第628話 英雄になる最後の条件は死ぬこと【咲莉菜side】
生者による祭典。
それは、警視庁の警察学校で、行われる。
壮行式をした講堂には、同じように、警官と防衛官が左右に座っていた。
観客席の中央で区切られていて、ボードゲームのよう。
日本のVIPが所狭しと並ぶも、2回目とあってか、咲莉菜を気にする人物は少ない。
そして、全体の雰囲気も、以前のフラットな感じと大きく違う。
壇上で前にいる首相が、堂々と演説をしている。
『観測基地の人員を助けられなかったのは、非常に残念です。しかし、遠征隊はその力をいかんなく発揮して、南極にあった未知の脅威を排除する一端を担いました。……ここで1つ、お知らせしなければならない事があります』
わざとらしく溜めた首相は、とある名前を呼んだ。
ハッ! と応じた人物は、警察官の礼服を着たまま、壇上で起立。
演台の隣へキビキビと歩いたら、観客席のほうを向いたまま、控える。
『彼は、南極の遠征隊に参加した1人……。
「ハッ!」
演台をはさみ、綿貫
首相は、補助の人が持っている、儀礼的な盆から、勲章を取り上げる。
『小鳥遊さんと貴方は、南極で遭難していた民間人を救助したうえに、オーストラリアでも多くの人を救ったのです。その関係で、オーストラリア大使館の方にも、お越しいただきました。……お願いします』
言葉を切ったら、壇上にいる1人が立ち上がった。
彼は外交のプロだが、沈んだ表情。
普段通りを意識しながら、自分の仕事をこなす。
『オーストラリアを代表して、小鳥遊さんと綿貫さんに感謝申し上げます……。ありがとう……』
外国人だが、お辞儀をした後で、再び座る。
直立不動の雄司は、バッと浅いお辞儀で、答礼。
それを見届けた首相は、改めて雄司と向き合った。
『君……いや、君たちは、日本の誇りだ。本来なら、2人に授与するべきですが……。今はまだ、小鳥遊さんが帰国していません。先に、受け取ってください』
「ハッ!」
首相が両手で持つのは、第3位の勲章だ。
警官の礼服の胸に、大きな面積を占める勲章が輝く……。
警視庁の音楽隊が、勇壮なBGMを奏でる。
ここで、壇上の奥に降ろされているスクリーンに、小鳥遊奈都子の姿が映し出された。
司会が、アナウンスを行う。
『恐れ入りますが、皆さま、ご起立ください』
ザッと立ち上がった全員が、奈都子のほうを見た。
壇上ですら、例外ではない。
立ったままの首相が、奈都子に話しかける。
『この場で会えなかったことを残念に思いつつも、君の活躍に敬意を表します。本当に、ありがとう……』
首相のお辞儀と合わせるように、それぞれで敬礼する。
観客席で立っている警官と防衛官は、自分の制帽をかぶり、右手で敬礼。
壇上のVIPは、お辞儀だ。
事前の練習はなかったが、驚くほど、同じ動作。
敬礼の右手を下ろす音も、ほぼ重なった。
『皆さま、ご着席ください』
そのアナウンスで、全員が座る。
――30分後
警察学校の一室にある、天沢咲莉菜の控室。
念には念を入れて、着替えは行わない。
護衛が立っていて、ドアの外にもいる。
コンコンコン ガチャッ
「失礼します。綿貫さんが、咲莉菜さまに話があると……」
内廊下のベンチに移動した咲莉菜は、綿貫雄司と向き合った。
彼女は護衛を左右に立たせたまま、座っている。
いっぽう、雄司は直立不動だ。
「じ、自分は! まだ警察官として、頑張りたいと思っています! 小鳥遊さんを守れなかったものの、彼女の意志を継ぐことで……」
黙ったままの咲莉菜に対して、雄司は話を続ける。
「天沢局長には、小鳥遊さんとの婚約をご許可いただき、誠に感謝しております! 彼女を守れなかった自分ではありますが、同じ悲劇が起こらないように、全力を尽くす所存です」
言い終わった雄司は、
彼女は、影のある笑顔だ。
「小鳥遊がその言葉を聞けば、きっと肯定するでしょう。前にも言いましたが、わたくしは怒っていません。そなたは、そなたの人生を歩みなさい……。次に会う機会はないから、ついでに言っておきます。小鳥遊のことは、もう忘れなさい」
「お気遣いいただき、ありがとうございます……。ですが、自分にとって、大事な思い出なので……」
咲莉菜は、雄司に微笑んだ。
「……その勲章、よく似合っていますよ? わたくしの話は、以上です」
「ハッ! 失礼します!」
敬礼をした雄司は、回れ右で、歩き去った。
覇気を感じる後ろ姿が、自分のいるべき場所へ向かう。
警視庁が、採算度外視で、懐柔したか。
