第631話 モブにはモブの人生があるー③

 警察庁で、重鎮が集まっている会議室。

 “こころざし” の文字に見守られ、窓がない空間だ。


 細長い円卓についている人々が、報告を聞く。


「――以上です。今後は、フリーの退魔師から使えそうな人材を拾うと同時に、警察学校の教育カリキュラムに適合しそうな、四大流派から離脱したグループを重点的に見ていく予定です」


 言い終えた御手洗みたらいまもるは、口を閉じた。



 護は、特別人材活用準備室のトップだ。

 日本全国から、警察官に向いている人材を集めている。


 報告書によれば、それなりの成果を上げていた。


 まだ、立ち上げたばかりの部署。

 これで実績ゼロは、そもそも異常なのだが……。



 上座にいる警視総監が、ジロリと見ながら、尋ねる。


「御手洗くん……。君は、桜技おうぎ流の関係者をスカウトする際に、問題を起こしたそうだね? ――県警からの厳重抗議と、剣道の大会で成果を上げた、八段の先生のお叱りが、私の耳まで届いたよ」


 頭を下げた護は、すぐに謝罪する。


「大変申し訳ございません! 私の部下による独断でして、責任を感じた彼は、もう退職する意向です。考え直すように、説得したのですが……」


 警視庁の警備部長は事情を知っているため、呆れた顔。


 いっぽう、警視総監は、あっさりと追及を止める。


「まあ、君が知らないうちに、――県警が許せるラインを超えていたからな……。とにかく、南極とオーストラリアで発生した事件は、他人事ではない。その際に、警察官として対抗できる戦力が1人でも多く、必要だ。自分の感情だけで勝手に動かず、我々の命令に従う者が……」


 暗に、筆頭巫女である天沢あまさわ咲莉菜さりなのことをけなしながら、今後の方針を伝える。


「前任者が認めて、マスコミで公式に発表した、桜技おうぎ流の離脱は、現時点でくつがえせない。けれど、これは、チャンスでもある。日本の四大流派から信頼の置ける人間を集めれば、全て我々の管轄下で、粛々と進められるのだ。それは理解しているね、御手洗くん?」


「ハッ! 同じ失敗は、繰り返しません!」


 首肯した警視総監は、ギシッと、椅子を鳴らした。


「元であっても、四大流派の人間を取り込めば、彼らの牙城を崩せるだろう。そもそも、日頃の治安維持を行っている我々ではない人間が武装することは、あってはならない! しかしながら、現状で性急に進めるのは、リスクが高い。君も今回の失敗で、十分に学んだろう?」


「ハッ! ご指摘の通りです」



 警視総監は手元の書類に、目を落とす。


「桜技流の演舞巫女えんぶみこには、長年の実績がある。確かに、君のほうで説得できれば、元のさやに収まるだろうな? 天沢くんと面識がある君ならば、何とか突破口を開ける。期待しているよ」


「ハッ! お任せください」



 

 日本警察を動かしているトップの会議が終わり、それぞれに出て行く。


 長官も、一通りの話を聞くため、同席した。

 特に、発言せず。


 警視総監は、組織図では直属に当たる御手洗護に、甘い対応をした……かに見えたが。



 席を立ったキャリアの1人は、自分のカバンを持ち、スタスタと歩き出す。


 老齢に差し掛かった年齢で、優しそうな雰囲気だが、圧がある。


 やがて、1つの部屋に辿り着く。



 ノックの後に、ガチャリと開けた。


 中にいた柳井やないつかさは、すぐに立ち上がっていて、彼の姿が見えた瞬間に、深くお辞儀をする。


 老いた男は、妙に明るい声で返す。


「あー! いいから、いいから! 久しぶりだね、柳井くん。今、いいかな?」


「はい、中村なかむら次長! ブラックで、良いですか?」

「いいよー!」


坂野さかのくん。悪いが、2つ頼む」

「はい」


 部下に指示した司は、応接セットの椅子を勧める。


「こちらへ、どうぞ」

「ありがとー!」


 上座に座った中村賢胡けんごは、コーヒーとお菓子を持ってきた坂野に礼を言ってから、向かいに腰を下ろした司を見る。


「いやー。柳井くんも、偉くなったねえ! あと1つで、ボクは並ばれちゃうよ」


「俺は、今の階級ですら、持て余していますけどね……」



 警視長の司が、ここまで気を遣う相手。


 となれば、その相手は限られている。



 部下が一礼をした後で、部屋から出て行ったのを確認して、話を振る。


「それで、警察庁次長のあなたが、何の御用ですか?」


「うん。さっき、会議が終わったんだけどさあ……。ほら、御手洗くんの報告があって……」


 お菓子を口に入れてから、その甘みでコーヒーを飲む賢胡は、あっさりと告げる。


「彼、まだ諦めきれないんだろうねえ……。ここを切り抜ければ、まだ上を目指せるし……」


「やっぱり、無理ですか?」


 カップを傾けた賢胡は、苦笑した。


「無理だね。部下がやったのは事実だし、収まったけどさぁ……。仮に実績を上げても、現状では与えられるポストがない! これだけ敵を作ったら、納得しない人たちが五月蠅いよ」


