第624話 鮮血で描かれたFine(フィーネ)による終幕ー①

 今は初冬のため、夜になったら、凍えるほど寒い。


 足を踏み外して海へ落ちるか、巨大なクレーン、走り回るフォークリフトなどで大怪我をしそうな場所。


 この深夜に散歩をする物好きは、いない。


 観光地のダーリング・ハーバーがいつまでも賑やかで、外国人の姿も多く見られるのとは、対照的だ。



 シドニーの港湾エリアは、静かになった。

 灯台など、必要最低限の灯りだけが、限られた範囲を照らし出す。


 倉庫エリアへの出入口は、金網で区切られ、車が通れるスペースには、武装した警備員が詰めている。



 無機質で、冷たく感じる風景だ。


 暗闇が大半を占めており、立ち並ぶ倉庫の大きなドアは閉められ、人が出入りする勝手口の上に、申し訳ぐらいの灯り。


 とある倉庫の前には、1人の男が立っていた。


 真冬のアウターを着込んでいて、一回り大きく見える。

 外からは見えにくいが、腰のベルトに、拳銃を挟んでいる状態だ。


「うー、寒い。たまんねえな……」


 ヤバい取引で、相手を待っているような構図だが、その男はしきりに腕時計を見るだけで、緊張感がない。


 足踏みを行い、体を温めようと努力。

 両腕で自分を抱きしめつつ、白い息を吐きながら、たまに周囲を見る。


 どうやら、待っているのは、交代してくれる相手のようだ。



 コツコツ



 わずかな足音が聞こえたことで、男はそちらを向いた。

 防寒着の下へ手を差し込み、いつでもハンドガンを抜けるように準備。


 巡回をしている警備員や、他の用事でやってきた警官の可能性があるため、まだ銃を見せない。


「誰だ?」


 地元の不良やギャングも、入ってくる。

 奴らは、倉庫を荒らすことが目的で、必ず銃を持つ。



 返事はない。

 足音が、近づいてくる。


 男は、隠している拳銃のグリップを握ったまま、そっとベルトから抜いた。


「そこで、止まれ! 俺は、銃を持っているぞ!」



 舌打ちした男は、フリーの左手をスライドの上から被せつつ、全体を使って前後させた。

 オーバーハンドの、アメリカンスタイル。


 銃を自分の身体に引き寄せたままで、シャキッと、小気味いい音が響いた。



 両手でハンドガンを持ち、正体不明のターゲットを探す。


「俺たちは、――だ。小銭稼ぎなら、他所よそでやってくれ! 退いてくれれば、こちらも手を出さねえよ」


 サイレンサーなしで撃てば、この静かな場所に大きな音が響く。

 1時間もたずに、警察のパトカーや、ヘリのご到着だ。



「なあ、いい加減にしてくれ! こっちも、仕事だ。……は?」


 警戒していた男は、暗闇から登場した少女に、唖然とした。


 ゴシック調のドレスを着たまま、こちらへ歩いてくる。

 着衣が適当で、胸元がはだけている状態。


 人形のように美しいが、無表情のため、ホラー作品に登場するキャラだ。


 義足のような歩き方をしながら、どんどん近づいてくる。



 我に返った男は、彼女へ銃口を向けた。


「おい! 来るなと、言っているだろ!? ……ああ、そうかい。なら、殺してやるよ」


 無表情の少女は、ダラリと両手を下げたまま、向かってくる。


 その足元には、ボタボタと水滴が落ちていて、磯臭い。



 拳銃をベルトに挟んだ男は、壁に立てかけていた鉄バットを握り、近くまで来ていた少女の側頭部を目がけて、フルスイング。


 哀れな被害者は、頭をかち割られて、横へ吹っ飛ぶはずだが――



 刃物のヒュッという風切音が、小さく響いた。


 一瞬で消えた少女を探して、周りを見る男は、首から上を失う。


 人の身では成し得ない切断面を見せる、首なし男。

 彼は、周囲を赤で染めつつ、ドサリと倒れ込んだ。



 腕から、折り畳み式のカミソリのような刃を展開している少女は、目をチカチカと光らせつつ、男が守っていた勝手口を見る。


『スリーパー部隊の所在を確認した……。これより、周辺の制圧を行う』




 南極から密輸したロボット兵を搬出するまでの見張り。


 そんな役回りを押しつけられた奴らは、自分たちの組織が押さえている倉庫に入れた後で、粗末なテーブルを囲む。


「スリーカード」


 得意げにトランプを見せた男に対して、他の連中は悪態をつく。


「ちっ!」

「勝てると思ったんだがなあ……」


 その瞬間に、勝手口のドアが開いた。


 吹き込んできた冷気は、寒さを凌ぐための暖房をせせら笑う。



 ◇ ◇ ◇

 


