第630話 モブにはモブの人生があるー②

 警視庁を動かしているVIPの1人、警備部長は、自分のデスクに向かったままで、目の前にいるキャリアに説明する。


「実は、安曇野あずみのくんの奥さん……和稟かりんくんの出身校である、風越三千院かざこしさんぜんいん高等学校の顧問弁護士が、色々と五月蠅くてね? むろん、詰められているのは、――県警の本部にいた鷲口わしぐちくんだが……。君の名前も出ているし、あっちは大騒ぎだ」


 警備部長と向き合ったまま、立っている大渡大治おおとだいじは、スーツの下でダラダラと汗を流す。


「わ、鷲口さんは?」



 椅子の背もたれに体を預けた警備部長は、事もなげに言う。


「ああ……。彼なら、天沢あまさわくん……桜技おうぎ流の筆頭巫女だったな? 県警本部で彼女に言われまくって、当日中に辞職願を書いたそうだ。隣に県警本部長が座っていて、辞職の意志を示してから手続きが完了するまでの最短記録を更新だとか……。うちの特別警戒の視察ぐらいに、彼女たちが押し寄せたから、機動隊を出した……で、合っているかな?」


 離れた場所のソファーに座っている、――県警の機動隊を指揮している中隊長は、すぐに肯定。


「はい。おっしゃる通りです」


 うなずいた警備部長は、口が半開きの大渡大治に、視線を戻す。


「まあ、そういう事だよ……。彼は、後先考えずに詰め腹を切ったから、もう警察とは関係ない。『天沢くんや風越三千院高校と、個人的に話し合ってくれ』となった……」


 つまり、残った戦犯である、大渡大治をどうするのか? だけが焦点。



 その大渡大治にしてみれば、理外のことわりだ。


 辞めた末端に対して、異常すぎる対応。



 これを警察で言い換えれば、巡査として数年だけ勤務した後で円満退職した人間のために、長官が出てきたぐらいの話。


 天沢咲莉菜さりなは1人では歩けない、筆頭巫女の正装で、神事を思わせる雰囲気だったとか……。



 若いキャリアである大渡大治は、桜技流の実態を知らず。


 他の警察官にも当てはまるが、それで済む話ではなくなった。



 南極の遠征隊への壮行式で、咲莉菜はおおやけの場に出た。

 ゆえに、コソコソと隠れる必要はなく、筆頭巫女の立場で動けるのだ。




「えっと……。あのですね……」


 大渡大治は、何とか言い訳をしようと、足掻あがく。

 黙っていれば、自分が処刑されるからだ。


 しかし、将来の中隊長とも言える、大事な幹部候補生を潰された――県警は怒り心頭に発していて、再び現地入りをすれば、何をされるやら。


 そもそも、共犯者だった鷲口は、とっくにケツを割ったのだ。


 彼に責任を押しつけられず、ついさっき見捨ててくれた上司の御手洗みたらいまもるは、気配を殺したままで無言。


 会話が成り立っている警備部長を見たが、彼は溜息を吐いた。


「言っておくがね? 私は、君のために、指一本も動かす気はない……。そもそも、君は、私の管轄にいないのだよ? 釈明したければ、――警視総監に、直接言ってくれ」


 自分の執務室にいる全員を見回した後で、警備部長は大渡大治に尋ねる。


「君は、釣りが好きかね?」

「は?」


「釣りが好きか……と聞いているのだよ」


「はい。嫌いではありませんが……」


 ゆっくりと頷いた警備部長は、結論を告げる。


「この場は、あくまで私的な話し合いだ。査問ではなく、尋問でもない。だから、これは私の独り言だ……。来月の頭で、大渡大治くんに辞令が出る。小笠原への異動だ。少し離れている職場だが、それだけに大物が釣れるだろう。あそこは少人数で回しているから、くれぐれも人間関係には注意してくれよ? もちろん、君の所業はきちんと、先方へ伝えておく」



 小笠原諸島にある警察署。

 そこへの赴任だ。


 片道切符で、キャリアとしての昇任が二度とできないまま……。



 自分の末路を知った大渡大治は、震え声で叫ぶ。


「いいい、異動のために、準備をしたく思います! 恐れ入りますが、長期休暇をいただきたく!」


 別の部署の管理職に言う話ではないが、警備部長は笑顔だ。


「そうだな……。御手洗くん、どうかね? 大渡大治くんがいないと困るのであれば、話は別になるが……」


「いえ! 申請があれば、すぐに承認いたします!!」


 大渡大治の有給を認めない場合には、自分も同じ異動。


 それを感じ取った護は、即座に応じた。




 警備部長は、最後の助け舟を出す。


「大渡大治くん。君の話は終わったから、退室したまえ。忙しいだろう?」

「あ、ありがとうございます! 失礼します!!」


 血相を変えた大渡大治は、走るように退場。


 今すぐに動かなければ、辞令が出るまでに、転職先を見つけられない。



 

「そういうわけだ……。すまんが、ここら辺が限度でな?」


 警備部長の言葉で、置き物になっていた中隊長と小隊長が立つ。


「分かりました」

「……失礼いたします」


 端的に答えた2人は、深々とお辞儀をした後で、部屋を出ていった。




「御手洗くん。今回は、私とは無関係だ。聞いていて、気分が良くなる話ではなかったがな?」


「お手数をおかけしました……」


 警備部長は、御手洗護の謝罪を流しつつ、改めて釘を刺す。


「まさかとは思うが、ウチの綿貫わたぬきくんにも、同じ事をしないだろうね? 彼は、婚約者の小鳥遊たかなしくんを失ったばかりだ。君が、首相から第3位の勲章を授けられた英雄に対して、傷口をえぐるような真似はしないと、信じているよ」


