第625話 鮮血で描かれたFine(フィーネ)による終幕ー②

 オーストラリア警察のヘリは、夜空で、ホバリング中。


 上でバタバタと、五月蠅い音を立てるブレードとは別に、機内でも、会話が続く。


「ええいっ! 何で、こんなに入り込まれているんだよ!?」

「分からん……。どこかの組織が、南極から、パクってきたんじゃね?」


 操縦している2人は、暗いコックピットの中で計器類を見ながら、飛んでくる銃弾やビームを警戒中。



 南極の上陸作戦『スターゲイザー』が終了した後で、どさくさ紛れの乱取り――稽古ではなく、戦いが終わった場所での略奪――が横行したのだ。


 スリーパーとして残った、宇宙人の兵器たち。


 墜落した宇宙船などは、機密保持で、溶けて消えた。

 つまり、原型を残しているものは、あえて敵中に入った後の破壊工作をする部隊だ。


 それを知らない犯罪組織、各国の諜報機関は、大喜びで奪っていった。


 当然ながら、いったん寄港する必要があり、一番近くて安全なオーストラリアの港が選ばれた寸法。


 目覚めたロボット兵は、嬉々として、破壊活動に勤しむ。



『本部より、フィッシュオウル1へ! コード――が、進行中! 軍の出動は、まだ無理だ! 異能者の部隊が各地で応戦中だが、あんたが落とされたら、状況も不明になってしまう。現空域で監視を続けて、燃料の限界など、そちらの判断で帰投せよ! どうぞ?』


「フィッシュオウル1より、本部へ! 現空域に留まりつつ、こちらで判断する。以上』


 

 警察無線を切った操縦士は、自分の相棒に、話しかける。


「ダーリング・ハーバーで活躍した、どこかの警官……。残念だったよ」

「言うな! 今は、俺たちも危ないのだから」


 明るいジャケットを着た小鳥遊たかなし奈都子なつこの姿は、もうロストした。


 軍の兵器のような弾幕があって、命からがら、逃げてきた次第。



 南極の制圧が完了した直後で、あらゆる機関が油断していた夜。

 おまけに、エイリアンの技術を欲しがっている組織は、どこも、無断で動いている。


 相乗効果で、同時多発のテロと同じ状況に、陥った。


 ひとけのない場所が多く、その点だけが救い。



 ◇ ◇ ◇



 理解不能……。


 シドニーの港湾エリアを制圧していたロボット兵の1機は、頭上を見上げた。


 

 そこには、1人の少女が、浮かんでいる。


 巫女とよく似た、太い赤ラインが目立つ、白の大袖。

 緋袴ひばかまと、白足袋しろたびに履いた草鞋わらじも、見える。


 ファッションの統一性か、その草鞋は、巫女の草履ぞうりと似たデザイン。



 金髪のショートヘア、黄色が強くなったブラウンアイで、下を睥睨へいげいする少女。


 頭の上の狐耳2つと、後ろの大きな尻尾をゆったりと動かす。


 その数は、6本だ……。



「今日の千狐丸せんこまるは、とても機嫌がいいよ……」


 独白した北垣きたがきなぎは、左腰に納刀したままで、余所見をした。


 地上のロボット兵が、ビームライフルで攻撃するチャンスだが――



「たあっ!」


 ロボット兵と同じ視点で、もう1人の凪が姿を現し、高速のホバー移動をしているが如く、接近してきた。


 両手で持つ日本刀を煌めかせた凪にビームを撃てば、彼女は回避行動をしつつも、駆け抜けていく。


 ところが、即座に別の方向から凪が襲ってきて、今度は片腕を斬られた。


 訳が分からず、自分を攻撃した女子高生を見るも、林立する朱色の灯籠とうろう遮蔽しゃへいにしながら、姿を消した。


 灯籠の灯りが、ぼんやりと、暗闇を照らす。



 撃ったら、その灯籠で反射することを覚えているロボット兵は、ビームライフルを片手で持ったまま、トリガーを引けず。


 周囲は、不自然な暗闇だ。


 さっきからセンサーが異常で、他のロボット兵とのデータリンクも、上手く動作しない。


 同じ顔をした女子高生が、60人はいる……。



 周囲を見ていたロボット兵は、斬撃による、見えない牙によって、あらゆる方向から分割された。


 爆発と、それに伴う炎が、暗闇に呑み込まれていく。




 上空の凪は、撃たれたビームや実弾を捻じ曲げつつ、堂々と空中に立つ。


暁闇ぎょうあん九十九灯籠つくもとうろう……。こうして見ると、恐ろしい力だね……」



 地上では、都市を制圧できそうな戦力が、瞬く間に、数を減らしている。


 ロボット兵は100体を超えていて、沿岸からも、上陸してきた。

 だが、数のメリットを全く活かせず、凪1人に、倒されていく。


 いや。

 この瞬間には、60人と本体の、合計61人というべきか……。


 

 天装と御神刀に準ずる凪は、データリンクのような連携で、スリーパー部隊を蹴散らした。


 1個小隊というには、過小評価。

 