まあ、彼に騒がれるか、すぐに死なれたら面倒であるのは、こちらも同じ。
ふうっと息を吐いた咲莉菜は、ベンチから立ち上がった。
壁際にある自販機が、ブーンという音を立てながら、正面のサンプルを灯りで照らしている。
けれど、違う男の声が、咲莉菜を呼び止める。
「これで、満足か?」
緊張した護衛が立ちはだかるも、咲莉菜は仕草で止めた。
一刀流の師範だ。
老齢の男で、立派な和装。
向き直った咲莉菜は、尋ねる。
「何のお話で?」
怒りを隠さない老人は、吐き捨てるように、告げる。
「小鳥遊のことだ! あいつが消えれば、お前にとって、理想的な状況だな?」
澄まし顔の咲莉菜は、平然と返す。
「死亡と決まったわけでは、ありません」
「白々しい! ならば、小鳥遊に与えた
肩を
「実行した小鳥遊家に、言ってください……。ああ、そうそう!」
咲莉菜は、合同の壮行式と懇親会でやられたことを返す。
「小鳥遊で分かった通り、型にこだわれば、命取り。だからこそ、
反論しようと試みた爺さんは、その追及に
咲莉菜は、相手を見据えたままで、断言する。
「私共は、そちらに気を遣った挙句に、警察や一刀流の序列に組み込まれる気は、全くありません。なればこそ、わざわざ本庁のキャリアへ話したうえで、段階的な離脱を宣言しました。そなたの行動は、誰も幸せにならない所業……」
「先ほどの青年にも、同じことを言えるのか!? お前が足の引っ張り合いをしていたせいで、小鳥遊と婚約したばかりの綿貫が、生涯の傷を負ったのだぞ!」
笑顔のまま、大きく息を吸い込んだ、咲莉菜。
影が差した顔になった後で、問いかける。
「そなたは、私を何だと思っているので?」
雰囲気を変えた咲莉菜は、周囲の空気を震わすほどの霊圧を発しながら、最終警告。
「わたくしは、巫女として舞い、戦うことが宿命でございます。
可愛い声ながら、四大流派の1つを代表するだけの迫力。
凄まじい
やがて、フッと、霊圧を消した。
静まり返った場で、騒ぎを聞きつけた警官、職員に構わず、咲莉菜はスタスタと歩き去る。
壁になっていた人々が道を空ける中で、
その途中で、アホ面を
視線が合ったものの、構わずに前を向いて、突き進む。
警察学校の道路に停まっている高級車の後部座席へ、滑り込んだ。
バムッと閉められ、護衛の女たちも、助手席や後続車に乗った。
窓の外にある景色が、どんどん流れていく。
東京の市街地へ出た時に、天沢咲莉菜はふと、まだ交流会があったな、と思い出した。
普段は会えないVIP、特にオーストラリアの大使館員が、話したがっていた雰囲気。
「ま、無理に参加しなくても……」
1人だけの後部座席で、咲莉菜は独白した。
備え付けのクーラーボックスから、洋菓子を取り出し、モグモグと食べる。
疲れた体に、甘さが染み渡った。
ドリンクを飲んだ後で、小鳥遊奈都子の熱愛を報じている週刊誌を読む。
流し読みの後に、バサッと捨てた。
「警察は必要でも、そなたが必要とは限らないのでー」
ドスの利いた声で
これだけ挑発された以上、もはや戦争だ。
天沢咲莉菜は、御手洗護を絶対に許さない。
護に利用された綿貫雄司は、どうでもいい。
せいぜい、頑張れ。
仮に、奈都子の誘いに乗って、警察を辞めようとも――
「今後の流れについていけるとは、思えないのでー」
警察のメンツを傷つけずに、御手洗護だけ潰す。
となれば、普通の手段では無理だ。
咲莉菜は、護を警戒している。
実態はどうであれ、南極の遠征を成功させた警察には、勢いがあるからだ。
桜技流で1人の犠牲者も出さない条件は、付け加えられない。
ここからは、取調室で詰めるだけの、生易しい時間にあらず。
どんどん巻き込み、裁断していく。
桜技流が、警察から離脱できるかどうか? の正念場だ。
ゆえに、手段を選ばず、実態としても、警察組織から切り離す。
「わたくし1人が叫んでも、それだけ……。分かっているのでー」
桜技流もピラミッド型で、下っ端の数が多い。
特別待遇になっている上澄みとは違い、使命感に乏しく、覚悟もない女たち。
であれば、護は、そちらを狙うだろう。
上がギャーギャー
「御手洗。そなたが、望んだことでー。ギブアップは、ありませんよ?」
待っているのは、
咲莉菜は、後部座席の内線で、指示を出す。
「ウチの下を中心に、警察と接点がある人の監視を強化してください!」
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