第633話 大正ロマンは慰霊祭を駆ける【咲莉菜side】

『南極にあった、日本の観測基地……。これらは、跡形もなく破壊されています! ご覧の映像で分かる通り、激しい戦闘があったようで――』


 上空からの映像は、沿岸部に散らばっている残骸。



 観測基地の制圧で南極に上陸した、陸上防衛軍の機械化歩兵、1個小隊。


 等身大のパワードスーツを着た兵士たちは、建物のいたるところに爆弾を仕掛けた。

 時限式で、内部の越冬隊員を射殺した痕跡を消すために、作動する。


 彼らは、黒のバラクラバを被った男たち。

 特殊作戦コマンドと呼ばれており、生存者によるパンデミックを警戒して、殲滅。


 予定通りに、爆発したようだ。



『遺族の方々には、「どうして?」と、泣き崩れる様子も見られ――』



 テレビを消した柳本やなもとつもるは、スーツの上着を身に着けて、ぼそっとつぶやく。


「犠牲になった彼らは、私に『来るな!』と、言いたいでしょうね……」


 防衛省の役人の肩書きで、上陸作戦の機械化歩兵を指揮した、積。


 官僚の宿舎で、複数の物件を押さえている彼は、ホルスターの銃を重く感じた。

 しかし、まだ死ぬわけにはいかない。


「いずれ、私も、国に命を捧げるでしょう。その時に……文句を聞きますよ」




 ――日本の観測基地の慰霊祭


 広い会場は、しめやかな雰囲気。


 観測基地に行った遠征隊は、誰も救出できなかった。

 内部へ突入した機械化歩兵が、いくつかの遺品を回収したのみ。


 日本を動かしている、各分野のVIPが高級車で乗り付け、次々に会場へ。


 外で待ち構えているマスコミが、ここぞとばかりにカメラを向ける。


「あ! たった今、桜技おうぎ流の筆頭巫女である、天沢あまさわさんが到着されたようです! 小鳥遊たかなしさんの婚約者である綿貫わたぬきさんに、何か一言!!」


「小鳥遊さんは、見つかったんですか!?」


「桜技流の関係者を巡って、――県警と揉めたそうですが?」


「あなたが警察から離脱すると決めたことで、小鳥遊さんは犠牲になったのでは? 『警察の関係者と口論になった』という情報も、ありますよ!」



 黒一色で、下はスカートではなく、パンツ。

 ブラックフォーマル、スリーピースで、どちらかといえば、ミセスからの喪服だ。


 女子高生の天沢咲莉菜さりなは、不思議と、その恰好が似合っている。

 目立ち過ぎず、自然な様子。


 パシャパシャと、シャッター音や、フラッシュの光が降り注ぐ中で、周りの護衛が壁と進路を作ることで、会場へ消えていく。




『あなた方は、日本に貢献した英霊です。遠征隊は全力を尽くしましたが、このような結果になってしまったこと、大変残念に思います。再発防止に努めると同時に――』


 首相が言葉を述べることで、慰霊祭は進行する。




 終了した後で、亡くなった越冬隊員と、遺族の席に敬意を表しながら、次々に退席していく。


 天沢咲莉菜も、それにならい、VIPが送迎車を待つエリアへ移動。



 交流会を兼ねたホールで、立食パーティーの形式。

 すみに、休憩用の椅子、ソファーも。


 VIPは、グラスを片手に、話し合う。


「お久しぶりです」

「前は、経団連のパーティーで、お会いしましたな? お元気そうで、何より……」


「次の入札で、どうにも、折り合いがつかなくて」

「あそこは、大変ですからね……」


「新型の戦闘機で、USとの共同開発――」


 そこかしこで、旧交を温める場面が、見られた。



 周りに護衛を立たせたままの咲莉菜は、社交の場で浮いている。


 気になった男が、チラチラと見るも、素手だが臨戦態勢の彼女たちに観察されて、退散するばかり。



「咲莉菜さま。じきに、車が到着しますので……」


 無言でうなずいた彼女は、護衛を引き連れて、公道がある方向へ進む。




 車を停められる場所は、敷地外。

 マスコミが待ち構えているため、手早く立ち去ることが重要だ。


 しかし、思わぬ人物に、行く手をさえぎられた。



 後がなくなった警察官僚の、御手洗みたらいまもるは、笑顔で告げる。


「天沢くん! この場で申し訳ないが、大事な話がある! 警察における、異能者の受け入れの件だ。桜技流が離脱することでの補填だから、筆頭巫女の君にも、大いに関係している! 南極の遠征隊でリーダーを務めて、オーストラリアでも活躍した小鳥遊くんのためにも、協力してくれないだろうか? これは、彼女の婚約者である綿貫くんと、小鳥遊くんのように……非能力者と異能者の和解につながるんだ」


 周りを囲んだマスコミに注目される中で、護は片手を差し出した。


「君たちが警察から離脱することは、もちろん構わない。だが、その行動で、日本の平和を守る一角が抜けてしまう……。警視庁の特別人材活用準備室にいる私は、南極やオーストラリアのような事件を防ぐために、今から備えている。この慰霊祭をムダにしないためにも、予想される被害を減らすことの話し合いに応じてくれるぐらい、良いだろう? 君は、意固地になっている。けれど、四大流派のトップである以上、そろそろ大人になるべきだ。ひょっとして、私をずっと避けているのは、意識したから?」


 ここで自分に協力する姿勢がなければ、以後の似たような被害は、全てお前のせいになるぞ?