 小鳥遊たかなし奈都子なつこは、綿貫わたぬき雄司ゆうじと別れた後で、心を落ち着けていた。



 深夜のダーリング・ハーバーには、観光客が多い。

 金持ちの居住区域も。


 とはいえ、長居は無用だ。


 自分のような若い女が、いかにも酔った状態でいれば、良くてスリ、悪ければ銃やナイフをちらつかせた男に攫われての暴行。



 かなり飲んだことで、頭がボーッとする。


 ふわふわした感覚のまま、自分のホテルへ向かおうと――



「Caaaaaahhh!(キャアァアアッ!)」

「Run away!(逃げろ!)」


 離れた場所で、大勢の悲鳴が聞こえた。



 奈都子は、凛々しい顔に。


 急いで、騒動が起きている方向へ走り出す。




 他のエリアへ移動するための、大きな橋のような連絡通路。


 そこには、逃げ遅れた観光客たちが、切断されたままで転がっている。



 近くの街灯、青のイルミネーションや、高層ビルの光が、その犯人の顔を照らし出す。


 ロボット兵を隠していた倉庫を襲った、アンドロイドらしき少女だ。



「Shoot!(撃て!)」


 警官隊が、指揮官の命令で、一斉に撃ち出した。


 けれど、少女は体への負担を無視した動きで回避しつつ、手足を利用した回転によって近づく。


 密着した距離になれば、すれ違った後に、警官の手首や腕が宙を舞う。


 たまに当たっても、カンッと弾かれるだけ……。



 阿鼻叫喚の地獄絵図になった現場で、奈都子は警官に止められた。


「Hey! Don't come over here!(おい! こちらに、くるんじゃない!)」

「I am a cop,one of the special forces.Neutralize.(私は警官で、特殊部隊の1人。無力化します)」


 奈都子が開いた警察手帳を見せたことで、警官はしげしげと眺める。


「...... got it.Please!(……分かった。頼む!)」


 制服に付けている無線機を使った警官は、明るい色の蛍光ジャケットを差し出してきた。


「Put this on! We want to identify you.(これを着てくれ! あなたの識別をしたい)」


 首肯した奈都子は、あい色と黒の和装になった後で、蛍光ジャケットを受け取った。


 左腰に日本刀を差したまま、明るいジャケットを羽織る。


 白足袋しろたびに履いた草鞋わらじで地面を蹴り、ポカンと口を開けたままの警官や、まだ残っている人々を後目に、連絡通路の中央へ向かった。




 通路の両端では、警官隊が緊張したまま、現場を封鎖している。


 天装を身に付けた奈都子は、酔いが醒めた表情で、抜いた刀を構えた。



『新たな脅威を確認……』


 ぼんやりと立っていた少女は、横目で奈都子を見る。


 右手から広げているブレードで、突進してきた奈都子の突きを外側へズラすも、擦り落としの要領で巻き込まれ、姿勢を崩した。


 その流れに逆らうことなく、左手を地面につき、蹴りで狙いつつも、縦に一回転。

 同時に、奈都子から距離を取る――


 その間に踏み込んでいた奈都子は、やはり突き。


 左手からもブレードを展開した少女は、二刀流として反撃するも、正面からの斬り合いでは奈都子に分がある。


 両手にブレードがあるから、それだけ有利……とはいかない。

 人と同じ形であれば、やはり限界があるのだ。



 少女の姿をしたアンドロイドは、剣道のような試合を続けた末に、片方の手首を切り落とされた。

 あまり剣術を知らないらしく、奈都子の真似で、上段に構えた瞬間の一本。


 彼女が地面に落ちた手首を見た瞬間に、奈都子は踏み込みながら、まっすぐの刃を振り下ろす。


 防がれたので、牽制けんせいしつつ、相手を見たままで、後ろへ摺り足。



 異国の地で、いきなり始まった、真剣同士の試合。

 警官隊とギャラリーは、固唾を呑んで、その結果を見守る。


 異能者のスピードについていけないが、ここで奈都子が負ければ、あとが大変だ。



 アンドロイドの少女は、奈都子と同じように、籠手こてを狙う。

 残った片腕を放り投げるような斬撃だが、当たれば彼女の手首を切り落とせるだけの威力。


 だが、それは誘い。


 奈都子はカウンターで踏み込み、一気に距離を詰めつつ、面を叩き込んだ。


 頭の丸みで刃先が滑ることなく、銃弾を弾いていた頭部に、大きな溝を刻む。


 内部からスパークによる光が発せられ、精密な機械を照らし出した。



 のけ反った少女は、バックステップを繰り返す。


『脅威の排除は、不可能……』



 奈都子は、床を割るほどの勢いで突きを繰り出すも、手首がない片腕で防がれたうえに、切り離された。

 

 彼女が自分の刀に刺さった腕に怯んだことで、アンドロイド少女は、連絡通路の外側を伝って、逃走する。



 ピッピッピッ



 緑色の点滅と、カウントダウンを示すような音。


 全てを理解した奈都子は、連絡通路の端へ駆け寄り、刃から外した片腕をできるだけ水面の真ん中へ投げつつ、叫ぶ。


「Bombs!(爆弾!)」


 それを聞いた警官隊は、姿勢を低くしつつ、周りに警告する。


「Get down!(伏せろ!)」

「Down!(伏せて!)」



 次の瞬間に、大きな水柱が立ち上った。


 いその香りが強くなって、雨のように水滴が降ってくる。



 どよめく人々に構わず、奈都子は明るいジャケットを着たまま、逃げたアンドロイド少女を追いかけた。


 最初に奈都子と話した警官隊の責任者は、ようやく飛んできた警察ヘリを見ながら、本部へ報告する。


「Follow the bright jacket.She's on our side,okay?(明るいジャケットを追ってくれ。彼女は、味方だぞ?)」




 片腕のアンドロイド少女は、暗がりを利用しつつ、ロボット部隊がいる場所を目指す。


 奈都子が追ってきたことに気づき、パックリ割れた顔のままで視認するも、構わずに最短距離を選んだ。

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