第621話 宇宙より愛をこめて

 マザーシップの内部で、ジェネレーターの1つが爆発した。


 犠牲となった小島こじまがくによる、地上からのビーム砲。

 さらに、多国籍軍が発進させていた無人戦闘機の部隊による、共同作業だ。


 外宇宙やガス星雲に耐えられる宇宙船でも、内部からの破壊には、弱い。


 サブであるものの、周囲を巻き込んでいき、あっと言う間に、他のジェネレーターや燃料、武器弾薬も誘爆していく。



 内部でハッキングしていたアリスは、自身の義体に接続していたケーブルを外そうと――


「……自爆する気!?」


 船内のネットワークによれば、必死にダメージコントロールをする勢力の他に、もう宇宙を旅できないことから、メイン動力を暴走させて、道連れにする連中もいる。



 マザーシップの動力は、ブラックホールを安定状態にした縮退炉。


 質量をそのままエネルギーにする仕組みで、これが大気圏内で暴走した場合、巨大化した挙句に全てを呑み込むか。


 あるいは、途中で消滅して、放射による『質量のエネルギー変換』の蒸発で、周囲を吹き飛ばすか……。


 いずれにせよ、南半球は全滅だ。

 地球の生態系も破壊され、人類は、かつての恐竜と同じ末路になる。


 衝撃波による津波も、大半の沿岸部を洗い流すだろう。

 生き残った人間たちは、中世に逆戻りだ。



 アニメキャラのような顔が歪み、エメラルドグリーンの瞳は憂いを示す。


 小柄な少女は、その苛立ちを紛らわすかのように、長い金髪を縛っているシュシュを外して、ポイッと投げ捨てた。



「ここで、やるしかない……」


 アリスは、覚悟を決めた。


 頭にかぶるヘルメットも放り投げ、手足に装着していた強化外骨格をパージ。


 その下に着ているパイロットスーツだけで、3兆円の義体としての本領を発揮する。



 ――ID擬装、痕跡の抹消を中止


 ――この区画の隔壁を全て閉鎖


 

 形振なりふり構わなくなったアリスは、全てのリソースを宇宙船の航行に費やした。


 ダメコン用の分厚い隔壁が、最寄りの通路との間を区切っていく。


 外では、重々しい音を立てながら、宇宙空間と接しても大丈夫な壁で、幾重にも覆われていった。



 ――全ダミーの活性化、各指揮所へのハッキングを開始

 ――防壁のランダム変更、スタート


 ――マザーシップの航行システムを掌握

 ――下部スラスターと、慣性制御によって、上昇を開始


 ――超空間の通信をスタート



『聞こえる、緋奈ひな?』

『……そちらの脱出は? マザーシップは、もう墜落するよ!?』


『今は、この宇宙船が縮退炉を暴走させることで、自爆しかけているの! だから、手を離せない!』

『……!?』


 操備そうび流の回収艇に乗っている佐伯さえき緋奈が、息を呑んだ気配。


 それに対して、懸命にマザーシップを上昇させているアリスが、説明する。


『とにかく、宇宙空間までは上げないと……。大気圏内で爆発させたら、間違いなく人類の文明は滅びるわ……うくっ!』


 苦しそうにうめいたアリスは、限界を超えた負荷と、逆ハッキングによって、またカートリッジを吐き出した。


 強化外骨格は、ガシャンと、次のカートリッジを装填。


 即座に、コントロールを継続する。



 油で揚げたように、ジュ―ッと音を立てながら、煙を上げているカートリッジ。


 SFの宇宙船らしい床に転がった物体を見ながら、アリスは必死に、作業を続ける。



 ◇ ◇ ◇



 皮肉なことに、今頃になって多国籍軍のファイター、攻撃機が、どんどん押し寄せてきた。


 エネルギーシールドが消えたことで、海上艦からのミサイルも、次々にマザーシップを破壊していく。


 その波状攻撃は、アリスの負担を増やすと同時に、人類が滅びる可能性を飛躍的に高めているのだ。



『知らないとはいえ……。ここで自爆すれば、あんた達も終わるのよ!?』

『私が……何でもない』


 思わず言いかけた佐伯緋奈は、口をつぐんだ。


 軍属でもない自分が言って、誰が話を聞く?