 護は言外に、そう脅している。



 慰霊祭という場で、マスコミが、映像や音をとっている状況。

 

 いくら四大流派でも、全国放送をしている局や、新聞、週刊誌を全て黙らせることは不可能だ。

 ここで、天沢咲莉菜に、上下関係を叩き込む。


 特別人材活用準備室に協力する、という言質を取れれば、彼女も無視できなくなるだろう。


 多くのマスコミの前で、この2人は特別な関係である、とも……。




 正面で、片手を差し出したままの護。


 それを眺めた咲莉菜は、ぐるりと見た後で、一言だけ答える。


、なのでー」



 理解できなかった護は、困惑する。


「何を言って――」

 パアンッ


 空気が破裂したような音が、響いた。

 押し寄せた衝撃波で、護を含めた人々は、後ろへ倒れ込む。


 すぐに咲莉菜がいた場所を見るも、そこには誰もいない。


 慌てて周囲を見るも、倒れ込んだ報道陣が、ようやく立ち上がりつつ、地面に落とした機材に嘆いたり、怒ったりしているところ。


 高速で移動しても、外に通じている場所へ出られる空間はない。



 御手洗護が逆転できる機会は、もう失われた。


 彼は、急いで周りを見たが、咲莉菜の護衛たちもいない。

 停車していた車も、ブロロロと、エンジン音を響かせて、発進したところ。


 引き留めるため、無意識に伸ばした手は、何の意味もなさず。



 ◇ ◇ ◇



 一瞬で飛び上がった、天沢咲莉菜。


 彼女が指摘したのは、、という意味。



 頭には、赤いリボン。


 桜色の着物は、矢羽根をモチーフにした矢絣やがすりで、風通ふうつうだ。

 表と裏で模様が違い、オシャレ。


 下のはかまは、色。

 

 足元は、茶色のブーツだ。



 桜技流の女神である咲耶さくやが選んだ、天装。

 大正ロマンの服装になった咲莉菜は、刀を差さずに、そのブーツで空中を駆け抜ける。


 御神刀の天之羽芭霧あめのはばきりは、打刀うちがたなではなく、刀身がまっすぐ。


 虚空から掴み、そのまま抜き放つ。

 直刀ちょくとうは、抜刀術に向かない。



 時季外れの桜となった咲莉菜は、閃光のように、低空を移動する。


 視認できぬ速さのうえ、人間は上を見ない。



「御手洗。そなたはもう、終わりです……」



 彼にとって、さっきの対面が、最後のチャンスだった。


 咲莉菜は予定通りに、桜技流の禁足地へ向かいつつ、いきどおりを感じる。



「慰霊祭で、この天装を使う気はなかったのでー。わたくしに不義理をさせた報いを与えたいところですが、二度と会わないでしょう」



 ◇ ◇ ◇



 御手洗護は、自宅のデスクに向かったまま、天板てんばんを叩いた。


「くそっ! まさか、あの場所から逃げられるとは……」



 天沢咲莉菜が、まだ慰霊祭の敷地にいると考えて、時間をムダにした。


 その様子は、高価な機材を失ったマスコミに、見られたのだ。



 警察を敵に回す気はないだろうから、その映像は使われず。

 しかし、これで内外に、無様な姿を晒した。


 加えて、天沢咲莉菜の行方が、分からない。


 彼女1人を押さえれば、それで全てが解決するというのに……。



 全国のどこかに出没して、また桜技流の関係者を救うか?

 それを事前に察知できれば、先回りして、待ち伏せできる。


 だが……。



 現時点の護は、目と耳を奪われた状態。


 こういう時こそ、現場からの情報が有効だが、側近にあたる部下も使い捨てのキャリアなど、怖くて近づきたくない。


 その場では報酬があっても、気が付いたら、覚えのない罪状をセットで被せられるのが、オチだ。

 どれだけ嫌われているキャリアでも、現場の下っ端のほうを優先することは、あり得ず。



 桜技流から応募してきた人間もいるが、特別人材活用準備室の切り札。

 それに、彼女たちは責任がある立場ではなく、咲莉菜の居場所を探らせれば、ただ失うだけ。



「今は、耐えるか……。天沢の行動パターンを考えれば、また迂闊な行動をするに違いない。そこを突けば……」



 孤立した御手洗護は、守りを選んだ。


 いかにも成果を挙げているように見せつつ、現状を維持する。



 この先にあるのは、開き直った演舞巫女による、サボタージュ。

 そして、任務で犠牲になった瑞紀みずきの臓物をバカにした警官にぶちまける事件と、桜技流の1年間の休止だ。


 彼女たちは、本質的に狂人。

 まともな神経で、日本刀のような短い武器を振り回し、化け物に立ち向かえるわけがないのだ。


 今までは、猫を被っていたに過ぎない。



 神ならぬ身には、未来が読めず。


 護は、自分の立場にしがみつき、その時を待つ。



 そこまで時間が過ぎれば、今よりも悪化した状況で、責任を取らされるだろう。


 なまじ希望が残っているだけに、護は損切りできないまま。

 大学までの成功体験が、それに拍車をかける。



 室矢むろや重遠しげとおが解決した、港区の「東京エメンダーリ・タワー」の事件。

 その手柄を譲られた護は、筆頭巫女の天沢咲莉菜と話す機会も得た。


 けれども、最終的には内外で孤立した挙句に、真綿で首を締められる状態へ……。



 重遠に全ての罪を着せようとした、捜査本部長の遮雁しゃかり『警視監』。


 彼は、警察から追い出された後で、殺された。



 その時には運が良かった護であるのに、遮雁と似たような末路を辿るとは、皮肉な結果だ。

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