「それは、承知しております。ただ、小鳥遊くんを使った募集は、すでに宣伝用の動画を作り終わっていて――」

「綿貫くんが安曇野くんの二の舞にならなければ、それでいい」


 さえぎるように、警備部長が言い捨てた。




 ――警視庁 人事第二課 特別人材活用準備室


 自分の根城へ戻った御手洗護は、室長として、役員机に向かった。


 離れていた間に山積みとなった書類を仕分けつつ、メールや留守電をチェック。



 今の護は、異能者による部隊を新たに編成する部署のトップだ。


 警部補以下の人材のリクルートで、採用センターと被るものの、未知の領域のため、新しい部署が新設された。


 ハイリスク・ハイリターン。

 成果を出しやすい一方で、大失敗にもなりやすい。


 まだ警察の一部である、桜技流。

 その演舞巫女えんぶみこは、話しやすいポジションだ。



 自分につけられた若手のキャリア、大渡大治は、数字にこだわった。

 もちろん、自分が上にいくため。


 末端の演舞巫女で、今は引退済み。

 おまけに、その旦那は、現役の警察官だ。


 形だけでも、新しい部署に入ってくれ。と言うのは、当たり前。


 彼の視点では、そこら中にお宝が落ちていて、拾い放題の感覚だったろう。

 これほどの大事になって、自分が第二新卒になるとは、夢にも思わず。



「まったく……」


 ぼそっとつぶやいた護は、日本全国からの、同じような苦情をピックアップした。


 彼女や妻が演舞巫女で、ウチが話を持ち掛けたことで別れた、離婚した事例は、増加傾向。


 自分に届くだけで、この数だ。

 実態としては、倍以上か……。



 オーストラリアで行方不明になった、もう1人の英雄。

 小鳥遊たかなし奈都子なつこは、死んだ後にも役立つ。


 現役の警察官で、南極の遠征を成功させた女。


 その婚約者である綿貫雄司ゆうじは、自分のやれることを模索している。



「できれば、彼に接触したかったが……」


 雄司は、他の訓練に参加するなど、新たな道を切り開いている。


 そちらでチャンネルを作れば、警視庁の機動隊から、四大流派にも話せた。

 しかし、警備部長から脅されたことで、下手に会えない。



「日本の観測基地に関する、合同の慰霊祭で、どうなるか……だな」


 クリックすれば、耳に付けたイヤホンから、音声が流れる。



『小鳥遊さんは、異能者と非能力者の架け橋となるべく――』


『南極とオーストラリアで発生した脅威は、決して他人事ではありません! 小鳥遊さんの献身をムダにしないために、あなたも日本を守る役割を――』


 カチッ


 イヤホンを外した護は、待っていた部下に告げる。


「いいだろう。警視庁のサイトに、掲載してくれ」


「はい。ただちに、進めます」



 自分のデスクへ向かう部下を見ながら、護は思う。


 感情に走り、安曇野和稟を始末したのは、やりすぎたな?

 粛清の先に待っているのは、お前の処刑台だ。

 天沢咲莉菜……。



 ◇ ◇ ◇



 ――県のファーストフード店。


 ランチタイムが終わって、気だるい雰囲気だ。


 どこかの制服を着た女子高生は、窓際のカウンター席に座り、隣の友人とお喋りをしている。


 学校帰りの様子だが、椅子1つ分を空けて、私服の男2人が座った。


 男たちは、トレイに載せているハンバーガーをかじりつつ、前を見たままで話す。


「和稟くんは?」


 現役の女子高生である天沢咲莉菜は、――県警の機動隊として、警視庁を訪れた中隊長に答える。


「無事ですよ。……有馬ありま君のほうは?」


 妻に逃げられて自殺未遂をした、安曇野あずみの有馬。


 彼に言及された中隊長は、息を吐いた。


「ひとまず、落ち着いた。命に別状はない……。あんたの提案を本人に伝えて、いいのか?」


 咲莉菜は、摘まんだフライドポテトを食べてから、答える。


「もう少し、待ってください。会う機会は、必ず設けます。ただし、彼がこちらへ来ることは、何があっても認めません」


「要するに、ウチから離脱したいってことだろ? 安曇野が、警官を続けることは?」


「はい。わたくしは、警察からの離脱をすることが目的です。安曇野くんがどうしようと、それは関知しません。私共わたくしどもの中に入り込み、スパイ紛いの行動をしない限り……。2人の面会には監視をつけますが、夫婦らしい行動も許します」



 残ったハンバーガーを口に入れた中隊長は、肯定する。


「分かった。そちらは警察から離脱するまで、線引きを徹底する。安曇野がウチに復帰するのは構わず、和稟くんと会う機会も作る。……そうだな?」


「はい。それと、御手洗護は潰しますが……。構いませんか?」


 咲莉菜の質問で、中隊長は笑った。


「盛大に、やってくれ! できれば、俺がぶん殴ってやりたかったよ……」



 トレイを持った中隊長は、席を立った。


 隣の小隊長も立ち上がったが、お辞儀をしてから、上司の後を追う。


 咲莉菜は、前を見たまま、少しだけ手を上げることで返事。



 反対側の隣に座っている護衛は、今の会話が目立たないようにフォロー。



「手足がなく、頭だけでは、ろくに動けないので―」


 どれだけ優秀だろうが、1人では限界がある。


 御手洗護は今回のヘマで、かなりの敵を作った。

 少なくとも、警備部は、距離を取るだろう。



 第一ラウンドは、咲莉菜がとった。


 ここからは、自分の組織をどれだけ上手く活用できるか? で勝負が決まる。

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