第629話 モブにはモブの人生があるー①
主要な教育機関の中でも、その立地から、品格があるのが特徴。
機動力を重視した立ち回りで、常に動き続ける。
応接室のソファには、1人の若い女が座っていた。
反対側には、この部屋の主と思われる、年配の女も。
「
膝の上で両手をギュッと握っている安曇野
「分かりました……。校長先生のご厚意はありがたいのですが、
息を吐いた校長は、静かに
「
座ったままで
校長は、同情した様子で話す。
「あなた達の結婚は、本当におめでたい話……。保育園から見守ってきた私としては、何とか
「私が……馬鹿でした。有馬が連れてきたからと、家に上げてしまって……」
体の前で腕を組む校長が、それに突っ込む。
「相手は、キャリアでしょう? 警察学校を出たばかりの巡査が断れるとは、思えません。いずれにせよ、同じ結果になりました」
「はい……。
ここで説教をされていても、らちが明かない。
希望を絶たれた和稟は、無言で立ち上がり、一礼をした後で退室。
交通機関を乗り継いで自宅へ帰れば、顔を見たくないキャリアが、数人。
話は終わったらしく、社交辞令の挨拶だけで、席を立つ。
「どうやら、奥さんが帰ってきたようだね? 新婚夫婦を邪魔するのは悪いから、これでお暇するよ」
「安曇野くん。ちゃんと、話してくれよ? 君たちを悪いようには、しないから」
「ハッ! お、お疲れ様でした!!」
玄関口まで見送った安曇野有馬は、頭を下げたままで、スーツ姿の男2人を見送った。
閉められた玄関ドアは、内側から施錠。
それをした和稟は、ドアにもたれながら、夫に報告する。
「……ダメだった。私はいいけど、有馬は受け入れられないって」
ようやく頭を上げた彼は、ガックリと、
「そっか……。じゃあ、言う通りにするしかない。悪いけど、和稟も協力してくれ! できることだけで、いいから」
「待って!? それはできないと、言ったじゃない!」
有馬は、和稟の肩をつかんだ。
「頼む……。キャリアに逆らったら、生きていけないんだよ。形だけでも、いいからさ」
青ざめた顔の女は、必死に
「それをしたら、私たちが危ないの! 前に、言ったじゃない! あなた、
「もちろん、考えているさ! だから、俺が出世しないと、高師のためにもならないんだって! ……今日は子供がいないから、久々に――」
「ごめんなさい。そういう気分にならないの」
和稟は、フラフラと歩き出した。
和稟は、風越三千院高校の卒業生だ。
捨て子として保護され、あまり目立たない生徒のまま、無難にお勤めを終えた。
剣道の稽古を始めたことで、同年代の男子との接点ができた。
有馬は非能力者だが、剣道に熱中していて、現代でも刀を振るう
一緒に稽古や遊んでいき、恋仲に……。
演舞巫女は、警察官に準ずる立場。
道場の先生からも、祝福された。
喧嘩するほど仲が良く、お互いに高校を卒業した後で、ゴールイン。
四大流派といえども、下っ端は自由恋愛で破瓜するパターンが多い。
和稟も、彼を受け入れた。
高卒で警察学校に入った有馬は、優秀な成績を収めた。
幼妻がいることから、厳しい生活にめげず、頑張った結果だ。
原作であれば、色々なことがあれど、2人で乗り切っていく未来も。
けれど――
「どうして、こうなっちゃうのよ……」
暗い自室で座り込んだ和稟は、泣き出した。
状況が、大きく変わった。
筆頭巫女の
警視庁のキャリア、
激怒した咲莉菜は、彼を潰すべく、動き出すことに……。
そして、警察官になった夫を持ち、元演舞巫女の自分が狙われた。
護の部下が、わざわざ東京から足を運び、県警本部のキャリアと共に圧力をかけているのだ。
長男が生まれた直後で、自分も兼業主婦。
そもそも、異能者として、半端者に過ぎず。
自身の家族は、夫と長男だけ。
夫の親族も、警察のキャリアに逆らう度胸はない。
唯一の頼りである、風越三千院高校からは、冷たい返事だけ。
それどころか、時間が
聞いてくる夫に話せば、全てキャリアに筒抜けだ。
何も、言えない。
――1ヶ月後
キャリアに詰められ、職場でも孤立しかけている安曇野有馬は、妻の和稟を抱けないことも相まって、イライラしていた。
夫婦の関係を見直す機会にしたくて、有給を取得した。
その理由から、上司は一も二もなく承認。
ゆっくり過ごすため、自分の親に子供を預かってもらうことに……。
