第626話 鮮血で描かれたFine(フィーネ)による終幕ー③

 武士と同じ格好の小鳥遊たかなし奈都子なつこは、剣道の試合のように、両手で構えた。


 切っ先を相手の喉元へ向けつつ、摺り足で、前へ。



 破壊され尽くした、シドニーの港湾エリア。


 現地の部隊も、すぐ駆けつけるだろう。

 見つかってしまう前に、決着をつけなければならない。


 時刻は深夜で、思わぬプロポーズと深酒に続く、アンドロイド少女との死闘。

 さらに、長距離の追いかけっこだ。


 潮風のツンとした匂いに、金属や電子基板が焼けたような臭いが、混ざる。



 正面で、中段に刀を構えている、北垣きたがきなぎ


 彼女も、同じ服装だ。



 桜技おうぎ流の局長警護係、その第七席。

 高校の在学中に指名されたことで、異例中の異例と言える。


 その腕前は、高校進学の直後であるのに、御前演舞で『本物』と称されるほど……。



 実戦経験だけで言えば、北垣さんのほうが上か? と思いつつ、奈都子は緊張した。


 緊張で強張り、つかを握る手に、思わず力が入る。



 チラリと、もう1人の錬大路れんおおじみおを見たら、離れた場所で突っ立ったまま。

 凪と同時に着任した第八席で、御前演舞の実績はないものの、やはり実戦経験があるだろう。


 先ほどは、手を出さない、と述べたが、北垣さんが苦戦すれば、加勢してくるに違いない。



「余所見をしていたら、斬り捨てるよ?」


 正面からの声で、凪のほうを見た。


 彼女は奇襲をせず、同じように、摺り足で近づいてくる。



 そろそろ、一刀一足の間合い。



 コンクリートをえぐる音が響き、左右に弾け飛んだ。


 一気に前へ出た凪は、意外にも、剣道の面と同じ軌道を描く。

 体の正面で振り被った状態からの、振り下ろし。


 ただし、剣道の有効打突としての掛け声はなく、テニスの打ち込みのような、ウアッ! という発声のみ。



 奈都子は、風切音を立てている刃に構わず、さらに相手の中心へ振り下ろすことで、カウンター。


 より中心を走っていく刃は、凪のブレードを外側へ弾き飛ばし、その正面は無防備に。


 かわすでも、受けるでもなく、刃で応じての無効化。

 切り落としは極意であり、実際に有効な技だ。



 小さな送り足で体勢を整えた奈都子は、相手に向いている切っ先で、そのまま踏み込みながら突き。

 狙いは、延長線上にあるのどだ。


 ところが、右足を滑らせた凪は、横から地面に倒れつつも、左手だけで下からの切り付け。

 こちらの狙いは、奈都子の左腕だ。


 それを察した奈都子が、左半身になりつつ、刃で自分の身を守る。



 片膝をついた状態の凪は、両手で握ったまま、切っ先を相手に向けつつ、ゆっくりと立ち上がった。


 意表を突かれた奈都子は、刃を横にした、やや下段ぎみの構えで後ずさり。



 再び、中段に構えた奈都子に対して、凪は上段。


 自身の柄によって頭の上が隠れたまま、円を描きつつ、横へズレていく。



 ふうっと息を吐いた奈都子は、自分の視界から逃げていく凪を追いかけ、切っ先と体の向きを同時に変えていく。



 上段の構えは、攻撃オンリー。


 相手の視点では、両腕が左右に出ているため、そこを斬りつけやすい。

 おまけに、刀の重さを感じやすく、疲れる構えだ。


 胸から下はガラ空きで、言い換えれば、お前の攻撃なんぞ、当たらねーよ! という意思表示にもなる。


 少なくとも、相手より上の力量である、との判断は、否めない。

 ゆえに、人によっては、烈火のごとく怒り出す。



 奈都子は、逆に落ち着いた。


 タイミング、間合いが難しいものの、凪の攻撃パターンは限定された。

 上から、振り下ろすだけ。


 切り落としでは、絶好の獲物だ。