 凪の集団は、まさに、囲んで叩く。

 しかも、刀を振るえば、斬撃による、不可視の攻撃だ。



 最後の1機を破壊したことで、空中の凪は、満足げにうなずいた。


 30人ぐらいに減ったものの、500体を潰せたのだ。



「ん?」


 疑問の声を上げる凪。



 港の近くが、盛り上がった。


 天を突くかのような、海面の上昇が終われば、そこには左右の6本足で立つ、全高60mのビルと同じ多脚兵器の姿があった。


 黒いボディの中には、おそらく、陸戦部隊もいる。


 多脚兵器の数は……12。



 そこには、終末の光景があった。


 新たな支配者となった多脚兵器は、空中の凪を捉える。



 笑顔になった凪は、抜刀するべく、両手を動かすも、ヒュウウインと予備動作を始めた多脚兵器からのレーザーを浴びる。


 攻撃した多脚兵器は、縦にズレた。


 少しの沈黙の後で、内部から大爆発をする。



 その光に照らされた凪は、はがね色の刀身を動かしつつ、空中を舞う。


 刃の軌跡は、鋭い爪と同じように、3本ぐらいの斬撃となって、多脚兵器を切り飛ばしていく。


 宇宙空間でも活動できる装甲は、何の障害にもならず。


 ボール紙のように切り裂かれていく、決戦兵器たち。



 機動力ではなく、装甲で耐えつつ、内部のユニットを放出することが、主な戦術。

 そして――


 ガコッ ヒイイィイイン


 1機の多脚兵器が、主兵装であるビーム砲を撃ち出した。


 ブウゥウウンと、空気が歪むような音の後で、緑色の太いビームが、凪へ向かう。



 ゴンッという音と共に、凪の振るった刃の斬撃と、ぶつかった。


 ビームを切り裂き、発射口まで到達。


 自身のエネルギーを制御できず、その多脚兵器は爆散する。



 他の多脚兵器は、それぞれに主砲やミサイルを撃ち出すも、ソニックブームを発生させている凪が通り過ぎた後で、どんどん切断されていく。



 いっぽう、海中に降りた戦闘ユニットは、30人の凪と遭遇。


 真っ暗な水中で、次々に貫かれ、あるいは、切り裂かれていく。


 水圧や抵抗を感じさせない動きで、彼女たちは笑顔だ。



 逃げようとした宇宙人は、後ろや側面から刃で貫かれ、助けを乞うように伸ばした片手で何もつかめないまま、力尽きた。


 それは、カニが密集している場所へ迷い込んだ魚と、よく似ている。




 海中の爆発音が続き、小さな水柱も、そこかしこで上がる。


 北垣凪は、ゆっくりと、埠頭ふとうへ降りた。



 12機の多脚兵器と、中の戦闘ユニットがいれば、国1つを破壊、または、制圧できた。


 少なくとも、これまで支配してきた惑星では……。




 北垣凪は、あい色と黒の和装へ戻った後で、スッと構える。


 立ったままの抜刀術で、アンドロイド少女を切り捨てた。


 振り切った日本刀を持ちながら、凪が見れば、片腕でボロボロになっていた少女は、信じられない、という表情。


 どうやら、待機させていた部隊の規模から、この短時間で全滅したことを信じられないようだ。


 AIだったのか、それとも、どこかの知的生命体か……。


 いずれにせよ、ここまで来れば、味方と合流できる。と考えていた。


 その証拠に、冷たいコンクリートに倒れ伏した少女は、パックリ割れた顔でも分かるほど、絶望している。



「おっと!」


 慌てて高速移動した凪を追いかけるように、斬り捨てられたアンドロイド少女が、爆発した。



 さらに、接近する気配が、1つ。


 凪が刀を下げたままで見れば、夜でも目立つジャケットを着た、小鳥遊たかなし奈都子なつこだ。


 息を切らしている奈都子は、凪と同じ和装だが、蛍光ジャケットのせいで、ギャグのよう。



「北垣さん! こっちに、少女の姿をしたアンドロイドが――」

「もう、倒したよ!」


 その返答を聞いた奈都子は、さやにかけていた左手を外し、ふうっと息を吐いた。


「良かった。犠牲になった方々も、これで少しは浮かばれる……。ありがとう、北垣さん」


「別に、いいよ? ついでだったし……。南極でも、これぐらい調子が良かったら、苦労しなかったのに……」


 ぼやいた凪は、納刀した後で、両手を上に伸ばした。


 全身で疲れたぞー! と表現する彼女は、その可愛い顔と相まって、愛嬌がある。



「お疲れ様です、小鳥遊さん」



 その声で振り向けば、和装の錬大路れんおおじみおがいた。


 釣り道具としても珍しい、巨大なクーラーボックスを肩から下げている。



「錬大路さんも……。そちらは?」


「捕捉した敵は、全て倒しました。あとは、現地の部隊に任せましょう」


 首肯した奈都子は、澪から視線を外した。



 シドニーの港湾エリアは、爆撃されたような惨状だ。


 経済的な損失は、莫大。

 自分たちが見つかれば、賠償しろ、と言われかねない。



 ようやく落ち着いた奈都子は、自分の後輩を見る。


「じゃあ、帰りましょうか?」


「はーい!」

「はい」


 天装のまま、元の場所へ帰ろうとした奈都子は、1日デートの疲れを感じた。


 早く帰って、熱いシャワーを浴びたら、そのままベッドに――


「あ、そうだ!」


 北垣凪の叫びで、奈都子は振り返った。


 続きを待つと、思いもよらぬ発言が、耳に届く。


「いけない。忘れるところだった!」



 凪はスタンスを広げつつ、左手を鞘にかけた。

 鯉口こいぐちを切って、右手をつかに添える。


 躊躇ためらわずに抜刀した後で、刀身で月の光を照らし返す。



 にっこりと笑った凪は、まるでランチを食べに行くかのように、告げる。


上意じょういだよ! 死んで!!」


 

 小鳥遊奈都子は、とっさに、後ろへ飛ぶ。


 同時に、抜刀術の構えを行い、着地後に抜く。



「焦らなくても、大丈夫だから……」


 影がある表情の凪は、ようやく、両手で構えた。



 奈都子も中段に構えつつ、錬大路澪の様子をうかがう。


「私は、手を出しません。どうぞ、お気になさらず……」



 今は、その言葉を信じるしかない。


 柄を握り直した奈都子は、向き合っている凪に、集中する。

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