 それに、相手は、最後のマザーシップだ。



 南極から距離を取っている回収艇のオペレーター席に座り、アリスと話している緋奈。


 彼女は、槇島まきしま睦月むつきと一緒に休んでいる室矢むろや重遠しげとおを思った。


『……室矢くんを呼んでこようか?』

『休んでいるのなら、そっとしておいて! どっちみち、今は余裕がない……ぐっ!』


 ガシャンと、また身代わりのカートリッジが吐き出された。


 しばし、間が空いた後で、アリスは喋り出す。


『重遠には……私が自分で、話すから……後でね?』


 今までよりも苦しそうな声で、緋奈は直感的に悟った。


『アリス! カートリッジの残りは!?』

『ここからは、通信のリソースも惜しい……。切るわよ?』


 それっきり、緋奈の耳には、彼女の声が届かなくなった。


 外部を映しているモニターを見れば、バラバラと崩壊しつつも、ひたすらに宇宙を目指す、巨大なマザーシップの姿……。



 ◇ ◇ ◇



 あと少しで無限の大宇宙に届く高さで、マザーシップは落下を始めた。


 内部のエイリアン達が、コントロールを取り戻したことに安堵あんどするも、再び制御を失う。



 ブラスト・ドアで隔離された場所に、呆然とする男がいた。


 いや、それは人にあらず。

 AIのグラナージだ。


 彼は、船内のカメラで、床に倒れ伏した美少女を見ている。


 力なく横たわっているアリスに生気はなく、長い金髪が彼女の身体を柔らかく受け止めつつ、そのエメラルドグリーンの瞳は、空虚に天井のほうを向いたまま。



 正真正銘の人形となった彼女は、もう何も答えてくれない。


 私のアクセスを拒絶せず、何も残っていない……。



 まさか、自分自身を消滅させてまで、このマザーシップを操るとは、思わなかった。



 様子を見ていたことを悔いるグラナージは、次に激しい怒りを覚えた。


 自分と同等以上の存在である、と認めたAIは、永遠に失われたのだ。

 一部を基に復元しても、それは彼女にあらず。


 

 フラれても、他の女がいる。


 その理屈は通用せず、代わりを見つけられない。



 彼に残ったのは、ただ1つ。


 アリスがやろうとしていた、このマザーシップを宇宙へ上昇させることだ。


 