 次にブレードを弾いたら、勝負を決める。


 そう思った奈都子は、タイミングを合わせることに集中。



 振り被ったままの凪が、いよいよ踏み込んできた。


 奈都子は、その軌跡に割り込むよう、相対した振り下ろしで――



 交通事故を思わせる、何かを削る音が続き、その直後に奈都子の左腕は、ほぼ根元から落ちた。


 急に姿が消えたことで、カウンターの振り下ろしを止めていた奈都子は、その後で軽くなった自分の身体と、焼け付くような激痛を自覚する。



「ぐうぅうううっ……」


 思わず片膝をついた奈都子は、自身の左腕と、それが握っている刀を見た。



 勢いよくスライディングした凪が、横を通過した後で、立ち上がりつつのジャンプ。


 落下する勢いも利用して、上段から刀を振り下ろした結果だ。



 着地から起き上がった凪は、残った右手で傷口を押さえる奈都子を見下ろした。


 興味なさげに視線を外して、片手の血振りでヒュッと鳴らした後に、納刀。


 

 うずくまったままで、苦痛の声を上げている奈都子に、背を向けた。


 離れていく途中に、視線を感じる。



「……上手いけど、ちっとも怖くない。だから、安心して踏み込める」


 凪は、そちらへ向き直り、説明を始めた。


「剣道で立ち会えば、10本中の……半分か、下手をすれば全敗だと思う。でも、殺し合いに、卑怯もへったくれもないよ?」


 悪そうな顔をした凪が、顔を伏せた人物に告げる。


「御神刀を解放しなくても、今はこれぐらいの差がある! 将来的には、もちろん分からない。……次があれば、だけどね」



 凪は、錬大路澪に微笑んだ。


「はい、澪ちゃーん! お仕事だよ?」


 溜息を吐いた彼女は、肩から下げている、大型のクーラーボックスに、手を伸ばした。



 ◇ ◇ ◇



『南極で勇敢に戦ってきた遠征隊に、今一度の拍手をお願いいたします!』


 航空防衛軍の基地に、司会役のアナウンスが響き渡った。


 空防に所属している音楽隊が演奏する中で、再び拍手の音が交ざる。



 着陸した輸送機から降りてきた一団に、歓声が沸き起こった。


 上空では、ファイターの編隊による曲技飛行が、花を添える。

 シュゴオォッと、エンジン音が通り過ぎた。


 下にいる観客や、政府要人たちが見守る中で、横付けされた車両に乗り込んだ面々は、滑走路から近づく。



『日本の代表として、よく戦ってきた! ありがとう!』


 壇上に立っている首相が、パフォーマンスを兼ねて、1人ずつと握手をする。

 最初は声をかけて、あとは流れ作業だ。


 対する遠征隊は、浅いお辞儀をした後で、すぐに横へズレて、他のメンバーの場所を空ける。


 長々と演説をする場ではなく、歓迎された遠征隊は、すぐに次の予定へ。




 ――待機時間


 建物の中で楽屋となった個室に、遠征隊の面々がいた。


 鏡で、儀礼服の汚れや、乱れがないか? を確認しつつ、軽食を口に入れたり、用を足したりと、準備を進めていく。



 “警視庁 御一行様”


 入口の張り紙は、特殊機動隊の部屋だ、と示す。



 中から出てきた、特機とっき仙石せんごく進介しんすけは、真剣な表情で内廊下を歩く。


 続いて、その部下である、綿貫わたぬき雄司ゆうじの姿。



 早足で歩いた彼らは、休憩用のベンチもある、広い空間へ出た。


 ぐるりと見れば、一際目立つ、女の小集団。



 そちらへ近づいた進介は立ち止まり、かかとを揃えての直立不動に。


「警視庁警備部、特殊機動隊、第一小隊の隊長、仙石警部補であります!」

「お、同じく、第一小隊の綿貫巡査部長です」


 部下が名乗り終わった後で、深いお辞儀をした。


 すぐに頭を上げず、そのままの姿勢。


 