「まあ、そりゃそうっすね……」



「まだ泳がせているのは、御手洗くんに、天沢くんを口説ける余地があるから。長官と警視総監を守るため、次に異能者との大きな衝突があった時に、責任を取ってもらう役割もあるね! 短期間でトップが替わったら、ウチの威信はなくなる。だけど、『室矢むろや重遠しげとおに濡れ衣を着せたように、異能者の小鳥遊たかなし奈都子なつこを消して、南極遠征の手柄を独り占めしたんだろ?』と突っ込まれたら、何も言い返せない。だーかーらー! ウチでそれなりの立場にいて、四大流派が納得するだけの犠牲者を用意するのさ」


 つまり、今の御手洗護は、被害担当艦。



 柳井司は、状況を整理する。


「御手洗が助かるためには、桜技流を仕切っている天沢をコマすか、彼女と親しくて、警察に貸しがある室矢を味方にするしかない……」


「君もだよー? 真牙しんが流の上級幹部(プロヴェータ)として、御手洗くんをどう思っている?」


 肩をすくめた司は、賢胡に答える。


「大嫌いですよ。室矢についても、俺が見ておきます」


「それは、良かった……。君たちが組んだら、面倒になったからね。うーん……。あとは、天沢くん次第か。仲間思いは美徳だけど、見ていて危なっかしいね」


 コーヒーを飲んだ司が、続きを口にする。


「――県警で、いきなり登場した件ですか?」


「うん。今回は、上手くいったけどさあ……。演舞巫女をピンクコンパニオンと勘違いしている警官も多いし、これで味を占めて繰り返せば、御手洗くんに足をすくわれる可能性がある。若い男女だし、恋愛関係になるかもね? ……そうなったら、御手洗くんを通して、彼女たちを管理するだけさ」



 ◇ ◇ ◇



「あ……。ありがとうございました! 本当に……」


 風越三千院かざこしさんぜんいん高等学校にかくまわれている安曇野あずみの和稟かりんは、涙をこぼしながら、対面している人物に頭を下げた。


 応接室のソファに座っている天沢咲莉菜は、女子高生の制服を着たままで、微笑んだ。


有馬ありまくんと、無事に会えたのでー?」


「はい、おかげさまで!」



 咲莉菜は、手早く伝える。


「そなたには、しばらく不自由をかけます。夫や子供との面会は、こちらの指示に従ってもらいますが、ウチが警察から離脱すれば、また状況も変わるでしょう。今から数年は、この敷地内で軟禁となりますので……」


「分かりました……。ご迷惑をおかけして、大変申し訳ございません」




 安曇野和稟が立ち去った後で、咲莉菜は校長に話しかける。


「彼女の管理をお願いするので―」


「はい、かしこまりました。……咲莉菜さま?」


 端末のモニターで和稟の資料を見ていた彼女は、校長のほうを向いた。


「失礼ながら、申し上げます。安曇野さんを救っていただいたことは感謝の念に堪えませんが、あまりに迂闊です。たまたま、県警サイドが大人しかったから、良かったものの……」


 うなずいた咲莉菜は、その続きを話す。


「そなたの忠告は、的を射ています。県警が覚悟していれば、こちらとの対決姿勢を辞さずに、わたくしを逮捕したでしょう。筆頭巫女のわたくしを押さえたうえで、桜技流の施設へ突入するかも……」


 分かっているのなら、という表情になった校長は、年配の女らしい慎重さで応じる。


「全てを救うことは、不可能です。私は、『それぞれの学校長に任せるべきだ』と、愚考いたします。筆頭巫女のあなた様とは違い、替えが利きますから」


 咲莉菜は、校長の顔を見た。


「そなたらの献身は、嬉しく思うのでー! 現役の女子高生である私が出れば、その分だけ、反発も強くなります。今回にせよ、数人のキャリアを潰した話……。感情だけで、『とにかく、再起不能にしてやりたい!』と考える警官やキャリアが出ても、不思議はありません。『同じような状況を作ったうえで、罠にめてくる』と考えるべきでしょう」


 言葉を切った咲莉菜は、宣言する。


「こちらが、相手の土俵で勝負してやる義理はなし……。日本の観測基地の慰霊祭に出たら、わたくしは桜技流の禁足地へ出向き、筆頭巫女としての修業に入ります。そう、数年ほどは……」


「はい。それが良いかと、存じます。早く桜技流が自由になり、新しい道を歩めるように、私も最善を尽くす所存です。……警視庁の特別人材活用準備室ですが、当校からも応じる生徒が一定数は出ると、思われます。基本的な方針は、どのように?」


 首をかしげた咲莉菜は、自分のあごに、人差し指を当てた。


「上から押さえつけても、逆効果……。本人が帰りたければ、受け入れてください。警察の紐付きとして、相応の扱いに」


「承知いたしました」



 フッと笑った咲莉菜は、独白する。


「警察と全く関係しないのは、不可能……。ならば、安曇野のように、新たなモデルケースを作っていくことが最善でしょう?」


「はい」



 女子高生とは思えない雰囲気の咲莉菜は、そこにいない御手洗護をイメージした。


「おそらく……。警察との間で、また大きなトラブルが起きるでしょう。それも、末端の演舞巫女に対して」


 目を閉じた咲莉菜は、やがて校長を見る。


「今後は、筆頭巫女の私だけではなく、桜技流のやり方を知ってもらうのでー」


「はい。……ところで、咲莉菜さま?」


 校長の問いかけに、彼女はジッと見つめた。


 溜息を吐いた校長は、静かに言う。


「せめて、イヤホンをお付けください……」



 さっきから、安曇野和稟のアンアンという声が響いていて、真面目な雰囲気にならない。


 久々に夫と愛し合っていた和稟は、咲莉菜が操作したことで、2人目ができそうな動きを止めた。

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