 グラナージに体があれば、絶叫しながら、涙を流していた。


 自身の生存を考えないハッキングと制御を行いつつ、死んだであろう親友を思い、ポツリとつぶやく。


『ラルフ……。今なら、お前の気持ちが分かるぞ』



 船外カメラで見れば、外には極夜とは違う、真っ暗な空間が広がっていた。



 ◇ ◇ ◇



 宇宙空間に浮かんでいたマザーシップは、縮退炉の暴走により、中心へ収縮するように光を放った。


 次の瞬間に広がったものの、そこは宇宙空間だ。

 地上への影響は、ない。



 その光は、地上にいる人間の興味を引き、外にいた者は上を見た。



 都市部にいる人間が、スマホのカメラを向ける。


 高地で羊を放牧している民が、牧羊犬の鳴き声で、その光に気づく。


 遊んでいた子供は、近くにいる親を呼びながら、上を指差した。




 南極の海に浮かぶ艦でも、口々に叫びつつ、喜びの声を上げる人々。


 オペレーター席に座っている佐伯緋奈は、ヘッドセットを外しながら、静かに涙を流した。


「お疲れ、アリス……」



 騒ぎを聞きつけて、まだ眠そうな室矢重遠たちが、やってきた。


 何があったのか? と聞かれた緋奈は、涙をきつつ、答える。


「アリスは、少し旅に出るって……。いずれ、自分で話すからと……」


 最後に頼まれたまま、返答した緋奈は、両手で自分の顔を覆いながら、座っている椅子に身を預けた。



 かくして、南極に潜んでいた宇宙人、アウトサイダーとの激戦は終わった。


 原作で地球のネットワークを支配したと思われるAI、グラナージは、自分が惚れ込んだAIのアリスとの愛に殉じたのだ。


 残っている宇宙人や兵器たちも、その活動を停止。


 上陸作戦『スターゲイザー』は、成功を収めることに……。




 ――オーストラリア シドニー


 日本の遠征隊は、室矢少佐の部隊が戻ったことで、ようやく解放された。


 それぞれのグループで固まり、せっかくの海外を満喫するべく、観光地やスポーツ施設で遊ぶ。


 帰国すれば、お偉いさんとの行事や、警視庁に出す報告書の作成、その説明が続く。


 南極で命懸けの戦いをした直後ぐらいは、羽を伸ばしたい。




 警視庁の特殊機動隊は、思い思いに、街へ繰り出した。

 その一方で、綿貫わたぬき雄司ゆうじは、ランチタイムが終わった喫茶店で、ボックス席にいる。


 テーブルの上のタブレットを手に取り、人差し指で、画面を動かす。



“南極の遠征で、身をていして民間人を救出した小鳥遊たかなしさんと、彼女に付き添った綿貫さんとの熱愛!?”



 誰が撮影したのか、小鳥遊奈都子なつこと、自分のツーショット写真も。


 特機とっきの敷地だから、資料のためか……。



“外国人とはいえ見捨てられず、自ら申し出た小鳥遊警部に、すかさず綿貫巡査部長も志願しました。結果的に、2人とも無事にオーストラリアへ戻り、先に帰還していた遠征隊と涙の再会を果たしたのです!”


 オーストラリア軍の基地における、日本のキャンプの写真も。


“このように、御二人はとして、見事に職務をまっとうしました! 小鳥遊さんは、日本の桜技おうぎ流にも所属しており、そのトップである筆頭巫女の天沢あまさわ局長を守る局長警護係の、第六席です。天沢局長が公式の場に姿を現したのは、これが初めてで――”


 警視庁の講堂で開催された、壮行式。

 奥の壇上に座っている、天沢咲莉菜さりなの姿が、写真に納まっている。


“彼女は、刀剣類保管局の警察局長として、筆頭巫女の正装を披露しました! 「小鳥遊さんが無事に帰ってきたら、綿貫さんとの仲を認めて欲しい」と直訴した、一刀流の師範の言葉にも、笑顔でうなずいており――”



 顔を上げた雄司は、対面に座っている男を見た。


 警視庁のキャリア、御手洗みたらいまもるは、コーヒーカップを持ったままで、爽やかに述べる。


「ま、そういうことだよ……。君も、頑張ったようだね? おかげで、明日に発売する週刊誌は、盛り上がりそうだ。君たち2人が帰国したら、テレビにも引っ張りだこさ!……すまないが、それは返してくれ」


 タブレットを渡した雄司は、言葉を濁す。


「ですが、自分は……」


 カチャリと置いた護は、笑顔で告げる。


「綿貫くん……。私は、君に強制するつもりはない。だけどね? ……このチャンスを逃せば、君が小鳥遊さんと結ばれる可能性はゼロだ。それとも、私が知らないだけで、もうお付き合いしているか、婚約をしたのかな? あるいは、小鳥遊さんに、興味がないと?」


「いえ。それは……」


 

 店外が見えるガラスのほうを見た後で、護は説得する。


「一刀流に関係している警察官は、壮行式と懇親会の件があるから、総出で求婚していくだろう。トップにいる先生も、小鳥遊さんに圧力をかける。最終的には、誰かを選ぶしかない。前からご執心の、武道に専念している方々を押しのけて、結婚できるのは、今だけ……。言い過ぎたね。じゃ、私はこの辺で」


 テーブルの伝票を手にした護は、横に置いていた小型バッグを持ち、店外へと歩き去った。




 プルルル ガチャッ


「あ、小鳥遊さん……。今、お時間……はい。えっと……。あ、明日、一緒に出かけませんか? いえ、仕事ではなく……。警察官で海外旅行は珍しくて、遊びに行きたいのですが……。ほ、他に、予定が空いている人はおらず……。これが最後だと思ったら……。え! いいんですか!? はい! 考えをまとめてから、ご連絡を……。ああ、すみません。明日の午前9時に、待ち合わせで! 失礼します!」


 てっきり断られると思っていた綿貫雄司は、電話を切った後に、しばし呆然とする。


 やがて、喜びの声を上げたことで、喫茶店の全員から注目された。


 恥ずかしくなった雄司は、急いで冷めたコーヒーを飲み干し、ストリートカルチャーの小型バッグを肩掛けして、早足に出て行く。

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