帰りがけに、デパートでご馳走とドリンクを買った。
駐車場に停めた有馬は、鍵を使い、自宅へ入るも――
“さよなら”
暗い自宅で迎えてくれたのは、殴り書きのメモだった。
◇ ◇ ◇
警視庁の中にある、重役が使うような部屋。
奥にある役員机の上には、“警備部長” というプレートが輝く。
「……どういうつもりかね、
問い詰めるような声で、御手洗
「大変申し訳ございません! 私は指示しておりませんが、部下の管理ミスと言われれば、返す言葉もなく……」
椅子に座っている警備部長は、両肘をついたままで、組んだ手の上に
「そうか……。では、
護に切り捨てられた、若いキャリア。
彼は、スーツ姿のままで、細かく震えている。
「は、はい……。私はただ、自分の仕事を行い――」
ガンッ
後ろの応接セットで、鈍い音が響いた。
大渡大治はビクッと震えた後で、恐る恐る、後ろを見る。
「……失礼しました。構わずに、お話しください」
目が座った男は、物騒な雰囲気のままで、低い声を放った。
階級章は、警部だ。
傍にいる警官は、警部補。
表情が消え失せた、虫のような顔で、振り向いた大渡大治を見ている。
2人は応接セットに座ったまま、眺めるだけ。
警備部長は、大渡大治に説明する。
「彼らは、――県警の機動隊、その中隊長と小隊長だ。今回の……安曇野くんの上司で、事情を説明するために、やってきた」
大渡大治は、少しでも挽回しようと、彼らに頭を下げた。
「この度は、ご迷惑をおかけして、申し訳ありません! 行き違いがあったのなら、私が出向いて、彼に説明を――」
「いえ。それは、結構です」
中隊長は、あっさりと拒絶。
頭を上げた大渡大治に対し、その理由を告げる。
「もう、手遅れなんですよ……。安曇野は、離婚しましたから」
「は?」
思わず聞き返した、大渡大治。
中隊長は、怒りを
「あなたと県警本部のキャリアが詰めたことで、安曇野は奥さんに逃げられた。そう言っているんです! 長男が生まれて、これからって時に……」
「申し訳ありません」
それしか言えない大渡大治を無視して、中隊長は奥に声をかける。
「警備部長! お願いいたします!」
やれやれ、といった雰囲気で、この場を仕切っている人物が話し出す。
「大渡大治くん? 君のために、1つずつ説明しよう……。安曇野くんは、新米の巡査だ。けれど、その人間関係まで、吹けば飛ぶような立場だけとは限らんのだよ」
事情を呑み込んだ大渡大治は、血の気が引いた。
警備部長は面倒そうに、説明していく。
「彼に剣道を教えていた先生は……大会で連覇した八段だそうだ。言うまでもなく、警察のOBだよ。離婚を知ったことで本人に事情を聞き、カンカンに怒ったようで、警視総監の耳にも入った次第だ」
卒倒しそうになった大渡大治は、かろうじて立つ。
警備部長は、それを気にせずに、必要な説明を並べる。
「安曇野くんも、高校の全国出場で、けっこうな有望株だったとか……。強豪校ではなく、『先生の教え方が良いから』と言われていてね? 他県の話だから、本来は私の案件ではないが……。警視総監にお願いされれば、断れんよ! まあ、警備つながりではあるしな。どうも、『妻と同じ分野で並び立ち、社会秩序を守りたい』という動機で、警察学校の次席でありながら、機動隊に志願したそうだ。最近の若者にしては、見所があるじゃないか! 所属している部隊でも、可愛がられていたと聞く」
お前が潰したけどな?
そう言わんばかりの雰囲気で、締めくくられた。
「……安曇野くんと、奥さんは、今どちらに?」
おずおずと尋ねた大渡大治に対して、警備部長から目配せを受けた中隊長が、代わりに説明する。
「安曇野は、自殺未遂で入院中です。その妻の和稟は、母校である風越三千院高等学校へ行き、その後の消息は不明。あそこは桜技流の教育機関だから、知りたければ、そちらで問い合わせてください」
どちらかに謝罪することで、突破口を開く。
そのつもりだった大渡大治は、言葉に詰まる。
自分が、全ての原因だ。
直接会うだけで、トドメになりかねない。
まさに警察と揉めている桜技流の女子校へ行くのも、御免だ。
大渡大治は八方塞がりのまま、敵に囲まれて、頭の中が真っ白になった。
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