 のんびりした声で、返事がやってくる。


「ご苦労様です。頭を上げてくださいー」


「ハッ!」

「は、はい……」



 この後の記者会見に備えて、巫女装束を着ている天沢あまさわ咲莉菜さりなは、座ったままで微笑んだ。


 その周りには、護衛の女たちが囲む。



 向かいの椅子を勧めた後で、咲莉菜は進介に聞く。


「彼には、どこまで伝えているのでー?」

「いえ、何も……」


 困った雰囲気の咲莉菜に、思い余った雄司が、ストレートに話す。


「あの! 天沢あまさわ局長に、発言をさせてください!」



 まだ女子高生の咲莉菜は、刀剣類保管局の警察局長で、警視正。

 

 雄司にとっては、本人の許可をもらうことで、ようやく話せる。



「……構いませんよ?」


 その場で立ち上がった雄司は、姿勢を正した。


「ありがとうございます! 実は……御流おんりゅうの小鳥遊さんと、婚約しました。本来は先に天沢局長の許可をいただくべきで、順序が逆になってしまったことを深くお詫び申し上げます。しかしながら、自分たちは真面目に考えており、『せめてチャンスを与えてもらえれば』と、愚考する次第であります!」


 言い終わった後で、深々と頭を下げる。


 

 雄司の隣に座っている進介は、ハラハラしながら、事態を見守る。

 

 いっぽう、咲莉菜は、のんびりした口調のままで、応じる。


「わたくしは、そなたの小鳥遊を否定しません。……仙石? 彼はもう、休ませては?」


 話を振られた進介は、すぐに答える。


「ハッ! 天沢局長のおっしゃる通りですが、現時点で騒ぎになっておりまして……。1人にした場合、ここの警備をかいくぐった連中に接触される危険があります。彼を守るため、『記者会見に出席させて、我々でフォローしたほうが良い』と、考えました」


 小さく息を吐いた咲莉菜は、さじを投げる。


「わたくしの管轄ではないから、ご自由にどうぞ……。綿貫?」


 いきなり話しかけられ、慌てる雄司。


 顔を上げれば、人気アイドルのような美貌と、目が合った。



 思わず顔を赤くした雄司に、咲莉菜は告げる。


「そなたには、何の責任もありません……。桜技流の筆頭巫女として、断言するのでー」


 ここで初めて、雄司は不審に思った。


「あの……。それは、どういう意味――」

「咲莉菜さま。そろそろ、お時間です」


 護衛の1人が話しかけたことで、会談は終了。


 立ち上がった咲莉菜は、別れの言葉もなく、しずしずと立ち去った。




 ――記者会見


 基地の会場には、多くの報道陣が詰めかけていた。


 南極の遠征隊が入室したら、シャッター音。



『――以上のように、我々は最善を尽くしました。詳しい報告は、情報をまとめた後に行う予定です』


 五十嵐いがらし善仁よしひとの締めくくりで、質疑応答に入った。


 日本の観測基地で、生存者がいなかった理由。

 宇宙人が出たことは、本当なのか?

 他国の部隊は、どのような動きだった?


 様々な質問が出たが、調査中と返すだけ。



『えー。では、記者会見を終了――』

「もう1つ、良いですか? そちらの、綿貫さんに!」


『無関係な発言は、お控えください』

「いいじゃないですか! 日本中が、知りたがっているんですよ?」


 身勝手な1人をキッカケにして、同調圧力が強まる。


「ぜひ、お願いします!」

「ネイブル・アーチャー作戦で対立していた、異能者と非能力者の雪解けとなる、大事な話です!」

「ご婚約、おめでとうございます! 綿貫さんのお気持ちを一言だけでも!」

「いつ、結婚式を挙げるんですか?」

「小鳥遊さんは、警視庁へ移りますよね? 彼女は今、どちらにいらっしゃるので?」

「桜技流の筆頭巫女である、天沢局長のご意見も、伺いたいのですが……」


 彼らの興味は、小鳥遊奈都子と綿貫雄司の結婚だけ。

 


 自分たちの発行部数や、視聴率に貢献できる発言を得るため、ここぞとばかりに詰め寄る報道陣。


 それに対して、雄司が答えようとした直前に――



 ゴンッ



 南極への遠征隊が並んでいる前の長机に、白い円筒状の容器が置かれた。


 防衛省の柳本やなもとつもるは、マイクで喋る。


『小鳥遊さんは、ここにいますよ……』

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