ」


「はい」

「分かりました」



 若いキャリア、大渡大治を失った直後だ。

 これ以上の離脱は、自分の首を絞める。


 御手洗護は、追い詰められていることを自覚した。


 それでも、全く成果が出ていないわけではなく、今の立場を捨てる決心はつかない。



「まだだ……。まだ、終わっていない……」


 中央にいるうちに、現状をくつがえせば、元通りだ。


 

 さながら、ゆでガエル。


 今すぐに転職活動をすれば、あるいは、助かるかもしれないが……。

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